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第七十五話 会議は踊る

 大型個体が停止してから、戦闘区域の安全が確保されるまで一時間以上を要した。


 統率を失った小型と中型は、一斉に逃げたわけではなかった。目の前の機体へ飛びかかるものもいれば、建物の奥へ入り込むものもいる。大型個体が倒れた場所へ近づこうとして、何度も方向を変える個体もいた。


 それまで一つの意思に従っていた動きが崩れたことで、かえって予測しづらくなっている。


 八神隊長は三つの中隊を追撃へ出さず、中央広場から後方医療拠点までの経路を固めることを優先した。第一中隊が大型個体の周囲を確保し、第三中隊は東側、西部方面隊は西側の道路を封鎖する。三機の支援機は、ようやく互いの位置を確認しながら損傷機と残存反応を拾い始めた。


 リポルは中央広場から動けなかった。


 左腰の固定爪は途中から折れ、左肩の装甲も大型個体の一撃で深く抉られている。脚部の駆動には問題がなかったが、穿杭槍の接続部を失った状態で歩かせると、残った配線を巻き込む可能性があるとAIに止められた。


 蒼真は操縦席に座ったまま、回収機が到着するのを待っていた。


 正面には、倒れた大型個体がある。


 黒い外殻へ突き刺さった穿杭槍は、整備班が周囲を切り開くまで外せない。機体と同じほど長かった槍身の半分近くが見えなくなり、変形した固定爪だけが傷口の周囲へ食い込んでいた。


