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第七十九話 基準値

 八月三日。


 占拠された街が解放されてから二日が過ぎても、中央防衛局の正面玄関には報道車両が並んでいた。


 敷地の外から望遠レンズを向ける者もいれば、出入りする公用車の台数を数えている者もいる。紫色の試験機に誰が乗っていたのか、防衛局は公表していない。それでも、映像に残された機体がどこに保管されているのかを突き止めようとする人間は、昨日より明らかに増えていた。


 蒼真を乗せた第三中隊の車両は、正門ではなく資材搬入口から地下駐車場へ入った。


 窓のない通路を歩きながら、蒼真は首から下げた身分証を見た。所属欄には第三中隊、勤務先には復興管理局と記されている。どちらも昨日までと変わっていないのに、警備員は顔写真と本人を二度見比べ、通過記録へ時刻まで書き込んだ。


「有名人は大変だな」


 後ろを歩いていた相馬が笑いを含んだ声を出すと、蒼真は身分証を胸元へ戻した。


「公表されていません」


「だから余計に探されるんだろ」


「見つかっても、説明することはありません」


「そういうところだよ」


 相馬は肩を揺らしたが、隣を歩く八神隊長は笑わなかった。会議の案内を受け取ってから、隊長の眉間には細い皺が残ったままである。


 前を歩いていた三浦も、今日は振り返らない。戦闘を終えた機体の整備記録に目を通しながら、地下通路の角を曲がっていく。


 蒼真だけが、何について話す会議なのかを知らされていなかった。


「リポルの運用について、としか書かれていませんでした」


 蒼真が言うと、八神隊長が足を止めずに答えた。


「俺たちにも同じ文面だ」


「配置変更ですか?」


「それなら作戦部だけで決められる」


「では、機体の修理でしょうか」


「開発部の会議室へ呼ばれている時点で、修理だけでは済まない」


 八神隊長はそれ以上を口にしなかった。


 廊下の突き当たりには、兵器開発部の標章が掲げられている。扉の脇に立つ職員へ身分証を渡すと、蒼真だけ、さらに搭乗資格と常設即応要員の登録まで確認された。


 常設即応要員。


 三か月間の試験運用を終え、第三中隊へ正式に所属した時から、その資格は残っている。軍が必要だと判断すれば、復興管理局へ出向している今でも召集できる。


 今回も、それに従って出動した。


 蒼真は確認端末へ指を置きながら、何も変わっていないはずの登録が、昨日より重くなったように感じていた。


*


 会議室の中央には、縮尺模型ではなく、リポルの設計図が表示されていた。


 紫色の外装は取り払われ、骨格、人工筋繊維、姿勢制御装置、各部の動力伝達系が層ごとに色分けされている。その横には市街地再奪還作戦で記録された出力曲線が重ねられ、赤い線だけが、試験時に定められた想定値を越えていた。


 兵器開発部の責任者は、蒼真たちが席へ着くまで画面を消さなかった。


 正面には作戦本部と開発部、右側には八神隊長、三浦、相馬。反対側には内閣情報局政策評価部の八神特別運用評価官と、外部評価者の九条綾人が座っている。


 綾人は蒼真を見ると僅かに顎を引いた。その前には、ほかの出席者より薄い資料しか置かれていない。オブザーバーである彼には決定権も、蒼真へ命令する権限もない。それでも呼ばれているのは、リポルがどれほど危険な機体かを、数字ではなく知っているからだった。


「本日の議題は、特別試験機リポルの正式採用に向けた追加評価です」


 開発部の責任者が口を開くと、蒼真は設計図から視線を外した。


 配置ではない。


 そのことに胸の奥が僅かに緩んだ直後、正式採用という言葉が遅れて意味を持った。


「採用するんですか?」


「現状のままでは、できません」


 責任者は手元の端末を操作し、画面へ過去の搭乗試験結果を表示した。


 十二名。


 軍の現役搭乗者だけでなく、開発部の試験搭乗者も含まれている。全員が起動には成功し、歩行訓練へ進んだのは七名。そのうち五名が転倒し、二名は姿勢制御装置の介入によって動作を停止された。


