第七十四話 帰れない武器
『こちらは前です。任せてください』
三浦の声を背に受けながら、リポルは北へ走った。
大型個体まで二分十七秒。
報道用ドローン三機の映像からAIが組み上げた経路は、商店街の裏手を抜け、崩れた高架道路の下を通って中央広場へ至る。最短ではあるが、安全な道ではなかった。
そもそも、道と呼んでいいのかも分からない。
店舗の搬入口には配送車が横倒しになり、細い路地の半分を塞いでいる。リポルは速度を落とさず右肩を壁へ寄せ、左手で車体を押し退けた。潰れた金属が路面を擦り、耳障りな音と火花を残して後方へ流れていく。
《大型個体まで、二分九秒》
「残存個体の位置」
《小型三、中型一。小型二体は前方交差点。残る二体は高架下へ移動しています》
「医療拠点は?」
《生体反応五十一。車両への移動を継続中です。新規脅威は確認されません》
それでいい。
蒼真は正面の狭い路地を見た。空撮映像は表示していない。AIが必要な地形だけを抽出し、通過可能な場所を紫色の線で重ねている。その線は、道路の上を素直に進んではいなかった。
途中で店舗の庇へ乗り、倒れた看板を越え、再び路地へ降りる。
報道用ドローンは、蒼真のためにそこを映したわけではない。
一機は大型個体と三浦を追い、もう一機は周囲で戦う第一中隊を広く撮っている。最後の一機は、逃げていく小型個体を一度だけ追い、その途中で商店街の裏側を画面の端へ捉えていた。
欲しい場所が、都合よく映っているわけではない。
三つの映像の端に偶然残った道路と建物をつなぎ、不足する部分を地図とリポルの観測情報で埋めているだけだった。
《前方、小型二》
交差点の左右から、小型個体が一体ずつ現れた。
リポルの姿を認めると、片方は正面から身を低くし、もう片方は路地の壁を蹴って高い位置へ跳ぶ。一体が足を止め、もう一体が上から頭部を狙う動きだった。
蒼真は減速しなかった。
正面の個体が伸ばした前脚を、リポルの左手が外側から払う。身体の向きが僅かに崩れた場所へ右肩を入れ、そのまま壁へ押しつける。装甲と外殻の間で煉瓦が砕けた。
頭上から影が落ちる。
蒼真は押さえた一体を盾にするように左腕で持ち上げ、上体だけを右へ捻った。跳びかかった個体の爪が仲間の背へ突き刺さる。二体が絡んだ瞬間、リポルは左腕を振り下ろし、まとめて路面へ叩きつけた。
足を止めたのは、一秒にも満たない。
右足が倒れた二体の間を踏み抜き、次の一歩で交差点を越える。背後で一体が起き上がろうとしたが、頭部を持ち上げる前に第一中隊の支援射撃が届いた。
『先へ行け』
共有回線へ声が入る。
「ありがとうございます」
『礼はあとだ』
射撃した機体は、それ以上追ってこなかった。大型個体の周囲へ戻ろうとする別の群れを止めるため、すぐに中央通りへ向きを変える。
誰かが蒼真のために道を空け、その代わりに別の敵を引き受けている。
リポルだけが戦っているわけではない。
《大型個体まで、一分四十七秒》
高架下へ入る直前、道路が大きく陥没していた。
地図にはない穴だった。崩れた舗装の下に地下道が見え、折れた配管から水が噴き出している。報道用ドローンの映像では、高架の影に隠れて確認できなかった場所だ。
紫色の経路表示が途切れる。
《通過経路を再計算します》
「時間は?」
《迂回した場合、三分十一秒》
間に合わない。
蒼真は穴の幅と、反対側までの距離を見た。およそ九メートル。先ほどの鉄道跡より短いが、天井には高架の梁があり、真っ直ぐ跳べば背中の穿杭槍がぶつかる。
「姿勢を低くすれば越えられますか?」
《跳躍中に背部兵装を水平へ近づける必要があります。着地時の重心制御が困難です》
「オートバランサーは切っています」
《そのため、さらに推奨できません》
「越えられるかを聞いています」
《リポルの出力上は可能です》
