第五十六話 前にいる理由
『橘!』
「行きます!」
リポルは、前線の右後方から初めて踏み出した。
中型個体は第一中隊の頭上を越え、第五倉庫の開口部へ向かっている。
その先には、小型重機がいた。
東階段を塞いでいた荷物を持ち上げたまま、狭い通路で方向を変えようとしている。操縦席には施設の作業員が一人。すぐ脇では安西機が救助通路を守っていたが、倉庫内へ入り込んでいるため、跳んでくる敵を正面から受ける角度にはいない。
距離、三十四メートル。
敵の着地まで、三秒もない。
リポルは重機と敵を結ぶ線へ斜めに走った。
真正面へ入れば、敵の全重量を受ける。防盾で止めても、押された機体が重機へ衝突する。
止めてはいけない。
落ちる場所を変える。
蒼真は右腕を上げ、盾の表面を敵へ向けた。左足で舗装を蹴り、機体を横へ滑らせる。
中型個体の前肢が防盾へ触れた。
衝撃が来るより先に、リポルは右肩を引いた。
盾の正面ではなく、傾けた表面を敵の爪が滑る。黒い身体が機体の横を流れ、頭部だけが重機の方へ向いた。
まだ近い。
蒼真は左腕を伸ばし、敵の首元へ装甲を押し当てた。
受け止めるのではない。落下の勢いへ横から力を加え、倉庫中央へ向きを変える。
中型個体の前肢が地面へ着いた。
爪が舗装を裂き、身体が大きく沈む。後肢はリポルの防盾へ残ったまま、巨体が半回転した。
尾が重機のアームを掠める。
積み上げられていた荷物が崩れ、金属容器が床へ落ちた。
重機そのものには当たっていない。
「重機、下がって!」
『動けません! 後ろが荷物です!』
操縦者の声が上ずる。
リポルの共有画面へ、安西機の視界が割り込んだ。重機の後方には、東階段から運び出した資材が積まれている。前進すれば敵へ近づき、後退するには道がない。
『安西、退路を作れ』
『了解!』
安西機が振り向き、後方の資材へ腕をかける。
中型個体が頭を上げた。
着地を逸らされたことに気づいたように、首だけをリポルへ向ける。頭部の左右から伸びた硬い突起が、倉庫の照明を受けて鈍く光った。
敵が前肢を振る。
蒼真は盾を正面へ戻した。
突起と前肢が同時に防盾へ当たり、リポルの右腕が押し上げられる。機体の足が床を削り、背後へ半歩滑った。
警告表示。
右腕部、負荷上昇。
盾は割れていない。
しかし、次も同じ角度で受ければ、重機の位置まで押し戻される。
蒼真は盾を高く上げたまま、左へ一歩踏み込んだ。
敵の視線がリポルを追う。
重機から離れる方向へ誘う。
中型個体が身を低くした。
「安西、あと何秒」
『八秒!』
「分かりました」
敵が走る。
リポルは待たずに前へ出た。
突進の勢いが増す前に、盾の下端を敵の右肩へ当てる。そのまま押し返そうとはせず、機体の腰を回しながら横へ滑らせた。
敵の頭部が盾の外側へ抜ける。
太い前肢がリポルの左脚を掠めた。
足首の装甲が弾け、破片が床を転がる。
蒼真は倒れかけた機体を左手で倉庫の支柱へ支えた。支柱が軋み、頭上から錆びた粉が降る。
敵は勢いを止められず、開口部近くに積まれた荷物へ突っ込んだ。
容器と木枠が崩れ、黒い身体の半分を覆う。
『退路、開けた!』
安西機が資材を通路の外へ投げる。
「重機、後退!」
『下がります!』
小型重機の履帯が回り、床へ散った破片を踏みながら東階段から離れる。
中型個体が荷物を跳ね上げた。
頭部が重機へ向く。
リポルは支柱から手を離し、敵の前へ戻った。
『橘、重機が出たら倉庫を離れろ』
神代の指示が届く。
「地下の六名は?」
『安西が残る』
「敵も残ります」
『第一を一機回す。お前は重機を帰せ』
「了解」
会話の間にも、敵は身体へ絡んだ資材を振り落としている。
リポルは後退しながら防盾を構えた。重機が倉庫の開口部を抜けるまで、あと十メートル。
