第四十九話 表のエース
六月三十日。
午前七時四十分。
第三中隊の会議室へ入った蒼真は、中央画面に表示された現場図を見て、今日の出動がこれまでとは違うことに気づいた。
画面に映っているのは、住宅地でも稼働中の施設でもない。市街地から北西へ四十キロほど離れた山間部にある、閉鎖済みの石灰石採掘場だった。
採掘場は山の斜面を階段状に削って造られている。広い採掘面は上段、中段、最下層の三つに分かれ、重機が通るための坂道がそれぞれをつないでいた。最下層には岩盤を掘り進めた旧搬出坑が残され、その周辺で十二体以上の敵性個体が確認されている。
旧搬出坑の奥にも複数の反応があるため、実際の数はさらに多い可能性があった。
周辺集落には前日のうちに避難指示が出され、採掘場へ続く県道も封鎖されている。林業関係者や施設管理者の退避も完了しており、現場に民間人は残っていない。
今日の出動は、救助要請を受けたものではなく、確認された群れを排除するための、計画討伐だった。
第三中隊のほかには、討伐を主な任務とする第一中隊が参加する。敵性個体の数が多いうえ、旧搬出坑の内部へ逃げ込まれる可能性があるため、二個中隊で坑道周辺を封鎖しながら排除する計画だった。
蒼真は自分の席へ座り、配布された資料を開いた。
「民間人は、もう全員避難しているんですね」
「ああ。採掘場の管理棟も無人だ。消防と救急は封鎖線の外で待機するが、作戦区域には入らない」
神代は画面へ両中隊の配置を重ねた。
第一中隊の五機は最下層へ下り、旧搬出坑付近の敵性個体を排除する。第三中隊は中段に残り、最下層から北側出口へ続く坂道を維持する。
採掘場には、反対側にも古い作業路があった。しかし、途中で崩落しており、フレームワーカーが通れる退路は北側の坂道しか残されていない。
「橘はリポルで、中段と坂道の下端を担当しろ。第一中隊から損傷機が出た場合は、坂道へ戻れる状態を作れ」
「ノストスでなくても、機体を回収できますか?」
「完全に動けなくなった機体は片瀬と安西が引き受ける。お前は、損傷機が二人のところまで戻れるように敵を離せ」
神代は第一中隊の配置を拡大した。
先頭に表示されている機体だけが、通常型とは異なる装備を持っている。右腕には長い杭撃ちがあり、左腕には銃身を短くした大口径砲を備えていた。背部推進器も大型化され、正面から敵へ接近することを前提にした構成になっている。
「第一中隊長の三浦直人一尉だ。現在の個人撃破数は防衛部隊内で最多。今回も三浦機を中心に討伐を行う」
「撃破数のエースですか?」
片瀬が尋ねると、神代は頷いた。
「そう呼ばれている。三浦が中型個体を受け持ち、残る四機が小型を分離する。第一中隊の射線を妨げないよう、第三中隊は中段より先へ出ない」
蒼真は資料に添付された三浦機の行動記録へ目を通した。
敵との距離を詰めるまでが速い。攻撃を避けても大きく後退せず、そのまま敵の懐へ残って次の攻撃へつなげている。
片瀬や安西も近接戦闘を行うが、二人は敵の進路を塞ぎ、御堂や神代の攻撃へつなげることが多い。三浦の動きは、それとは違って一つ一つの動作が、敵を倒すことへ直接結びついている。
「三浦一尉は、第三中隊の支援指示に従ってくれますか?」
蒼真が尋ねると、神代はわずかに眉を動かした。
「必要なら従わせる」
「仲が悪いんですか?」
会議室に、少しだけ沈黙が落ちた。
御堂が口元へ手を当て、安西が俯いて笑いを堪えている。
「悪くはない」
神代は平然と答えた。
「今の言い方だと、少し悪そうに聞こえました」
「三浦は、自分が前へ出た方が早いと思えば出る。お前と同じだ」
「自分は、指示があれば待ちます」
「最近はな」
否定はできなかった。
最初の頃は、指示を待つより先に動いてしまったこともある。神代から「必要なら出ろ」と言われている時でさえ、どこまでが必要なのか、自分で決めていた。
神代は画面を閉じる前に、改めて退避経路を示した。
「今日の作戦目的は討伐だ。ただし、第三中隊が撃破数を競う必要はない。第一中隊を含め、現場へ入った全機が採掘場から戻れる状態を維持しろ」
今日は、逃げ遅れた民間人も、動けなくなったバスもなく、帰す相手は、戦うために自分から最下層へ下りていく搭乗者たちだった。
蒼真は一本しかない退避路を確認し、資料を閉じた。
*
出撃準備のため格納庫へ向かうと、リポルの前に見慣れない男性が立っていた。
