↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/103

第六十五話 そういうところだよ

 中央防衛局を出た十五機は、三列ではなく、長い一列になって東へ進んでいた。


 先頭を走る装輪式の偵察車が交差点を封鎖し、その後ろを第一中隊の四機が進む。二百メートル空けて第三中隊、そのさらに後ろに、別の防衛区から招集された四機が続いていた。三機の支援機は列の中央へ置かれ、リポルは補給用支援機と回収用支援機の間を歩いている。


 街中を抜けるまでは、フレイムワーカーの速度を上げられない。


 道路の両側には規制線が張られ、警備員に止められた車が脇道へ誘導されていた。歩道から見上げる人々の顔が、リポルの外部映像へ小さく映る。携帯端末を向ける者もいれば、子どもの肩を抱いて建物の中へ入る者もいた。


 十五機ものフレイムワーカーが同じ方向へ進む理由を、まだ知らされていない人も多いのだろう。


 蒼真は前方の機体反応を数えた。


 第一中隊、四。


 第三中隊、四。


 他地区中隊、四。


 支援機、三。


 全機、異常なし。


《隊列速度、時速十八キロメートル。現在の間隔を維持した場合、東部第七防衛区外縁への到着予測は十四時四十二分です》


「補給車両は?」


《後続しています。弾薬輸送車六、整備車四、医療車二、指揮通信車一。全車両、予定経路上を走行中です》


 機体だけを見れば、四機は小さな集まりに見える。しかし、一個中隊を動かすためには、搭乗者だけでなく、整備、補給、通信、輸送、医療の要員が必要になる。フレイムワーカー部隊では、四機と、それを動かし続ける付随要員までを含めて一個中隊と呼んでいた。


 今回は、その中隊を三つ、一つの指揮系統へまとめている。


 十二機の戦闘機と三機の支援機。それらを追う車列まで含めれば、道路の先頭と最後尾は一キロ近く離れていた。


 遠隔地で同じ規模の作戦を行うなら、補給車を並べるだけでは足りない。機体を収容し、整備設備と指揮機能を載せた大型キャリアーが必要になる。しかし、東部第七防衛区は中央基地から直接支援できる距離にあるため、今回は地上車列だけで編成されていた。


 帰ろうと思えば、今日中に帰れる距離だった。


 作戦が終われば、という条件が、その前についている。


『支援中央、通信確認』


 聞き慣れない声が入った。


 通信欄には、他地区中隊二番機と表示されている。蒼真は機体識別番号を確認してから応答した。


「支援中央、良好です」


『橘か?』


 今度は聞き覚えがあった。


 蒼真が返事をする前に、個別通信への切替要求が表示される。承認すると、隊内回線の表示が一段暗くなり、相手の機体情報だけが右側へ残った。


「相馬?」


『やっぱりお前か』


 相馬の声には、再会を喜ぶ響きより先に、何かを堪えている気配があった。


「久しぶり」


『久しぶり、じゃない』


「この前、会ってからは少し経ってると思うけど」


『そういう話をしてるんじゃない』


 外部映像では、相馬の機体は二百メートル以上後ろにいる。振り返っても、補給用支援機の肩越しに頭部が見えるだけだった。


『お前、三か月の試験運用が終わったんじゃなかったのか』


「終わったよ」


『前線へ継続配置しないことも確認された』


「今回は緊急派遣だから、別の扱いらしい」


『上がそう説明したのか』


「八神さんからも説明された」


 通信の向こうで、相馬が息を吐いた。


『名前を変えれば、同じ場所へ出していいわけじゃない』


「同じことを言ったの?」


『言った』


 相馬は、出発前に配布された臨時大隊の名簿で蒼真の名前を見つけ、他地区中隊の隊長を通じて作戦本部へ照会していた。三か月の試験運用で決められた条件と矛盾しないのか。本人の同意はあるのか。前線運用評価の結果が、緊急派遣という名目で既成事実にされていないか。