 武装を使用する段階まで進んだ者はいない。


「本機は設計性能を満たしています。しかし、設計性能を満たした状態では、橘二尉以外に運用できません。一名だけが使用できる兵器を、正式装備として採用することは不可能です」


「なら、性能を落とせばいいのではありませんか?」


 蒼真が答えると、綾人が目を閉じた。


 八神隊長の指が、机の上で一度だけ止まる。三浦は蒼真を見たが、相馬だけは口元へ手を当て、笑いそうになるのを堪えていた。


 開発部の責任者は、蒼真の反応を待っていたように頷いた。


「その方向で検討しています」


 画面に三つの機体案が並んだ。


 最大出力を六割へ制限したもの。関節の応答速度を下げ、姿勢制御の介入を強めたもの。出力は残したまま、操作系統を従来機へ近づけたもの。


 外見はどれもリポルとほとんど変わらない。しかし、蒼真には、それぞれが別の場所を削られているように見えた。


「最初の案では、脚部出力が足りません」


 考えるより先に、言葉が出た。


 責任者が振り返る。


「理由を伺えますか」


「六割では、倒れた機体を引きながら段差を越えられないと思います。二番目は、姿勢制御が早く入りすぎます。瓦礫を踏んだ時に、機体を立て直すための動きまで止められます」


 蒼真は三つ目の図へ目を移した。


「これなら動かせる人は増えると思います。でも、腕と脚の入力が分かれているので、急いで向きを変える時に一拍遅れます。大型の攻撃を避けるには、その一拍が危険です」


 会議室の端で、記録担当者が慌てて指を動かし始めた。


 綾人が額へ手を当てる。


「蒼真君」


「はい」


「今は、欠点を全部直してくれと言われているわけじゃない」


「正式採用するための話ですよね?」


「そうだが」


「使えない状態で採用したら、乗る人が困ります」


 綾人は口を閉じた。


 間違っていない。だから止められない。その表情が、先日の会議で何度も見たものと同じになっていた。


 八神特別運用評価官が、設計図と蒼真を交互に見た。


「橘二尉は、三案とも自身で搭乗した場合の挙動を想定して発言していますか?」


「自分が乗った時ではありません」


「では、誰を想定していますか」


「普通の搭乗者です」


 三浦と八神隊長と綾人が、ほぼ同時に首を横へ振った。


 蒼真は三人を見回した。


「何ですか?」


「何でもありません」


 三浦は普段の穏やかな口調へ戻っていたが、視線だけは設計図から外れている。


 相馬は堪えきれず、俯いたまま肩を震わせた。


「そういうところだよ」


「まだ何もしていません」


「もう十分してる」


 開発部の責任者は咳払いを一つ挟み、画面を切り替えた。


「三案を比較するためにも、先に必要なものがあります。基準値です」


 表示されたのは、市街地再奪還作戦におけるリポルの稼働記録だった。


 最大瞬間出力、旋回速度、着地時の脚部負荷、人工筋繊維の収縮率。これまで空欄だった設計限界付近の欄へ、初めて実測値が入っている。


「今回、リポルは初めて設計上限に近い領域で継続稼働しました。しかし、これは市街地での一度の記録です。瓦礫や建物を避け、後方部隊を防護しながらの戦闘であり、本機そのものの限界を測定したものではありません」


「限界まで動かすんですか?」


「限界を超えさせるつもりはありません。どの性能を、どこまで落としても運用目的を失わないか。それを判断するために、本来性能の基準が必要です」


 蒼真は三つの機体案を見た。


 何を残し、何を削るのか。


 最大出力だけを比べても意味はない。救助するなら、損傷機を引く力がいる。討伐するなら、攻撃を避ける反応がいる。復興現場で使うなら、人や建物の近くで細かく動けなければならない。


 どれか一つを安全にすれば、別の現場で使えなくなる。


「試験場所は?」


 八神隊長の声が低くなった。


 作戦本部の担当者が、山間部の地図を表示する。市街地から離れた無人区域に、赤い円が三つ記されていた。


「確認されている敵性個体の営巣地です。周辺住民の避難は完了しており、生活圏への直接的な影響はありません。定期的な駆除対象ですが、地形上、通常部隊を投入した場合の損耗が大きいと見込まれ、監視を継続していました」