それだけ分かればよかった。
蒼真は穴の手前で歩幅を広げた。右足が崩れかけた舗装へ沈むより早く踏み切り、機体を前へ倒す。両腕を胸の前へ畳み、背中を梁と平行にした。
穿杭槍の固定具が、頭上のコンクリートを掠める。
火花が後方映像を白く染めた。
反対側へ右足が届いた時、追加された武器の重さに引かれ、リポルの上体が右へ傾いた。蒼真は左手を地面へつき、三本の指で舗装を削りながら倒れようとする力を前へ逃がす。
右膝が一度路面へ触れた。
そこから身体を起こすのではなく、沈んだ姿勢のまま左足を前へ出す。
リポルは転倒せず、そのまま走り続けた。
《右膝装甲、表面損傷》
「駆動部は?」
《異常ありません》
「なら、記録だけしてください」
高架の影から中型個体が現れた。
待ち伏せていたわけではない。中央へ戻ろうとして、正面から来たリポルと鉢合わせになったらしい。中型個体は一度足を止め、すぐに太い前肢で地面を蹴った。
狭い高架下では、横へ大きく避けられない。
蒼真は正面から近づいた。
中型個体の頭が下がり、左右へ張り出した角がリポルの胸部を狙う。衝突まで三歩。
最初の一歩で、蒼真は右腕を下げた。
二歩目で左足を外へ置き、肩を敵の正面から外す。
三歩目は踏まなかった。
リポルの右手が中型個体の角を下から掴み、左手が首の外殻へ触れる。突進の力を止めようとせず、蒼真は身体を低くしたまま腰を回した。
中型個体の前脚が浮く。
重い身体はリポルの左肩を越え、陥没した道路へ頭から落ちた。外殻が舗装の縁へぶつかり、鈍い音を立てる。後脚だけが路上に残り、穴から這い上がろうと動いた。
蒼真は振り返り、右足でその背を踏んだ。
中型個体の身体が地下道まで落ち、噴き出していた水が黒く濁る。
止めを確認する時間はなかった。
《大型個体まで、一分十二秒》
「小型は?」
《残る一体は、第一中隊四番機が対応中です。経路上の敵性反応はありません》
「医療拠点」
《五十一。変化なし》
蒼真は息を吐いた。
操縦席の空気は冷えているはずなのに、背中へ汗が流れている。操縦桿を握る指には力が入り、意識して開かなければ関節が固まりそうだった。
怖くないわけではない。
十二体を倒したあとも、高架を越えたあとも、中型個体を投げ落としたあとも、恐怖は身体の中に残っている。
ただ、それを理由に止まれる場所ではなかった。
高架を抜けると、中央広場を囲む建物が見えた。
大型個体の咆哮が壁の間を抜け、路上の硝子片を震わせる。正面映像の遠くで、三浦機が大きく後退した。戦斧を盾のように構え、大型個体の前肢を受け流している。
左肩の装甲は剥がれ、右脚からも白い蒸気が上がっていた。
それでも、三浦は大型個体の正面から離れない。
『残りは』
「五十二秒です」
『長いですね』
三浦の声は普段どおりだった。
余裕があるようには見えない。大型個体の一撃を避けるたび、機体の足元で道路が割れ、飛び散った破片が装甲へ当たっている。それでも声を荒らげず、蒼真が到着するまでの時間だけを受け取った。
「無理なら離れてください」
『離れたら、そちらを見ます』
「でも――」
『前は任せてください』
先ほどと同じ言葉だった。
三浦機が左へ走る。
大型個体は傷ついた後脚を庇いながら身体を回し、三浦を追った。太い尾が道路脇の街灯を薙ぎ、折れた柱が建物の窓へ突き刺さる。
大型個体の顔は、リポルと反対側へ向いていた。
《報道用撮影機一号および二号は、三浦機を追跡中です。三号機は大型個体の頭部を撮影しています》
「そのままでいいです」
報道用ドローンまで三浦を見ている。
紫色の機体は、映像の端を横切るだけだった。
大型個体も同じだった。
後方へ送った十二体を処理するため、リポルは南へ向かった。たとえ間に合っても、支援機一機では止められない。大型個体がそう考えたのかは分からない。