《報道用撮影機二号が、リポルを撮影しています》


「どうしてですか?」


《撮影対象の選定理由は確認できません》


 頭上を旋回していた一機が高度を下げ、倒れた大型個体とリポルの間をゆっくり横切った。レンズの向きは、明らかにこちらを向いている。


 戦闘中は大型個体と三浦機ばかりを追っていたはずだった。


 必要な時には欲しい場所を映さなかったのに、すべてが終わってからは離れようとしない。


「邪魔です」


《軍の指揮下にないため、移動を命じることはできません》


「分かっています」


 分かっているが、近い。


 リポルの左肩から垂れた黒い体液まで撮られているような気がして、蒼真は後方映像を閉じた。


『橘さん』


 隣へ来た三浦機から、個別通信が入る。


『医療拠点は全員無事だそうです』


「確認しました。三浦一尉も、もう戻ってください」


『回収機が来るまでは残ります』


「第一中隊の指揮は?」


『二番機へ任せました』


 三浦機は大型個体の反対側へ腰を下ろした。損傷した左肩を庇うように戦斧を置き、リポルと同じ高さまで操縦席を下げる。


 蒼真は、少し離れた場所にある戦斧を見た。刃は大きく欠け、柄にも歪みが出ている。それでも三浦は、あれ一本で大型個体の注意を引き続けた。


「あの武器も、使えなくなりましたね」


『消耗品ですから』


「穿杭槍は、一度で本体へ刺さったままです」


『大型個体を一体倒せたなら、十分ではありませんか』


「三浦一尉の戦斧は、使ったあとに逃げられます」


『俺は、何度か逃げ損ねました』


「それは武器のせいではないと思います」


 三浦は数秒黙ったあと、小さく笑った。


『橘さんは、もう普段どおりですね』


「何がですか?」


『戦闘が終わった途端、武器の心配を始めたので』


「機体も心配しています」


『自分の心配は?』


 聞かれて、蒼真は自分の身体を確かめた。


 固定されたまま大型個体が倒れてきた時、座席の拘束具へ強く押さえつけられた。肩と胸に鈍い痛みはあるが、手足は動く。呼吸も苦しくない。


「河野先生に診てもらいます」


『そうしてください』


 大型個体の向こうから、回収用のフレイムワーカーと作業車両が近づいてきた。


 先頭の機体が瓦礫を退け、その後ろを整備班の車両が走る。停車するより早く助手席の扉が開き、牧野が地面へ飛び降りた。


 ヘルメットを押さえながら倒れた大型個体の脇を走り、リポルの左肩を見上げたところで足が止まる。


 普段なら、損傷箇所を見つければすぐに端末を開く。


 今日は、しばらく何も言わなかった。


『牧野さん』


 蒼真が外部音声を入れると、牧野はゆっくり顔を上げた。


「生きてますか」


「はい」


「本当に?」


「多分」


「多分じゃ困るんですけど」


 牧野は額へ手を当て、深く息を吐いた。それから操縦席のある胸部、抉れた左肩、折れた腰部固定爪へ順番に視線を移していく。


「降りられます?」


「左肩が動かないので、昇降補助が使えません」


「今、足場をつけます。勝手に動かさないでください」


「AIにも言われました」


「今日は、そっちの言うことを聞いてください」


 作業員が簡易足場を組んでいる間、牧野は大型個体へ刺さった穿杭槍を見に行った。変形した固定爪へ触れ、裂けた外殻の奥を照明で確認する。戻ってきた時には、さきほどまでの心配そうな表情が消え、整備担当者の顔になっていた。


「ちゃんと動いたんですね」


「動きました。ただ、抜けませんでした」


「固定爪が変形してます。予定以上の横荷重を受けたんでしょう」


「大型個体が動いたので」


「普通は動くと思います」


「なら、動く前提で作るべきでは?」


 牧野の手が止まった。


 横に立っていた作業員も、なぜか蒼真を見上げた。


「橘さん」


「はい」


「その話、私以外の前でしない方がいいかもしれません」


「なぜですか?」


「あとで分かります」


 牧野も八神隊長と同じことを言った。


 理由を尋ねる前に足場が完成し、蒼真は操縦席を開いた。


 外へ出ると、朝とは違う熱気が街へ溜まっていた。戦闘の匂いと、砕けたコンクリートの粉が風に混じっている。足場へ片足を移したところで、肩から胸へ痛みが走った。


 思わず動きを止める。


「やっぱり痛いんじゃないですか」


 下から牧野が睨んでいた。


「少しです」


「その少しを診てもらってください」


「分かりました」


 地面へ降りると、報道用ドローンがさらに近づいた。


 牧野が蒼真とドローンの間へ入り、手にしていた端末で追い払うような仕草をする。もちろん、それで離れるはずもない。機体は一定の距離を保ったまま、角度だけを変えてこちらを撮り続けた。