敵が右へ回る。
リポルも同じだけ動き、進路を塞ぐ。
左へ変える。
先に左へ出る。
敵の頭部とリポルの盾が、狭い倉庫内で何度も向き合う。
攻撃を受けない。
自分からも打たない。
重機へ向かう最短の線だけを、身体で塞ぎ続ける。
中型個体が動きを止めた。
蒼真も止まる。
敵の前肢が僅かに沈んだ。
跳ぶ。
そう判断した瞬間、リポルは盾を上げず、機体を右へ走らせた。
敵が床を蹴る。
狙いは、重機ではなかった。
リポルが移動する先へ、身体ごと向きを変えて跳んでくる。
読まれた。
蒼真は右足を止め、逆へ機体を倒した。
完全には間に合わない。
敵の肩が防盾の端へぶつかり、リポルの上体が回る。左脚の損傷部分へ重量がかかり、警告音が重なった。
視界が傾く。
地面が近づく。
蒼真は左腕を床へついた。
肘と膝の三点で機体を支え、転倒を止める。
敵の後肢がリポルの背中へ乗った。
装甲が軋む。
中型個体は、そのままリポルを踏み台にして重機へ跳ぼうとした。
『離れろ!』
三浦の声。
倉庫の外から長剣が突き込まれた。
刃先が敵の腹へ入る。
深くはない。
それでも、持ち上がりかけた身体が横へ流れた。
リポルの背から重さが消える。
蒼真は左腕で床を押し、機体を立たせた。
三浦機が開口部へ踏み込んでいる。外では、第一中隊の残る三機がもう一体の中型個体を囲んでいた。
「外は?」
『持つ』
「こちらは重機を出します」
『行け』
三浦機は長剣を引き、敵の正面へ立った。
リポルが背を向ける。
操縦席の後方映像では、三浦機と中型個体が向き合っている。敵が頭部を振り、長剣の側面へ突起を叩きつけた。三浦は受け止めず、刃を寝かせて滑らせる。敵が前へ崩れたところへ、機体の膝を首元へ当てた。
重機が倉庫を出る。
リポルはその右側へついた。
「運転手、負傷は?」
『ありません!』
「中央搬送路へ。安西二尉の指示に従ってください」
『了解!』
安西機が重機の後方へ回る。
『橘さん、東階段はあと一つです』
「救助は続けられますか」
『三浦一尉が中を押さえれば。ただ、重機は戻せません』
敵と三浦機が戦う倉庫へ、施設の作業員を再び入れることはできない。
東階段を塞ぐ最後の荷物は、大型の金属棚だった。倒れた棚の隙間は狭く、人一人なら抜けられるが、担架は通らない。
「リポルで動かせますか?」
『地下側へ倒れています。倉庫から腕が届けば』
蒼真は重機が中央搬送路へ入ったことを確認した。
「神代隊長。重機、退避。東階段の障害物が一つ残っています」
『把握している』
「リポルで撤去します」
『許可しない』
即答だった。
「三浦一尉が敵を押さえています」
『お前の担当は重機の帰還だ』
「中央搬送路へ入りました。安西二尉もついています」
『橘、維持』
蒼真はリポルを止めた。
倉庫の中では、三浦機が一体を押さえている。地下には六名が残っている。東階段の障害物を動かせば、救助を再開できる。
行ける。
自分なら、今から戻れる。
しかし、神代は許可しなかった。
蒼真は第五倉庫へ向けていた機体を、中央搬送路へ戻した。
「了解。重機を帰します」
その瞬間、御堂の声が通信へ入った。
『北側二反応、移動開始!』
旧資材置場に止まっていた二つの印が、保守門へ向かっている。
『速度上昇。地上へ出ます!』
神代の指示が飛ぶ。
『片瀬、正門の退避を急げ。御堂、北を監視。安西は重機を中央から出せ』
『了解!』
『了解』
『了解!』
リポルは重機の横を離れず、中央搬送路を進んだ。
前方では、第二倉庫から出た作業員の最後尾が正門へ近づいている。片瀬機が列の後ろへ立ち、保守門側を見ていた。
『地表、割れます!』
北側の共有映像が大きく揺れた。
保守門の外、管理道路の舗装が盛り上がる。