ただ、現実に、その視線は三浦だけを追っている。
蒼真は建物の陰へ入り、速度を落とさず大型個体の左後方へ回った。
《接触まで、三十秒》
「穿杭槍の使用手順を表示」
《背部固定具を解除後、右手で把持してください。先端を対象の外殻へ接触させ、固定爪三枚を展開します》
リポルの右肩が後ろへ回り、背中の長い武器を掴んだ。
固定具が外れる。
穿杭槍の重さが腕へ移った瞬間、機体の重心が大きく右へ寄る。蒼真は腰を落とし、槍身を脇に抱えるようにして姿勢を整えた。
長い。
大型個体へ届かせるための長さだが、建物の間で振り回せるものではない。方向を変えるだけで先端が壁へ近づき、走れば慣性が右腕を外へ引いた。
《固定完了後、リポルの腰部固定爪を展開し、脚部を地面へ固定します》
「機体も固定するんですか?」
《反動を受け止めるために必要です》
初めて聞いたような気がした。
出動前の説明では、外殻へ打ち込み、内部で炸薬を作動させると聞いている。威力と安全装置については長い説明があったが、撃つ間に機体が動けなくなることを、蒼真は覚えていなかった。
「固定している間、回避は?」
《できません》
「解除には?」
《正常作動時、四・八秒を要します》
大型個体が三浦機へ前肢を振り下ろした。
三浦は後ろへ跳んだが、爪の先が胸部装甲を掠める。機体が大きく揺れ、片膝をついた。
《接触まで、十九秒》
「どうして、先に言わなかったんですか」
《使用手順に含まれています》
「今、聞きました」
《出動前説明資料の第三十七項にも記載されています》
「資料が長すぎます」
《安全に関わる情報のため、省略できません》
こんな時に、管理局で何度も繰り返したやり取りをするつもりはなかった。
蒼真は説明表示を閉じ、穿杭槍を両手で構え直した。
「必要な時だけ言ってください」
《固定後は回避できません》
「それは、もう聞きました」
《必要な情報です》
大型個体まで、十秒。
リポルは広場へ出た。
三浦機が大型個体の正面で立ち上がる。戦斧を構え直そうとしたが、右腕の動きが遅い。大型個体は傷ついた後脚を引きながら前へ出て、三浦を踏み潰そうと身体を持ち上げた。
「三浦一尉」
『見えていません』
大型個体が、リポルを見ていないという意味だった。
三浦機は後ろへ逃げず、逆に前へ踏み込んだ。戦斧の柄を大型個体の前脚へ差し込み、持ち上げるように押す。巨大な爪の軌道が僅かに外れ、三浦機の右側へ落ちた。
道路が陥没する。
三浦は戦斧を手放し、空いた両腕で大型個体の前脚へしがみついた。
『今です』
蒼真は走った。
傷ついた左後脚ではない。その前方、外殻の継ぎ目が動くたびに開く脇腹へ、穿杭槍の先端を向ける。
大型個体が初めて顔を動かした。
視線が、三浦から紫色の機体へ移る。
遅かった。
リポルは最後の一歩を深く踏み込み、穿杭槍を脇腹へ突き込んだ。先端が外殻の継ぎ目へ食い込み、硬いもの同士が擦れる音が操縦席まで伝わる。
《接触を確認。固定爪を展開します》
槍先の三枚の爪が開き、外殻の縁へ噛みついた。
大型個体の身体が震える。
蒼真は引き抜こうとする力を両腕で押さえた。右腕部の出力表示が一気に上がり、警告色へ変わる。
《腰部固定爪を展開。脚部固定を開始します》
リポルの腰から二本の爪が伸び、舗装へ突き刺さった。両脚の踵からも固定杭が打ち込まれ、機体の腰が沈む。
身体が地面へ縫いつけられた。
操縦桿を動かしても、足は動かない。
大型個体の顔が完全にこちらを向いた。
黒い口が開き、唾液の糸が朝の光を受ける。振り上げられた前肢の爪は、リポルの胸部を一撃で裂ける太さだった。
「発射まで」
《固定圧が不足しています。残り三・二秒》
「長いです」
《必要な時間です》
逃げられない。
蒼真は操縦桿を握り、目の前へ迫る前肢を見た。固定を解除して離れれば、もう一度この位置へ入れる保証はない。それでも、このまま攻撃を受ければ、発射する前にリポルが壊れる。
