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第五十六話 前にいる理由

『橘!』

「行きます!」

 リポルは、前線の右後方から初めて踏み出した。

 中型個体は第一中隊の頭上を越え、第五倉庫の開口部へ向かっている。

 その先には、小型重機がいた。

 東階段を塞いでいた荷物を持ち上げたまま、狭い通路で方向を変えようとしている。操縦席には施設の作業員が一人。すぐ脇では安西機が救助通路を守っていたが、倉庫内へ入り込んでいるため、跳んでくる敵を正面から受ける角度にはいない。

 距離、三十四メートル。

 敵の着地まで、三秒もない。

 リポルは重機と敵を結ぶ線へ斜めに走った。

 真正面へ入れば、敵の全重量を受ける。防盾で止めても、押された機体が重機へ衝突する。

 止めてはいけない。

 落ちる場所を変える。

 蒼真は右腕を上げ、盾の表面を敵へ向けた。左足で舗装を蹴り、機体を横へ滑らせる。

 中型個体の前肢が防盾へ触れた。

 衝撃が来るより先に、リポルは右肩を引いた。

 盾の正面ではなく、傾けた表面を敵の爪が滑る。黒い身体が機体の横を流れ、頭部だけが重機の方へ向いた。

 まだ近い。

 蒼真は左腕を伸ばし、敵の首元へ装甲を押し当てた。

 受け止めるのではない。落下の勢いへ横から力を加え、倉庫中央へ向きを変える。

 中型個体の前肢が地面へ着いた。

 爪が舗装を裂き、身体が大きく沈む。後肢はリポルの防盾へ残ったまま、巨体が半回転した。

 尾が重機のアームを掠める。

 積み上げられていた荷物が崩れ、金属容器が床へ落ちた。

 重機そのものには当たっていない。

「重機、下がって!」

『動けません! 後ろが荷物です!』

 操縦者の声が上ずる。

 リポルの共有画面へ、安西機の視界が割り込んだ。重機の後方には、東階段から運び出した資材が積まれている。前進すれば敵へ近づき、後退するには道がない。

『安西、退路を作れ』

『了解!』

 安西機が振り向き、後方の資材へ腕をかける。

 中型個体が頭を上げた。

 着地を逸らされたことに気づいたように、首だけをリポルへ向ける。頭部の左右から伸びた硬い突起が、倉庫の照明を受けて鈍く光った。

 敵が前肢を振る。

 蒼真は盾を正面へ戻した。

 突起と前肢が同時に防盾へ当たり、リポルの右腕が押し上げられる。機体の足が床を削り、背後へ半歩滑った。

 警告表示。

 右腕部、負荷上昇。

 盾は割れていない。

 しかし、次も同じ角度で受ければ、重機の位置まで押し戻される。

 蒼真は盾を高く上げたまま、左へ一歩踏み込んだ。

 敵の視線がリポルを追う。

 重機から離れる方向へ誘う。

 中型個体が身を低くした。

「安西、あと何秒」

『八秒!』

「分かりました」

 敵が走る。

 リポルは待たずに前へ出た。

 突進の勢いが増す前に、盾の下端を敵の右肩へ当てる。そのまま押し返そうとはせず、機体の腰を回しながら横へ滑らせた。