年齢は四十歳前後。短く切った髪に、使い込まれた搭乗服を着ている。右肩には第一中隊を示す標章があり、その下には小さな撃破記録章が並んでいた。
男性は紫色の装甲を見上げていたが、蒼真が近づくと振り返った。
「橘蒼真さんですか?」
「はい」
「第一中隊長の三浦直人です。今日はよろしくお願いします」
三浦は右手を差し出してきて、蒼真も右手を差し出し握手を交わす。
戦闘記録から想像していたよりも穏やかな人だと感じた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「西部の精製施設で、村瀬を助けたそうですね」
「中型個体を倒したのは第五中隊です。自分は、輸送車の前にいただけですよ」
「村瀬から聞いた通りだ」
三浦は苦笑しながら、リポルへ目を戻した。
「自分がしたことを、必ず小さく言うらしい」
「小さくしているわけではありません。実際に倒したのは、第五中隊なので」
「今日は俺たちが倒します。第三中隊には、出口を残してもらいたい」
「その予定です」
「それなら、話は早い。ただ、必要になれば遠慮なく前へ来てください。旧搬出坑の前は広い。こちらの射線を読めるなら、紫の機体が一機増えても邪魔にはなりません」
「神代隊長から、中段に残るように言われています」
「必要になるまでは、でしょう」
三浦は蒼真の返事を待たず、自機の方へ歩き始めた。
途中で神代とすれ違うと、片手を上げる。
「必要になったら、橘さんを借りるぞ」
「貸さない」
「本人は、来てくれそうだった」
「まだ何も答えていません」
蒼真が口を挟むと、三浦は振り返って笑った。
「嫌なら来なくていいですよ」
「それを決めるのは、神代隊長です」
「なるほど。話に聞いていたより、きちんと支援隊員だ」
「どういう意味ですか?」
「褒めています」
そう言い残し、三浦は第一中隊の機体へ向かった。
蒼真は神代の隣へ並んだ。
「やはり、少し仲が悪いんですか?」
「長い付き合いだ」
「答えになっていません」
「搭乗しろ」
今回も話を終わらされた。
リポルの昇降機前では、牧野が待っていた。
「今日は計画討伐だそうですね」
「はい。民間人は、もう避難しています」
「だからといって、帰る人がいないわけではありませんよ」
牧野は、出撃準備を進めている二個中隊の機体を見渡した。
「搭乗者は十人います。全員、帰る人です。もちろん、橘さんもその中に入っていますからね」
「分かっています」
「本当に?」
「今日は忘れません」
牧野は蒼真の顔を確かめ、納得したように頷いてから昇降機を動かした。
*
午前九時二十八分。
二個中隊は、閉鎖された採掘場の北側入口へ到着した。
山の斜面を大きく削った採掘場は、上から見ると巨大な円形劇場に似ていた。白い岩肌が三段に分かれ、各層を重機用の坂道がつないでいる。最下層には、旧搬出坑が黒い口を開けていた。
坑道の前には六体の小型個体がいて、さらに奥からも、複数の反応が返ってきていた。
第一中隊は中段で一度停止し、最下層へ下りるための隊形を組んだ。三浦機を中央へ置き、四機が前後左右を固める。
第三中隊は中段に残り、片瀬機と安西機が坂道の両側へ配置された。御堂機は西側の岩棚へ上がり、採掘場全体を見渡せる射撃位置を取る。神代機は中央に立ち、両中隊の動きを監視する。
蒼真は中段と最下層の境目であり、第一中隊に何かあれば、最も早く到達できる位置にリポルを配置した。
『第一中隊、降下する』
三浦の指示を受け、五機が坂道を下り始めた。
坑道前にいた小型個体が接近に気づき、六体のうち三体が第一中隊へ正面を向ける。残る三体は左右に散り、岩壁や斜面へ逃げ道を探した。
三浦機は速度を落とさず、最初の一体が身体を低くし、先頭の三浦機へ飛びかかる。三浦は左足を半歩だけ外へ出し、爪の軌道から胸部を外した。
小型個体と擦れ違う瞬間、三浦機の右腕が脇腹へ伸び、長い杭が甲殻の隙間へ入った。
発射音とともに敵の身体が横へ折れ、地面へ転がっていく。三浦機は振り返らず、すでに次の二体へ向かっていた。
左右の第一中隊機が防盾を前へ出し、敵が外側へ逃げる道を塞いだ為、小型個体は中央へ寄るしかない。
二体の間隔が狭まったところで、三浦機の左腕にある大口径砲が火を噴いた。
