第六十七話 同じ敵を見ていない
20話から21話を書き換えています。
読み返してみてあんましだったので・・・
『橘。支援を頼む』
相馬の声は、瓦礫の向こうから響く衝撃音に半分ほど削られていた。
リポルの正面モニターでは、西地区の地下鉄車両基地が低い建物の列に隠れ、屋根の一部だけを見せている。その上を黒い煙が横へ流れ、時折、何かが崩れる乾いた音がした。
蒼真は操縦桿を握り直した。相馬中隊の二番機は右脚部を損傷し、基地北側の搬入口で動けなくなっている。そこへ向かえば、中央後方の支援区域が空く。だからといって、損傷機をそのままにはできなかった。
「今から向かいます。相馬は二番機についてください」
『分かった。こっちは持たせる』
短く答えた相馬の背後で、金属を擦るような咆哮が鳴った。通信が切れる直前、誰かが「西口」と叫び、続いて射撃音が重なる。
蒼真はリポルを西へ向けたが、最初の一歩を踏み出す前に停止させた。
相馬中隊までの経路は三本ある。最短は大通りを横切る直線路だが、第一中隊と敵性個体が交戦している。南へ回れば安全性は上がるものの、二番機への到達に六分以上かかる。もう一本は第三中隊の後方を抜ける生活道路だった。
そのどれを選んでも、蒼真が抜けた場所を誰かが埋めなければならない。
「支援左翼機と右翼機の現在任務を表示」
《支援左翼機は第一中隊支援区域、支援右翼機は第三中隊支援区域に存在します》
「場所ではなく、現在の作業です。どちらが中央を代替できますか?」
《共有された任務情報からは判断できません。支援左翼機および支援右翼機の詳細な作業状況は、それぞれが参加する中隊内通信に含まれています。リポルは当該通信の参加機ではありません》
返答は平静だった。リポルの外では砲弾が建物の角を削り、灰色の粉塵が道路を覆い始めている。それでもAIの声には、会議室で運用規定を読み上げる時と同じ間しかなかった。
「緊急支援要請が来ています。中央支援を空ける場合の最適な代替案を出してください」
《代替案の算出には、各支援機の現在任務、担当対象、予測完了時刻、および移動可能時刻が必要です。情報が不足しているため、現時点で算出可能な最適解は、リポルが現在位置を維持し、相馬中隊へ別系統からの支援を要請することです》
「別系統とは?」
《臨時大隊指揮所を経由し、支援再配分の承認を得たうえで、支援左翼機または支援右翼機に任務変更を通知します。現在の通信量から、回答までの予測時間は三分四十秒から七分二十秒です》
二番機の脚部が、あと七分持つという保証はない。
蒼真は奥歯を噛んだ。管理局にいた頃にも、似たことは何度もあった。AIは安全を優先する。間違った情報で動かすくらいなら、正しい情報が揃うまで止めようとする。それ自体は誤りではないと、現場責任者も言っていた。
ただし、現場は待ってくれない。
だからAIに答えを求める前に、何を答えるための情報が足りないのかを聞け。必要な情報を人間が揃えれば、AIは止まる理由を失う。
「両支援機の通信へ参加する必要はありません。機体共有網に残っている作業要求、損傷報告、移動履歴、資材使用履歴を参照。最新時刻の違う情報は補正せず、取得時刻を併記してください」
《用途を確認します》
「緊急時の支援再配置です。交戦判断には使いません」
《参照可能範囲を照合します。機密区分は同一。作戦参加機間の安全確保を目的とする一時照会として処理可能です》
「実行」
《了解しました。なお、取得される情報には最大四十七秒の遅延があり、現況と一致しない可能性があります。支援左翼機は第一中隊四番機への冷却材補給を十三秒前に完了。現在位置から中央支援基準点まで二分十一秒。支援右翼機は第三中隊二番機の左膝部応急固定を継続中。予測完了まで一分三十八秒。現在位置から中央支援基準点まで一分二十九秒です》
左翼機なら動ける。
