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第七十六話 必要な一片

 十分間の休憩が終わっても、兵器開発部の相談は終わっていなかった。


 蒼真と綾人が会議室へ戻ると、正面画面には穿杭槍の構造図が表示されていた。長い槍身を短くし、リポルの前腕部へ装着した図。その横には、発射時の反動を肩と腰へ分散する補助機構まで描き加えられている。


 休憩前にはなかった資料である。


 席へ向かいながら蒼真が画面を見ると、兵器開発部の担当者が慌てて表示を消した。


「まだ作るとは言っていません」


「概念上の検討です」


「形になっています」


「検討するには、形状を仮定する必要がありますので」


 間違ったことは言っていない。


 蒼真は自分の席へ座り、机の上に置いた資料を揃えた。家へ帰れば、美咲へ今日のことを説明しなければならない。綾人も一緒に来ることになっている。


 しかし、それは家へ帰ってからの話だった。


 今は会議中である。


 蒼真は仕事と家庭を混ぜるつもりはなかった。


 隣へ座った綾人は、朝から戦闘記録を見続けた人間よりも、先ほど美咲と短い通話をした人間の顔をしていた。背筋は伸びているが、椅子へ腰を下ろす動きが僅かに重い。


「大丈夫ですか?」


 蒼真が小声で尋ねると、綾人は正面を見たまま答えた。


「誰のせいだと思っている」


「自分も一緒に説明します」


「当然だ」


 運用課の担当者が全員の着席を確認し、会議の再開を告げた。


 正面画面は戦場の全体図へ戻されたが、兵器開発部の担当者たちは、手元の端末で先ほどの図を見続けている。蒼真が視線を向けると、画面を伏せる者までいた。


 作るつもりなのかもしれない。


 それなら、危険な部分はきちんと伝えておく必要がある。


「先ほどの武器についてですが」


「蒼真君」


 綾人が低い声で止めた。


「何ですか?」


「今は別の議題だ」


「まだ再開したばかりです」


「だから、始めるな」


 八神隊長は、何も聞こえなかったように机へ肘をつき、両手を額の前で組んでいた。相馬は唇を噛み、窓の方を見ている。


 運用課の担当者だけが、律儀に資料を確認した。


「兵装の技術検討については、後ほど開発部から追加の質問があるそうです。先に、リポルの機体性能について確認します」


 蒼真は口を閉じた。


 綾人が安堵したように息を吐く。


 その安堵は、長く続かなかった。


 会議室の後方に座っていた男が、端末を閉じて立ち上がった。今回の作戦で、三中隊をまとめた臨時大隊の編成と運用を承認した統合作戦部の責任者だった。


「大型個体の撃破について、兵装の威力は理解しました。しかし、映像だけでは機体の動きが説明できません」


 画面へ、リポルが後方医療拠点へ向かう場面が映る。


 立体駐車場を上がり、崩れた連絡通路から倒壊した建物へ移る。鉄道跡を飛び越え、配送倉庫の屋根を突き破りながら着地する。


 別の映像では、後方へ向かった十二体の中央へ単機で入り、小型と中型を止めていた。


 どれも報道用ドローンが偶然捉えた映像だった。


 近くから撮影されたものではない。建物の陰に隠れ、途中で機体を見失っている。それでも、通常のフレイムワーカーとは動きが違うことだけは分かった。


「特別機であることは承知しています。ですが、これまで提出されたリポルの運用記録と、今回の映像には差がありすぎます」


 責任者は蒼真へ視線を向けた。


「橘二尉。リポルは、実際にはどこまで動けるのですか?」


 蒼真は正面画面を見た。


 自分が操縦していた機体なのに、映像で見ると知らない動きに見える。小型個体を持ち上げ、別の一体へ叩きつける。中型個体の突進を正面から止めず、力の向きを変えて道路へ転がす。