最初の弾丸が一体目の胸部へ入り、甲殻を砕く。二発目を撃つ直前、もう一体が右側へ跳び、射線から逃れたが、その先には第一中隊の僚機がいた。
防盾を正面からぶつけるのではなく、斜めに当てて敵の進路を中央へ戻す。姿勢を崩した小型個体の懐へ三浦機が入り、前脚を左腕で押し上げながら、開いた胴部へ杭撃ちを突き込むと短い発射音が響き、敵の身体から力が抜ける。
三体を停止させるまで、一分もかかっていなかった。
蒼真は、戦術画面と三浦機の動きを交互に見た。
リポルのように機体そのものが速いわけではない。それでも、敵を止めるまでが速い。
何をすれば倒せるのかを判断したあと、必要のない動きを一つも挟まない。敵が避ければ、その先に僚機がいる。僚機が進路を戻せば、三浦は攻撃できる場所へすでに移動しており、蒼真が救助経路や退避路を見つける時と、少し似ている。
ただし、三浦が見ているものは、最初から最後まで敵だった。
『西側二体、岩壁を上がります』
御堂の報告を受け、蒼真は最下層から視線を切り替えた。
第一中隊を避けた小型個体二体が、西側の岩壁を上っている。一体は重機用の細い作業路を駆け、もう一体は岩肌の突起へ直接爪をかけていた。
二体が向かっているのは、高所で射撃位置を取っていた御堂機のところだった。御堂機には背後へ下がる場所が少ない。
「御堂さん。東側へ移動できますか?」
『移動します。ただ、岩壁を登っている方が先に着きます』
リポルと御堂機の間には、採掘場の中段が広がっている。地面には砕石の山や重機の残した深い轍があり、直線では走れず、一つずつ避けていては、敵が先に岩棚へ上がる。
『橘、御堂の退路を確保しろ』
神代の指示に、蒼真は短く応じた。
「了解」
リポルは中段を西へ向かった。
蒼真が選んだのは、砕石の山を迂回する経路ではなかった。山の頂点を踏み台にすれば、岩棚までの距離を短くできる。
リポルの右足が砕石へ踏み込と機体の重量で石が一斉に崩れ、足裏が斜面へ沈んだ。蒼真は滑る力へ逆らわず、そのまま左足を山の頂点へ出す。
背部推進器を短く噴射し、崩れる砕石を後ろへ蹴り出すと紫色の機体が山を跳び越え、岩棚の手前へ着地する。
御堂機は東側へ移動を始めていたが、岩壁を直接登った小型個体はすでに棚の縁へ前脚をかけていた。後脚で岩肌を蹴り、御堂機の背後へ身体を持ち上げようとしている。
リポルから岩棚までは十メートル近い高さがあり、そのまま跳び上がって敵へぶつかれば、リポルまで御堂機のいる棚へ落ち、退路を塞ぐ可能性があった。
蒼真は岩棚の手前に残された、採掘機械用の太い固定支柱へ目を向け、リポルの右腕で支柱を掴み、右足で地面を蹴った。
機体の身体が、支柱を軸にして半円を描く。遠心力で岩壁へ振られたところで左足を岩肌へつけ、その反動を使って上へ跳んだ。
岩棚へ身体を上げかけていた小型個体の横へ、リポルの左腕が届く。
敵の胴体を掴めば、抵抗した力が御堂機のいる棚へ向かう。
蒼真は胴ではなく、岩棚へかけられた前脚の肘を下から押し上げ、支えを失った敵の身体が、岩壁から離れる。
小型個体は空中で四肢を広げたが、爪をかけられる場所はなく、リポルは岩棚へ上がらず、右腕で掴んだ支柱を軸にして、自分の身体を地上へ戻した時に、落下してきた小型個体が、リポルのすぐ横へ背中から衝突する。
敵が地面へ前脚をつき、起き上がろうとした時には、御堂機が岩棚の上から銃口を向けていた。
『射線を開けてください』
蒼真は支柱から手を離し、リポルを敵の正面から外すと、一発目の弾丸が小型個体の肩を貫き、立ち上がりかけた身体を再び地面へ落とす。敵が姿勢を変えようと身体を捻ったところへ二発目が入り、胸部の甲殻を砕き、小型個体の動きが止まる。
もう一体は、岩壁の作業路を途中まで上っていたが、御堂機が東側へ移動し、リポルが岩棚の下へ入ったことに気づくと、それ以上登らずに方向を変え、作業路を駆け下り、中段へ戻ろうとする。
「安西さん。作業路から一体戻ります」
『見えています』
安西機が坂道の西側から前へ出た。
小型個体は作業路を下りた勢いのまま、安西機へ飛びかかる。安西は正面から受け止めず、防盾を斜めに傾けると、敵の爪が盾の表面を滑り、身体が道路の中央側へ流れる。
そこには片瀬機が待っており、右腕を敵の胸部へ当て、坂道から離れる方向へ突き放す。小型個体の側面が開き、その先に御堂の射線が通った。
岩棚から一発の銃声が響き弾丸が敵の胸部へ入り、地面へ転がした。