「支援左翼機へ、中央区域の一時代替を打診。任務変更ではなく、安全監視範囲の拡大として送ってください。第一中隊の承認が必要なら同時に照会を」
《送信します》
数秒後、左翼支援機から了承を示す表示が届いた。第一中隊側の承認欄は空白のままだったが、少なくとも中央の監視は切れない。
蒼真はようやくリポルを歩かせた。
紫色の巨体が交差点へ出ると、前方の建物の間から小型個体が二体飛び出した。四足で舗装を蹴り、第一中隊とは反対の路地へ駆け込んでいく。追う機体はない。左手の広域表示では、第三中隊の前にも同じ二体が現れたという報告が、ほとんど同時に上がっていた。
蒼真の指が操縦桿の上で止まった。
「今の二体を追跡」
《識別情報が不足しています。第一中隊報告では小型二、第三中隊報告では小型二。合計四体として記録されています》
「目視では二体でした。第三中隊の映像を出してください」
右側の補助画面に、第三中隊三番機の視界が開いた。崩れかけた集合住宅の前を、背中に白い傷のある個体が走り抜けている。もう一体は左後脚を僅かに引きずっていた。
蒼真が今見た二体にも、同じ特徴があった。
「第一中隊の直近映像と並べて」
《表示します。ただし、撮影方向、光量、粉塵濃度が異なるため、同一個体の確定には追加解析が必要です。形状照合を実行した場合、白色損傷痕を持つ個体は同一である可能性七十八・四パーセント、左後脚に歩容異常を持つ個体は――》
「十分です。報告時刻の差は?」
《第一中隊の観測が先行し、第三中隊の観測まで二十六秒です》
二十六秒なら、建物の裏を抜ければ届く。
蒼真はリポルを進めながら、三つの中隊から上がった敵性個体報告を画面の中央へ集めた。それぞれの数字を足せば、事前観測の数を大きく超える。地下や建物内に未確認個体がいたと考えれば説明はつく。しかし、同じ時間帯に別の中隊が報告した個体を、別々の敵だと扱っている可能性もある。
「敵性個体の報告を、数ではなく特徴で再整理。傷、歩容、推定体格、出現位置、消失方向を関連づけてください」
《要求された処理は、作戦時の標準集計範囲を超えます》
「出来ないんですか?」
《実行は可能です。ただし、敵性個体の正式識別は各中隊の観測担当が行い、臨時大隊指揮所が統合する規定です。リポルによる結果は参考情報となり、射撃許可、脅威度変更、作戦目標の再設定には使用できません》
「それで構いません。救援経路を決めるための参考情報です」
《了解しました。解析を開始します。処理中も移動支援を継続します》
AIが長い注意事項を述べ終えた時、リポルは第三中隊の後方へ入っていた。
道路の右側では、一階部分を失った民家が上の階を斜めに支えている。窓から垂れ下がったカーテンが熱風に揺れ、その下を神代の四番機が後退してきた。装甲には深い引っ掻き傷が走り、右手の防盾が半分ほど欠けている。
『橘、どこへ行く』
神代の声は短かった。
「相馬中隊の損傷機を回収します。中央は左翼支援機が代替します」
『敵が抜けている』
「見えています」
答えた直後、三番機の頭上から瓦礫が降った。
建物の影に潜んでいた中型個体が、外壁ごとコンクリート片を押し出したのだ。三番機は肩を上げて直撃を避けたものの、砕けた破片が背部へ降り注ぐ。その隙に、先ほどの小型二体が四番機の外側を回り、第三中隊の後方へ走った。
リポルは歩行から踏み込みへ動きを変えた。
左足が舗装へ沈み、巨体が小型個体の進路へ滑り込む。先頭の一体が跳びかかるより早く、蒼真は防盾の下端を路面へ突き立てた。獣じみた頭部が盾面へ衝突し、鈍い震動が左腕から操縦席へ抜ける。二体目はリポルの右側へ回ったが、蒼真は追わなかった。機体の腰を落とし、盾へ食いついた一体を押し返しながら、空いた右脚で路面を擦るように踏み出す。
逃げ道を狭められた二体目が跳躍した。
その腹部を、神代機の砲弾が横から貫いた。