 敵の頭部が盾の外側へ抜ける。

 太い前肢がリポルの左脚を掠めた。

 足首の装甲が弾け、破片が床を転がる。

 蒼真は倒れかけた機体を左手で倉庫の支柱へ支えた。支柱が軋み、頭上から錆びた粉が降る。

 敵は勢いを止められず、開口部近くに積まれた荷物へ突っ込んだ。

 容器と木枠が崩れ、黒い身体の半分を覆う。

『退路、開けた!』

 安西機が資材を通路の外へ投げる。

「重機、後退!」

『下がります!』

 小型重機の履帯が回り、床へ散った破片を踏みながら東階段から離れる。

 中型個体が荷物を跳ね上げた。

 頭部が重機へ向く。

 リポルは支柱から手を離し、敵の前へ戻った。

『橘、重機が出たら倉庫を離れろ』

 神代の指示が届く。

「地下の六名は?」

『安西が残る』

「敵も残ります」

『第一を一機回す。お前は重機を帰せ』

「了解」

 会話の間にも、敵は身体へ絡んだ資材を振り落としている。

 リポルは後退しながら防盾を構えた。重機が倉庫の開口部を抜けるまで、あと十メートル。

 敵が右へ回る。

 リポルも同じだけ動き、進路を塞ぐ。

 左へ変える。

 先に左へ出る。

 敵の頭部とリポルの盾が、狭い倉庫内で何度も向き合う。

 攻撃を受けない。

 自分からも打たない。

 重機へ向かう最短の線だけを、身体で塞ぎ続ける。

 中型個体が動きを止めた。

 蒼真も止まる。

 敵の前肢が僅かに沈んだ。

 跳ぶ。

 そう判断した瞬間、リポルは盾を上げず、機体を右へ走らせた。

 敵が床を蹴る。

 狙いは、重機ではなかった。

 リポルが移動する先へ、身体ごと向きを変えて跳んでくる。

 読まれた。

 蒼真は右足を止め、逆へ機体を倒した。

 完全には間に合わない。

 敵の肩が防盾の端へぶつかり、リポルの上体が回る。左脚の損傷部分へ重量がかかり、警告音が重なった。

 視界が傾く。

 地面が近づく。

 蒼真は左腕を床へついた。

 肘と膝の三点で機体を支え、転倒を止める。

 敵の後肢がリポルの背中へ乗った。

 装甲が軋む。

 中型個体は、そのままリポルを踏み台にして重機へ跳ぼうとした。

『離れろ!』

 三浦の声。

 倉庫の外から長剣が突き込まれた。

 刃先が敵の腹へ入る。

 深くはない。

 それでも、持ち上がりかけた身体が横へ流れた。

 リポルの背から重さが消える。

 蒼真は左腕で床を押し、機体を立たせた。

 三浦機が開口部へ踏み込んでいる。外では、第一中隊の残る三機がもう一体の中型個体を囲んでいた。

「外は?」

『持つ』

「こちらは重機を出します」

『行け』

 三浦機は長剣を引き、敵の正面へ立った。

 リポルが背を向ける。

 操縦席の後方映像では、三浦機と中型個体が向き合っている。敵が頭部を振り、長剣の側面へ突起を叩きつけた。三浦は受け止めず、刃を寝かせて滑らせる。敵が前へ崩れたところへ、機体の膝を首元へ当てた。