 その時は、そうしなければ横を抜けられると思った。


 できるかどうかを試したわけではない。


「分かりません」


 蒼真が答えると、責任者の眉が寄った。


「限界を把握していないという意味でしょうか」


「はい。今回は、必要な動きをさせただけです。本来の上限を確認したわけではありません」


 会議室が静かになった。


 綾人が目を閉じる。


 八神隊長は額の前で組んでいた両手を、そのまま顔へ押し当てた。


 相馬の肩が一度だけ揺れた。


「この動きが、上限ではないと?」


「出力には余裕がありました」


「どの程度ですか」


「瞬間的には七割を超えた箇所があります。ただ、常に最大出力を使っていたわけではありません」


「安全制御下での数値でしょうか」


「出力制限とオートバランサーは解除しました」


 統合作戦部の責任者が、八神隊長を見た。


 八神隊長は顔を覆ったまま動かなかった。


「解除の許可は?」


「現場判断です」


 顔を上げないまま、八神隊長が答えた。


「後方医療拠点まで、通常経路では間に合いませんでした。機体の主導権を搭乗者へ移し、通過時間を短縮する必要があったと判断します」


「オートバランサーを解除した状態で、背部へ高出力穿杭槍を装備し、あの経路を通ったのですか?」


「はい」


 答えたのは蒼真だった。


「重心が変わると思いますが」


「右後方へ寄っていました」


「着地時の補正は?」


「自分で行いました」


「AIの支援なしで?」


「AIには地形の再構成と、医療拠点の避難状況を任せていました。戦闘と機動を同時に任せると、確認が増えるので」


 綾人が机の下で両手を握った。


 やめてくれ。


 声には出さなかったが、その言葉が喉まで上がっていた。


 美咲へ説明しなければならないのは、大型個体を倒したことだけではない。蒼真が安全制御を外し、誰も道だと思わない場所を走り、十二体を止めたことも含まれる。


 それなのに本人は、資料の間違いを訂正するような調子で、事実を一つずつ積み上げている。


 どれも嘘ではない。


 誇張もない。


 むしろ、自分が行ったことを小さく見積もっている。


 だから止める場所がない。


「リポルの試験運用記録では、複数の搭乗者が歩行段階で転倒しています」


 統合作戦部の責任者が過去資料を表示した。


 直進しようとして機体が左右へ振られた記録。腕を動かした反動で上体が傾き、姿勢制御が間に合わなかった記録。搭乗者が入力を弱めても、リポルが僅かな操作へ過剰に反応し、停止できなくなった映像も残っていた。


「橘二尉だけが動かせる理由は、何ですか?」


「自分だけではないと思います」


「実際には、あなた以外の搭乗者が動かせていません」


「AIの支援と機動制御を、搭乗者に合わせれば動かせるはずです」


 綾人、八神隊長、相馬の三人が、ほとんど同時に首を横へ振った。


 蒼真は三人を順番に見た。


「何ですか?」


「無理だ」


 綾人が答えた。


「まだ、現在の制御方式では試していません」


「試した。お前が乗る前に何人も試した」


「当時は、AIが機体を安全に動かすことを優先していた可能性があります」


「今も安全を優先しているだろう」


「だから、戦闘と機動はこちらで判断すると伝えました。AIには退路と避難状況、地形情報を担当させています」


「それを搭乗直後に思いついて、戦闘中に伝えられる人間を基準にするな」


「手順にしておけば、搭乗前に設定できます」


「誰が、その手順を作るんだ」


「自分が記録をまとめれば――」


 綾人は、そこで口を閉じた。


 止めようとした質問が、さらに大きな墓穴へ蒼真を誘導したことに気づいたからだった。


 統合作戦部の責任者が身を乗り出す。


「まとめられるのですか?」


「今回のやり取りは、すべて記録されています。AIへ何を任せ、何を外したのかを整理すれば、他の機体にも応用できると思います」


 綾人は目の前の資料を見つめた。


 これを説明しなければならない俺の身にもなってくれ。


 今度こそ言いかけたが、蒼真の意見は間違っていなかった。


 AIが安全を優先しすぎて動きを止めることは、管理局でも戦闘部隊でも問題になっている。搭乗者が自分で処理範囲を決め、AIへ必要な情報だけを任せられるなら、部隊全体の対応力は上がる。