亀裂から土と砂利が噴き出し、黒い身体が二つ、地上へ這い出した。
小型個体。
反応どおりだった。
しかし、二体は保守門へ向かわない。
外側に待機している救急車へ頭を向けた。
負傷者を運ぶために置いた車両には、運転手と救急隊員が乗っている。
『救急車、後退!』
御堂が叫ぶ。
車両がエンジンを始動する。
一体が管理道路を走り、救急車の側面へ回り込んだ。
『間に合わない』
御堂機が第三倉庫の屋上から身を投げる。
高さを落下しながら、建物の外壁へ片足をつく。装甲が壁面を削り、速度を殺す。次に保守門の上端へ手をかけ、機体を外側へ振った。
着地と同時に膝を沈める。
道路がひび割れ、水たまりが跳ねた。
御堂機は立ち上がる前に左腕を伸ばし、救急車へ迫った一体を横から押し倒す。
もう一体が御堂機の背へ跳ぶ。
「御堂、後ろ!」
『見えています』
御堂機は振り返らない。
跳んできた敵へ背中を向けたまま、上体だけを深く倒す。敵の腹が肩口へ乗った瞬間、右腕で前肢を掴んだ。
そのまま身体を起こす。
小型個体が御堂機の頭上を越え、正面の地面へ叩きつけられた。
『救急車、離脱!』
車両が管理道路を北へ走る。
御堂機は二体と車両の間へ立った。
蒼真は共有映像を見ながら、重機の横を歩き続けた。
行く必要はない。
御堂が守っている。
自分の目の前には、施設作業員の乗る重機がある。
中型個体の咆哮が第五倉庫から響いた。
振り返る。
倉庫の外壁が再び膨らみ、今度は側面から破片が飛び散った。
三浦機に押さえられていた一体が、壁を突き破って外へ出る。長剣が肩へ刺さっているが、動きは止まっていない。
外では第一中隊の三機が、もう一体を中央搬送路から遠ざけている。
二体が別方向へ分かれた。
一体は第一中隊。
一体は三浦機。
地下探査画面に残っていた三つ目の反応も、東階段へ近づいている。
小型重機は中央搬送路の半ば。
第二倉庫の避難者は、あと七名が敷地内にいる。
北では御堂が二体と交戦中。
すべてが見える。
だが、蒼真のいる場所は一つだった。
『橘、重機を第二倉庫へ入れろ』
神代の指示。
「正門ではなく?」
『前を横切らせない。第二倉庫で待機』
「了解」
リポルは重機の前へ出た。
「右の倉庫へ入ってください」
『避難ですか?』
「一時待機です。急いで」
重機が方向を変える。
第二倉庫の大扉は開いたままだった。片瀬機が最後の作業員を正門へ送り出し、入口へ戻ってくる。
『こちらで受けます』
「お願いします」
重機が倉庫内へ入る。
安西機も続き、扉の内側へ機体を止めた。
『重機、収容!』
安西の報告。
『橘、第五へ戻れ。三浦を支援』
「了解」
待っていた指示だった。
リポルは振り向き、第五倉庫へ走った。
途中、第一中隊二番機の横を通る。二番機は中型個体の前肢へ槍を突き立て、進路を第五倉庫南側へ固定していた。三番機と四番機が左右から射撃し、巨体を中央搬送路へ出さないよう押し戻している。
こちらへ支援は要らない。
三浦機は、壁を破って出た一体と単独で向き合っていた。
長剣を敵の肩へ刺したまま、両腕で柄を押している。中型個体は頭部を振り、三浦機ごと刃を外そうとしていた。
『右から入れ!』
「了解」
リポルは敵の右側へ回り込んだ。
中型個体がこちらを見る。
三浦機への圧力が僅かに緩む。
三浦は長剣を抜き、後退した。
敵がリポルへ頭部を向けた瞬間、三浦機が左前肢へ刃を振り下ろす。
外皮が裂ける。
黒い液体が地面へ散った。
中型個体が身体を捩り、尾を横へ振る。
「尾!」
『下がれ!』
リポルは防盾を床へ突き立てた。
尾が盾へ当たり、金属音が倉庫の壁へ反響する。盾の縁が曲がり、右腕の負荷表示が赤へ近づいた。
それでも、機体は倒れない。