 どれも、蒼真が尋ねる前に確認されていた。


「ありがとう」


『礼を言う前に答えろ。命令か?』


「断ることはできた」


 相馬の返事が止まる。


 隊列は信号のない広い交差点へ入り、先頭から順に東へ曲がった。リポルも前の支援機に合わせて歩幅を変える。自動姿勢制御が、上半身の揺れを抑えていた。


『自分で決めたのか』


「うん」


『乗りたいと思ったのか』


「思ってない」


『怖くなくなった?』


「怖いよ」


『それで、断れたのに行くと決めた?』


「まだ街に人が残ってるかもしれないし、戻ってない機体も四機ある。リポルなら――』


『そういうところだよ!』


 相馬の声が操縦席へ響いた。


 個別通信でなければ、隊列全体が何事かと振り返ったかもしれない。


「まだ説明の途中だけど」


『最後まで聞かなくても分かる。助けられる可能性がある。自分よりリポルの方が向いている。誰かが行かなければならない。だから自分が行く。そうやって全部並べて、最後に自分が嫌だという話だけ小さくする』


「小さくしたつもりはないよ」


『してるんだよ』


 以前なら、相馬の苛立ちの理由が分からなかった。


 自分にできることを説明し、必要な条件を並べているだけなのに、なぜ怒られるのか。蒼真はそう考えていた。


 今は、少し分かる。


 美咲にも、結衣にも、綾人にも言われた。必要だからという理由だけを探していれば、自分で選んだことまで誰かの責任にできる。反対に、自分で選んだと言えば、その結果を一人で抱え込もうとする。


 どちらも、周囲から見れば危ういのだろう。


「行きたくないことも、怖いことも、神代隊長には伝えた」


『それで?』


「それでも、自分で行くと決めた」


 相馬は、すぐには答えなかった。


 リポルの右側を走る車列の窓へ、午後の日差しが反射している。市街地の建物は少しずつ低くなり、道路脇に空き地と資材置場が増えていった。


『……なら、俺が取り消せとは言えない』


「うん」


『納得したわけじゃない』


「分かってる」


『分かってないから、お前はそういう返事をするんだ』


 相馬の声にはまだ苛立ちが残っていた。ただ、以前のように蒼真そのものを拒むものではなかった。


『三か月の試験運用で決めた条件は、今回も守らせる。支援配置を討伐配置へ勝手に読み替えさせない。お前が何をしたかだけじゃなく、何を命じられたかも記録に残す』


「自分の中隊があるのに?」


『あるから言えるんだ。第三中隊の内輪だけで反対したことにはさせない』


 蒼真は、後方にいる相馬の機体表示を見た。


 相馬は最初から味方だったわけではない。学校にいた頃、蒼真の物事の捉え方を嫌っていた。再会したあとも、何度も呆れ、怒り、そのたびに「そういうところだ」と言った。


 それでも、蒼真が乗りたくないことを知ってからは、その意思が記録の外へ追いやられないようにしてくれた。相馬自身は前線へ立つ正規搭乗者である。だからこそ、乗ることを選ばなかった人間まで同じ場所へ引き込むことを、成果だけで正当化させなかった。


「相馬」


『何だ』


「そっちも帰るよね」


『当たり前だ』


「なら、回収しなくて済むようにして」


 また通信が静かになった。


『……俺にまで、それを言うのか』


「十二機全部に言いたいけど、通信を使うと怒られるから」


『お前な』


 呆れた声の向こうで、小さく笑う気配がした。


『前を見ろ。支援機が減速してる』


 蒼真が正面へ視線を戻すと、補給用支援機との距離が二メートル縮まっていた。すぐに歩幅を調整する。


「ありがとう」


『今の礼は受け取っておく』


 個別通信が切れた。


 右側の機体情報が消え、十五機すべての配置が中央画面へ戻る。


《前方車列、減速。到着予測を十四時四十七分へ修正します》


「理由は?」


《臨時医療検査所への進入車両が、合流地点を通過中です》


 五分後、隊列は東部第七防衛区から十二キロ離れた前進準備区域へ入った。


 もとは物流会社の集積場だったらしく、広い舗装面の周囲を低い倉庫が囲んでいる。中央には黄色い線で十五機分の待機位置が引かれ、整備車と弾薬輸送車が順に横へついた。医療班は倉庫の一棟を臨時検査所へ変え、折り畳み式の寝台や検査機器を運び込んでいる。


 キャリアーを使わない今回の作戦では、ここが母艦の代わりだった。


 搭乗者は一度機体を降り、最終説明と身体確認を受ける。蒼真がリポルの昇降機から地上へ降りると、舗装面に溜まった熱が搭乗服越しに上がってきた。十五機の冷却装置が一斉に作動し、低い駆動音と温められた空気が集積場を満たしている。


「橘さん」


 医療検査所の入口から呼ばれた。


 白衣ではなく、濃い灰色の現場用医療服を着た河野が立っていた。首には聴診器ではなく、小型の生体情報端末を下げている。蒼真が近づく間にも、その視線は歩幅、腕の振り、顔色を順に確認していた。