衝撃で個体が回転し、崩れた塀へ叩きつけられる。盾の前に残った一体は、仲間が倒れた瞬間に身を引いた。蒼真が盾を振るうより先に、民家の隙間へ潜り込み、姿を消す。
神代は追撃しなかった。銃口だけを路地へ向けたまま、四番機を第三中隊の列へ戻していく。
『今の二体は、さっき第一の前にいた個体だ』
「多分、同じです」
『多分?』
「今、AIに整理させています」
神代は何かを尋ねかけたようだったが、前方で中型個体が再び姿を見せたため、通信を切った。
蒼真は西へ進んだ。通りを二本越えるごとに、表示される戦場の形が変わる。第一中隊の前にいたはずの小型個体が第三中隊の側面へ現れ、第三中隊が追い払った中型個体が、今度は地下道から相馬中隊の前へ出る。三つの中隊は敵を押し返しているのではない。姿を見せる場所を選ばされ、そこへ向きを変えるたびに間隔を広げられていた。
《特徴照合の暫定結果を報告します。全報告を個別個体として扱った場合、小型二十九、中型十一です。外見的特徴と移動可能経路を関連づけた場合、小型は最少十四、最大十九、中型は最少五、最大八となります》
事前観測は、小型十六、中型六。それに大型一体だった。
「増えていたわけではない」
《未観測個体が存在しないとは断定できません。ただし、報告数の増加の一部が重複観測による可能性は高いと判断します》
「なぜ統合されていないんですか?」
《各中隊は自隊正面の脅威へ対応するため、即時性を優先して報告しています。臨時大隊指揮所では集計を行っていますが、同一個体の識別には映像解析と経路照合が必要です。現在は被害報告、弾薬再配分、進路承認が優先されており、敵性個体の重複照合は保留されています》
「十二機いるのに、十二機で同じものを見ていない」
《表現の定義が必要です》
「必要ありません」
《了解しました》
AIは少しも気を悪くした様子を見せなかった。
リポルが西地区へ近づくにつれ、相馬中隊の射撃音が鮮明になった。道路の先で中型個体が一体、倉庫の壁を背にしている。相馬機が撃てば地下鉄入口へ退き、別の機体が入口を塞ごうとすれば前へ出る。倒すために戦っているのではなく、四機の位置を動かすために姿を見せているようだった。
その時、遠くで大型個体が吠えた。
低い音が建物の間を押し広げ、窓枠に残ったガラスを震わせる。蒼真は反射的に肩をすくめたが、モニターの中ではもっとはっきりした変化が起きていた。
相馬中隊の前にいた中型個体が、砲撃を受ける前に地下へ退いた。第一中隊左側の小型三体も同時に身を翻し、第三中隊の正面では、瓦礫の陰にいた二体が建物の奥へ消える。
戦場から敵がいなくなったのは、ほんの数秒だった。
次に現れた時、小型個体は各中隊の正面ではなく、十二機の間に開いた道路へ入り込んでいた。
「今の咆哮の時刻を記録。全敵性個体の移動開始と比較」
《音響到達時間を補正しますか?》
「してください」
《大型個体の発声推定時刻から二・一秒以内に、確認可能な小型十一体のうち八体、中型五体のうち四体が移動方向を変更しています。偶然に同時発生する確率は、行動が独立していると仮定した場合――》
「独立していない場合は?」
《大型個体の発声、振動、または別の検出不能な信号を契機として、複数個体が行動を変更した可能性があります。ただし、統率行動と断定するには反復確認が必要です》
蒼真は広域図を縮小した。
三つの中隊を示す青い印は、進入時より大きく離れている。その間に赤い点が入り、後方へ続く道路を横切ろうとしていた。大型個体は北側の広場からほとんど動いていない。動く必要がなかったのだ。人間の側が、見せられた敵を追って勝手に分かれている。
相馬から救援を求められなければ、蒼真も中央後方から三つの報告を眺めていただけだった。損傷機へ行くために支援状況を調べ、経路を決めるために敵の動きを重ねた。その結果、作戦そのものが違って見え始めている。
