第八十八話 倒せても帰れない
第九回評価の朝、蒼真は食卓の端へ置いた端末で、重装杭打ち機の最終資料を確認していた。
右腕へ固定された射出装置に加え、両脚へ一本ずつ補助杭を打ち込み、腰部から伸ばした二本の支持腕で機体を地面へ固定する。前回の軽量槍とは違い、最初から通常戦闘に使うことは想定されていない。大型個体の動きを止めたあと、その甲殻を確実に貫くためだけの装備だった。
昨夜送った質問への回答は、今朝になっても《条件により変動》のままである。
「朝ご飯を食べながら見るもの?」
美咲が蒼真の前へ味噌汁を置き、端末の画面へ目を向けた。
「今日使う武器の資料。撃ったあと、動けるようになるまでの時間を確認してる」
「まだ分からないの?」
「計算上は四・二秒。でも、杭が深く入った場合や、相手が動いた場合は変わるらしい」
蒼真が図面を拡大すると、美咲は向かい側の椅子へ座らず、そのまま画面を覗き込んだ。機体の右腕は巨大な装置に覆われ、足と腰は地面へ縫い止めるように固定されている。
「これ、撃ったあとに帰ってこられるの?」
美咲が尋ねたのは、想定される貫通力でも、大型個体を倒せる確率でもなかった。
「切離装置はあるよ」
「すぐに外れるの?」
「それを今日確認する」
「外れなかったら?」
「試験だから、停止させる」
「本番だったら?」
答えようとして、蒼真は画面へ視線を戻した。右腕の固定を解除できなければ、装備ごと切り離す。装備側の分離ができなければ、肩部から右腕を強制排除する機構もある。
どちらも、正常に作動することを前提とした手順だった。
「本番で使えるかを確認するための試験だよ」
「答えになってないよ」
美咲の声は強くなかった。それでも、端末を持つ蒼真の指が止まった。
結衣がトーストを皿へ置き、画面を横から覗く。
「前の槍より、すごく重そう」
「六倍以上ある」
「そんなのを持って走れるの?」
「走る武器じゃない。三浦一尉たちが大型を止めて、その間に近づいて撃つ」
「それって、お父さんが逃げられない間、三浦さんたちも待ってないといけないんじゃない?」
蒼真は再び答えられなかった。
右腕を引かれたリポルが動けなければ、周囲の隊員は離脱できない。自分一人が帰れなくなるのではなく、自分を守るために残った機体も危険へ晒すことになる。
「だから、今日調べてくる」
ようやく口にすると、美咲は蒼真の顔を見たあと、端末を伏せた。
「それなら、朝ご飯を食べてから調べて」
「まだ途中なんだけど」
「家を出る時間までに食べ終わらない方が、今は問題です」
言われて時計を見ると、出発まで二十分を切っていた。
昴は話を聞いていたのかいなかったのか、椅子の上で両足を揺らしている。
「りぽる、どーん?」
「今日は大きいのを撃つよ」
「ぱぱ、かえる?」
昨日と同じ問いを向けられ、蒼真は伏せられた端末へ手を置いた。
「帰れるか、調べてくる」
「かえってきてから、しらべる?」
昴の中では、帰宅してから結果を確認するという意味なのだろう。けれど、蒼真には別の言葉にも聞こえた。
「うん。帰ってきてから、みんなに話すよ」
昴は満足そうに頷き、卵焼きへフォークを刺した。
美咲もそれ以上は聞かなかった。ただ、食事を再開した蒼真の前へ麦茶を置く時、伏せた端末を少しだけ遠くへ押した。
*
第九回評価に使用される重装杭打ち機は、資料で見るよりも大きかった。
リポルの右前腕を覆う本体は肘から肩近くまで達し、先端に収められた杭だけでも小型個体の胴ほど太い。右腕の重量を支えるため、背部には独立した補助動力部が追加され、そこから伸びた太い配線が肩部を通って射出装置へつながっている。