「実機で、巣を攻撃させるつもりか」


 八神隊長が資料を閉じた。


「出力試験なら、演習場でできる」


「直線走行と固定標的への攻撃では、実戦時の連続した判断を含む基準になりません」


「搭乗者の限界を、機体の限界として扱うことになる」


「その点も含めて記録します」


「記録すれば済む話ではない」


 八神隊長の声は大きくなかった。それでも、机の上に置かれた資料の角が、押さえた指の下で曲がっていた。


 三浦も地図へ視線を落としたまま、すぐには賛成しなかった。


「自分たちは、目の前の人を守るために戦っています。ですが、この試験は違う。まだ生活圏へ出ていない個体を、巣へ入って排除する任務です」


 以前、三浦は蒼真へ、襲われる前に討伐することも多くの人を助けることにつながると話した。


 蒼真は、その言葉が間違っているとは思わなかった。


 それでも、助けを求める人も、帰せなくなった機体もない場所へ向かい、自分から敵を探して倒すことは、これまでの出動とは違う。


 会議室の空調は一定の音を立てている。蒼真は膝の上で組んだ指へ力を入れた。紫色の機体が山間部を進む映像を想像すると、手のひらに操縦桿の硬さが戻ってくる。


「その試験は、命令ですか?」


 蒼真が尋ねると、作戦本部の担当者ではなく、八神特別運用評価官が答えた。


「現時点では、提案です」


「軍は、自分へ命令できますよね」


「できます。橘二尉は第三中隊所属の常設即応要員であり、復興管理局への出向中です。必要性と相当性が認められれば、召集および出動を命じることができます」


 彼女は感情を挟まず、制度上の事実だけを並べた。


「しかし、今回の試験について、命令を発する予定はありません」


「なぜですか?」


「継続的な性能評価は、緊急出動ではありません。本人が搭乗資格の返上を希望する場合、その手続きを妨げる根拠もありません」


 蒼真は、彼女の言葉をすぐに理解できなかった。


「返上?」


 隣で、綾人がゆっくり息を吐いた。


「辞められるということだよ、蒼真君」


 綾人は自分の薄い資料を閉じ、蒼真を真っ直ぐ見た。


「俺がそうした。搭乗者を辞めても、仕事までなくなるわけじゃない。君は復興管理局でノストスに乗れるし、現場の仕組みも作れる。リポルに乗らないと決めれば、それで済む」


 会議室が静かになった。


 蒼真の前から、軍の命令という壁が消えていく。


 押しつけられているのなら、嫌だと言える。危険な場所へ行けと命じられるのなら、それが正しいのかを尋ねられる。


 しかし、目の前に置かれたのは命令書ではなかった。


 辞めてもいい。


 その言葉は、リポルへ初めて乗る前から何度も考えていたはずなのに、今は以前ほど軽くなかった。


 自分が搭乗資格を返上しても、復興現場は止まらない。


 藤堂や森下たちは、蒼真が組み直した工程管理を使い、事故と遅延を減らしている。ノストスの運用方法も、管理局の職員たちへ引き継がれ始めている。


 一方で、リポルは今のまま残る。


 自分以外には動かせず、正式採用もされず、次に同じ規模の被害が起きた時だけ、倉庫から引き出される試験機として。


 それで困るのは誰なのか。


 蒼真は画面に残る三つの機体案を見た。


 六割へ落とされた脚では、損傷機を引き上げられない。強すぎる制御は、瓦礫の上で搭乗者の動きを止める。従来機へ近づけただけの操作系では、避けられた攻撃を避けられない。