 重機が倉庫を出る。

 リポルはその右側へついた。

「運転手、負傷は?」

『ありません!』

「中央搬送路へ。安西二尉の指示に従ってください」

『了解!』

 安西機が重機の後方へ回る。

『橘さん、東階段はあと一つです』

「救助は続けられますか」

『三浦一尉が中を押さえれば。ただ、重機は戻せません』

 敵と三浦機が戦う倉庫へ、施設の作業員を再び入れることはできない。

 東階段を塞ぐ最後の荷物は、大型の金属棚だった。倒れた棚の隙間は狭く、人一人なら抜けられるが、担架は通らない。

「リポルで動かせますか?」

『地下側へ倒れています。倉庫から腕が届けば』

 蒼真は重機が中央搬送路へ入ったことを確認した。

「神代隊長。重機、退避。東階段の障害物が一つ残っています」

『把握している』

「リポルで撤去します」

『許可しない』

 即答だった。

「三浦一尉が敵を押さえています」

『お前の担当は重機の帰還だ』

「中央搬送路へ入りました。安西二尉もついています」

『橘、維持』

 蒼真はリポルを止めた。

 倉庫の中では、三浦機が一体を押さえている。地下には六名が残っている。東階段の障害物を動かせば、救助を再開できる。

 行ける。

 自分なら、今から戻れる。

 しかし、神代は許可しなかった。

 蒼真は第五倉庫へ向けていた機体を、中央搬送路へ戻した。

「了解。重機を帰します」

 その瞬間、御堂の声が通信へ入った。

『北側二反応、移動開始!』

 旧資材置場に止まっていた二つの印が、保守門へ向かっている。

『速度上昇。地上へ出ます!』

 神代の指示が飛ぶ。

『片瀬、正門の退避を急げ。御堂、北を監視。安西は重機を中央から出せ』

『了解!』

『了解』

『了解!』

 リポルは重機の横を離れず、中央搬送路を進んだ。

 前方では、第二倉庫から出た作業員の最後尾が正門へ近づいている。片瀬機が列の後ろへ立ち、保守門側を見ていた。

『地表、割れます!』

 北側の共有映像が大きく揺れた。

 保守門の外、管理道路の舗装が盛り上がる。

 亀裂から土と砂利が噴き出し、黒い身体が二つ、地上へ這い出した。

 小型個体。

 反応どおりだった。

 しかし、二体は保守門へ向かわない。

 外側に待機している救急車へ頭を向けた。

 負傷者を運ぶために置いた車両には、運転手と救急隊員が乗っている。

『救急車、後退!』

 御堂が叫ぶ。

 車両がエンジンを始動する。

 一体が管理道路を走り、救急車の側面へ回り込んだ。

『間に合わない』

 御堂機が第三倉庫の屋上から身を投げる。

 高さを落下しながら、建物の外壁へ片足をつく。装甲が壁面を削り、速度を殺す。次に保守門の上端へ手をかけ、機体を外側へ振った。

 着地と同時に膝を沈める。

 道路がひび割れ、水たまりが跳ねた。

 御堂機は立ち上がる前に左腕を伸ばし、救急車へ迫った一体を横から押し倒す。

 もう一体が御堂機の背へ跳ぶ。

「御堂、後ろ!」

『見えています』

 御堂機は振り返らない。

 跳んできた敵へ背中を向けたまま、上体だけを深く倒す。敵の腹が肩口へ乗った瞬間、右腕で前肢を掴んだ。

 そのまま身体を起こす。

 小型個体が御堂機の頭上を越え、正面の地面へ叩きつけられた。

『救急車、離脱!』

 車両が管理道路を北へ走る。

 御堂機は二体と車両の間へ立った。

 蒼真は共有映像を見ながら、重機の横を歩き続けた。

 行く必要はない。

 御堂が守っている。

 自分の目の前には、施設作業員の乗る重機がある。

 中型個体の咆哮が第五倉庫から響いた。

 振り返る。

 倉庫の外壁が再び膨らみ、今度は側面から破片が飛び散った。

 三浦機に押さえられていた一体が、壁を突き破って外へ出る。長剣が肩へ刺さっているが、動きは止まっていない。

 外では第一中隊の三機が、もう一体を中央搬送路から遠ざけている。

 二体が別方向へ分かれた。

 一体は第一中隊。

 一体は三浦機。

 地下探査画面に残っていた三つ目の反応も、東階段へ近づいている。

 小型重機は中央搬送路の半ば。

 第二倉庫の避難者は、あと七名が敷地内にいる。

 北では御堂が二体と交戦中。

 すべてが見える。

 だが、蒼真のいる場所は一つだった。

『橘、重機を第二倉庫へ入れろ』

 神代の指示。

「正門ではなく?」

『前を横切らせない。第二倉庫で待機』

「了解」

 リポルは重機の前へ出た。

「右の倉庫へ入ってください」

『避難ですか?』

「一時待機です。急いで」

 重機が方向を変える。

 第二倉庫の大扉は開いたままだった。片瀬機が最後の作業員を正門へ送り出し、入口へ戻ってくる。

『こちらで受けます』

「お願いします」

 重機が倉庫内へ入る。

 安西機も続き、扉の内側へ機体を止めた。

『重機、収容!』

 安西の報告。

『橘、第五へ戻れ。三浦を支援』

「了解」

 待っていた指示だった。

 リポルは振り向き、第五倉庫へ走った。

 途中、第一中隊二番機の横を通る。二番機は中型個体の前肢へ槍を突き立て、進路を第五倉庫南側へ固定していた。三番機と四番機が左右から射撃し、巨体を中央搬送路へ出さないよう押し戻している。