 蒼真個人の操縦を真似ることはできなくても、AIとの役割分担には再現できる部分があるかもしれない。


 正しい。


 正しいからこそ、止められない。


 相馬は口元を手で隠し、机の下を見ていた。


 そういうところだよ。


 声にすれば笑ってしまいそうなので、心の中だけで繰り返す。


 蒼真は前線へ出たくないと言う。その言葉に嘘がないことを、相馬も知っている。模擬フレイムワーカーへ乗った時から、蒼真は戦うことを嫌がっていた。三か月の試験運用が前線勤務へ変わりそうになった時も、上層部と本気で争うほど拒んでいた。


 それなのに、前線で見つけた問題を放置できない。


 危険な武器があれば、安全に使える形を考える。


 AIが邪魔をすれば、役割を組み替える。


 部隊が連携できなければ、情報を見える形へする。


 一つ直すたび、次に蒼真を前線へ出す理由が増えていく。


 本人だけが、それに気づかない。


「橘二尉」


 八神特別運用評価官が口を開いた。


 抑揚の少ない声に、会議室の視線が集まる。


「確認します。あなたは、前線配置を望んでいないと記録しています」


「はい」


「現在も、その意思に変更はありませんか?」


「ありません」


 蒼真は迷わず答えた。


「可能であれば、復興現場と救助活動を続けたいと思っています」


「しかし、あなたは前線で使用する兵装の改善を求めました」


「危険だったからです」


「大隊運用に必要な情報統合についても、自身の方法を体系化できると発言しました」


「今回のようなことが、また起きる可能性があります」


「リポルを他の搭乗者でも使用可能にする案も提示しています」


「自分しか乗れない状態は、運用として問題があります」


 八神特別運用評価官は、手元の記録へ目を落とした。


「前線へ出たくないという意思と、前線運用を改善し続ける行動が一致していません」


「別の話だと思います」


「理由を説明してください」


 蒼真は少し考えた。


 会議室では、誰も言葉を挟まない。綾人は止めたかった。しかし、何を答えても蒼真の立場が良くなる質問ではないと分かっていても、評価官の確認を遮る根拠がなかった。


「前線へは出たくありません」


「はい」


「でも、出た時に死んでもいいとは思っていません」


 蒼真は、正面画面に残るリポルの映像を見た。


 黒い体液に濡れた紫色の機体。その左肩は抉れ、腰部の固定爪は折れている。


「自分だけではありません。三浦一尉も、他の隊員も帰る必要があります。前線運用に問題があると分かっているのに、自分が出たくないから直さないというのは違うと思います」