 しかし、正しい値が分かれば、誰かが乗れる機体になるかもしれない。


 その誰かは、自分のように一機で前へ出る必要がない。複数の機体で支え合い、救助にも討伐にも使える。


「実機評価以外に、基準値を出す方法はありませんか?」


 蒼真の問いへ、開発部の責任者は首を横へ振った。


「シミュレーターでは、設計値を超えた入力を補正していました。市街地戦の記録によって、補正そのものが誤っていた可能性も出ています。実測が必要です」


「ほかの搭乗者では?」


「本来性能へ到達する前に、安全制御が作動します」


「安全制御を切れば」


「転倒時の生存を保証できません」


 蒼真は、自分が市街地で機体の主導権を移譲させ、オートバランサーまで切った時のことを思い出した。危険な操作だった。それでも、リポルは自分の考えたとおりに動いた。


 誰にでも同じことをさせてはいけない。


 そう思った時点で、答えはほとんど決まっていた。


「評価の範囲を限定してください」


 八神隊長が顔を上げる。


 蒼真は地図の赤い円を指した。


「営巣地の駆除が終わるまで、ではなく、必要な基準値が取れるまでです。帰還経路を先に決めて、機体か自分のどちらかが限界へ近づいたら終了する。単独では行きません。回収できる部隊を待機させてください」


「橘」


「正式採用するなら、必要です」


 八神隊長の眉間の皺が深くなった。


 三浦は何かを言いかけ、結局、口を閉じた。作戦として間違っている点を探しているのだろう。しかし、蒼真が自分から退路と中止条件を求めたため、反対する言葉を失っていた。


 八神特別運用評価官だけが、表情を変えずに確認した。


「搭乗資格を返上し、評価そのものを断る選択肢も残っています」


「分かっています」


「軍の命令による参加ではありません」


「はい」


「そのうえで、限定評価への参加を希望するという理解で間違いありませんか」


 蒼真はすぐに答えなかった。


 戦いたくない。


 敵のいる山へ、自分から向かいたくない。


 リポルを降りて、復興現場だけへ戻れるなら、その方がいい。


 だが、自分が降りたあとに残るのは、誰にも扱えない機体と、不完全な三つの設計案だった。


「希望はしません」


 蒼真が答えると、開発部の責任者の手が止まった。


「行きたいわけではありません。でも、必要な試験には参加します」


 綾人が椅子の背へ深く体を預けた。天井を見上げ、そのまま数秒、目を閉じる。


「君は、もう辞めれば済むとは思っていないんだな」


 疲れの混じった声だった。


 蒼真は、なぜ綾人がそのような顔をするのか分からず、三つの設計案へ視線を戻した。


「辞めれば、誰が基準値を出すんですか?」


 相馬がとうとう吹き出した。


 八神隊長は肘を机へつき、片手で額を覆う。三浦は目を伏せたまま小さく息を吐き、綾人は天井を見た姿勢から戻ってこなかった。


 八神特別運用評価官は、蒼真の返答を議事録へ入力した。


 その横顔だけを見れば、最初からこの答えを予測していたのかどうかは分からない。


 ただし、軍は最後まで、蒼真へ命令しなかった。


 命令する必要がなかったからである。


*


 会議の終了後、蒼真は廊下の自動販売機で水を買った。


 冷えた容器を首筋へ当てると、会議室で強張っていた肩が少しだけ下がる。戦闘へ出たわけでもないのに、喉が乾いていた。


 綾人は隣の販売機へ硬貨を入れたものの、選択ボタンを押さず、蒼真を見ていた。


「何ですか?」


「君は今、断れたんだ」


「分かっています」


「本当に?」


「八神さんが、二回確認しました」


「確認回数の話じゃない」


 綾人は額を押さえた。販売機が硬貨の投入を急かすように短い電子音を鳴らす。


「乗る理由を探すなと、前に言っただろう」


「探してはいません。正式採用に必要な条件を確認しただけです」


「それを理由にしたと言っているんだ」


「でも、誰かが確認しないと、ほかの人が乗れません」


「それも正しい。正しいから困っている」


 綾人は結局、何も買わずに返却口から硬貨を取り出した。


 少し離れた場所では、八神隊長と三浦が作戦本部の担当者へ試験条件を追加している。待機部隊、救難車両、通信の二重化、試験中止の判断者。蒼真が参加すると答えた以上、帰すための条件を一つでも増やそうとしているのだろう。