三浦機は尾の軌道を避け、敵の懐へ入る。
長剣の柄を両手で持ち、切断された左前肢の傷へ刃先を差し込んだ。
中型個体が前へ崩れる。
リポルは盾を放さず、敵の頭部へ押し当てた。
地面へ押さえつけるのではない。
三浦機が刃を入れられる角度で、頭部だけを外側へ向ける。
『そのまま』
「三秒」
『足りる』
三浦が長剣を引き抜き、首元へ振り下ろした。
一撃。
敵の身体が大きく跳ねる。
二撃。
右前肢が地面を掻く。
三撃目を入れる前に、リポルの画面へ警告が出た。
地下反応、上昇。
「下から来る!」
三浦機が飛び退く。
直後、二機の間の舗装が割れた。
小型個体が地中から頭部を突き出す。口を開き、最も近いリポルの脚へ噛みつこうとした。
蒼真は損傷していない右脚を上げた。
敵の顎が閉じるより先に、頭部の横へ足裏を当てる。
踏み潰さない。
地面から出る方向を横へ変える。
小型個体の身体が、割れた舗装から斜めに飛び出した。
三浦機が長剣を返す。
刃が小型個体の胴を横から打ち、第五倉庫の壁へ叩きつけた。
『小型、停止!』
御堂の監視報告が届く。
蒼真は中型個体へ視線を戻した。
頭部を押さえていた盾が外れ、敵は身体を起こしかけている。
「三浦一尉」
『分かってる』
三浦機が走る。
リポルも同時に前へ出た。
敵は三浦機へ頭を向ける。
蒼真は右ではなく、左から入った。
損傷した左脚へ負荷をかけすぎないよう、短い歩幅で接近する。中型個体の視界から外れた位置で、盾を肩の高さへ上げた。
三浦機が正面で長剣を振る。
敵が頭部を下げ、硬い突起で刃を受けた。
金属音。
長剣が弾かれる。
その瞬間、リポルは盾の縁を敵の首元へ当てた。
右腕を伸ばさず、機体全体で前へ押す。
敵の頭部が三浦機から外れる。
『取った』
三浦機の長剣が、開いた首元へ入る。
刃は外皮を裂き、その奥まで沈んだ。
中型個体の前肢が地面へ落ちる。
尾が一度だけ大きく振られたが、リポルにも三浦機にも届かなかった。
巨体が動きを止める。
『一体、停止』
三浦の呼吸が通信へ混じった。
「第一中隊側は?」
『交戦継続。損傷、二番機右肩』
御堂が答える。
『歩行可能。戦闘継続可能』
『橘は三浦と東階段を確保』
神代の指示。
「了解」
三浦機が長剣を引き抜き、第五倉庫の開口部へ向いた。
東階段には、最後の金属棚が残っている。
地下の六名は、その向こうにいる。
先ほどは戻ることを許可されなかった。
今は、重機が安全な場所へ入り、北側では御堂が二体を止め、正門の三十七名も敷地外へ出ている。
同じ場所でも、状況が変われば役割も変わる。
「三浦一尉、入口をお願いします」
『任せてください』
リポルは第五倉庫へ入った。
床には崩れた荷物と、戦闘で破損した金属板が散らばっている。左脚を引っかけないよう、一つずつ踏み越える。
東階段の前へ到着する。
大型の金属棚が斜めに倒れ、階段の半分を塞いでいた。下から作業員の声が聞こえる。
「管理局です。聞こえますか」
『聞こえます! 六名全員います!』
「今から棚を動かします。階段から離れてください」
『了解!』
リポルは防盾を外し、床へ置いた。
曲がった盾をつけたままでは、狭い入口へ腕を入れられない。
右腕を棚の上側へ、左腕を下側へ差し込む。棚は床へ食い込み、持ち上げようとしても動かなかった。
力任せに引けば、階段側へ崩れる。
蒼真は棚の支柱と床の接触位置を確認した。
「右上へ倒します。下に破片が落ちます」
『離れました!』
右腕で上端を支え、左腕を僅かに押す。
棚が軋む。
食い込んでいた脚が床から抜け、細かな破片が階段へ落ちた。
そのまま持ち上げず、右へ回す。
棚の重さを床へ残しながら、階段の開口部だけを空ける。
人が通れる幅ができた。