「あなたが前線へ出ない場合も、改善へ関与しますか?」


「必要なら」


「完成した兵装と運用手順の実地評価には?」


「それは、自分がする必要はないと思います」


「理由は?」


「他の人が使えるようにするための改善だからです」


 八神特別運用評価官は、初めて蒼真の顔を長く見た。


 表情は変わらない。


 その目だけが、言葉の裏側に別の理由がないかを探しているようだった。


「あなたは、前線へ出る理由を無意識に構築しているのではありませんか?」


 綾人が顔を上げた。


 八神隊長も、両手の隙間から妹を見た。


 相馬は笑うのをやめた。


「違います」


 蒼真は即答した。


「戦いたくありません。危険な場所にも、できれば行きたくありません」


「では、なぜ大型個体へ向かったのですか?」


「止めないと、医療拠点へまた敵を送られる可能性があったからです」


「第三中隊や第一中隊へ任せる選択もありました」


「到着が遅れます」


「後方で次の群れを待つこともできました」


「送り続けられたら、いつか抜けます」


「あなたが大型個体を止めることが、最も多くの人間を帰す方法だったと判断したのですね」


「はい」


「今後、同じ状況が発生した場合も?」


 蒼真は、すぐには答えなかった。


 質問の意味は分かる。


 同じ状況なら、また大型個体へ向かうのか。


 前線へ出たくないという気持ちは変わらない。固定された時の恐怖も、まだ身体に残っている。次も同じことができるとは言いたくなかった。


 それでも、後ろに五十一人がいて、誰も届かないなら。


「他に方法がなければ、行くと思います」


 綾人は、ゆっくり目を閉じた。


 八神隊長の動きが完全に止まった。


 額を支えた両手も、伏せた顔も、そのままになっている。


 相馬は唇を強く結び、再び机の下へ視線を落とした。


 八神特別運用評価官は端末へ記録を加えた。


「回答を確認しました」


「前線へ出たいという意味ではありません」


「その発言も記録します」


「先ほどの回答と一緒にしてください」


「同一項目へ記録しています」


 味方なのか、そうでないのか分からない。


 少なくとも、蒼真の意思を削除するつもりはないらしい。しかし、救助に必要なら再び前へ出るという回答も、同じ重さで残された。


 八神特別運用評価官は記録を閉じたあとも、しばらく蒼真を見ていた。


 前線を嫌がりながら、前線で生き残る方法を作り続ける。


 本人は戦う理由を探していないと言う。


 それでも、必要だと判断すれば、自分が行く可能性を否定しなかった。


 無意識なのか。


 あるいは、戦いたくない気持ちと、守れるものを放置できない気持ちが、本人の中でまだ分かれているだけなのか。


 判断は保留された。


 ただし、疑いは記録に残った。


「橘二尉の意思確認は、ここまでとします」


 八神特別運用評価官が言った。


 綾人は心の中で、ようやく終わったと思った。


 しかし、正面に座る統合作戦部の責任者が、新しい資料を開いた。


「次に、今後の運用案について確認します」


 終わっていなかった。


 画面には、三つの項目が表示された。


 リポルおよび橘二尉の対大型個体運用評価。


 搭乗者とAIの役割分担に関する標準手順の研究。


 中隊規模での空撮情報および地上情報の統合試験。


 蒼真は一番上の項目を見た。


「自分の評価は、継続するんですか?」


「現時点では、検討項目です」


「大型個体は、今回だけでは?」


「今回、確認された個体は一体です。しかし、他地域に存在しないとは判断できません」


「次の作戦が決まったわけではないんですね」


「はい。ただし、対処可能な戦力を把握しておく必要があります」


 統合作戦部の責任者は、大型個体の撃破映像を再び表示した。


「第一中隊だけでは接近できても、確実な停止に至りませんでした。リポルだけでは、穿杭槍を発射する時間を作れなかった。両者を組み合わせることで、初めて撃破できています」