 こちらへ支援は要らない。

 三浦機は、壁を破って出た一体と単独で向き合っていた。

 長剣を敵の肩へ刺したまま、両腕で柄を押している。中型個体は頭部を振り、三浦機ごと刃を外そうとしていた。

『右から入れ!』

「了解」

 リポルは敵の右側へ回り込んだ。

 中型個体がこちらを見る。

 三浦機への圧力が僅かに緩む。

 三浦は長剣を抜き、後退した。

 敵がリポルへ頭部を向けた瞬間、三浦機が左前肢へ刃を振り下ろす。

 外皮が裂ける。

 黒い液体が地面へ散った。

 中型個体が身体を捩り、尾を横へ振る。

「尾!」

『下がれ!』

 リポルは防盾を床へ突き立てた。

 尾が盾へ当たり、金属音が倉庫の壁へ反響する。盾の縁が曲がり、右腕の負荷表示が赤へ近づいた。

 それでも、機体は倒れない。

 三浦機は尾の軌道を避け、敵の懐へ入る。

 長剣の柄を両手で持ち、切断された左前肢の傷へ刃先を差し込んだ。

 中型個体が前へ崩れる。

 リポルは盾を放さず、敵の頭部へ押し当てた。

 地面へ押さえつけるのではない。

 三浦機が刃を入れられる角度で、頭部だけを外側へ向ける。

『そのまま』

「三秒」

『足りる』

 三浦が長剣を引き抜き、首元へ振り下ろした。

 一撃。

 敵の身体が大きく跳ねる。

 二撃。

 右前肢が地面を掻く。

 三撃目を入れる前に、リポルの画面へ警告が出た。

 地下反応、上昇。

「下から来る!」

 三浦機が飛び退く。

 直後、二機の間の舗装が割れた。

 小型個体が地中から頭部を突き出す。口を開き、最も近いリポルの脚へ噛みつこうとした。

 蒼真は損傷していない右脚を上げた。

 敵の顎が閉じるより先に、頭部の横へ足裏を当てる。

 踏み潰さない。

 地面から出る方向を横へ変える。

 小型個体の身体が、割れた舗装から斜めに飛び出した。

 三浦機が長剣を返す。

 刃が小型個体の胴を横から打ち、第五倉庫の壁へ叩きつけた。

『小型、停止!』

 御堂の監視報告が届く。

 蒼真は中型個体へ視線を戻した。

 頭部を押さえていた盾が外れ、敵は身体を起こしかけている。

「三浦一尉」

『分かってる』

 三浦機が走る。

 リポルも同時に前へ出た。

 敵は三浦機へ頭を向ける。

 蒼真は右ではなく、左から入った。

 損傷した左脚へ負荷をかけすぎないよう、短い歩幅で接近する。中型個体の視界から外れた位置で、盾を肩の高さへ上げた。

 三浦機が正面で長剣を振る。

 敵が頭部を下げ、硬い突起で刃を受けた。

 金属音。

 長剣が弾かれる。

 その瞬間、リポルは盾の縁を敵の首元へ当てた。

 右腕を伸ばさず、機体全体で前へ押す。

 敵の頭部が三浦機から外れる。

『取った』

 三浦機の長剣が、開いた首元へ入る。

 刃は外皮を裂き、その奥まで沈んだ。

 中型個体の前肢が地面へ落ちる。

 尾が一度だけ大きく振られたが、リポルにも三浦機にも届かなかった。

 巨体が動きを止める。

『一体、停止』

 三浦の呼吸が通信へ混じった。

「第一中隊側は?」

『交戦継続。損傷、二番機右肩』

 御堂が答える。

『歩行可能。戦闘継続可能』

『橘は三浦と東階段を確保』

 神代の指示。

「了解」

 三浦機が長剣を引き抜き、第五倉庫の開口部へ向いた。

 東階段には、最後の金属棚が残っている。

 地下の六名は、その向こうにいる。

 先ほどは戻ることを許可されなかった。

 今は、重機が安全な場所へ入り、北側では御堂が二体を止め、正門の三十七名も敷地外へ出ている。

 同じ場所でも、状況が変われば役割も変わる。

「三浦一尉、入口をお願いします」

『任せてください』

 リポルは第五倉庫へ入った。

 床には崩れた荷物と、戦闘で破損した金属板が散らばっている。左脚を引っかけないよう、一つずつ踏み越える。

 東階段の前へ到着する。

 大型の金属棚が斜めに倒れ、階段の半分を塞いでいた。下から作業員の声が聞こえる。

「管理局です。聞こえますか」

『聞こえます! 六名全員います!』

「今から棚を動かします。階段から離れてください」

『了解!』

