第二話 AIの観察
す
地下空洞の発見から一週間後。
その間、俺はずっと事務所にいた。
本来の仕事だ。
現場から上がってくる報告書を整理し、復興予算の修正案を作り、AIが作成した工程表との差異を確認する。
元々はこちらが俺の仕事だった。
フレイムワーカーに乗るようになってからも所属は変わっていない。
だから朝は普通に出勤する。
普通に席へ座る。
普通にパソコンを開く。
そして普通に残業する。
ただ一つだけ変わったことがあった。
AIからの通知が増えた。
最初は気のせいだと思った。
朝。
端末を起動する。
すると通知が表示される。
おはようございます。
本日の担当案件は14件です。
昨日の処理速度は部署平均を17%上回っています。
以前から表示されていた内容だ。
だが最近は違う。
その下に。
昨日の睡眠時間は5時間42分。
推奨睡眠時間を下回っています。
そんな表示まで出るようになった。
さらに。
心拍数が上昇傾向にあります。
ストレス管理を推奨します。
気味が悪い。
「おい」
隣の席の佐伯に聞いた。
「最近、AIからこんなの来るか?」
端末を見せる。
佐伯は首を傾げた。
「いや?」
「睡眠時間とか」
「来ないな」
「心拍数は?」
「来ない」
そこで俺は嫌な予感がした。
「全員じゃないのか?」
「初めて見た」
佐伯は笑った。
「監視されてんじゃないか?」
冗談のつもりだったのだろう。
だが俺は笑えなかった。
昼休み。
食堂で黒崎と顔を合わせた。
珍しいことだった。
現場監督が本部へ来ることは少ない。
黒崎はカレーを食べながら言った。
「顔色悪いぞ」
「そうですか」
「睡眠不足か」
俺は少し迷った。
そしてAIの通知を見せた。
黒崎は数秒黙った。
それから。
「なるほどな」
と言った。
「なんですか」
「観察されてる」
俺は箸を止めた。
「観察?」
「AIにな」
黒崎は当たり前のように言った。
俺は思わず笑った。
「そんな馬鹿な」
だが黒崎は笑わない。
「お前、自分のスコア見たか?」
「スコア?」
「初任務の評価」
そういえば見ていなかった。
黒崎が端末を操作する。
俺の評価データが表示された。
そこで初めて見た。
総合評価
A+
安全性評価
S
作業効率
A
危機対応
A
判断能力
S
そして一番下。
AI特記事項
観察継続対象
「なんですかこれ」
思わず聞いた。
黒崎は肩をすくめる。
「俺に聞くな」
「観察継続?」
「珍しい」
黒崎は真面目な顔になった。
「かなり珍しい」
俺はデータを見た。
意味が分からない。
ただの事務員だ。
エースワーカーでもない。
戦闘経験もない。
「理由は?」
「たぶん恐怖だ」
「恐怖?」
「お前」
黒崎はスプーンを置いた。
「怖いんだろ」
即答できた。
「怖いです」
「だろうな」
黒崎は頷いた。
「普通だからだ」
普通。
その言葉に少し違和感があった。
フレイムワーカーに乗る人間は怖くないのだろうか。
黒崎は俺の考えを読んだように言った。
「最初はみんな怖い」
「はい」
「だが慣れる」
俺は頷いた。
それは自然なことだ。
人間は慣れる。
良くも悪くも。
黒崎は窓の外を見た。
「俺も慣れた」
静かな声だった。
「モンスターを撃つことにも」
俺は何も言えなかった。
「最初は吐いた」
黒崎は笑った。
「三日くらい飯が食えなかった」
だが。
「半年後には平気だった」
その言葉は重かった。
「それって」
俺は言った。
「良いことなんですか」
黒崎は答えなかった。
しばらくして。
「分からん」
と言った。
その日の午後。
AIから新しい任務が届いた。
復興支援。
旧市街区画。
地下空洞周辺。
俺はため息をついた。
またあそこか。
現場へ到着したとき。
空気が違った。
作業員たちが静かだった。
重機も止まっている。
黒崎が言う。
「出た」
俺は息を飲んだ。
「モンスターですか」
「違う」
黒崎は地下空洞を指差した。
「これだ」
俺は穴を覗き込んだ。
ライトが照らす。
壁面。
そこに。
前回見つけた線があった。
人工加工痕。
だが。
今回は違った。
増えている。
俺は目を細めた。
線ではない。
文字のようにも見える。
模様のようにも見える。
そして。
どう見ても自然には見えなかった。
AIが表示を出す。
人工構造物可能性
43%
前回より上がっていた。
黒崎が呟く。
「あり得ねぇな」
俺も同感だった。
地下空洞。
モンスターの痕跡。
人工構造物。
繋がらない。
何一つ。
そのときだった。
AIの音声が直接コクピットに響いた。
普段は文字だけだ。
音声は珍しい。
橘蒼真。
俺は固まった。
「……はい?」
黒崎も驚いている。
AIは続けた。
質問があります。
質問?
AIが?
あなたは何故、
モンスターを恐れるのですか。
俺は答えられなかった。
そんなこと。
考えたこともない。
当たり前だからだ。
モンスターは人を殺す。
だから怖い。
だがAIはさらに続けた。
恐怖反応は維持されています。
しかし判断能力は低下していません。
俺は黙った。
AIは静かに言った。
矛盾しています。
そして。
観察を継続します。
通信が切れた。
帰宅した夜。
娘の結衣が宿題をしていた。
ふと顔を上げる。
「お父さん」
「ん?」
「モンスターってさ」
またその話かと思った。
だが次の質問は違った。
「頭いいのかな」
俺は止まった。
「なんでそう思う」
結衣は言った。
「だって」
そして。
「巣とか作るんでしょ?」
俺は答えられなかった。
地下空洞が頭をよぎる。
人工構造物。
モンスターの痕跡。
AIの質問。
何故恐れるのか。
その夜。
眠る前。
端末に最後の通知が届いた。
観察ログ更新
対象
橘蒼真
評価
継続観察
特記事項
恐怖を維持したまま 合理的判断を実施
分析不能
俺はその一文を見つめた。
そして初めて思った。
AIは俺を監視しているのではない。
理解しようとしている。
それが少しだけ。
怖かった。
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