両脚の外側には地面へ打ち込む補助杭が一本ずつ、腰の後方には折り畳まれた支持腕が二本取り付けられていた。
装着を終えたリポルが格納庫から試験場へ出ると、右足を運ぶたび、肩が僅かに下がった。AIが左右の出力差を補正しているため歩行そのものは安定しているが、普段のリポルとは重心の位置がまるで違う。
《歩行速度、通常時の六十二パーセント。右肩保持負荷、三十一》
「接近中に襲われた場合、このまま戦えますか?」
『左腕の防盾と脚部による防御行動は可能です。右腕による通常攻撃は推奨されません』
「撤退は?」
『装備を切り離せば可能です』
何をするにも、切り離せることが前提になっている。
試験場の中央には、大型個体の胸部を模した甲殻が可動台座へ斜めに固定されていた。台座の左右には油圧式の可動柱が二本あり、甲殻を前後左右へ振ることで、拘束された大型個体が身を捩る状態を再現する。
三浦機は甲殻の左前方、八神の機体は右側で待機していた。実戦を想定するなら、二人が大型の前脚と頭部を抑え、蒼真が側面から胸部へ入る配置になる。
『橘さん』
三浦の声が通信へ入る。
「はい」
『違和感があれば、撃つ前でも止めてください。動けない機体を守り続ける訓練はしていません』
朝、結衣に言われたことと同じだった。
「分かりました」
『本当に分かっていますか?』
「三浦一尉たちが残ることになるので、無理なら止めます」
『それなら大丈夫です』
短いやり取りのあと、試験開始を示す警告灯が点いた。
蒼真は重い右腕を身体の前へ置き、甲殻へ向かって進んだ。二十メートルまでは直進し、そこから右へ回り込む。大型が正面へ意識を向けている間に、前脚の外側から胸部へ入る想定だった。
甲殻まで残り五メートルへ入ると、台座が左へ動いた。正面がずれ、杭の先端が狙っていた中央から外れる。
《目標位置、左へ一・二》
蒼真は足を止めず、右足の歩幅だけを狭めた。重い右腕を振り回さず、腰から機体全体を左へ向ける。台座が戻り始めた瞬間に左足を外側へ踏み、甲殻の動きと照準を重ねた。
《射出可能範囲》
「固定します」
両脚の補助杭が展開し、地面へ向かって打ち込まれた。土と砕石が外側へ跳ね、リポルの踵が沈む。続いて腰部の支持腕が後方へ伸び、二本の先端が地面を捉えた。
左脚、右脚、左右の支持腕。
四点を地面へ固定されたリポルは、右半身を前へ出した姿勢で動きを止める。
《姿勢固定完了。射出時予測負荷、許容範囲内》
蒼真は右腕を甲殻へ近づけた。杭打ち機の先端が外殻へ触れ、機体と標的の間から隙間が消える。
「撃ちます」
操作と同時に、爆発に近い音が試験場を揺らした。
射出された杭が甲殻の中央へ食い込み、厚い外殻を内側から押し割る。支持架ごと可動台座が後方へ沈み、リポルの右肩も反動で大きく持ち上がった。
《対象貫通。右肩最大負荷、八十八。固定部、正常》
甲殻の裏側から杭の先端が突き出している。
前回の軽量槍では届かなかった深さを、一撃で抜いていた。
『標的動作を開始します』
管制室の声と同時に、可動台座が右へ滑った。
甲殻へ突き刺さった杭も横へ引かれ、リポルの右腕が強く外側へ開く。両脚と腰を地面へ固定した機体は、下半身を残したまま上体だけを捩られた。
《右肩負荷、九十三。腰部へ偏荷重》
「杭を分離」
《射出部の分離を実行。接続圧が規定値を超過しています》
固定を解除するための表示が黄色から赤へ変わる。台座は止まらず、今度は前方へ動いた。右腕を引かれたリポルの踵が浮こうとするが、脚部杭が地面へ残っているため膝だけが深く曲がった。
《転倒予測、五十八》
「右腕の固定を解除」
《第一固定部、解除。第二固定部、荷重により作動遅延》
装備本体を留めていた四箇所のうち、一つだけが外れる。残った固定部へ負荷が集中し、右肩の警告音が間隔を縮めた。