 リポルは防盾を外し、床へ置いた。

 曲がった盾をつけたままでは、狭い入口へ腕を入れられない。

 右腕を棚の上側へ、左腕を下側へ差し込む。棚は床へ食い込み、持ち上げようとしても動かなかった。

 力任せに引けば、階段側へ崩れる。

 蒼真は棚の支柱と床の接触位置を確認した。

「右上へ倒します。下に破片が落ちます」

『離れました!』

 右腕で上端を支え、左腕を僅かに押す。

 棚が軋む。

 食い込んでいた脚が床から抜け、細かな破片が階段へ落ちた。

 そのまま持ち上げず、右へ回す。

 棚の重さを床へ残しながら、階段の開口部だけを空ける。

 人が通れる幅ができた。

『開きました!』

「負傷者から上げてください」

『担架、上げます!』

 三浦機が倉庫の外を見張る中、地下から救助班が上がってくる。

 先頭の二人が担架を持っていた。負傷した作業員は顔を歪めているが、意識はある。続いて三人、最後に設備責任者が階段を上った。

 六名。

 全員いる。

「安西二尉、救助者六名、地上へ出ました」

『受け入れます!』

 第二倉庫から安西機と救助車両が出てくる。

『中央搬送路、安全確認』

 御堂の声。

『北側、小型二体停止。救急車、保守門へ戻せます』

 神代が即座に判断する。

『負傷者は北へ出す。残る五名は第二倉庫で待機。安西、担架を保守門へ』

『了解!』

 救助車両が第五倉庫の前へ止まる。

 負傷者の担架が乗せられ、安西機が北側へ随伴する。

 蒼真は東階段から離れ、床に置いた防盾を拾おうとした。

 右腕の駆動表示が赤く点滅する。

 盾を持ち上げるだけなら動く。しかし、もう一度中型個体の攻撃を受けられる状態ではない。

「リポル、右腕負荷限界。防盾の継続使用は困難です」

『外して置け』

 神代の指示。

「了解」

 防盾を倉庫の壁際へ立てかける。

 その時、外で大きな衝撃音が響いた。

 第一中隊が戦っていた中型個体が、二番機を押し倒している。

 二番機の槍は折れ、右肩から先が動いていない。三番機と四番機が敵を引き離そうと射撃しているが、倒れた二番機との距離が近く、狙える場所が限られていた。

『二番、動けるか』

『脚は動く。右腕不能』

『三浦、正面へ戻れ。橘、二番を回収』

『了解』

「了解」

 リポルと三浦機が同時に倉庫を出る。

 三浦機は長剣を構え、敵の正面へ走った。

 蒼真は戦闘を避けるように大きく右へ回り、倒れた二番機の足元へ向かう。

 中型個体が三浦機へ頭部を振る。

 三浦は長剣で受けず、機体を沈めて突起の下へ入った。すれ違いながら敵の胸部へ刃を走らせる。

 傷は浅い。

 それでも敵の視線が三浦機を追う。

 リポルは二番機へ到着した。

「立てますか」

『左腕を貸してくれ』

 蒼真はリポルの左腕を差し出した。

 二番機が掴み、左脚へ力を入れる。リポルは引き上げるのではなく、機体が起きる方向へ支えた。

 二番機が片膝をつき、立ち上がる。

『歩ける』

「中央搬送路へ下がります」

『まだ戦える』

「回収指示です」

 二番機の操縦者が一瞬黙った。

『了解』

 リポルは動かない右腕側へ立ち、二番機とともに後退した。

 背後では、三浦機と中型個体が激しく位置を変えている。三番機と四番機も左右から攻撃を重ね、敵を第五倉庫側へ押し戻していた。

 行けば、もっと早く倒せるかもしれない。

 しかし、今のリポルには盾がなく、右腕も限界に近い。目の前には、損傷して片側を守れない機体がいる。

 蒼真は振り返らなかった。

 二番機を中央搬送路まで連れていく。

『回収班、受け入れます』

 片瀬機が正門側から戻ってくる。

「二番機、右肩および右腕不能。歩行可能」

『引き継ぎます』

 片瀬機が二番機の右側へ入る。

 そこで初めて、蒼真は第五倉庫へ向き直った。

 三浦機の長剣が、中型個体の前肢を断つ。

 体勢を崩した敵へ、三番機と四番機の射撃が集中する。

 中型個体が頭部を上げた。

 三浦機は真正面から踏み込み、長剣を首元へ突き入れた。

 巨体が地面へ崩れる。

 最後に尾が一度だけ舗装を叩き、その動きも止まった。

『中型、停止』

 三浦の声。