『開きました!』
「負傷者から上げてください」
『担架、上げます!』
三浦機が倉庫の外を見張る中、地下から救助班が上がってくる。
先頭の二人が担架を持っていた。負傷した作業員は顔を歪めているが、意識はある。続いて三人、最後に設備責任者が階段を上った。
六名。
全員いる。
「安西二尉、救助者六名、地上へ出ました」
『受け入れます!』
第二倉庫から安西機と救助車両が出てくる。
『中央搬送路、安全確認』
御堂の声。
『北側、小型二体停止。救急車、保守門へ戻せます』
神代が即座に判断する。
『負傷者は北へ出す。残る五名は第二倉庫で待機。安西、担架を保守門へ』
『了解!』
救助車両が第五倉庫の前へ止まる。
負傷者の担架が乗せられ、安西機が北側へ随伴する。
蒼真は東階段から離れ、床に置いた防盾を拾おうとした。
右腕の駆動表示が赤く点滅する。
盾を持ち上げるだけなら動く。しかし、もう一度中型個体の攻撃を受けられる状態ではない。
「リポル、右腕負荷限界。防盾の継続使用は困難です」
『外して置け』
神代の指示。
「了解」
防盾を倉庫の壁際へ立てかける。
その時、外で大きな衝撃音が響いた。
第一中隊が戦っていた中型個体が、二番機を押し倒している。
二番機の槍は折れ、右肩から先が動いていない。三番機と四番機が敵を引き離そうと射撃しているが、倒れた二番機との距離が近く、狙える場所が限られていた。
『二番、動けるか』
『脚は動く。右腕不能』
『三浦、正面へ戻れ。橘、二番を回収』
『了解』
「了解」
リポルと三浦機が同時に倉庫を出る。
三浦機は長剣を構え、敵の正面へ走った。
蒼真は戦闘を避けるように大きく右へ回り、倒れた二番機の足元へ向かう。
中型個体が三浦機へ頭部を振る。
三浦は長剣で受けず、機体を沈めて突起の下へ入った。すれ違いながら敵の胸部へ刃を走らせる。
傷は浅い。
それでも敵の視線が三浦機を追う。
リポルは二番機へ到着した。
「立てますか」
『左腕を貸してくれ』
蒼真はリポルの左腕を差し出した。
二番機が掴み、左脚へ力を入れる。リポルは引き上げるのではなく、機体が起きる方向へ支えた。
二番機が片膝をつき、立ち上がる。
『歩ける』
「中央搬送路へ下がります」
『まだ戦える』
「回収指示です」
二番機の操縦者が一瞬黙った。
『了解』
リポルは動かない右腕側へ立ち、二番機とともに後退した。
背後では、三浦機と中型個体が激しく位置を変えている。三番機と四番機も左右から攻撃を重ね、敵を第五倉庫側へ押し戻していた。
行けば、もっと早く倒せるかもしれない。
しかし、今のリポルには盾がなく、右腕も限界に近い。目の前には、損傷して片側を守れない機体がいる。
蒼真は振り返らなかった。
二番機を中央搬送路まで連れていく。
『回収班、受け入れます』
片瀬機が正門側から戻ってくる。
「二番機、右肩および右腕不能。歩行可能」
『引き継ぎます』
片瀬機が二番機の右側へ入る。
そこで初めて、蒼真は第五倉庫へ向き直った。
三浦機の長剣が、中型個体の前肢を断つ。
体勢を崩した敵へ、三番機と四番機の射撃が集中する。
中型個体が頭部を上げた。
三浦機は真正面から踏み込み、長剣を首元へ突き入れた。
巨体が地面へ崩れる。
最後に尾が一度だけ舗装を叩き、その動きも止まった。
『中型、停止』
三浦の声。
敷地内に、風の音が戻った。
御堂が全域を確認する。
『地中反応、なし。北側、なし。施設内、移動反応なし』
神代はすぐに終了を宣言しなかった。
『各機、担当区域を再確認。救助者数』
『第二倉庫、三十七名。正門外へ退避完了』
片瀬。
『第五倉庫、六名救助。負傷者一名、北側救急車へ収容。残り五名、第二倉庫で待機』
安西。
『第一中隊、四機。二番機中破、ほか三機小破。全員生存』