『橘さん、停止させますか』
三浦の声が届く。
試験ならば、ここで台座を止められる。しかし、生きた大型個体は止まらない。
「あと一度だけ続けます」
蒼真は両脚の杭を同時に抜こうとせず、台座へ近い右脚だけを先に解除した。自由になった右足を引かれる方向へ踏み込み、腰の支持腕も右側だけを畳む。
機体全体を甲殻へ近づけることで、右肩へかかっていた力が一瞬だけ弱まった。
「再解除」
《第二、第三固定部、解除》
前腕を覆っていた装甲が開き、杭打ち機の本体が右腕から剥がれ始める。しかし、最後の固定部には捩れた装甲が噛み込み、解除表示が点滅したまま変わらない。
可動台座が今度は左へ戻る。
蒼真は左脚の補助杭を抜き、残っていた支持腕を格納した。下半身が自由になった直後、甲殻に引かれる力へ逆らわず、リポルを前へ走らせる。
距離を詰めながら右腕を内側へ捻ると、変形した固定具が装甲の溝から外れた。
重装杭打ち機が甲殻へ残り、リポルの右腕が自由になる。
蒼真は左へ二歩踏み、防盾を地面へ突いて傾いた上体を支えた。右足が砕石を深く削ったものの、機体は倒れずに止まる。
《離脱完了。射出から十三・一秒。右肩駆動部、継続使用可能》
試験場へ静けさが戻った。
甲殻は完全に貫かれている。杭の先端は裏側から大きく飛び出し、その周囲には放射状の亀裂が走っていた。大型個体へ同じ位置から撃ち込めば、内部へ致命的な損傷を与えられる可能性は高い。
それでも、蒼真は成功したとは思えなかった。
『搭乗者所見をお願いします』
「貫通力は足りています」
蒼真は右腕を曲げ伸ばしし、切離後の可動を確かめた。機体そのものに致命的な損傷はない。ただし十三秒、何もない試験場でさえ、その場から離れられなかった。
「でも、撃ったあとに帰れません」
『緊急切離には成功しています』
「動きが決められた標的から離れるのに十三秒かかりました。相手が生きていれば、右肩を壊されるか、機体ごと倒されます」
管制室の窓越しに、何人かが資料へ視線を落とした。
「自分が動けなければ、三浦一尉たちも離脱できません。倒せても、搭乗者と周囲の隊員が帰れない武器は使えないと思います」
朝、美咲と結衣が見つけた問題は、試験の中でそのまま数字になっていた。
*
杭打ち機を外されたリポルが整備区画へ戻ると、牧野は右前腕の固定具を外し、変形した部分を一つずつ確認した。
「第四固定部の解除遅延は、装甲の変形が原因です。強度を上げれば変形は抑えられますが、その分、装備の重量が増えます」
「軽くすると、貫通力が落ちますか?」
「射出部だけなら維持できます。ただし、反動をどこで受けるかが問題です」
蒼真は前回の軽量槍と、今回の杭打ち機の断面図を同じ画面へ並べた。軽量槍は攻撃後に動けるが、威力が足りない。重装型は甲殻を抜けるが、機体を地面へ固定しなければ反動を受けられない。
「短い槍にできませんか?」
「槍、ですか?」
「腕へ固定せず、両手で持ちます。小型や中型には普通の槍として使って、大型へ近づいた時だけ杭を撃つ。反動は右腕だけで受けず、両腕から肩、腰、脚へ流します」
蒼真は画面上の軽量槍を縮め、穂先の射出部だけを重装型に近い構造へ置き換えた。柄の中央には両手で保持するための可動グリップを加え、後端へ反動を逃がす伸縮部を置く。
「撃ったあとに抜けなければ、手を放せます。機体と接続する場合も、握り手から電力を送るだけにして、装備ごと捨てられるようにしてください」
「扱う側は簡単に言いますね」
牧野は困ったように笑いながらも、すでに端末へ構造を書き込んでいた。
「難しいですか?」