「顔、映りましたよ」


「困ります」


「私に言わないでください」


 蒼真はヘルメットの遮光板を下ろした。


 今さら遅い気もした。


 *


 後方医療拠点へ戻ると、河野は入口で待っていた。


 白衣ではなく、防護服の上から医療班の腕章を巻いている。蒼真の姿を認めると、安心したように肩を下ろしたが、すぐに手招きして簡易診察室へ入れた。


「上を脱いで」


「先に三浦一尉を」


「あっちは別の医師が診てる」


「重傷者は?」


「お前たちが来る前からいた負傷者も、全員移動できた。転んだ二人も擦り傷だ」


 河野は蒼真の防護服を肩まで下ろし、拘束具の跡を確認した。胸から両肩にかけて赤黒い痣が広がっている。


「これで少し?」


「動かせます」


「動くかどうかと、傷があるかは別だ」


 指先で鎖骨の周囲を押され、蒼真は僅かに身を引いた。


「痛い?」


「そこは」


「少し?」


「かなり」


「最初からそう言え」


 河野は端末へ記録を入力し、携帯型の検査機を胸へ当てた。


「骨は大丈夫そうだ。戻ってからもう一度撮る。今日は操縦席へ戻るな」


「リポルは回収されます」


「そういう意味じゃない」


「分かっています」


 診察室の外では、医療班が畳んだ担架や資材を車両から下ろしていた。避難のために積み込んだものを、元の位置へ戻している。


 全員が無事だったから、戻す作業ができる。


 蒼真は開いた扉の向こうをしばらく見ていた。


「十二体だったんだって?」


 河野が検査機を片づけながら尋ねた。


「はい」


「一人で?」


「リポルとAIがいました」


「そう言うと思った」


 河野は苦笑したが、追及しなかった。


「あんたが間に合わなかったら、こっちはどうなってた?」


 蒼真は外へ視線を向けたまま答えた。


「分かりません」


「俺たちは、間に合わないと思ってた」


 車両へ人を乗せても、動き出す前に襲われる。建物へ籠もっても、十二体を防げる造りではない。河野たちには、できることがほとんど残されていなかった。


「だから、助かった。ありがとう」


「自分だけではありません」


「それでも、言わせろ」


 河野の目は笑っていなかった。


 蒼真は少し迷ってから、頭を下げた。


「はい」


 それ以上、否定はしなかった。


 *


 作戦参加者が中央防衛局へ戻ったのは、午後一時を過ぎてからだった。


 機体は格納庫へ運ばれ、搭乗者は全員、医療検査と簡単な聞き取りを受けた。通常なら詳細な検証は翌日以降に行われる。疲労した状態で集めた証言は誤差が大きく、作戦記録との照合にも時間がかかるからだ。


 しかし、今回は帰投から二時間も経たないうちに、関係者が会議室へ呼ばれた。


 蒼真が入ると、既に八神隊長と三浦、相馬、片瀬が席についていた。三浦の左腕は固定具で吊られ、相馬の額には小さな絆創膏が貼られている。


 正面には綾人が座り、その隣に八神特別運用評価官がいた。


 同じ八神姓が並ぶため、会議資料では一方を《作戦指揮官》、もう一方を《特別運用評価官》と表記している。妹である評価官は、兄の八神隊長へ一度だけ視線を向けたが、挨拶以上の言葉は交わさなかった。


 さらに兵器開発部、広報部、防衛局運用課から複数の担当者が出席している。壁際には牧野もいた。蒼真と目が合うと、何も言わず僅かに首を横へ振った。


 朝に言われたことを思い出す。


 その話は、私以外の前でしない方がいい。


 しかし、もう遅い気がした。


「緊急戦果確認会議を開始します」


 運用課の担当者が立ち上がり、正面の画面を切り替えた。


 最初に表示されたのは、戦場全体の配置だった。


 大型個体一体、中型九体、小型三十八体の停止を確認。逃走した個体については、街の北側に留まっている可能性があるため、無人観測を継続する。味方十五機のうち、戦闘不能機はなし。中度損傷三、軽度損傷七。人的損失なし。


 後方医療拠点を含む支援要員にも、重傷者はいなかった。


 数字が読み上げられるたび、会議室の空気が少しずつ緩んでいく。


 前回は、十二機が何もできないまま撤退した。


 今回は、同じ街で大型個体を停止させ、全機と全員が帰ってきた。


 大隊運用訓練の成果があったことは、否定できない。


「まず、統合戦術情報の運用について確認します」


 画面へ三中隊の移動記録が表示された。


 八神隊長は机の上で指を組み、敵の陽動によって中央南進経路を空けた経緯を説明した。指示の遅れや情報の欠落を隠さず、訓練で改善できた点と、なお不足していた点を分けて報告する。


「共有情報は正常に機能しました。各中隊も、割り当てられた脅威へ適切に対応しています」


「では、なぜ後方への侵入を許したのでしょうか」


 運用課の問いに、八神隊長は正面画面を見た。


「適切に対応させられたからです」


 室内が静かになる。


「敵は、我々が放置できない脅威を三方向へ同時に発生させました。東側の群れを無視すれば市街地外へ流出し、西側を放置すれば支援車両が襲われる。第一中隊が大型から離れれば、大型自身が中央を突破します。どの判断も単独では正しかった。しかし、すべてを選ぶことで、地下に隠れていた十二体のための経路が開きました」