 敷地内に、風の音が戻った。

 御堂が全域を確認する。

『地中反応、なし。北側、なし。施設内、移動反応なし』

 神代はすぐに終了を宣言しなかった。

『各機、担当区域を再確認。救助者数』

『第二倉庫、三十七名。正門外へ退避完了』

 片瀬。

『第五倉庫、六名救助。負傷者一名、北側救急車へ収容。残り五名、第二倉庫で待機』

 安西。

『第一中隊、四機。二番機中破、ほか三機小破。全員生存』

 三浦。

「リポル、右腕負荷限界。左脚装甲損傷。歩行、救助能力は維持」

『御堂、監視継続。救助者を全員区域外へ出す。第一は残敵確認。第三は退路維持』

 任務はまだ終わっていない。

 敵が動かなくなっただけだった。

 蒼真は中央搬送路へ立ち、第二倉庫から出てくる五名を見た。

 安西機が列の前、片瀬機が後ろ。負傷者を乗せた救急車は保守門から離れ、医療班の待機場所へ向かっている。

 第一中隊二番機も、回収車両の位置まで歩いている。

 一人ずつ、一機ずつ、警戒線の外へ出る。

 最後の作業員が正門を越えた。

『作業員四十三名、退避完了』

 御堂が報告する。

『第一中隊、全機帰還可能』

 三浦が続けた。

 神代が数秒置いてから告げる。

『任務終了。各機、帰投』

 その言葉を聞いて、蒼真は操縦桿を握る手から力を抜いた。

 右腕は動く。

 左脚も歩ける。

 リポルは帰れる。

 自分も帰れる。

 前線の右後方から始まり、救助者と損傷機を帰すために何度も位置を変えた。

 それでも、すべてを自分で選んだわけではない。

 行く時も、残る時も、戻る時も、神代の指示があった。三浦が敵を止め、御堂が見えない場所を見て、安西と片瀬が人を運んだ。

 誰か一人が全員を帰したのではない。

 リポルは中央搬送路を歩き、正門へ向かった。

 警戒線の外では、施設作業員たちが救助された仲間を迎えている。泣いている人も、何度も頭を下げる人もいた。

 蒼真は、その姿を操縦席の画面越しに見た。

 評価が成功したかどうかは、まだ分からない。

 前線配置が今後も必要なのかも、今は考えられなかった。

 ただ、四十三名が帰った。

 第一中隊の四機も、第三中隊の機体も帰る。

 それで、今は十分だった。

*

 リポルが格納位置へ到着すると、牧野が機体の足元へ駆け寄った。

 右腕の防盾がないことに気づき、次に損傷した左脚を見る。整備用端末へ表示された数値を確認しながら、搭乗口が開くのを待っていた。

 蒼真がリフトで降りると、牧野は顔より先に手足を見た。

「怪我は?」

「ありません」

「気分は?」

「少し吐きそうです」

「少しなら座ってください。無理なら、そこで吐いてもいいです」

 牧野が整備用の箱を裏返し、簡易椅子にする。

 蒼真はそこへ座った。

 足に力が入らないわけではない。ただ、立っている必要がないと分かった瞬間、身体が座る方を選んだ。

 牧野は水のボトルを渡し、リポルを見上げた。

「盾は?」

「第五倉庫の中です。右腕が限界だったので、置いてきました」

「正解です。回収します」

「左脚は歩けます」

「見れば分かります」

「救助能力も残っています」

「それも記録に出ています」

 牧野は端末を閉じた。

「橘さん」

「はい」

「帰しましたね」

 蒼真はリポルを見た。

 左脚の装甲は剥がれ、右腕の接続部には赤い警告灯が点いている。背部にも爪痕が残っていた。

 それでも、自分の足で格納位置まで戻ってきた。

「帰しました」

「なら、あとは整備の仕事です」

「お願いします」

 蒼真は水を一口飲み、胸元の端末を取り出した。

 指が少し震えている。

 美咲との連絡画面を開く。

《任務終了。作業員四十三名、全員退避。こちらも怪我はない。リポルは損傷したけど、自分で帰ってきた》

 送信する。

 既読はすぐについた。

《分かりました。お疲れさま。帰ってくるまで待っています》

 蒼真は画面を閉じず、もう一度文章を読んだ。

 家へ帰るまでが、今日の任務だった。


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