「難しいです。でも、第十回評価の直前に言われるより、今聞けた方が助かります」
少し離れた場所で話を聞いていた三浦が、二つの試作武器を見比べる。
「反動を全身へ流すなら、リポルの姿勢制御が必要ですね」
「はい。ただ、AIへ全部任せると、撃つ前に安全側へ補正されるかもしれません」
「橘さんが制御する?」
「射出する瞬間だけ、介入量を下げます」
三浦はそれ以上何も言わなかった。蒼真が管理局でAIとのやり取りに慣れていることも、必要なら機体の主導権を迷わず引き取ることも知っている。
問題は、その方法を誰でも使えるわけではないことだった。
「比較用の操縦評価を始めます」
牧野が端末を閉じる。
「三浦一尉、準備をお願いします」
大型用武装を設計するにあたり、蒼真以外の搭乗者がどこまでリポルを扱えるか確認する試験も予定されていた。三浦はヘルメットを受け取り、整備台へ戻されたリポルを見上げた。
「乗るだけなら、問題ないと思います」
「それを数字にするための評価です」
牧野の返答に、三浦は小さく笑って操縦席へ向かった。
*
リポルは、三浦の操作でも問題なく歩いた。
右へ入力すれば右へ向き、腕を上げれば指定された高さへ動く。通常走行でも姿勢は安定し、直線だけなら蒼真と大きな差はなかった。
違いが表れたのは、障害物の間を高速で抜ける機動評価へ移ってからだった。
三浦は正面の壁を左へ避けるため、腰を落としながら右足へ出力を集めた。通常機ならば、上体を先に倒し、その重さを脚部が追いかけることで、一歩目から最大に近い加速へ入る。
しかし、足を蹴り出す直前、リポルのAIが上体の傾きを転倒の兆候と判断し、左足へ姿勢回復の出力を加えた。
三浦の入力と機体の予測が重なり、踏み込みが半歩だけ浅くなる。
壁は避けた。けれど、その先にある二本目の柱へ入る角度が狭まり、三浦は右肩を引いて接触を避けなければならなかった。
次の旋回では、腕の振りで重心を先へ投げようとする。リポルは今度も姿勢を戻そうとし、腰部の回転を僅かに抑えた。
『予測制御を下げますか?』
「二十まで」
《現在値四十八から二十へ変更します》
介入が減ると、リポルは三浦の入力へ素直に従った。代わりに、機体の鋭すぎる反応を一つずつ人間が抑えなければならない。踏み込みは速くなったが、着地のたびに足首と腰の出力を調整する操作が増えた。
三浦は最後まで障害物へ触れず、規定の経路を走り切った。それでも、停止線へ戻った時の記録は、自分の通常機より一・七秒遅かった。
操縦席から降りてきた三浦の顔に疲労はなかったが、納得していないことは、ヘルメットを外す手つきから伝わった。
「どうでしたか?」
牧野が端末を構えたまま尋ねる。
「動かせます。ただ、自分が動く前に機体が気を利かせます」
「予測制御が邪魔ですか?」
「邪魔というより、考えが重なります。俺は機体に助けてもらうより、遅れずについてきてほしい」
牧野は顔を上げ、三浦の言葉を確かめるように頷いた。
「では、予測を減らして、入力への追従を優先した方がいいんですね」
「脚と腰の初動も、もう少し強くていいです。腕と肩は、多少乱暴に使っても遅れない方が助かります」
「三浦一尉の『多少』は、一般的な基準ではありません。過去の記録から数値を取ります」
三浦が苦笑すると、牧野も端末へ目を落としたまま僅かに笑った。
そのやり取りを隣で聞いていた蒼真は、リポルの機動記録と三浦機の過去データを並べた。
「三浦一尉には、別の機体を作った方がいいと思います」
牧野の指が止まり、三浦も蒼真へ顔を向けた。
「別の機体、ですか?」
「リポルへ合わせるより、三浦一尉の動きへ合わせた方が早いです。AIは危険通知と出力管理だけにして、姿勢制御は最低限にする。脚部と腰部の初動を上げて、腕と肩を近接戦闘向けに強くすれば、今の機体より動きやすくなると思います」