「この解析結果を臨時大隊指揮所へ送信。暫定情報、射撃判断への使用不可という注意もつけてください」
《送信には、照会過程で取得した他中隊の作業履歴と映像情報が含まれます。通常の報告形式では項目数が上限を超えます。要約しますか?》
「要約すると、何が消えますか?」
《個体ごとの特徴照合根拠、時刻差、推定移動経路、咆哮前後の方向変化、および支援機を含む全部隊の位置推移です》
「消さずに、参照用の統合画面として送ってください」
《当該画面はリポルの一時解析領域に存在し、標準作戦画面との互換性がありません。閲覧要求を受けた端末ごとに変換処理が必要です》
「閲覧できるなら、それでいいです」
《了解しました。送信します》
その通信は、臨時大隊指揮所へ届くより先に、別の監視端末で検出された。
後方指揮車両の一角で、内閣情報局政策評価部の八神は、戦況表示の端に増え続ける照会記録を見ていた。
彼女に部隊を指揮する権限はない。射撃を命じることも、進路を変えさせることもできない。政府が新設部隊と特別機をどのように運用しているか、その過程と結果を調査し、必要があれば政策上の問題として報告する。それが特別運用評価官としての役割だった。
だから当初、リポルから各中隊へ向けて照会が続いても、口を挟まなかった。
しかし、照会項目は支援機の作業状況から、敵性個体の映像、観測時刻、移動経路へ広がり、最後には大型個体の音響記録まで加わった。橘蒼真が前線で敵を倒したがっている人間ではないことを、八神は知っている。その蒼真が、自分から戦場全体を調べ始めている。
八神は机上の端末を引き寄せた。
「リポルの一時解析領域について、閲覧権限を照会します」
担当官が振り向き、困惑した顔を見せる。
「機体AIとの対話記録も含まれます」
「運用評価対象です。操縦操作そのものではなく、判断過程を確認します」
八神の声には焦りがなかった。許可区分と照会理由を入力し、必要な項目だけを指定する。数秒後、彼女の前に蒼真が作った統合画面が開いた。
三色に分かれていた中隊別の報告が、時刻に沿って一本の地図へ重ねられる。同じ傷を持つ小型個体が第一中隊から第三中隊へ走り、地下へ消えた中型個体が相馬中隊の前へ現れる。大型個体の咆哮を示す縦線の直後、赤い軌跡が一斉に向きを変えていた。
八神は二度、表示時刻を戻した。見間違いではなかった。
「作戦責任者へ接続してください」
「八神評価官、現在は各隊への指示中です」
「承知しています。指揮ではなく、作戦前提に関する緊急の評価意見です」
通信が開くまでの間に、リポルは相馬中隊の二番機へ到達していた。
地下鉄車両基地の搬入口では、相馬機が損傷機の前に立ち、左腕の防盾で中型個体の爪を受け止めている。爪先が盾の縁を越え、肩部装甲を削った。相馬は機体を引かず、空いた右手の銃口を敵の胸へ押し当てる。
『退け!』
至近距離の砲撃が、中型個体を倉庫の壁まで吹き飛ばした。
蒼真はその横を抜け、片膝をついた二番機へリポルを寄せた。右脚の膝下が外側へ曲がり、断裂した装甲の隙間から駆動液が路面へ落ちている。
「固定具を入れます。相馬は正面を」
『任せろ』
リポルが背部収納から牽引索を引き出す間にも、基地の三つの出口で小型個体が動いた。正面へ二体。南へ三体。残りは姿を見せず、地下へ回っている。
相馬機が一歩前へ出た。蒼真は損傷機の腰部へ牽引索を回し、接続部を固定する。機体の指先を使えば数秒で済む作業のはずが、二番機の装甲は衝撃で歪み、留め具が奥まで入らない。蒼真は接続角度を変え、リポルの左肩を損傷機へ押し当てた。
その振動の中で、八神の声が指揮系統へ入った。
『作戦責任者。進攻計画は、敵性個体が個別の脅威として行動することを前提にしています』
『何が言いたい』