「敵が人間側の反応を予測していたと?」


「予測ではなく、誘導した可能性があります」


 八神隊長は感情を交えずに答えたが、組んだ指には力が入っていた。


「今回の勝利を理由に、同規模の部隊で再進攻することには反対します。大型個体が一体だけとは限らず、同等の統率個体が存在する可能性もあります」


 勝ったことより、次も勝てるかを見ている。


 蒼真には、その言葉の方が理解しやすかった。


「統合運用そのものについては?」


「継続が必要です。ただし、部隊指揮と情報精査を同じ者へ集中させるべきではありません。今回は橘二尉が後方で補助しましたが、途中から単独行動へ移っています」


 自分の名前が出たため、蒼真は顔を上げた。


「後方へ抜けた敵性群への対応について、橘二尉から説明してください」


「はい」


 蒼真は、十二体が地下共同溝から出たこと、通常経路ではどの機体も間に合わなかったことを話した。報道用ドローンの映像を取得した経緯へ移ると、広報部の担当者が身を乗り出した。


「報道映像を戦術利用したのですか?」


「映像そのものを見たわけではありません。三機分をAIへ渡し、地形情報だけを抽出しました」


「なぜ、軍用の観測ドローンを使わなかったのでしょう」


「配備されていなかったからです」


 答えたのは八神隊長だった。


 運用課の担当者が資料を開く。


「過去には、各中隊へ小型観測ドローンを配備していた時期があります。しかし、現在の標準装備からは外されています」


 画面に、過去の試験記録が並んだ。


 俯瞰映像と搭乗者視点の同時表示による平衡感覚の喪失。自機位置の誤認。異なる縮尺で表示された敵性個体までの距離を取り違え、攻撃時機が遅れた事例。視点の切替直後に転倒した搭乗者もいる。


 AIによる自動統合にも問題があった。


 空撮映像には、戦闘と無関係な動きが多い。風で揺れる布、転がる瓦礫、逃げる動物、他部隊の射撃、ドローン自身の移動。それらを安全側へ判断したAIが脅威候補として拾い、警告が増え、本当に必要な情報を埋もれさせた。


「従来の敵性個体は、基本的に搭乗者の視界内にいる対象へ反応しました。組織的に部隊を誘導する事例も確認されていません。空撮情報を加えるより、目の前の敵への射撃支援と姿勢制御へ演算能力を使う方が、討伐効率は高かったのです」


 運用課の説明に、相馬が苦笑した。


「要するに、前だけ見てりゃ倒せたんです」


「現場からは、そのような意見が多く提出されています」


「俺も出しました。空の映像へ切り替わった瞬間、自分がどっち向いてるか分からなくなった」


「訓練記録に残っています」


「残ってるのかよ」


 相馬は額の絆創膏へ触れ、それ以上は何も言わなかった。


 綾人が資料から蒼真へ視線を移す。


「蒼真君は、三つの映像を同時に見たのか?」


「見ていません」


「では、どう使った」


「必要な場所と、必要な情報だけ指定しました。映っていない場所を出せと言っても無理なので、過去三分間の映像から使える部分を探させました」


「警告が増える問題は?」


「敵や動くものを処理対象から外して、地形の高さと幅、傾斜、耐荷重だけに限定しました。敵の位置は統合戦術画面にありましたから」


「AIは、すぐに従ったのか?」


「安全上推奨しないと言われましたが、処理範囲を説明したら通りました」


 蒼真は当たり前のこととして答えた。


 管理局では、AIへ何かをさせるたびに、目的と責任範囲と除外条件を伝える。曖昧に頼めば、AIは安全のために確認を増やす。必要な情報が何かを先に決めれば、長いやり取りをしなくて済む。