 三浦が資料へ視線を落とす。


「俺と橘さんを、組ませるということですか?」


「固定編成ではありません。現時点では、成立条件を確認しているだけです」


「同じことだろ」


 綾人が低く呟いた。


「条件に名前が二つ書かれれば、次も呼ばれる」


「代替手段の検討も行います」


「代替が完成するまでは?」


 責任者は答えなかった。


 綾人は机の下で拳を握り直した。


 大型個体を倒せる者が他にいない。


 だから蒼真を使う。


 軍事的には、あまりにも単純な結論だった。前線は常に人手が足りず、生活圏を奪う大型個体へ対処できる戦力を遊ばせておく余裕はない。


 だが、蒼真は職業軍人として搭乗者になった人間ではない。


 管理局の現場監督であり、家族のもとへ帰ることを何より優先し、常任搭乗を拒み続けている。


 その本人が、必要ならまた行くと答えてしまった。


 止めようとする者にとって、これほど厄介なことはない。


「二番目の標準手順については、橘二尉を研究協力者とします」


「前線に出なくてもできますか?」


 蒼真が尋ねた。


「記録整理とシミュレーター評価が中心です」


「それなら協力できます」


 綾人は横から蒼真を見た。


 墓穴を掘るのはやめてくれ。


 何度目か分からない言葉が、また喉まで上がる。


 標準手順を作れば、それを実戦で試す必要が生まれる。作った本人が最も詳しい。現場で問題が起きれば、調整役として呼ばれる。


 蒼真は前線へ出ずに協力できると思っているが、その仕事は前線へ続く道路を舗装している。


「三番目の情報統合試験についても、同じですか?」


「まずはシミュレーターで実施します。ただし、最終的には実地での確認が必要です」


「自分が行く必要は?」


「現段階では決定していません」


 決定していないだけだった。


 相馬は、とうとう小さく息を漏らした。


「何ですか?」


 蒼真が見ると、相馬は片手を上げた。


「いや。そういうところだよ、って思っただけ」


「何度も言われていますが、意味が分かりません」


「分からないままでいい。多分、その方が幸せだ」


「説明してください」


「綾人さんに聞け」


 話を振られた綾人は、相馬を睨んだ。


「俺へ回すな」


「家まで一緒に行くんでしょう?」


「だから増やすなと言っている」


 相馬は堪えきれず、顔を背けて笑った。


 八神隊長はまだ動かなかった。


「八神隊長」


 片瀬が隣から呼ぶ。


 返事がない。


「隊長?」


「聞いている」


 低い声だけが返った。


「顔を上げなくても?」


「上げる必要がない」


 八神隊長は両手で額を支えたまま、正面画面を見ようともしなかった。


「橘が話すたびに、検討項目が増えている。もう見なくても分かる」


「問題点を説明しただけです」


「その問題を解決できるのが、お前しかいない状態になっている」


「手順を作れば、他の人にもできます」


 三人が再び首を横へ振った。


 今度は三浦まで、僅かに遅れて首を振った。


「三浦一尉まで?」


「橘さんの操縦は、手順では説明できないと思います」


「操縦の話ではありません。AIとの分担です」


「戦闘中に分担を変える判断も含まれますよね」


「状況が変われば、変える必要があります」


「それができる人が、どれだけいるでしょう」


 三浦は純粋に疑問を示していた。


 悪意がないため、蒼真も返答に困る。


「訓練で増やせると思います」


「では、その訓練内容も橘さんが作るんですね」


「記録を整理するなら、そうなるかもしれません」


 綾人は両手で顔を覆った。


 ついに我慢できず、声が漏れた。


「頼むから、これ以上はやめてくれ」


 会議室が静かになる。


 蒼真が隣を見る。


「何をですか?」


「墓穴を掘ることをだ」


「掘っていません」


「専用兵装の仕様を決めた。AI運用の標準手順を作ると言った。その訓練内容まで作ると、今、答えた」


「必要だと聞かれたので」


「そして、必要なら次も大型へ行くと言った」


「他に方法がない場合です」


「その全部を、俺は美咲へ説明しなければならない」


「自分も説明します」


「お前が説明すると、今と同じことが起きる!」


 綾人の声が、会議室へ響いた。


 壁際で牧野が俯き、肩を震わせている。兵器開発部の担当者まで、端末へ視線を落とした。


 八神隊長だけは顔を上げなかった。


「綾人さん」


「何だ」


「会議中です」


「誰のせいだ」


 蒼真は少し考えた。


「自分でしょうか」


「今ごろ気づいたのか」


 綾人は椅子へ深く座り直し、額を押さえた。


 統合作戦部の責任者が咳払いを一つする。


「ご家庭への説明については、外部評価者の職務には含まれません」


「美咲は、そう判断しないでしょうね」


 綾人が力なく答えた。


 八神特別運用評価官が端末を確認する。


「九条氏は橘二尉の家族と親族関係にあり、本日の評価内容を説明可能な立場です。機密範囲を除く事実確認の補助として、同席することは適切と考えます」


「あなたまで俺へ仕事を増やすのか」


「事実を整理しています」


「その言葉は、もう聞いた」


「記録上、先ほども同様の発言がありました」


「記録しなくていい」


 綾人は完全に疲れ切った顔になった。


 蒼真は、少し申し訳なく思った。しかし、美咲へ説明するのは自分の役目である。綾人一人へ任せるつもりはない。


「自分から先に話します」


「頼む」


「穿杭槍が危険だったことから」


「大型個体を倒したところから話せ」


「その前に十二体を――」


「最初から話せ!」


 綾人が声を上げ、相馬がとうとう机へ伏せて笑い始めた。


 *


 会議の最後に、AIによる暫定評価が表示された。


 室内の照明が少し落ち、正面画面へ文字が並ぶ。


《市街地再奪還作戦において、統合戦術情報は中隊間の重複行動と指揮系統の混乱を減少させた。一方、高知能大型個体は人間側の優先順位を利用し、後方医療拠点への攻撃経路を形成した》