自宅の玄関が、一瞬だけ浮かんだ。
左右を間違えて脱いだ昴の靴。結衣の靴。美咲が揃えた蒼真の靴。
そこへ戻るために乗っているのに、武器を使うために帰れなくなる。
「何で、こんな物を持たせたんですか」
《大型個体を停止させるためです》
「帰すつもりがないんですか」
《質問の対象を確認できません》
「自分とリポルです」
《生還を前提として運用されています》
大型個体の前肢が落ちる。
三浦機が脚へしがみついたまま、全身の出力を上げた。振り下ろされる軌道が僅かに遅れる。
『橘さん!』
《固定完了》
「撃ってください!」
《第一推進薬、点火》
轟音が広場を押し潰した。
穿杭槍の内部で杭が加速し、大型個体の外殻へ突き刺さる。三枚の固定爪が左右へ引かれ、リポルの両腕が軋んだ。腰部固定爪の周囲で舗装が砕け、機体の足元から亀裂が広がる。
杭は外殻を割ったが、止まった。
《第一段階貫通。第二推進薬の点火位置へ到達》
大型個体の前肢が、リポルの左肩へ触れる。
爪が装甲を削り、警告音が弾けた。
「続けて!」
《第二推進薬、点火》
二度目の衝撃は、一度目より深く響いた。
杭が裂けた外殻の内側へ押し込まれ、穿杭槍の半ばまでが大型個体の身体へ沈む。黒い体液が固定爪の隙間から噴き出し、リポルの胸部と頭部を濡らした。
大型個体が吠える。
目の前にあった前肢が大きく反り、リポルの左肩を抉りながら上へ逸れた。三浦機は脚から手を放し、倒れ込むように距離を取る。
《最終炸薬の使用条件を確認。対象内部に重要器官と推定される高密度組織があります》
蒼真は、穿杭槍を握る自分の手を見た。
ここで止めれば、大型個体は生きている。
再び群れを動かし、医療拠点へ送るかもしれない。別の街へ向かえば、そこにも家族がいる。守れる力があるのに手を離せば、次に失われるものを知りながら見送ることになる。
倒したいわけではない。
それでも、止めなければならない。
「作動させてください」
《最終炸薬を作動します》
鈍い爆発音が、大型個体の身体の内側から響いた。
外から見える炎はなかった。
巨大な身体だけが一度膨らむように震え、持ち上がっていた頭が落ちる。脚から力が抜け、建物ほどの大きさを持つ胴体が、リポルのいる側へ傾いた。
《大型個体の生命反応、急速に低下》
「固定を解除」
《解除処理を開始します》
腰部の爪が戻らない。
足元の舗装が変形し、固定杭を挟み込んでいる。穿杭槍の三枚の爪も大型個体の外殻へ噛みついたまま、一本だけ閉じなかった。
《腰部左固定爪に過負荷。穿杭槍固定爪一番が変形しています》
大型個体の影が、操縦席の正面を覆った。
「先に言ってください」
《現在、報告しました》
「抜いてください」
《通常手順では周囲の安全を確認後、補助駆動へ切り替え――》
「大型個体が倒れてきています」
《確認しています》
「なら、急いでください」
《安全装置を解除した場合、固定部の破損が拡大します》
大型個体の脇腹が迫る。
蒼真は右手の操縦桿を強く引いた。穿杭槍を手放し、左腰部の固定爪だけを逆方向へ動かす。安全装置が抵抗し、操作表示を赤く染めた。
「リポル本体を優先。固定具は破損して構いません」
《腰部固定爪および脚部固定杭の強制解除を実行します》
リポルの腰が跳ねた。
右側の爪が舗装から抜け、左側は途中で折れる。両脚の杭が砕けた路面を抉りながら戻った。
蒼真は機体を後ろへ倒すように動かした。
左肩の損傷で腕が上がらない。背中が地面へつき、正面いっぱいに大型個体の黒い身体が落ちてくる。
三浦機が横からリポルの右腕を掴んだ。
『引きます!』
二機分の脚が舗装を蹴る。
リポルの背中が瓦礫と硝子片を押し退け、地面を滑った。大型個体の外殻が目の前を掠め、左足の先へ接触する。
