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第八十九話 帰るための槍

 八月十三日の朝、橘家の食卓には、昨夜の残りとは別に、新しい話題が一つ増えていた。

「苺のパフェ、日曜日で予約できたよ」

 美咲がそう告げると、昴は口へ運びかけていた卵焼きを皿へ戻し、両手を上げた。

「いちご、よっつ!」

「四つ注文するとは言ってないよ」

 結衣がすぐに訂正したが、昴は聞いていない。自分の分、蒼真の分、美咲の分、結衣の分と、食卓にいる順番で指を向けている。

「昴は一人で一つ食べられるの?」

「たべる」

「残したら、お父さんが食べることになるよ」

「ぱぱ、たべない」

「どうして?」

「すばるの」

 理由は明快だった。

 蒼真は味噌汁を飲みながら、日曜日に自分の前へ置かれる予定のパフェが、本当に一つで足りるのか考えた。昴が途中で渡してくる可能性は高いが、最初から二つ食べるつもりで注文するのも違う気がする。

「お父さん、真剣に悩むところじゃないからね」

「何も言ってないけど」

「顔に出てる」

 結衣に見抜かれ、美咲が小さく笑った。

 食卓の端には、今日試す短槍型パイルの資料が置かれていた。昨日の朝のように画面を開いてはいない。食事中に見ないよう美咲から言われたことを、蒼真は覚えていた。

「今日は、本物のモンスターじゃないんだよね?」

 美咲が、伏せられた端末へ視線を向ける。

「回収した甲殻を使う。武器の確認だけだから、第十回評価には含まれないよ」

「昨日の、帰れなかった武器とは違うの?」

「腕へ固定しない。抜けなくなったら、槍を手放せる」

 蒼真が答えると、結衣はパンを持ったまま首を傾げた。

「捨てていい武器を作ったの?」

「捨てるために作ったわけじゃないよ。必要な時に手放せるようにした」

「同じじゃない?」

「普段は持って帰る」

「抜けなくなったら?」

「置いて帰る」

 結衣は数秒考えたあと、納得したように頷いた。

「それなら、昨日のよりいいと思う」

「まだ撃ってないから、今日調べる」

「ちゃんと捨ててね」

 武器の試験へ向かう人間に、娘から捨てることを念押しされるとは思わなかった。しかし、持ち帰ろうとして帰れなくなるよりは正しい。

 昴が箸を握った手を前へ突き出す。

「ぱぱ、やり、ぽい?」

「必要なら、ぽいする」

「りぽる、かえる?」

「そのための槍だよ」

 昴は満足そうに頷き、今度こそ卵焼きを口へ入れた。

 美咲も何も付け足さなかった。ただ、食事を終えた蒼真が端末を手に取ると、玄関へ向かう前にシャツの襟を直しながら言った。

「持って帰るものを、間違えないでね」

「槍より、機体と自分?」

「分かってるなら大丈夫」

 美咲の指が襟元から離れる。

 蒼真は、行ってきますと告げて玄関を出た。

*

 短槍型パイルは、試験場中央の整備架へ横向きに固定されていた。

 全長はリポルの肩から足首までより少し短く、前回の軽量槍と比べれば、半分近くまで詰められている。その代わり、穂先から柄の中央にかけては太く、内部には重装杭打ち機を小型化した射出部が収められていた。

 左右へ開いた二つの可動グリップは、持ち手の角度に合わせて動く。後端には射出時の反動を一度受け止め、短い時間をかけて機体へ伝える伸縮機構が組み込まれていた。

 リポルとの接続は、グリップから行う給電と情報通信だけである。腕へ固定する金具も、抜けなくなった武器を自動で回収する機構もない。

「本当に、手を放せば落ちます」

 整備架の脇に立つ牧野が、確認するように言った。

「落ちた方がいいです」

「通常使用中に落としてもらっては困ります」

「その時は拾います」

「大型個体の前では拾わないでください」

 朝、結衣に言われたことと同じだった。

「分かっています」

 蒼真が答えると、牧野は僅かに疑うような目を向けたが、それ以上は言わず、装備の接続作業へ戻った。

 最初に行われたのは、射出を伴わない取り回しの評価だった。

 リポルが短槍を両手で持ち、地面に並べられた障害物の間を進む。左から迫る柱を柄の中央で受け流し、右側の模擬標的へ穂先を向ける。続いて柄を引き、後端で背後の標的を押し返す。