「河野先生も来たんですか」


「中隊が一つ全滅しています。医療班が増員されるのは当然でしょう」


「病院は?」


「当直を代わってもらいました」


 河野は蒼真の胸元へ端末を向け、搭乗服に記録された心拍数を読み取った。画面を一度見ただけで、眉間に浅い線が入る。


「昨夜は眠れましたか」


「眠れました」


「何時間です」


「五時間くらいです」


「くらい、を数字にしてください」


「四時間四十分です」


「最初からそう答えてください」


 河野は蒼真の右腕を持ち上げ、肩の可動域を確認した。シミュレーターで受けた衝撃は現実の傷にはならない。しかし、固定具が身体を押さえた痕と、筋肉の張りは残っている。


「痛みは?」


「動かせます」


「私は可動するかではなく、痛むかを聞きました」


「少し」


「そういうところです」


 同じ日に、二人から同じことを言われた。


 蒼真が黙ると、河野は検査端末から顔を上げた。


「相馬さんと話しましたか」


「さっき」


「では、私が言わなくても半分くらいは注意されたでしょう」


「半分ですか?」


「相馬さんは搭乗者として止めます。私は医師として止めます。ご家族は、その両方が終わったあとに止めるでしょう」


「帰ったあとの方が多いんですね」


「帰らなければ注意もできません」


 河野の口調は穏やかだったが、冗談として流してよい言葉ではなかった。


 検査所の奥では、別の搭乗者が採血を受けている。仕切りの向こうから金属製の器具が触れる音がし、外では整備員が弾倉の番号を読み上げていた。戦う者と、戦える状態を保つ者と、傷ついた者を受け取る者。その全員が、同じ舗装面で出発の準備をしている。


「今回、出撃を止めますか?」


 蒼真が尋ねると、河野は端末へ視線を落とした。


「現時点の身体所見だけなら、出撃不適当とは判断しません」


 胸の奥に、安心と失望が同時に生まれた。


 止められれば行かなくて済むと、まだどこかで考えていたのかもしれない。


「ただし、帰還後の診察を免除したわけではありません」


「現場で怪我をしなければ?」


「全員を回収したあと、自分だけ診察を受けずに帰ろうとする人がいるため、先に予約しておきます」


「まだ、そうすると決めていません」


「過去の行動から予測しました」


 AIと似たことを言われ、蒼真は反論をやめた。


 河野は検査結果へ署名し、蒼真の端末へ送る。その直後、入口の向こうに人影が立った。


「終わりましたか」


 相馬だった。


 濃灰色の搭乗服には、第三中隊とは異なる地区章が付いている。以前会った時より髪が短くなり、左の頬に新しい傷が一本増えていた。通信では顔が見えなかったため、蒼真はその傷へ一瞬目を止めた。


「その傷は?」


「先月、固定具が外れた」


「検査した?」


「した」


「治った?」


「治った。お前は人のことだけはよく見るな」


 相馬は蒼真の肩へ伸ばしかけた手を止め、河野が確認したばかりの右側を避けて、左肩を軽く叩いた。


「お前が自分で行くと決めたことは聞いた」


「さっき話したよ」


「顔を見て、もう一度確認してる」


 相馬の目は笑っていなかった。怒っているのとも違う。蒼真が本当に分かって答えているのか、その奥まで確かめようとしている。


「行く。後方支援として」


「怖いか」


「怖い」


「帰りたいか」


「もう帰りたい」


 相馬の口元が、僅かに緩んだ。


「それならいい」


「いいの?」


「帰りたい奴は、帰る方法を探す。怖くないと言い始めたら、俺が機体から引きずり降ろす」


「医療行為は私が判断します」


 河野が横から入ると、相馬は素直に一歩退いた。


「先生に任せます」


「任されました」


 二人の間で、自分を降ろす場合の担当だけが決まってしまった。


 検査所の外から、作戦説明開始を知らせる警報が二度鳴った。


 相馬は表情を戻し、出口へ向かう。


「橘。俺たちの中隊は西側を塞ぐ。地下道から抜けた個体を外へ出さない」


「損傷したら?」


「報告する」


「通信が切れたら?」


「予定地点まで下がる」


「動けなくなったら?」


「お前を呼ぶ」


 相馬はそこで足を止め、振り返った。


「だから、呼ぶまでは来るな」


「了解」


「本当に分かってるか?」


「神代隊長にも同じことを言われた」


「人数が増えた理由を考えろ」


 相馬は呆れた顔をしたが、それ以上は言わなかった。


 *


 前進準備区域の中央へ、十五名の搭乗者と三中隊の指揮要員が集まった。


 正面画面には、東部第七防衛区の地図が表示されている。赤く塗られた区域は、昨日の夜より外側へ広がっていた。市街地南部の倉庫群、中央駅、地下商業区、北側の集合住宅。その複数箇所で敵性反応が途切れ、別の場所へ現れている。