『前提が成立していません。大型個体の信号に同期し、複数個体が中隊間を移動しています。各中隊は同一個体を重複して計上し、別々の敵を相手にしていると認識させられています』
指揮所側で誰かが資料を確認する声が重なった。八神は急かさず、蒼真の統合画面を転送する。
『情報の確度は』
『統率行動の断定には追加観測が必要です。ただし、現在の進攻を継続してよいと判断できる確度もありません。三個中隊の間隔は作戦開始時の二・四倍。敵性個体は退路へ移動しています』
『評価官に作戦指揮権はない』
『ありません。そのため命令ではなく、評価意見として申し上げます。進攻の即時中止と、戦力を保持した撤退を提言します』
言葉は淡々としていた。蒼真を前へ出したくないとも、危険だから助けたいとも言わない。表示された事実だけを積み上げ、作戦責任者が無視しづらい位置まで押していく。
しばらく返答はなかった。
蒼真は牽引索の固定を終え、二番機の肩を支えながらリポルを立ち上がらせた。相馬中隊の残る二機が左右へ開き、搬入口から出る道を作る。後方へ戻るなら、今しかない。
やがて全中隊共通回線に、臨時大隊指揮官の声が流れた。
『全部隊、進攻中止。第一中隊は第三中隊と合流し、南側幹線路へ後退。西地区中隊は損傷機を伴い、中央支援と合流せよ。支援各機は後退経路を確保。これは撤退命令だ』
返答はほぼ同時だった。
『第一、了解』
『第三、了解』
相馬は一拍だけ遅れた。目の前の敵へ銃口を向けたまま、後方のリポルと二番機を確認している。
『西地区、了解。下がるぞ』
前衛の十二機が、初めて同じ目的で動き始めた。
第一中隊は射撃を止めずに後退し、第三中隊がその右側を塞ぐ。相馬中隊は損傷した二番機を中心に幅を縮めた。後方では整備車両が向きを変え、三機の支援機が南側幹線路へ移動を始める。
敵は、すぐには追ってこなかった。
路地の暗がりに赤い目が並び、地下鉄入口の奥から低い唸り声が漏れている。蒼真はリポルの背中で二番機を支えながら、その静けさに違和感を覚えた。
撤退命令から、四秒。
北の広場で、大型個体が頭を上げた。
今度の咆哮は、先ほどより短かった。
道路の両側に潜んでいた小型個体が一斉に身を翻す。だが、後退する機体へ正面から襲いかかったのではない。建物の裏を走り、地下道へ飛び込み、人間より先に南へ出ようとしていた。
中型個体も同じだった。第一中隊の射撃範囲から退きながら、交差点を横切って南側幹線路へ向かう。こちらの隊列が狭まり、車両が方向を変えた。その動きを見て、人間が帰ろうとしていることを理解したのだ。
《敵性個体の移動方向が変化しました》
AIの声だけが、変わらず穏やかだった。
《南側幹線路への先行移動を確認。現在速度を維持した場合、先頭個体は味方部隊より四十三秒早く撤退経路へ到達します》
蒼真の画面で、赤い軌跡が青い退路の前へ回り込んでいく。
人間がようやく一つの部隊になった時、敵もまた、逃がさないための一つの群れになっていた。
*
中央戦術支援統合網の非公開解析領域では、リポルが作成した一時統合画面と、各中隊へ個別に配信された戦況表示との差異が保存されていた。
橘蒼真は、指揮権限を持たない。
敵性個体の分析を担当していない。
臨時大隊の情報統合要員でもない。
開始時の目的は、救援要請を受けた損傷機へ到達することだった。
そのために支援機の任務状況を確認し、空白となる区域を補い、移動経路上の敵性個体を照合した。個別には、いずれも支援業務の延長にある。
しかし、複数の照会結果を同一時刻上へ重ねたことで、既存の指揮系統が作成できていなかった戦場像を生成した。
結果として、進攻中止の判断に必要な情報を提供している。
特記事項。
本人は、部隊指揮を意図していない。
観察を継続する。
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