 長槍ほど遠くへは届かないが、機体の全長を超えないため、旋回しても岩壁や樹木を想定した柱へ引っかからない。両手で持っている分、実体剣より腕の自由は減るものの、重心が中央へ寄っているため、走行中に穂先を左右へ振られても姿勢は崩れなかった。

《通常機動への影響、許容範囲内。右手保持負荷、二十二。左手、十九》

「小型が正面から来た場合は、普通に突けます」

『中型を想定した側面荷重を加えます』

 管制室の声に続き、左側の可動柱が槍の中央へぶつかった。

 リポルの腕だけで受ければ、柄ごと胸部へ押し込まれる。蒼真は右足を後ろへ滑らせ、左肘を曲げながら腰を回した。柱の力が穂先へ抜け、槍は機体の正面を横切るように流れる。

 反対側へ振られた穂先を右手で止め、姿勢を戻す。

《腰部最大負荷、三十七。転倒予測、最大十八》

「問題ありません」

 取り回しの評価が終わると、試験場の奥から、大型個体の胸部甲殻を固定した支持架が運ばれてきた。

 第一射は、射出時の反動と貫通力を確認するため、甲殻を動かさずに行う。

 蒼真はリポルを二十メートル離れた開始線へ立たせ、短槍を右側へ構えた。前回の重装杭打ち機と違い、地面へ補助杭を打ち込む必要はない。自分の足で接近し、自分の姿勢で撃つ。

『姿勢制御は通常設定のまま実施してください』

「了解」

 開始信号が点灯する。

 リポルは左足から踏み出し、三歩目で速度を上げた。短槍を胸の前へ引きつけ、甲殻まで五メートルへ入ったところで右足を前へ送る。

 狙うのは、甲殻中央から僅かに左へ寄った薄い部分だった。

 穂先が接触する直前、蒼真は腰を落とし、左足を後方へ置いた。右腕で押すのではなく、脚部から腰、肩、両腕までを一本につなぎ、反動を機体全体で受ける姿勢を作る。

《上体傾斜を検知。姿勢回復を開始します》

 AIが転倒を防ぐため、左脚へ出力を加えた。

 リポルの腰が蒼真の想定より僅かに早く戻り、穂先が狙っていた位置から右へずれる。

「射出」

 止めるには遅かった。

 短槍の内部で圧縮機構が解放され、杭が甲殻へ打ち込まれる。重い衝撃が両腕から肩へ抜け、腰部を通って両脚へ落ちた。リポルの踵が地面を削ったものの、機体は倒れない。

 甲殻へ刺さった穂先を引き抜き、二歩後退する。

《機体損傷なし。転倒予測、最大四十二。対象内部への到達、二十四・七センチ》

 甲殻は貫通していた。

 しかし、杭の出口は狙っていた位置から右へ二十一センチずれている。

「威力は足りています」

 牧野の報告が届く。

「でも、狙った場所ではありません」

『許容誤差内です』

 管制室から返答があったが、蒼真は甲殻に開いた穴を見た。回収された外殻は、どこも同じ厚さではない。実戦では、脚や頭部が動く間を通り、内側の重要器官へ届く場所を選ぶ必要がある。

「甲殻の重なった部分へずれれば、届かない可能性があります。射出時の姿勢補正を変更させてください」

『どの程度ですか?』

「射出動作へ入ったあとは、上体の回復を止めます。AIには脚部の接地と転倒予測だけを任せます」

《姿勢回復を停止した場合、転倒可能性が上昇します》

 AIが通常と変わらない声で警告する。

「予測値が七十を超えた場合だけ介入してください。それまでは、こちらで姿勢を維持します」

《搭乗者による姿勢維持が失敗した場合、射出方向が変化する可能性があります》

「今は、AIが戻したことで変化しました」

《事実として確認しました》

「なら、役割を変更します」

《変更理由を記録しました。射出動作中の上体制御を搭乗者へ移譲。脚部接地、転倒予測、各関節負荷の監視を継続します》

 管理局で、予定と現場が食い違うたびに繰り返してきたやり取りと同じだった。AIは安全を優先する。ただし、何を安全と判断するかは、与えられた条件によって変わる。

 蒼真が戦闘判断を持ち、AIへ監視と機体保護を任せる。どちらかを切るのではなく、重なっていた仕事を分ければいい。

 第二射では、甲殻が可動台座へ固定された。

 今度は接触の直前から左右へ不規則に動き、杭が刺さったあとは、甲殻ごと後方へ下がる。抜けなくなった武器を、いつ手放すべきか確認する試験でもあった。

 新しい射出部へ交換された短槍を持ち、リポルが開始線へ戻る。

『第二射。射出後、装備回収の可否は搭乗者が判断してください』

「了解」

 信号が点く。

 リポルは真正面から進まず、右斜めへ走った。台座が左へ動けば距離を詰め、右へ戻れば一度歩幅を狭める。甲殻の動きを追って照準を振るのではなく、両者が重なる位置へ自分の進路を合わせた。