 相馬は壁へ寄りかかり、まだ笑っていた。


「そんなに面白いですか?」


 蒼真が尋ねると、相馬は目尻を指で拭った。


「いや。上が命令を出したら、お前は嫌だって言えたんだろうなと思ってさ」


「嫌だとは言います」


「でも、命令には従う」


「軍人なので」


「命令しなかったら、自分で必要性を説明して参加する」


「必要だったので」


「そういうところだよ」


 相馬はまた笑い、綾人は笑わなかった。


 廊下の窓から、敷地の外で待つ報道車両が小さく見える。彼らが追っている紫色の機体は、まだ正式な装備ですらない。


 蒼真は水を一口飲み、冷えた容器を握った。


 正式採用されれば、リポルは自分だけの機体ではなくなる。


 そうなるはずだった。


 そのための基準を自分が作ることで、反対に、自分がどこまで動かせるのかを証明することになる。


 そこまで考えたところで、蒼真は容器を口元から下ろした。


「何か、順番がおかしくありませんか?」


 綾人が、今頃気づいたのかという顔で蒼真を見た。


*


 夜。


 日記。


---


 八月三日。


 リポルを正式採用するための会議があった。


 現在のリポルは、自分以外の搭乗者が動かすことができないため、正式な装備として採用できない。


 性能を落とし、ほかの搭乗者でも扱えるようにする案が三つ提示された。


 一つ目は、損傷機を引く時に出力が足りない可能性がある。


 二つ目は、安全制御が早く作動し、瓦礫の上で必要な動きまで止める可能性がある。


 三つ目は、操作しやすいが、急な回避が遅れる可能性がある。


 どこまで性能を落としていいか判断するために、元の性能の基準値が必要になる。


 基準値を出せる搭乗者は、現在、自分しかいない。


 山間部にある敵性個体の営巣地で、実機評価を行う案が出ている。


 軍からの命令ではない。


 搭乗資格を返上し、リポルへ乗らない選択もできると説明された。


 綾人さんも、辞めれば済むと言った。


 以前なら、すぐに辞めると答えていたと思う。


 今日は答えなかった。


 自分が辞めた場合、基準値を出す人がいなくなり、ほかの人が乗れるリポルを作ることができない可能性がある。


 だから、必要な範囲に限って評価へ参加すると答えた。


 参加したいわけではない。


 敵性個体の巣へ行くことは怖い。


 助けを求めている人が目の前にいない場所で、こちらから敵性個体を探し、倒すことにも抵抗がある。


 それでも、襲われる前に減らすことで、襲われない人が増える可能性はある。


 リポルをほかの搭乗者が使えるようになれば、自分がいない場所でも、帰れる人が増えるかもしれない。


 綾人さんから、乗る理由を探すなと言われた。


 探したつもりはない。


 ただ、理由が先に置かれていた。


 それを拾わないことが正しいのかは、まだ分からない。


 会議が終わったあと、相馬から、軍が命令をしなくても自分で参加を決めると言われた。


 そのように言われると、自分で自分へ命令を出したようにも見える。


 美咲には、帰宅してから話した。


 まだ決定ではないなら、決まったふりをして説明しないように言われた。


 自分で決めた部分と、これから決められる部分を分けて話す必要がある。


 明日、もう一度説明する。


 以上。


---


*


 同時刻。


 中央戦術支援統合網の非公開解析領域では、特別試験機の正式採用に関する会議記録が処理されていた。


 軍は、橘蒼真へ性能評価を命じなかった。


 命令を発した場合、対象は命令の必要性、危険性、代替手段を確認したうえで、職務として従う可能性が高い。


 同時に、搭乗資格の返上という選択肢を明示されれば、戦闘への恐怖と忌避感から、返上を選択する可能性も存在した。


 会議では、正式採用、他搭乗者による運用、救助能力の維持という条件が提示された。


 対象は、自身が搭乗を拒否した場合に失われる可能性を算出した。


 その結果、命令を受ける前に、限定的な参加条件を自ら提示した。


 強制は確認されない。


 誘導の可能性は否定できない。


 対象本人は、誘導されたとの認識を持っていない。


 搭乗継続の動機は、戦闘欲求ではない。


 専用機への執着でもない。


 自分が基準値を出すことで、他者が同等の役割を担えるようになる可能性を選択している。


 しかし、結果として対象の代替困難性は、さらに高くなる。


 正式採用評価。


 第一段階、開始。


 観察を継続する。


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