『中段、二体停止。こちらは異常ありません』
御堂の報告を確認し、蒼真は最下層へ視線を戻した。
第一中隊は旧搬出坑の前まで到達しており、坑道周辺にいた六体のうち、すでに五体が動きを止めている。残る一体も、二機の第一中隊機に左右を塞がれ、逃げ場を失っていた。
三浦は、その一体を僚機へ任せ、坑道の入口へ近づいている。
旧搬出坑の暗がりから、新たな反応が一つ、二つと増え、最終的に七つの反応が重なる。
そのうち二つは、これまでの小型個体より明らかに大きかった。
『中型二、小型五。坑道から出る』
三浦が隊員へ注意を促した直後、暗がりの中から一体目の中型個体が姿を現した。
幅の広い頭部と、岩を掘るために発達した二本の前脚を持っている。甲殻には石灰石の粉が付着し、坑道の岩壁そのものが動き出したように見えた。
一体目に続いて二体目が現れ、その隙間から五体の小型個体が最下層へ散る。
第一中隊は後退しながら隊形を広げ、三浦機が二体の中型個体を引きつけ、残る四機が小型個体を坂道から離していく。
『三浦、二体同時に受けるな』
神代の警告に、三浦は短く応じた。
『分離する』
三浦機の大口径砲が、左側の中型個体へ一発を撃ち込む。
弾丸は甲殻の表面を砕いただけで内部までは届かなかったが、敵の注意を引くには十分で、攻撃を受けた個体が三浦機を追い、最下層の西側へ向かう。もう一体との間隔が開き、第一中隊の二機がその間へ入った。
分離には成功している。
小型個体も三機に押さえられ、坂道へ近づいていない。
それでも、右側の中型個体に対応している一機が、攻撃を避けるたびに採掘場の東側へ追い込まれていた。
その背後には、別の小型個体がいる。
『四番機、戻りすぎだ。右後方にも一体いる』
三浦の警告が飛ぶ。
『分かっています。ただ、中型が――』
返答の途中で、小型個体が跳躍した。
四番機の搭乗者は、目の前にいる中型個体へ意識を向けている。背後からの接近に気づいて振り返ろうとしたが、間に合わなかった。
小型個体の爪が背部推進器へ食い込み、火花が飛び、四番機の上体が大きく前へ傾いたその瞬間、中型個体の前脚が横から振るわれ、無防備になった右肩へ直撃した。
四番機は地面から浮き、東側の岩壁へ背中から衝突する。岩肌が砕け、白い粉塵が広がる中、機体は右肩から地面へ崩れ落ちた。
《第一中隊四番機、姿勢制御停止》
中型個体が、倒れた四番機へ近づいていき、小型個体も機体の脚部へ回り込み、爪を立てようとしていた。
三浦機は、もう一体の中型個体と交戦中で離れられない。第一中隊の残る三機も、それぞれ複数の小型個体を押さえている。
「神代隊長」
蒼真が呼ぶと、神代は状況を確認してすぐに答えた。
『行け。ただし、四番機を連れて戻れ』
「了解」
リポルは中段から坂道へ入った。
下り坂で速度を上げすぎれば、最下層へ着いた時に止まれない。蒼真は機体の重心を低く保ち、前へ倒れようとする力を利用しながら歩幅を広げた。
一歩ごとに足元の砕石が後方へ飛び、四番機との距離が縮まっていくが、先に倒れた機体へ届くのは、小型個体だった。
中型個体の前脚は大きいが、攻撃に入るまでにわずかな時間がかかる。小型個体は、すでに四番機の右脚へ飛びかかろうとしていた。
蒼真はリポルの短距離砲を起動したが四番機との距離が近すぎるため、敵そのものは狙えない。
砲口を小型個体の前へ向け、地面へ一発だけ撃つ。
弾丸が採掘面を砕き、石灰石の粉と細かな破片を噴き上げると、小型個体は目の前で地面が弾けたことに驚き、反射的に横へ跳ぶ。
四番機との間に、わずかな隙間が開き、リポルはそこへ踏み込んだ。
小型個体が着地し、すぐに身体の向きを変える。リポルの左側から回り込み、倒れた四番機へ再び近づこうとするが蒼真は敵を追いかけなかった。
小型個体が進もうとしている場所へ先に左足を置き、進路を塞ぐ。
敵が避けようと身体を捻った瞬間、リポルは左腕の防盾を低い位置から振り上げた。
防盾の縁が小型個体の胸部へ斜めに当たり、身体を中型個体の方へ押し戻す。
同時に、中型個体が前脚を振り下ろした。
狙いは倒れた四番機だったが、リポルによって押し戻された小型個体が、その軌道へ入ると、中型個体の爪が小型個体の背中へ直撃し、身体を採掘面へ叩きつけた。
意図しない衝突に、中型個体の動きが一瞬止まったので、リポルはその間に四番機と敵の間へ入り、防盾を前へ向けた。