 残り四メートル。

 甲殻が左から右へ切り返す。

 蒼真は右足を外側へ踏み、腰を甲殻へ向けた。短槍を胸の前から突き出し、穂先が薄い部分へ触れる瞬間に左足を後方へ置く。

《上体傾斜、十二。転倒予測、三十一》

 AIは姿勢を戻さない。

「射出」

 杭が甲殻を打ち抜いた。

 反動が両手を押し返す。可動グリップが内側へ滑り、柄の後端にある伸縮部が一度縮んだ。そこで受け止められた衝撃が肩、腰、脚へ順に伝わり、リポルの左足が地面へ深く沈む。

《対象貫通。転倒予測、最大五十三。機体損傷なし》

 直後、台座が後方へ下がった。

 甲殻へ食い込んだ槍が両腕を引く。蒼真は一度だけ抜ける方向へ柄を捻ったが、穂先は動かなかった。

 回収できない。

 判断した瞬間、左右の指を開いた。

 グリップから給電が切れ、短槍は甲殻へ残る。リポルの身体だけが自由になり、蒼真は引かれていた力を後退へ変えた。

 左足を甲殻から遠ざけ、右足で地面を蹴る。大型個体の前脚を想定した可動柱が右から落ちてきたため、防盾を斜めに上げ、その表面を滑らせながら外側へ抜けた。

《装備放棄から安全圏到達まで、〇・八秒》

 前回の十三・一秒とは比べるまでもなかった。

 甲殻を載せた台座が停止する。短槍は中央より左へ寄った狙いどおりの位置を貫き、柄を斜めに残していた。

 蒼真は安全圏から振り返った。

「回収はできますか?」

『試験終了後、整備班が行います』

「実戦では?」

『作戦目的達成後、周辺の安全が確保された場合に限り回収対象とします』

「安全が確保できなければ?」

『放棄します』

 蒼真は頷いた。

「それでいいと思います」

 そこで言葉を止め、甲殻へ残された短槍を見た。

 射出部はすでに使用されている。仮に槍を引き抜けたとしても、内部の杭と圧縮機構を交換しなければ、次の大型個体には使えない。交換作業には整備設備が必要で、戦場で行うことは想定されていなかった。