「地下道を使用していると推定される」


 作戦責任者が地図上の線をなぞった。


「第一中隊は南側幹線道路から進入。第三中隊は東側生活道路を確保し、第一中隊の右後方を維持。他地区中隊は西側地下道出口を封鎖する。支援三機は外縁部中央に支援線を設置し、指示に応じて各中隊へ移動する」


 画面へ三本の進入経路が引かれた。


 第一中隊の赤。


 第三中隊の青。


 相馬たちの黄色。


 そのすべてが、紫色で示された支援区域と接している。


「四機編成を一個中隊と呼ぶ理由を忘れるな。機体だけで戦っているわけではない。後方の補給、整備、医療、通信を含めて一つの部隊だ。今回は三個中隊を統合した臨時大隊として運用する」


 作戦責任者は、十五機の表示から、その後ろに並ぶ車両群へ指を動かした。


「戦線を前へ進めすぎれば支援が届かない。支援線が崩れれば、大隊は十二機の集まりへ戻る。各中隊は独自の戦果より、全体の継続を優先しろ」


 三浦が腕を組んだまま画面を見ている。神代は第三中隊の経路と退避地点を確認し、相馬の隊長は地下道出口へ予備封鎖線を追加した。


 蒼真は撃破目標ではなく、三本の経路が支援区域から最も離れる場所を見た。


 南側幹線道路、九百二十メートル。


 東側生活道路、七百八十メートル。


 西側地下道出口、八百六十メートル。


 どこか一つで損傷機が出れば、ほかの二方向から遠ざかる。


《支援機一機による全区域同時到達は不可能です》


 AIが、求めていない結論を平静に伝えた。


「分かってる」


《指揮官による優先順位決定が必要です》


「それも決まってる」


 蒼真は神代の機体表示を選び、指揮回線が有効であることを確認した。


 一人で判断しない。


 ただし、指示を待てなくなった時に、何を見るかは決めておく。


 退路。


 損傷機。


 生存者。


 そして、三つの中隊すべてが帰る方向。


 説明が終わると、搭乗者たちはそれぞれの機体へ戻った。


 相馬は西側の列へ向かい、途中で一度だけ蒼真へ手を上げた。三浦は第一中隊の先頭へ歩きながら、神代と短く言葉を交わしている。河野は医療車の前に立ち、搭乗者が全員機体へ戻るまで動かなかった。


 リポルへ乗り込むと、市街地から送られてくる観測映像が正面へ開いた。


 空は晴れている。


 住宅の屋根も、道路も、公園の遊具も、遠目には昨日までと変わらない。けれど、交差点には乗り捨てられた車が重なり、信号だけが誰もいない道路へ同じ色を繰り返していた。


《作戦区域外縁まで、十二キロメートル》


「全機表示」


 十五の光点が並ぶ。


『臨時大隊、前進』


 先頭の四機が動き出した。


 今度は見送る人も、携帯端末を向ける人もいない。規制線の先には、放棄された道路だけが伸びている。


 リポルが前進準備区域を出た直後、画面の端に小さな通知が現れた。


《微弱な救難信号を受信》


 蒼真の指が止まる。


「位置は?」


《東部第七防衛区中央。発信源を照合中》


 地図上で、赤い区域の奥に白い点が明滅した。


 全滅したと判断された中隊の識別信号だった。


『神代隊長』


「見えている」


 神代の声は短かった。


『全機、予定どおり進め。救難信号だけで配置を崩すな』


「了解」


 返事をしながら、蒼真は白い点を見た。


 一度消え、また点く。


 弱い。


 それでも、完全には消えていない。


 帰せる相手が、まだ街の中にいるかもしれなかった。


 十五機は速度を上げ、誰も帰れなくなった街へ向かった。

面白いと思われたら、ブックマークして頂ければ幸いです。

また、いいね。評価もしていただけたら執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。

感想も頂けましたらありがたいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。