「搭乗者の状態を教えてください」
『意識はあります。右肩を打ちましたが、動かせます。機体の姿勢制御が戻りません』
「脱出できますか?」
『敵が近すぎます。搭乗口を開けられません』
「では、機体ごと戻します」
リポルには牽引装置がない為、倒れた前衛機を、そのまま坂道の上まで引きずることもできない。
それでも、完全に持ち上げる必要はなかった。
四番機の両脚には反応が残っている。姿勢制御が停止したため、自分の重心を保てないだけだった。
蒼真はリポルを四番機の右側へ回し、倒れている機体の腕を掴んだ。四番機の背中を岩壁へ沿わせながら上体を起こし、動く左脚を地面へつける。
「左脚に重量をかけてください。右脚は前へ出すだけで構いません」
『できます』
「自分が右側を支えます。坂道まで戻りましょう」
リポルは四番機の右腕を肩へ回し、腰部へ右腕を添えた。
四番機が左足を一歩前へ出すと、遅れて右足が地面を擦りながらついてくる。
動けるが、その背後では中型個体が小型個体を爪から振り落とし、二機へ向き直っていた。
四番機を支えたままでは、坂道へ着く前に追いつかれる。
「三浦一尉。こちらの中型個体を止められますか?」
蒼真が通信を送ると、少し離れた場所で戦う三浦から返答があった。
『あと十秒待て』
三浦機は、もう一体の中型個体と交戦していた。
敵の前脚を避けながら懐へ入り、脇腹にある同じ箇所へ杭撃ちを重ねている。甲殻には深い亀裂が走り、その周囲だけが大きく陥没していた。
三浦機が左側へ踏み込み、中型個体の向きを変えると、その先には、第一中隊の僚機が待っていた。
僚機が防盾を頭部へ押し当て、敵の上体を下げる。亀裂の入った脇腹が上へ向き、三浦機の正面へ露出した。
三浦は敵の側面へ回り、大口径砲の銃口を甲殻へ直接押しつけ至近距離から一発を撃ち込む。
甲殻が内側から砕け、中型個体の身体が大きく揺れた。続けて同じ場所へ二発目が入り、巨体から力が抜けていく。
『一体停止。今行く』
三浦機が倒れた敵から離れ、四番機へ向かって走り始めた。
それでも、こちらの中型個体が先に届く。
蒼真は四番機を岩壁へ預け、その腕をリポルの肩から外した。
「背中を岩壁につけて、そのまま立っていてください」
『一人で受けるんですか?』
「受け止めるつもりはありません」
リポルは四番機から二歩前へ出た。
中型個体が速度を上げ、太い右前脚を振り上げる。爪の軌道は、リポルだけでなく、その背後にいる四番機まで届く。
完全に避けることができない為、蒼真は右前脚が振り下ろされる直前、攻撃の外側ではなく内側へ踏み込んだ。
爪がリポルの左肩を掠め、背後の岩壁へ叩きつけられ、大きな衝撃音が響き、砕けた岩と白い粉塵が周囲へ広がった。
リポルは敵の胸元へ入ったまま、右腕を前脚の付け根へ押し当て岩壁へ爪を食い込ませている。
その力へ逆らって押し返すのではなく、岩壁の表面を横へ滑らせる。
リポルが腰を回すと、中型個体の右前脚が外側へ引かれ、上体もそれに合わせて左へ捻られ、胸部の甲殻が、採掘場の中央側へ開く。
そこへ三浦機が到着した。
『離れろ』
蒼真はリポルを四番機の前まで下げた。
三浦機は走ってきた勢いを落とさず、中型個体の胸部へ杭撃ちを突き込むと甲殻へ杭が当たり、敵の巨体が後ろへ揺れた。しかし、一度では完全に貫けない。
三浦は右腕を引かず、機体の肩を杭撃ちの後部へ押し当て、背部推進器が噴射する。杭の先端が甲殻を少しずつ割りながら内部へ沈んでいった。
中型個体は、自由に動く左前脚を横から振った。
このままでは、杭が入る前に三浦機が弾き飛ばされてしまうので、リポルは四番機の前から離れ、敵の左側へ走り、中型個体の左前脚が三浦機へ届く直前、リポルは防盾を下から当てた。
振るわれる力へ正面から逆らうのではなく、爪の軌道を数十センチだけ上へ変えると、中型個体の前脚が、三浦機の頭上を通り過ぎた、同時に、三浦機の杭が甲殻を貫く。
『入った』
杭撃ちが発射される。
中型個体の胸部が内側から大きくへこみ、巨体が後ろへ倒れた。
三浦機は倒れる敵から杭を引き抜き、リポルとともに距離を取る。
地面へ落ちた中型個体は二度大きく痙攣したあと、それきり動かなくなった。
「四番機を戻します」
蒼真が言うと、三浦機はリポルの隣へ並んだ。
『俺が左側を支える』
「残っている敵は?」
