第四話 元ワーカー
AIに「分析不能」と評価されてから三日後。
俺はいつも通り出勤した。
いつも通りと言っても、最近は少し違う。
フレイムワーカーの監査業務が増えたせいで、部署の人間を見る目が変わった。
事務職員。
現場職員。
整備員。
ワーカー。
以前は単なる職種の違いだった。
今は違う。
同じ組織の中にいながら、生きている世界が違うように見える。
特にワーカーたちはそうだった。
休憩室で笑っている。
雑談もする。
家族の話もする。
普通の人間に見える。
だが、その手でモンスターを撃っている。
その事実が、どうしても頭から離れなかった。
その日の朝礼で課長が言った。
「今日から一名、こちらへ異動になる」
部署が少しざわついた。
異動は珍しくない。
だが課長の表情が少し硬かった。
「紹介する」
入口の扉が開く。
入ってきた男を見た瞬間、俺は驚いた。
向こうも同じだった。
「……蒼真?」
「隆志さん」
妻の親戚だった。
藤堂隆志。
妻の従兄。
そして。
元ワーカー。
朝礼が終わると、隆志は俺の席へやってきた。
「久しぶりだな」
「ああ」
数年ぶりだった。
最後に会ったのは結衣がまだ小さかった頃だ。
その頃の隆志は現役だった。
テレビにも出ていた。
英雄として。
街を守ったワーカーとして。
だが今は違う。
少し痩せた。
髪には白いものが混じっている。
まだ四十代のはずなのに。
「聞いてなかった」
俺が言う。
「俺も昨日聞いた」
隆志は苦笑した。
「急な話だ」
「現場を離れたのか」
その瞬間。
隆志の笑顔が少し消えた。
「離れた」
短い返事だった。
俺はそれ以上聞かなかった。
昼休み。
二人で食堂へ向かった。
昔話をすると思った。
だが違った。
話題はすぐにフレイムワーカーになった。
「乗ってるらしいな」
「ああ」
「どうだ」
どうだ、と聞かれても困る。
「怖い」
正直に答えた。
隆志は少し驚いた顔をした。
「まだか」
「まだ?」
「怖いままなんだな」
俺は頷く。
隆志はしばらく黙っていた。
それから言った。
「羨ましいな」
俺は意味が分からなかった。
「最初はな」
隆志は窓の外を見ながら言った。
「俺も怖かった」
モンスターが。
戦場が。
死ぬことが。
人を守れないことが。
全部怖かった。
「でも慣れる」
黒崎も言っていた。
人間は慣れる。
良くも悪くも。
隆志は笑った。
「慣れるんだよ」
その笑顔は少し寂しかった。
「モンスターを撃つことにも」
俺は言葉を失った。
「最初に倒した時は吐いた」
黒崎と同じだった。
「二体目は吐かなかった」
「……」
「十体目は数えてた」
その言葉が重かった。
「百体を超えた頃には覚えてない」
食堂の喧騒が遠く感じた。
「人は変わる」
隆志が言った。
「美咲が言ってたろ」
俺は驚いた。
妻がそんな話をしていたのか。
隆志は苦笑する。
「俺のことだよ」
そう言った。
「昔の俺は虫も殺せなかった」
それは本当だった。
優しい人だった。
結衣にも好かれていた。
困っている人を放っておけない性格だった。
「でも今は違う」
隆志は静かに言った。
「モンスターを殺すことに何も感じない」
俺は返事ができなかった。
午後。
AIから任務が届いた。
また地下空洞だった。
最近そればかりだ。
課長が苦笑する。
「完全に現場要員だな」
俺もそう思う。
事務員のはずなのに。
出発前。
整備棟へ向かう途中で隆志に呼び止められた。
「蒼真」
「ん?」
「一つだけ覚えておけ」
真剣な顔だった。
「恐怖を捨てるな」
俺は少し驚いた。
「黒崎にも言われた」
「そうか」
隆志は納得したようだった。
「なら正しい」
そして。
「AIはお前を気に入ってる」
その言葉には妙な重みがあった。
現場へ向かう輸送車の中。
俺はその言葉を考えていた。
AIが気に入る。
そんなことがあるのだろうか。
AIは機械だ。
感情なんてない。
そう思っていた。
だが最近の通知はどうだ。
睡眠時間。
心拍数。
ストレス。
観察ログ。
質問。
まるで。
人間を理解しようとしているようだった。
地下空洞へ到着すると、警備体制が強化されていた。
封鎖区域。
武装警備員。
監視ドローン。
たかが地下空洞にしては異常だった。
黒崎も不機嫌そうだった。
「面倒なことになった」
「何かあったんですか」
「上が来る」
上。
つまり政府関係者だ。
嫌な予感しかしない。
現場責任者が説明を始める。
「本日より、この区域は特別調査区域となります」
理由は説明されなかった。
ただ一つ。
新しい情報が共有された。
地下空洞のさらに奥。
新しい空間が発見された。
俺たちは降下した。
暗い空洞。
ライトが壁を照らす。
そして。
全員が足を止めた。
そこには。
明らかに人工物があった。
柱だった。
崩れている。
だが柱だった。
自然にはできない形。
コンクリートにも見える。
石にも見える。
だが。
誰かが作ったものだった。
「なんだこれは」
黒崎が呟く。
誰も答えられない。
モンスターの痕跡がある地下空洞。
人工構造物。
繋がらない。
何もかも。
AIが解析を始める。
数秒後。
結果が表示された。
人工構造物判定
87%
現場が静まり返る。
その数字は十分だった。
もう偶然ではない。
その時。
AIが音声で言った。
新規情報を取得しました。
全員が聞いている。
AIは続ける。
仮説を更新します。
そして。
モンスター出現要因に
人為的要素が存在する可能性があります。
空気が凍った。
誰も動かない。
誰も喋らない。
俺だけではない。
黒崎も。
現場責任者も。
全員が同じことを考えていた。
人為的?
それはつまり。
モンスターが。
自然発生ではない可能性。
その瞬間。
責任者の端末が鳴った。
緊急通信。
顔色が変わる。
そして。
「調査中止」
と言った。
「全員撤収」
あまりにも急だった。
帰宅した夜。
結衣は宿題をしていた。
「お父さん」
「ん?」
「モンスターって悪者?」
また難しい質問だった。
最近増えた気がする。
「どうして?」
「学校で話した」
結衣は言う。
「モンスターに家族を殺された子がいる」
俺は黙った。
結衣は続ける。
「だから悪者だって」
そして。
「でも先生は生き物だとも言った」
俺は答えられなかった。
まだ分からない。
何も。
その夜。
AIから新しい通知が届いた。
観察ログ更新
対象
橘蒼真
質問候補
モンスターとは何か
分析状況
未解明
そして最後に。
対象は疑問を抱いている
推奨
観察継続
俺は画面を見つめた。
そして初めて思った。
AIは答えを知っているのではない。
AIもまた。
答えを探している。
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