《橘蒼真は、報道用撮影機の非戦術映像から必要情報を限定抽出し、通常経路では到達不能であった後方医療拠点へ先行した。敵性個体十二を単機で停止後、大型個体の再攻撃能力を排除するため戦闘区域へ復帰している》


《同一行動の再現には、リポルの機体性能だけでなく、搭乗者によるAI処理範囲の再定義、複数情報の優先順位判断、および高応答機体への操縦適性が必要である》


《リポルと橘蒼真の組み合わせによる行動予測誤差は、既存の機体運用モデルを大きく上回る》


 そこまで表示されたところで、蒼真が手を挙げた。


「予測誤差というのは、悪い意味ですか?」


《事前に想定された行動範囲を超え、作戦目標の達成へ有効な結果を生じさせています。否定的評価ではありません》


「なら、直す必要はありませんか?」


《現行モデルによる予測精度の向上は必要です》


「自分が毎回、予想外のことをしているように見えます」


《あなたの行動は、救助可能人数および帰還可能性を最大化する方向で一貫しています。ただし、そのために選択する手段が、既存の職務区分と機体運用想定を越えています》


 蒼真は画面を見た。


 自分では、同じことをしているつもりだった。


 帰れない人がいれば、届く道を探す。


 敵がその道を塞ぐなら、止める。


 再び敵を送ってくるものがいるなら、それも止める。


 それだけだった。


《結論》


 新しい文字が表示された。


《リポルと橘蒼真は、高知能敵性個体への対処、複数部隊間の情報統合、および生活圏再奪還作戦において、代替困難な組み合わせである》


《両者を、人類生活圏の回復に必要な戦力要素として継続評価する》


 会議室の誰も、すぐには話さなかった。


 前線のエースという言葉は使われていない。


 大型討伐専門とも書かれていない。


 ただ、代わりが難しい。


 生活圏を取り戻すために必要だと、AIは判断していた。


 蒼真は、その評価をどう受け取ればいいのか分からなかった。


「本人の戦闘への恐怖と忌避感が、評価に含まれていません」


 八神特別運用評価官が指摘した。


《追加します》


 画面の末尾に一文が加わる。


《ただし、橘蒼真は前線配置を望んでおらず、戦闘への恐怖と忌避感を明確に保持している。運用時には、本人の意思および心理的負担を勘案する必要がある》


 蒼真は八神特別運用評価官を見た。


「ありがとうございます」


「必要な記録です」


 彼女は、それだけ答えた。


 味方には見えない。


 しかし、誰かが消そうとしても残る場所へ、蒼真の嫌だという意思を置いてくれた。


 綾人も、その一文を見ていた。


 それでも安心はできない。


 意思を勘案すると書かれていても、必要性そのものは否定されていない。むしろ、代替困難という言葉の方が強く残る。


「本日の決定事項を確認します」


 運用課の担当者が、最後の資料を開いた。


 対大型兵装の改善について、概念設計を開始する。


 リポルの制御記録を解析し、搭乗者ごとのAI介入調整が可能か検証する。


 蒼真が行った情報処理を整理し、中隊規模での運用手順を作成する。


 実地評価と今後の前線配置については、本人への説明と同意範囲を確認したうえで、改めて判断する。


「違います」


 蒼真が言った。


 綾人の肩が跳ねる。


「何がだ」


「兵装の概念設計を開始することは、決めていません」


 兵器開発部の担当者が資料を確認した。


「技術的検討の開始については、休憩前に了承を――」


「自分は了承していません」


「採用ではなく、改善可能性を確認するだけです」


「試作した場合、誰が評価するのか決まっていません」


「その点は、今後検討します」


 蒼真は納得していない顔で資料を見た。


 綾人は、止めるべきか迷った。


 ここで兵装開発そのものを止められるなら、蒼真の逃げ道は一つ残る。だが、今回使った穿杭槍が危険なのも事実だった。次に別の搭乗者が使えば、同じように逃げられなくなるかもしれない。