「橘さん」
三浦は一度呼びかけたあと、その先を言わなかった。
大型個体を倒すための短槍は、リポルと蒼真が使うことを前提に設計が進む。さらに三浦の動きへ合わせた機体まで作られれば、二人は互いの不足を補う組み合わせとして、今後の作戦へ組み込まれる可能性が高い。
蒼真が望む、後進へ引き継いで自分が降りる道とは、反対の方向だった。
「何でしょう?」
「いえ。間違ってはいません」
止める理由がないことを認め、三浦は視線を逸らした。
牧野は二人を交互に見てから、新しい資料を開いた。まだ名称もない機体の設計欄へ、三浦の過去記録と先ほどの所見を入力していく。
「専用機になるかは分かりません。まずは量産機を基礎にした改修案として提出します」
「その方がいいと思います」
蒼真が当然のように頷く。
三浦は、短槍の設計図と新しい改修案が同じ画面へ並ぶのを見ながら、自分たちの逃げ道が二本まとめて塞がったように感じていた。
*
帰宅した蒼真が第九回評価について説明すると、美咲は食卓へ味噌汁を置く手を止めた。
「十三秒?」
「十三・一秒」
「そこは細かくしなくていいの」
美咲は椀から手を離し、向かい側へ座った蒼真を見た。朝よりも笑顔に近い表情をしているのに、目だけは笑っていない。
「試験だから帰ってこられた。でも、本物だったら帰れなかったかもしれない。そういうこと?」
「大型がどの方向へ動くかによるけど、可能性は高いと思う」
「じゃあ、それは使えない武器だね」
「不採用になったよ」
蒼真が答えると、美咲の表情から僅かに力が抜けた。
「次はどうするの?」
「短い槍を提案した。普段は槍として使って、大型へ近づいた時だけ杭を撃つ。抜けなければ手放して帰れるようにする」
「今度は、本当に帰れるの?」
「それを第十回で確認すると思う」
美咲は何か言いかけたが、隣で昴がスプーンを槍のように構えたため、先にそちらへ手を伸ばした。
「昴。朝も言ったけど、食卓で戦わない」
「りぽるのやり」
「リポルの槍も、食卓では使いません」
「どこでつかう?」
「お仕事の場所」
「ぱぱ、どーんして、かえる?」
昴の言葉に、美咲と結衣の視線が同時に蒼真へ向いた。
「倒して、帰るための槍にする」
蒼真が答えると、昴は満足してスプーンを置いた。
「それと、三浦一尉もリポルに乗ったよ」
話題を変えたつもりだったが、美咲の視線は緩まなかった。
「三浦さんも乗れるの?」
「動かせる。でも、AIの補正と三浦一尉の操作が重なるから、今の機体より遅くなった」
「じゃあ、お父さんしか乗れないままなの?」
結衣が尋ねる。
「今のリポルは、そうなるかもしれない。三浦一尉には、別の機体を作った方がいいって提案した」
「お父さんが?」
「三浦一尉の動きに合わせて、AIを減らした方がいいと思ったから」
結衣はしばらく蒼真の顔を見ていた。
「お父さん、ワーカーを辞めたいんだよね?」
「できれば、管理局の仕事へ戻りたい」
「なのに、自分の新しい武器と、三浦さんの新しい機体を作るの?」
「必要なものを提案しただけだよ」
「そういうところだと思う」
結衣は誰かの言葉を借りるように言い、煮物へ箸を伸ばした。
美咲は何も言わなかった。ただ、蒼真の前へ置かれた魚から骨を外しながら、困ったように笑っている。
「何?」
「蒼真は、降りる方法を探しているのに、乗っている間に必要なものを全部揃えようとするね」
「自分が降りても、次の人が使えるから」
「その短い槍を、次の人も使えるの?」
蒼真は答える前に、一度考えた。