次の瞬間、巨体が広場へ落ちた。
衝撃が地面を伝い、リポルと三浦機をまとめて浮かせる。土煙と黒い体液が壁のように広がり、正面映像が茶色く閉ざされた。
蒼真は操縦桿を離さなかった。
機体が一度横へ転がり、右肩を地面へ打つ。オートバランサーは切れたままだった。蒼真は左脚を伸ばして回転を止め、右手をついて上体を起こす。
三浦機も数メートル先で片膝をついた。
土煙の向こうで、大型個体は動かなかった。
《大型個体の生命反応、消失》
共有回線から、誰かが息を呑む音が聞こえた。
歓声は上がらない。
第三中隊も西部方面隊も、まだ残った敵と戦っている。第一中隊の三機も中央へ戻りながら、小型個体を一体ずつ止めていた。
戦場全体が終わったわけではない。
それでも、大型個体の短い鳴き声は、もう響かなかった。
周囲の敵性個体が一斉に動きを鈍らせる。統一されていた進路が乱れ、目の前の機体へ向かうものと、建物の陰へ逃げるものに分かれた。
『全隊、大型個体の停止を確認』
八神隊長の声が共有回線へ通る。
『残存個体を処理する。深追いするな。隊形を戻せ』
命令を受け、三つの中隊が動いた。
ばらばらになりかけた敵とは反対に、十二機の識別表示が再びまとまり始める。第三中隊が東から中央へ戻り、西部方面隊は支援車両を守りながら南側を塞いだ。第一中隊は大型個体の周囲を確保し、逃げ遅れた小型を射線へ追い込んでいく。
蒼真は、その動きを確認してから医療拠点を開いた。
「人数」
《五十一。全員の生存を確認しています》
「負傷者は?」
《避難中の転倒による軽傷者二名。医療班が対応中です》
「新しい敵は」
《南進する敵性反応はありません》
ようやく、蒼真は座席へ背中を預けた。
息を吐くと、握り続けていた指が震えていることに気づいた。大型個体へ近づくまでではなく、倒した瞬間でもない。固定されたまま前肢が落ちてきた時の恐怖が、遅れて身体へ戻ってきていた。
『橘さん、大丈夫ですか』
三浦機が近づく。
左肩の装甲は潰れ、戦斧も路上へ置いたままだった。それでも、歩行には問題がないようだった。
「自分は大丈夫です。三浦一尉は?」
『左肩と右肘。動けます』
「河野先生に診てもらってください」
『あなたもです』
「自分は固定されていただけなので」
三浦は何も言わず、黒い体液に濡れたリポルの左肩を見た。
装甲は深く抉られ、内部の駆動部が一部露出している。左腰の固定爪は途中から折れ、脚部の固定杭にも変形が出ていた。
『固定されていたから、こうなったんでしょう』
「そうですね」
冷静になると、改めて腹が立ってきた。
蒼真は倒れた大型個体へ目を向けた。脇腹には穿杭槍が刺さったまま残り、槍身の半分近くが外殻の中へ埋まっている。固定爪が変形しているため、回収には整備班の作業が必要だった。
「あの武器、使えません」
『大型個体を倒しましたが』
「撃つ前に機体を固定します」
『見ていました』
「その間、回避できません。撃ったあとも抜けませんでした」
三浦は倒れた大型と、リポルの壊れた腰部を順番に見た。
『威力は十分です』
「帰れなければ意味がありません」
『それも、そうですね』
三浦は素直に頷いた。
その返答を聞いた八神隊長が、共有回線の向こうで深く息を吐いた。
『二人とも、その話は帰ってからにしろ』
「改善した方がいいと思います」
『橘』
「はい」
『今は言うな』
いつもより低い声だった。
蒼真は口を閉じたが、理由は分からなかった。
倒した大型個体の上では、報道用ドローンが旋回している。そのうち一機がゆっくりと高度を下げ、黒い外殻へ刺さった穿杭槍と、その前に立つ紫色の機体を一つの画面へ収めた。
今度は、映像の端ではなかった。
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