 綾人は返事をせず、椅子の背へ身体を預けた。


 八神隊長も目を閉じ、眉間を指で押さえている。


「何か問題がありましたか?」


 蒼真が尋ねると、綾人は天井を見たまま答えた。


「それを、誰でもできると思っているところだ」


「手順を決めればできます」


「三機の報道映像を戦闘中に転用し、AIの処理項目を切り分けて、地図にない経路を作る手順をか?」


「毎回、同じ映像ではありません。手順というより、必要な情報を――」


「そういうところだ」


 今度は相馬が言った。


 蒼真は口を閉じた。


 八神特別運用評価官が、感情の見えない顔で端末へ何かを記録している。その指が止まると、正面画面にAIの評価が表示された。


《報道映像転用による経路算出は、橘蒼真の情報処理特性、管理AIへの習熟、およびリポルへの高い操縦適性によって成立した。一般搭乗者による再現可能性は低い》


 綾人が小さく息を吐く。


「AIにも言われているぞ」


「再現できないとは書いていません」


「低いと書いてある」


「訓練すれば上がる可能性はあります」


「自分以外にもやらせようとして、逃げ道を作るな」


 図星だったため、蒼真は資料へ目を落とした。


「次に、大型個体の撃破について確認します」


 運用課の担当者が画面を切り替えた。


 報道用ドローンが撮影した映像が、会議室の正面へ大きく映る。


 三浦機が大型個体の前脚へしがみつき、その後ろからリポルが走り込む。穿杭槍を脇腹へ突き立て、固定爪を展開する。大型個体の前肢がリポルへ振り下ろされる直前、第一、第二推進薬が続けて作動した。