『第一中隊の三機で止める。四番機を先に上げる』
リポルが四番機の右側へ入り、三浦機が左側を支えた。
二機に挟まれた四番機は、壊れていない左脚へ重心をかけ、右脚を引きずりながら一歩ずつ坂道へ向かう。
『三浦一尉が、損傷機を運ぶんですね』
四番機の搭乗者が言った。
『不満か?』
『いえ。ただ、初めて見ました』
『俺も初めてだ』
三浦はそう答えたあと、リポルへ視線を向けた。
『裏エースが、こちらを見ていたからな』
「見ていただけではありません」
蒼真が返すと、三浦は笑った。
『分かっている』
三機が坂道の下端まで戻ると、片瀬機と安西機が待っていた。
二人が四番機を引き継ぎ、中段から北側出口へ向かわせる。
蒼真と三浦は、再び最下層へ向いた。
残っている小型個体は三体。
第一中隊の三機が、坑道へ戻さないように採掘面の中央へ押しとどめている。
『橘さん。あと三体だ』
三浦が言った。
「自分は坂道を守ります」
『一体だけ、そちらへ流す』
「流さないでください」
『冗談だ』
三浦機は笑いながら最下層へ戻っていった。
蒼真は坂道の下端にリポルを立たせ、第一中隊の戦いを見た。
三浦機が一体を正面から引き受け、残る二機が敵の左右を塞ぐ。小型個体が逃げ道を探して向きを変えるたび、その先には第一中隊機がいた。
やがて、敵の一体が中央へ押し戻され、三浦機の大口径砲が胸部を捉え、敵を地面へ倒した。
二体目は射撃を避けて右へ跳んだが、三浦は追わない。右側にいた隊員が防盾で進路を戻し、敵を再び三浦機の正面へ送る。
三浦は一歩だけ踏み込み、開いた胴部へ杭撃ちを突き込んだ。
一度の発射で、敵の動きが止まる。
最後の一体は、第一中隊の包囲から抜けて坂道へ向かった。
リポルが前へ出ようとした時、三浦機がその後ろへ追いついた。
敵の後脚を蹴り、姿勢を崩す。転倒した小型個体の背中へ大口径砲の銃口を向け、至近距離から一発を撃ち込むと小型個体は地面へ沈み、それきり動かなかった。
最下層が静かになる。
坑道の奥にも、新たな敵性反応はない。
『敵性反応、消失しました』
御堂の報告が採掘場へ響いた。
二個中隊は停止した敵を確認し、最下層から順に撤収を始める。
第一中隊の損傷機は、片瀬機と安西機に支えられ、すでに北側出口へ到達していた。搭乗者も、自力で機体から降りられる状態だという。
第一中隊と第三中隊。
現場へ入った全十機が、採掘場から出た。
*
帰還後の合同検証では、最初に第一中隊の戦果が報告された。
採掘場で確認された敵性個体は、中型二体と小型十三体。二個中隊によって、すべて排除されている。
三浦の撃破数は、中型二体と小型五体だった。
一度の出動で七体。
これまで蒼真が聞いた中でも、最も多い数字だった。
第一中隊の四番機は、右肩と背部推進器、姿勢制御系を損傷し、全体損傷率は四十八パーセントに達している。それでも、操縦区画は守られ、搭乗者は右肩の打撲だけで済んでいた。
機体も採掘場へ放棄されることなく、基地まで持ち帰られている。
第三中隊で最も損傷率が高かったのは、リポルの九・二パーセントだった。
「二桁には届かなかったんですね」
蒼真が記録を見ながら言うと、牧野は複雑な表情を浮かべた。
「低ければいいというものではありません。左肩と防盾、それから右腕に損傷があります。岩壁の破片による傷が多く、内部の駆動系には異常ありませんが、修理に二日はください」
「分かりました」
検証が終わり、第一中隊の隊員たちは席を立ち始めたが三浦だけは会議室に残り、中央画面へ表示された戦術記録を見ていた。
蒼真が近づくと、三浦は採掘場全体の記録を再生した。
「どうしました?」
「今日、俺がいつもより多く敵を倒せた理由を見ていました」
「敵が多かったからでは?」
「それもあります」
三浦が画面を進める。
中段にいたリポルが岩棚へ向かったことで、御堂機の位置が西側から東側へ移る。御堂の射線が採掘場の中央へ向き、小型個体はその範囲から逃げるため最下層へ戻った。
安西機と片瀬機が坂道を塞いだこともあり、敵の進路は自然に第一中隊の方へ向いている。
三浦が、別の場面へ記録を移すと、第一中隊四番機へ向かっていた小型個体が、リポルに進路を変えられ、中型個体の攻撃へ巻き込まれる。その後、岩壁へ前脚を打ちつけた中型個体の胸部が開き、三浦機の正面へ向けられていた。
「橘さんが、俺の前へ敵を並べた」