三浦。
「リポル、右腕負荷限界。左脚装甲損傷。歩行、救助能力は維持」
『御堂、監視継続。救助者を全員区域外へ出す。第一は残敵確認。第三は退路維持』
任務はまだ終わっていない。
敵が動かなくなっただけだった。
蒼真は中央搬送路へ立ち、第二倉庫から出てくる五名を見た。
安西機が列の前、片瀬機が後ろ。負傷者を乗せた救急車は保守門から離れ、医療班の待機場所へ向かっている。
第一中隊二番機も、回収車両の位置まで歩いている。
一人ずつ、一機ずつ、警戒線の外へ出る。
最後の作業員が正門を越えた。
『作業員四十三名、退避完了』
御堂が報告する。
『第一中隊、全機帰還可能』
三浦が続けた。
神代が数秒置いてから告げる。
『任務終了。各機、帰投』
その言葉を聞いて、蒼真は操縦桿を握る手から力を抜いた。
右腕は動く。
左脚も歩ける。
リポルは帰れる。
自分も帰れる。
前線の右後方から始まり、救助者と損傷機を帰すために何度も位置を変えた。
それでも、すべてを自分で選んだわけではない。
行く時も、残る時も、戻る時も、神代の指示があった。三浦が敵を止め、御堂が見えない場所を見て、安西と片瀬が人を運んだ。
誰か一人が全員を帰したのではない。
リポルは中央搬送路を歩き、正門へ向かった。
警戒線の外では、施設作業員たちが救助された仲間を迎えている。泣いている人も、何度も頭を下げる人もいた。
蒼真は、その姿を操縦席の画面越しに見た。
評価が成功したかどうかは、まだ分からない。
前線配置が今後も必要なのかも、今は考えられなかった。
ただ、四十三名が帰った。
第一中隊の四機も、第三中隊の機体も帰る。
それで、今は十分だった。
*
リポルが格納位置へ到着すると、牧野が機体の足元へ駆け寄った。
右腕の防盾がないことに気づき、次に損傷した左脚を見る。整備用端末へ表示された数値を確認しながら、搭乗口が開くのを待っていた。
蒼真がリフトで降りると、牧野は顔より先に手足を見た。
「怪我は?」
「ありません」
「気分は?」
「少し吐きそうです」
「少しなら座ってください。無理なら、そこで吐いてもいいです」
牧野が整備用の箱を裏返し、簡易椅子にする。
蒼真はそこへ座った。
足に力が入らないわけではない。ただ、立っている必要がないと分かった瞬間、身体が座る方を選んだ。
牧野は水のボトルを渡し、リポルを見上げた。
「盾は?」
「第五倉庫の中です。右腕が限界だったので、置いてきました」
「正解です。回収します」
「左脚は歩けます」
「見れば分かります」
「救助能力も残っています」
「それも記録に出ています」
牧野は端末を閉じた。
「橘さん」
「はい」
「帰しましたね」
蒼真はリポルを見た。
左脚の装甲は剥がれ、右腕の接続部には赤い警告灯が点いている。背部にも爪痕が残っていた。
それでも、自分の足で格納位置まで戻ってきた。
「帰しました」
「なら、あとは整備の仕事です」
「お願いします」
蒼真は水を一口飲み、胸元の端末を取り出した。
指が少し震えている。
美咲との連絡画面を開く。
《任務終了。作業員四十三名、全員退避。こちらも怪我はない。リポルは損傷したけど、自分で帰ってきた》
送信する。
既読はすぐについた。
《分かりました。お疲れさま。帰ってくるまで待っています》
蒼真は画面を閉じず、もう一度文章を読んだ。
家へ帰るまでが、今日の任務だった。
面白いと思われたら、ブックマークして頂ければ幸いです。
また、いいね。評価もしていただけたら執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。
感想も頂けましたらありがたいです。
よろしくお願いします。