 映像には音声がない。


 だからこそ、蒼真自身が覚えているより、紫色の機体は迷いなく動いて見えた。


 大型個体が倒れ、その下から三浦機がリポルを引き出す。土煙が晴れたあと、二機が立ち上がるところまで映像は続いた。


「対大型個体用高出力穿杭槍による、初の実戦撃破です」


 兵器開発部の担当者は、隠しきれない高揚を声に滲ませていた。


「外殻貫通後の内部損傷は想定値を上回っています。大型個体の高密度組織を破壊し、短時間で生命活動を停止させました。従来兵装と比較しても――」


「使えません」


 蒼真が言うと、説明が止まった。


 会議室の視線が集まる。


 壁際で牧野が目を閉じ、僅かに俯いた。


「威力に不足がありましたか?」


「威力はあります。でも、使うまでに時間がかかりすぎます」


 蒼真は映像の中で固定されたリポルを指した。


「大型個体へ接近し、外殻へ先端を差し込んでから、槍側の爪を三枚展開します。そのあと、腰部と両脚まで地面へ固定されました。発射準備が終わるまで、回避できません」


「反動制御のために必要な工程です」


「大型個体は、準備が終わるまで待ちません」


「今回は三浦一尉が攻撃を遅らせています」


「三浦一尉がいなければ、発射前にリポルの胸部を破壊されていました」


 兵器開発部の担当者は反論せず、映像を巻き戻した。


 大型個体の前肢が落ちる瞬間と、三浦機が脚へしがみつく場面を何度か確認する。やがて、手元の資料へ記録を加えた。


「接触から第一推進薬の作動まで、七・二秒。確かに、単機での使用は困難です」


「単機でなくても危険です。それに、撃ったあとも固定が外れませんでした」


「固定爪に想定外の横荷重が加わったためです」


 牧野が壁際から説明した。


「対象が反応し、槍身を横へ振ったことで一番爪が変形しています。腰部固定爪も舗装の破砕に巻き込まれました」


「大型個体なら、刺されたら動くと思います」


「私もそう思います」


「なら、動く前提で作るべきです」


「橘さん」


「はい」


「今、それを言わない方がいいと、現場で伝えましたよね」


「理由を聞いていません」


 牧野は口を開きかけたが、諦めたように閉じた。


 兵器開発部の担当者が、蒼真へ身を乗り出す。


「具体的には、どのような改善が必要だと考えますか?」


 八神隊長の指が、眉間で止まった。


 綾人は何かを言おうとして、結局言わなかった。


 蒼真は二人の反応に気づいたが、質問には答える必要がある。


「まず、対象へ固定しなくても外殻を破壊できる方がいいと思います。少なくとも、機体まで地面へ固定するのは危険です」


 担当者の手が素早く動く。


「反動の軽減、あるいは別方向への分散ですね」


「発射後、すぐ離れられる必要もあります。大型個体が倒れる方向を選べないので、抜けるまで待っていると巻き込まれます」


「槍身の残置を前提にすれば、接続部を切り離せます」


「それなら、今より安全です」


「接近時の取り回しについては?」


「長すぎます。狭い場所では壁へ当たります。背中へつけると重心も変わるので、跳ぶ時に邪魔でした」


「短銃身化した射出杭、または腕部装着型への変更が考えられます」


「腕につけたまま、障害物の撤去にも使えるなら便利だと思います」


「出力は、今回と同程度が必要でしょうか」


「大型個体を止められないなら、持っていく意味がありません」


 そこまで答えたところで、綾人が両手で顔を覆った。


 八神隊長も椅子の背へ身体を預け、天井を見上げている。


「どうしたんですか?」


 蒼真が尋ねると、綾人は顔を覆ったまま答えた。


「蒼真君。君は今、自分を大型討伐へ継続投入するための専用武器を、自分で要求したんだぞ」


「要求していません」


「いま、仕様まで決めていただろう」


「今回の武器が危険だったので、改善した方がいいと答えただけです」


「改善した武器は、何に使うんだ」


「同じような状況が起きた時に――」


 口にしたところで、蒼真は止まった。


 会議室の何人かが、同時に目を逸らした。


 相馬は俯いて肩を震わせている。笑っているらしい。


「その同じ状況へ、誰を出す?」


 綾人が指の隙間から蒼真を見た。


「大型個体へ近づける人です」


「今日、それをやったのは?」


「自分ですが、三浦一尉が――」


「俺は正面を見せていただけです」


 三浦が静かに加わった。


「橘さんが十二体を停止させ、大型の死角まで到達した。移動しながら使える武器なら、相性はいいと思います」


「三浦一尉まで、何を言っているんですか」


「橘さんが言い出したことですが」


「自分は、危険を減らす話をしています」


「改善されれば危険は減ります」


「使わなければ、もっと安全です」


 蒼真がそう言うと、三浦は少し考えた。


「それは、そうですね」


「納得するな」


 八神隊長が低い声で止めた。


 兄の方を見た八神特別運用評価官が、僅かに眉を動かした。感情が表へ出たのは、それだけだった。


「兵装の改善検討と、搭乗者の運用決定は分けるべきです」


 淡々とした声が会議室へ通る。


「橘二尉が改善案を提示した事実は、大型討伐任務への恒常的な参加意思を示すものではありません。本人は前線配置への恐怖と忌避感を、繰り返し記録しています」


 蒼真は顔を上げた。


 助けてもらったように聞こえた。


 しかし、評価官は蒼真を見なかった。


「一方、今回の実績によって、リポルと橘二尉を大型個体への対処戦力として評価対象から除外することも不適切です。本人の意思、投入条件、代替可能性を含め、別途検討が必要です」