「予備の槍はありますか?」

『第十回評価で携行する予定はありません』

「射出部だけを現場で交換することは?」

『整備班による交換を前提としています。戦闘中の再装填には対応していません』

 短槍型パイルは、大型個体を一体倒した時点で、通常の槍としてさえ手元から失われる。

 蒼真は、誰へ向けるでもなく呟いた。

「これ、大型が二体いたら、撤退ですね」

 管制室からの返答が、一拍遅れた。

『現時点で、第十回評価地点に確認されている大型個体は一体です』

「確認できている範囲では、ですよね」

『そのとおりです』

「なら、二体目を確認した時点で撤退条件に入れてください。予備を持てば、今度は動きが落ちます」

『提案を記録します』

 試験場の外で、牧野が槍の射出記録を確認している。武器を失うことを肯定され、複雑そうな顔をしていたが、反論はしなかった。

 短槍型パイルは、大型個体の甲殻を貫いた。

 抜けなくても、一秒以内に手放せた。

 ようやく、倒すことと帰ることが、同じ武器の中へ収まった。

*

 帰宅後、蒼真が短槍型パイルの結果を話すと、結衣は最初に武器の行方を尋ねた。

「ちゃんと捨てた?」

「捨てたというより、試験場へ置いてきた。あとで回収されたよ」

「本番なら?」

「拾わずに帰る」

「なら、よし」

 朝と同じ言葉で認められ、蒼真は椅子へ座った。

 美咲は夕食を取り分けながら、試験で甲殻を貫通したことより、手放してから安全圏へ出るまでの時間を聞いた。

「一秒かからなかったよ」

「本当に?」

「〇・八秒」

「今日は、細かくてもいい」

 昨日とは反対のことを言われ、蒼真は少し迷ってから頷いた。

 昴は椅子の上で両手を開き、何かを放り投げる真似をしている。

「ぱぱ、やり、ぽい!」

「投げてはいないよ。手を放しただけ」

「ぽい!」

「昴の中では、それでいいんじゃない?」

 結衣が笑い、美咲も口元を緩めた。

 蒼真は、槍を捨てる動作を楽しそうに繰り返す昴を見ながら、今度の武器なら帰れるかもしれないと思った。

 次に相手をするのは、固定された甲殻ではない。

 生きた大型個体が、こちらを見て動く。

 その事実まで消えたわけではなかったが、今夜の食卓で話すのは、そこまででよかった。

*

 同じ日の夜。

 相馬が予約された店へ着いた時、八神の妹はすでに入口の脇で待っていた。

 約束の時刻までは、まだ五分ある。仕事中と大きく変わらない服装で、片手には小さな鞄だけを持ち、資料も端末も開いていない。

「待たせましたか?」

「いいえ。到着は三分前です」

「自分が来る前の二分は?」

「待機時間です」

「待っていたことにはならないんですか?」

「予定時刻前です」

 彼女はそう答え、先に店の扉を開けた。

 案内されたのは、奥の壁際にある二人席だった。前回の店より照明が明るく、窓の外には夕方の街路が見える。仕事帰りの人や家族連れが行き交い、店内にも食器の触れ合う音と低い話し声が満ちていた。

 八神の妹は席へ座ると、鞄から予約内容を表示した端末だけを取り出した。

「食事は三種類から選択できます。甘味は食後に提供されます」

「今日は、資料を持っていないんですね」

「本日は業務ではありません」

 相馬はメニューを開きかけた手を止めた。

「仕事の続きではないんですか?」

「大隊戦記録の確認は、昨日終了しました」

「では、今日は何のために?」

 八神の妹は、質問の意味を確かめるように相馬を見た。

「食事の約束をしたためです」

「そうですね」

 答えは正しい。ただ、仕事でなければ何なのかという問いに、食事だから食事をする、と返されただけでもある。

 相馬は追及を諦め、肉料理を選んだ。彼女は魚料理を選び、注文を終えると端末を伏せた。

「今日は、橘二尉の武器評価が行われています」

「結局、仕事の話をするんですね」

「話してはいけませんか?」

「いえ。少し安心しました」

「なぜですか?」

「急に食事だけをすることになった理由が、まだ分かっていなかったので」

「理由は必要ですか?」

 今度は相馬が返事に困った。

 彼女は本当に分からないらしい。食事をする約束をしたから店を探し、相馬が甘味を嫌いではないと確認したから期間限定の苺を選んだ。そこへ別の意味があるかどうかを、考えていないように見える。

「必要ではないと思います」

 相馬が答えると、彼女は一度だけ頷いた。

 料理が運ばれてくるまでの間、二人は展示会場の記録について話した。相馬が武装のない機体で中型個体を引きつけたこと。その機体が吹き飛ばされ、蒼真に外へ放り出されたことで意識を取り戻したこと。そこから、蒼真が別の展示機へ乗り込み、中型個体を倒すところを見たこと。

「当時、橘二尉がフレイムワーカーへ乗れることを知っていたんですか?」

「いいえ。管理局にいたことも、乗りたくないことも知りませんでした」

「では、なぜ展示機へ乗れたと判断したのですか?」

「判断する前に乗っていましたよ。あいつの家族へ中型が向かっていたので」

 八神の妹は数秒黙り、相馬の言葉を記憶へ加えるように視線を下げた。

「通常は、操作方法を確認します」

「普通はそうでしょうね」

「橘二尉は確認しなかった?」

「時間がなかったんだと思います。あとから考えれば、あれも今と同じだったのかもしれません」

「何がですか?」

「帰さないといけない人がいると、先に動くところです」

 彼女は理解したとも、理解できないとも言わず、運ばれてきた魚料理へ視線を移した。

 食事中の会話は、仕事の話から高校時代へ移った。

 蒼真が同級生の顔をほとんど覚えていなかったこと。相馬も当時は蒼真を好いていなかったこと。再会してから、乗りたくないと言いながら誰かのために機体へ乗る姿を見て、印象が変わったこと。