 開発を止めろとは言えない。


「橘二尉の懸念も記録します」


 八神特別運用評価官が言った。


「試作および実地評価への参加は、概念設計の開始とは別に判断されます」


「勝手に試験担当へ決められないということですか?」


「はい」


「なら、分かりました」


 蒼真が頷いた。


 綾人は隣で目を閉じた。


 概念設計は進む。


 リポル専用兵装が完成する。


 それを最も安全に動かせる人間が誰かと問われる。


 その時、今日の実績が資料へ載る。


 勝手に決められないだけで、蒼真へ話が来ないとは誰も言っていない。


「では、本日の会議を終了します」


 運用課の担当者が告げた。


 八神隊長が、ようやく顔を上げた。


 長い時間押さえていたため、額には指の跡が残っている。


「橘」


「はい」


「今日はもう、何も提案するな」


「会議は終わりました」


「家でもだ」


「説明は必要です」


「説明だけにしろ。改善案を出すな」


「家で兵装の改善はしません」


「そういう意味じゃない」


 八神隊長は再び額を押さえた。


 相馬が椅子から立ち、蒼真の肩を軽く叩く。


「頑張れよ」


「何をですか?」


「帰れば分かる」


 相馬は笑いを残したまま会議室を出ていった。


 三浦も席を立ち、吊った左腕を庇いながら蒼真へ頭を下げる。


「橘さん。今日は、ありがとうございました」


「三浦一尉が大型個体を見てくれたからです」


「次も、必要なら前を見ます」


「次がない方がいいと思います」


「そうですね」


 三浦は穏やかに頷いた。


「でも、あった時はお願いします」


「自分ではなく、改善した武器を使える人へ頼んでください」


「その人が見つかれば」


 見つからなかった場合については、言わなかった。


 三浦が出ていくと、会議室には蒼真と綾人が残った。


 八神特別運用評価官も端末を閉じ、扉へ向かう。通り過ぎる際、綾人の前で一度足を止めた。


「説明には、映像記録を使用すると正確です」


「美咲へ、あれをもう一度見せろと?」


「言葉だけでは、危険度と行動の必要性を同時に伝えることが困難です」


「必要性まで伝えたら、俺が蒼真君を前線へ出したがっているように見えるだろう」


「九条氏の評価意見も説明すれば、誤解は避けられます」


「俺の評価意見は、戦闘への常時投入に反対だ」


「そのうえで、今回の行動は必要だったと評価しています」


「だから説明しづらいんだ!」


 綾人が声を上げても、八神特別運用評価官の表情は変わらなかった。


「ご健闘をお祈りします」


 そう言い残し、彼女は会議室を出ていった。


 扉が閉まる。


 綾人は机へ両手をつき、深く俯いた。


「最後に俺へ止めを刺していったぞ、あの人」


「応援してくれました」


「あれを応援だと思えるお前が羨ましい」


 蒼真は鞄へ資料をしまった。


「帰りましょう。美咲が待っています」


「分かっている」


 綾人は動かない。


「綾人さん?」


「もう少しだけ、ここにいさせてくれ」


「会議室を閉めると思います」


「お前は、そういうところだぞ」


 今日、何度目か分からない言葉だった。


 蒼真には最後まで意味が分からなかったが、美咲を待たせる方が問題だと思った。


「先に帰りますか?」


「一人で帰したら、もっと怒られるだろうが」


 綾人は顔を上げた。


 大型個体へ向かう前の三浦より、覚悟を決めるまでに時間がかかっていた。


「行くぞ」


「はい」


 二人は並んで会議室を出た。


 大型個体との戦闘は終わった。


 蒼真への評価も、今日のところは終わった。


 しかし、綾人にとって一番難しい説明は、まだ始まってもいなかった。

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