 逃げ道を残した直後に、別の扉を閉めた。


 綾人が両手を顔から下ろし、評価官を見た。


「味方をしているつもりなら、もう少しやり方があるだろう」


「事実を整理しています」


「整理するたびに、蒼真君が追い込まれている」


「追い込む意図はありません」


「意図がないのが一番厄介なんだ」


 八神隊長は妹へ何も言わなかったが、疲れたように目を閉じた。


 兵器開発部の担当者が、遠慮がちに手を挙げる。


「改善案の概念設計だけは、進めてもよろしいでしょうか」


「まだ作るとは言っていません」


 蒼真が答えると、担当者は困ったように資料を見た。


「橘二尉から示された条件を満たせるか、技術的な検討を行うだけです。採用と配備は別の判断になります」


「検討した結果、作ることになりませんか?」


「有用と判断されれば、試作へ進む可能性はあります」


「試作したら、誰が試すんですか?」


 今度は誰も答えなかった。


 答えがないこと自体が、答えに近かった。


 *


 会議の後半は、広報部からの報告へ移った。


 蒼真は、そこで初めて報道映像が既に放送されたことを知った。


 生中継ではない。作戦開始時刻と部隊の詳細位置を隠すため、報道各社が受け取った映像には遅延が設けられ、公開前に安全確認が行われていた。


 しかし、大型個体を撃破した映像まで止める理由はなかった。


「搭乗者の氏名は公表していません」


 広報担当者はそう前置きし、放送された映像を再生した。


 画面には、大型個体と戦う三浦機が映っている。


 解説者は第一中隊が正面から敵を引きつけていると説明し、周囲で戦う三中隊の配置を簡単に伝えていた。その映像の端を、紫色の機体が高速で横切る。


 撮影者も、その時点ではリポルを追っていない。


 次の画面では、別方向から三浦機を撮影している。大型個体が前肢を持ち上げ、その後ろからリポルが現れた。


 長い穿杭槍を脇腹へ突き立てる。


 大型個体が振り向き、三浦機が脚へしがみつく。


 二度の衝撃で黒い体液が噴き出し、巨体が紫色の機体へ倒れ込んだ。


 土煙が晴れた時、リポルは三浦機の隣で立っている。


 そこで映像が止まった。


「現在、第一中隊の三浦一尉と、紫色の特別機に関する問い合わせが集中しています」


「リポルの存在は、以前から公開されていますよね?」


 蒼真が尋ねる。


「機体の存在と、復興支援へ投入されていることは公開済みです。ただし、今回のような戦闘能力は知られていませんでした」


「自分たちも、知らなかったと思います」


 片瀬が画面を見たまま呟いた。


 第三中隊は、リポルが歩き、瓦礫を退け、損傷機を回収する姿を何度も見ている。安全制御を解除した動きも、一度はシミュレーターで確認した。


 それでも、十二体を短時間で止め、誰も使ったことのない武器で大型個体を撃破する姿を、実戦で見た者はいなかった。


「新型の量産機だと思われている可能性もあります」


 広報担当者が複数の報道記事を表示した。


 《市街地再奪還作戦に新型機投入》


 《第一中隊の危機を救った紫の機体》


 《大型個体を一撃 未公開兵装の威力》


 どの記事も、機体の外見と撃破場面を大きく扱っている。搭乗者については《氏名非公表の支援隊員》としか書かれていなかった。


「一部では、過去の救助映像との照合も始まっています」


 画面が切り替わる。


 精製施設で輸送車の前へ立つリポル。採掘場で損傷機を起こすリポル。崩れた建物から作業員を運び出すリポル。


 同じ紫色の機体であることは、隠しようがない。


「これまで、現場映像では作業機や支援機として扱われていました。今回の映像によって、過去の行動まで別の意味で見られ始めています」


「別の意味とは?」


「戦えるのに、戦っていなかった機体ではないか、と」


 蒼真は記事の文字を見た。


 違う。


 戦えるから戦わなかったのではない。倒すより先に、帰さなければならない人と機体があった。そのために必要なことをしただけだった。


 だが、映像には蒼真の判断も、恐怖も、AIとのやり取りも映らない。


 大型個体へ迷いなく走り、見たことのない武器を使い、一撃で倒した紫色の機体だけが残っている。


「映像の公開を止めることはできますか?」