「並べたつもりはありません。坂道と損傷機から離しただけです」
「だから裏エースなのか」
「その呼び方には、まだ慣れません」
「俺は表のエースらしい」
三浦は自分で言いながら、少し嫌そうな顔をした。
「三浦一尉も慣れないんですか?」
「十年近く呼ばれていますが、慣れません。ただ、否定するのは諦めました」
「自分も、そうした方がいいでしょうか」
「そのうち、嫌でも諦めますよ」
三浦は画面へ視線を戻した。
「今日、俺は七体倒した。四番機を置いていけば、もう一体増えたかもしれない」
冗談ではないらしい。
蒼真は、損傷した四番機が岩壁の下に倒れていた場面を思い返した。
「でも、戻りました」
「ああ。橘さんが見ていたから、戻す方を選べた」
「自分がいなくても、助けたと思います」
「助けたでしょう。ただし、もっと遅かった。目の前の敵を止めてから戻るか、敵を僚機へ任せて四番機へ向かうか。その判断には迷ったと思います」
三浦は会議室の出口へ目を向けた。
廊下では、第一中隊の隊員たちが四番機の搭乗者を待っている。右肩を固定されているものの、自分の足で歩いていた。
「今日は迷わなくてよかった。俺が敵を止めている間に、橘さんが四番機を起こすと分かっていたからです」
「逆だと思います」
「何がですか?」
「自分は、三浦一尉が敵を止めてくれると思ったので、四番機へ行けました」
二人は互いの顔を見て、先に笑ったのは三浦だった。
「それなら、相性がいいらしい」
「嫌な言い方ですね」
「どうしてです?」
「合同任務が増えそうなので」
「それは、俺も同じですよ」
三浦は笑ったまま、第一中隊の隊員たちが待つ廊下へ出ていった。
*
帰宅すると、昴が玄関の床に紙の機体を並べていた。
灰色のノストスと紫色のリポルのほかに、見覚えのない白い機体が一体増えている。白い紙を細く丸めたものが右腕へついており、ほかの二機よりも武器らしい形をしていた。
「ただいま」
「おかえり!」
昴は白い機体を持ち上げ、右腕の筒を蒼真へ向けた。
「それ、誰?」
「ばんばんするひと」
「三浦さんかな」
「みうらさん?」
「今日、一緒に仕事をした人」
昴は白い機体を、ノストスとリポルの前へ置いた。
「つよい?」
「強かったよ」
「ぱぱより?」
蒼真は少し考えた。
撃破数なら、比べるまでもない。三浦は七体を倒し、自分は直接一体も倒していない。
「戦うのは、三浦さんの方が強いと思う」
「ぱぱは?」
「今日は、怪我をした機体を助けた」
昴は紙のノストスを倒し、その左右へ白い三浦機と紫色のリポルを置いた。
二機でノストスを挟み、少しずつ起こしていく。
「みうらさん、たすける」
「そうだね。今日は一緒に助けたよ」
「いっしょ」
昴は三機を並べ、玄関から居間へ向かって歩かせ始めた。
美咲が台所から顔を出す。
「おかえり。今日は遅かったね」
「検証が長くなった」
「怪我は?」
「ないよ」
「なら、先に着替えて。夕飯を温めるから」
美咲はそれ以上、仕事のことを聞かなかった。
夕食の話題は、先日の席替えで結衣の隣になった男子のことだった。
以前は消しゴムを何度も落としていたが、今日は一度も落とさなかったらしい。その代わり、定規を忘れたと言って結衣から借りている。
「絶対、わざとだよ」
結衣は不満そうに言いながらも、どこか楽しそうだった。
「本当に忘れたのかもしれないよ」
蒼真が答えると、結衣は箸を止めた。
「お父さんは、人を疑わなさすぎ」
「最初から決めつけるよりはいいでしょ」
「お母さんは、どう思う?」
美咲は味噌汁を一口飲んでから、結衣の顔を見た。
「結衣が毎日その子の話をする方が気になる」
結衣の顔が、少し赤くなる。
「そういう意味じゃないから」
「私は何も言ってないよ」
「言ってるのと同じじゃん」
蒼真は黙って焼き魚を食べた。
ここで何か説明すれば、また結衣から朝のように面倒くさいと言われるかもしれない。
「お父さん、何で黙ってるの?」
「何を言っても怒られそうだから」
「今日は分かってるじゃん」
結衣が笑う。
蒼真も、少し笑った。
家の中では、敵の動きを読まなくてもいい。
何を言えば正しいのか分からない時は、分からないまま笑っていてもよかった。
*
夜。
蒼真は、家族が寝静まってから日記を開いた。
玄関に並べられていた紙の三機は、今は居間のテーブルへ移されている。白い三浦機と紫色のリポルが、灰色のノストスを左右から支えていた。