反動を全身へ流すためには、機体の姿勢と出力を射出の瞬間まで合わせなければならない。AIの介入量を調整しながら、対象が動く方向も見て判断する必要がある。
「練習すれば、使えると思う」
「今すぐ使える人は?」
「まだ分からない」
「蒼真は?」
「多分、使える」
美咲は外し終えた魚の骨を小皿へ置いた。
「やっぱり、そういうところだと思う」
今度は美咲にまで同じことを言われ、蒼真は二人の顔を交互に見た。しかし、結衣も美咲も説明を続けるつもりはないらしく、食事を再開している。
昴だけが、蒼真の皿を覗き込んだ。
「ぱぱ、ほね、ない?」
「美咲が取ってくれたからね」
「まま、つよい?」
「強いよ」
即答すると、美咲がようやく声を出して笑った。
*
夜。
日記。
―――
八月十二日。
第九回評価が行われた。
重装杭打ち機は、大型個体の胸部甲殻を一度で貫通した。
貫通力は足りている。
しかし、射出後に杭打ち機を切り離し、リポルが移動できるようになるまで十三・一秒かかった。
実際の大型個体が相手であれば、右肩を破壊されるか、機体ごと転倒する可能性がある。
自分が動けない間、周囲の隊員も離脱できない。
倒せても、搭乗者と他の隊員が帰れない武器は使えない。
腕へ固定しない短槍型の杭打ち装備を提案した。
小型や中型には槍として使い、大型個体へ接近した時だけ杭を射出する。抜けなくなった場合は、槍を手放して離脱できる。
牧野さんは難しいと言っていたが、作れないとは言わなかった。
三浦一尉もリポルへ乗った。
操縦はできたが、リポルのAIと三浦一尉の判断が同時に動くため、現在の機体より扱いづらそうだった。
三浦一尉には、AIの介入を減らし、脚部と腰部の反応を上げた機体の方が合うと思う。既存の量産機を基礎に、改修案が検討されることになった。
自分以外がリポルへ乗れるようにする評価だったはずだが、三浦一尉用の機体を作る話が増えた。
少し予定と違う気がする。
美咲と結衣から、降りたいのに必要なものを自分で揃えていると言われた。
必要なものが不足したまま、誰かへ引き継ぐことはできないと思う。
昴には、倒して帰るための槍にすると話した。
第十回評価は、実際の大型個体を対象に行われる予定である。
槍が完成しても、使わずに終わる方がいいと思う。
以上。
―――
*
同時刻。
中央戦術支援統合網では、第八回および第九回評価の記録と、新たに提出された二件の設計案が比較されていた。
軽量貫通槍。
離脱性能、基準達成。
対大型貫通性能、基準未達。
固定式重装杭打ち機。
対大型貫通性能、基準達成。
緊急離脱性能、基準未達。
橘蒼真は、いずれの装備についても、撃破可能性だけではなく、攻撃後の帰還可能性を同一条件として評価した。
短槍型杭打ち装備の提案は、二つの試作装備が持つ利点を限定的に統合し、欠点を装備放棄によって回避する構造となっている。
実現可能性、あり。
搭乗者適性への依存、大。
また、三浦直人によるリポル操縦評価では、機体操作そのものに問題は確認されなかった。しかし、高い予測制御と搭乗者による先行入力が競合し、総合戦闘効率は現用機を下回った。
リポルへの適性、不十分。
近接戦闘用低介入機への適性、高。
橘蒼真が提案した改修案は、三浦直人の戦闘記録と一致する。
二名を同一作戦へ投入した場合、橘蒼真が戦域把握と防御、三浦直人が前衛制圧を担当することで、相互の負担を低下させる可能性がある。
専用装備。
専用機。
運用単位としての固定化。
本人たちへの追加通知は、現時点では不要。
第十回評価。
対大型実地試験へ移行する。
観察を継続する。
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