「既に放送されたものは困難です。今後の映像について、機密情報や作戦上の危険があれば制限できますが、今回の戦果そのものを非公開にする根拠はありません」


 広報担当者は申し訳なさそうに答えた。


「現場近くには、避難していた住民もいます。大型個体を停止させ、街の再奪還へ進めることは、公表すべき成果でもあります」


 それも正しい。


 この街に住んでいた人たちは、いつ戻れるか分からないまま避難している。大型個体が倒れたことを知らせなければ、作戦が何のために行われたのかも伝わらない。


 蒼真一人が困るからといって、隠す話ではなかった。


「搭乗者名は、引き続き非公表としてください」


 八神隊長が言った。


「橘は常任の戦闘搭乗者ではありません。個人への取材や接触が、本人と家族の生活へ影響します」


「現時点では、その方針です。ただ、映像から所属や過去の記録を調べる動きは止められません」


「家族へは、こちらから説明します」


 八神隊長の言葉を聞いて、蒼真は時計を見た。


 既に午後四時を過ぎている。


「美咲へ、まだ連絡していません」


 声に出すと、綾人と八神隊長が同時に蒼真を見た。


「出動が終わったことは?」


 綾人が尋ねる。


「帰投した時に送りました。大型個体を倒したことと、映像が放送されたことは話していません」


「なぜだ」


「会議で、どこまで話していいのか確認してからにしようと思いました」


「今、確認できた」


「はい」


「電話しろ」


「会議中ですが」


「休憩にする」


 八神隊長が即座に言った。


 運用課の担当者まで頷いている。


「十分間、休憩とします」


 予定表にはなかった休憩が、その場で追加された。


 蒼真が端末を持って廊下へ出ると、綾人もついてきた。


「自分で話せます」


「俺にも関係がある。外部評価者として会議へ参加していることを、美咲は知っている」


「一緒に怒られるつもりですか?」


「怒られる前提で話すな」


 綾人はそう言ったが、表情は戦闘映像を見ていた時より硬かった。


 蒼真は美咲の番号を呼び出した。


 呼び出し音は、一度で切れた。


『もしもし』


 いつもと変わらない声だった。


 そのことが、かえって怖い。


「美咲。今、話せる?」


『話せるよ』


「今日の作戦は終わった。さっき送ったとおり、怪我は打撲だけで、全員帰ってきてる」


『うん。映像も見たよ』


 蒼真は言葉を止めた。


 隣の綾人が、静かに目を閉じる。


「もう見たの?」


『ニュースで何度も流れてるから』


「説明しようと思ってた」


『うん』


「会議で、話していい範囲を確認してからの方がいいと思って」


『うん』


 美咲は否定しない。


 声も穏やかなままだった。


「怒ってる?」


『帰ってから話そうか』


「今、少し説明した方が――」


『会議中なんでしょ?』


「休憩になった」


『蒼真が電話するために?』


「多分」


『じゃあ、皆さんを待たせないで。帰ってから、ゆっくり聞くから』


 美咲の声には笑みが含まれていた。


 ただし、蒼真が安心できる種類の笑みではなかった。


「分かりました」


『綾人もそこにいる?』


 綾人の肩が僅かに揺れた。


「いるよ」


『一緒に帰ってきてね』


「俺も?」


 綾人が思わず口を挟む。


『家族へ説明する必要があるんでしょ?』


「それは、そうだけど」


『待ってるね』


 通話が切れた。


 蒼真と綾人は、しばらく端末を見ていた。


「綾人さん」


「何だ」


「自分より緊張していますか?」


「お前が緊張しなさすぎるんだ」


「してます」


「大型個体の前より?」


 蒼真は少し考えた。


「同じくらいかもしれません」


「それは大変だな」


 綾人は壁へ背を預け、深く息を吐いた。


 会議室の扉の向こうでは、兵器開発部の担当者たちが、既に何かを相談している。隙間から聞こえる言葉の中に、腕部装着、反動分散、射出杭という単語が混じっていた。


 会議は休憩中のはずだった。


 それでも、蒼真が止めたかった話だけは、止まっていなかった。

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