「橘二尉には、嫌われる要素があったんですか?」

「本人が聞いたら、自分には分からないと言うでしょうね」

「あなたは、どう答えますか?」

「そういうところです」

 八神の妹は理解できなかったらしく、僅かに首を傾けた。

 食事の皿が下げられたあと、背の高い器に盛られた苺パフェが二つ運ばれてきた。薄く切られた苺が器の縁へ並び、その下には白いクリームと淡い桃色の層が重なっている。

 相馬は自分の前へ置かれた器を見た。

「本当に、自分の分も頼んでいたんですね」

「嫌いではないと確認しました」

「好きだとは言っていませんよ」

「では、嫌いですか?」

「好きです」

「問題ありません」

 八神の妹は迷いなくスプーンを取り、上に載った苺から食べ始めた。表情は変わらない。美味しいとも言わない。それでも前回と同じく、食事の時よりスプーンを置く間隔が短かった。

「美味しいですか?」

「同じ商品を再度選択しても支障はありません」

「それは、美味しいという意味でいいんですか?」

「評価として不足がありますか?」

「ありません」

 相馬もパフェへスプーンを入れた。苺の酸味よりクリームの甘さが強く、食後に一人で食べるには量が多い。それでも、向かい側で同じものを食べている彼女を見ていると、注文を断らなくてよかったと思えた。

 八神の妹は最後まで食べ終えると、空になった器へ視線を落とした。

「次回は、食事と甘味を別の店にする方法もあります」

 相馬のスプーンが止まる。

「次回もあるんですか?」

「今回だけで終了する理由がありますか?」

「ありません」

「では、問題ありません」

 彼女は端末を開き、予定表を表示した。

 相馬は、日程を決める前に一つだけ確かめることにした。

「次も、仕事ではないんですよね?」

「業務として申請する必要がありますか?」

「ありません」

「では、業務ではありません」

 答えは最後まで、事実を確認しただけのように淡々としていた。

 それでも彼女の予定表には、相馬と食事をするための空白が、すでに二か所用意されていた。

*

 夜。

 日記。

―――

 八月十三日。

 短槍型杭打ち装備の評価が行われた。

 通常の槍として使用でき、小型や中型を想定した機動にも大きな影響はなかった。

 第一射では、大型個体の甲殻を貫通したが、AIの姿勢補正によって狙った位置から二十一センチずれた。

 射出動作中の上体制御を自分へ移し、AIには脚部接地、転倒予測、各関節負荷の監視を任せるように変更した。

 第二射では、狙った位置を貫通した。

 槍が抜けなかったため、手を放して離脱した。

 装備放棄から安全圏へ到達するまで、〇・八秒だった。

 大型個体を止める威力と、攻撃後に帰るための条件は、どちらも満たしていると思う。

 実戦では、槍を回収しない可能性がある。

 短槍型杭打ち装備は、戦場で再装填できない。

 大型個体が二体いた場合、一体を止めたあとに二体目へ対応する武器がなくなる。

 第十回評価では、大型個体を二体確認した時点で撤退するよう提案した。

 現在確認されている大型個体は一体だが、確認できていない個体がいないとは限らない。

 美咲と結衣から、必要であれば必ず手放すように言われた。

 昴は、槍を捨てる動作を、ぽい、と表現していた。

 意味は合っていると思う。

 次は、第一中隊と第三中隊で、第十回評価のための合同訓練を行う。

 実際の大型個体を相手に、同じ判断ができるかは分からない。

 槍より、機体と搭乗者を持って帰ることを優先する。

 以上。

―――

*

 中央戦術支援統合網では、短槍型杭打ち装備の評価記録が、第八回および第九回の結果と比較されていた。

 通常戦闘時の取り回し。

 基準達成。

 対大型貫通性能。

 基準達成。

 射出後の装備放棄。

 基準達成。

 戦場での再装填。

 対応不可。

 同時対処可能な大型個体数。

 一体。

 攻撃位置からの離脱時間。

 〇・八秒。

 射出時の姿勢制御について、搭乗者はAI介入を停止するのではなく、担当範囲を再設定した。

 搭乗者とAIの判断競合は解消されている。

 短槍型杭打ち装備。

 第十回評価への投入条件を満たす。

 運用制限。

 二体目の大型個体を確認した場合、評価を中止し、全部隊を撤退させる。

 次段階。

 第一中隊および第三中隊による合同作戦訓練。

 対大型実地評価の準備を開始する。

 観察を継続する。

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