蒼真は日付を書き、採掘場で起きたことを思い返しながらペンを動かした。
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六月三十日。
閉鎖された石灰石採掘場で、第一中隊と合同任務を行った。
今回は民間人の救助ではなく、確認された敵性個体を排除するための計画討伐だった。
現場には中型二体と小型十三体がいた。第一中隊と第三中隊で、すべて排除した。
第一中隊の一機が大きく損傷したが、搭乗者の怪我は右肩の打撲だけだった。機体も基地へ持ち帰ることができた。
二個中隊、全十機が帰還した。
第一中隊長の三浦一尉は、中型二体と小型五体を倒した。撃破数のエースと呼ばれている。
敵を倒すまでの判断が速かった。
何をすれば敵が止まるのかを、自分が考えるより早く決めているように見えた。
自分とは、見ているものが違う。
三浦一尉は敵を見ていた。
自分は坂道と、第一中隊の損傷機と、第三中隊の位置を見ていた。
どちらが正しいということではないと思う。
三浦一尉が敵を止めてくれると分かっていたので、自分は損傷機を助けに行くことができた。
三浦一尉からは、自分が損傷機を助けると分かっていたので、敵を止めることに集中できたと言われた。
相性がいいらしい。
合同任務が増えそうなので、少し困る。
ただ、今日の任務で置いてきた人も機体もなかった。
それは、よかった。
家に帰ると、昴が白い紙の機体を作っていた。
ばんばんする人らしい。
多分、三浦一尉だと思う。
紙の三浦機とリポルが、怪我をしたノストスを一緒に起こしていた。
実際とは少し違うが、訂正しなかった。
今日は、余裕があったと思う。
以上。
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日記を閉じると、寝室から美咲の声が聞こえた。
「蒼真、まだ?」
「今行く」
「今日は戻ってる?」
美咲が尋ねているのは、家に帰ったかどうかではない。
「戻ってると思う」
「自分で分かるようになったの?」
「少しだけ」
「じゃあ、早くこっちへ来て」
「うん」
蒼真は立ち上がり、紙の三機を倒さないようにテーブルの奥へ移した。
白い三浦機。
紫色のリポル。
灰色のノストス。
昴の中では、誰が表のエースで、誰が裏のエースなのかは決まっていない。
怪我をした一機を、残る二機が助ける。
それだけだった。
蒼真には、その方が分かりやすかった。
*
同時刻。
中央戦術支援統合網の非公開解析領域では、石灰石採掘場における二個中隊の戦闘記録が解析されていた。
第一中隊長、三浦直人が当該任務で排除した敵性個体は七体。交戦開始から敵性個体を停止させるまでの平均時間は、部隊内の最短値を記録している。
橘蒼真が直接排除した敵性個体は、一体もいない。
それにもかかわらず、三浦の撃破効率は過去の平均より二三パーセント上昇していた。
橘蒼真が敵性個体の進路を退避路から外し、第三中隊が坂道を維持したことで、第一中隊は後方の警戒へ割く時間を減らしている。三浦直人は、それまで以上に敵性個体の排除へ集中できた。
同時に、第一中隊の損傷機は放棄されることなく、搭乗者とともに回収されている。
表のエースは、敵を倒すことで戦場を終わらせる。
裏のエースは、表のエースが戦える状態を維持し、その周囲にいる者を帰還させる。
両者が同じ現場へ投入された場合、撃破効率と帰還率は同時に上昇する。
この結果は、軍上層部が抱き始めた疑問を強めるものだった。
橘蒼真を支援配置ではなく前線へ置いた場合、撃破数と損耗率はどのように変化するのか。
前線運用評価の必要性が、再び上昇した。
本人は、三浦直人との合同任務が増える可能性を嫌がっている。戦闘への高揚は確認されず、敵性個体の排除数にも関心を示していない。
一方で、全十機が帰還したことに対する満足は明確に確認された。
非公式呼称《裏エース》は、撃破数エースとの合同任務記録において、初めて評価上の意味を持った。
観察を継続する。
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第四十九話 終
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