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第二十四話 数字

四月十五日。


朝。


蒼真が目を覚ました時、最初に感じたのは重さだった。


胸の上に何かが乗っている。


何か。


ではない。


確認しなくても分かる。


ここ数日で、すっかり覚えた重さだった。


ゆっくり目を開けると、昴が蒼真の胸の上で眠っていた。


身体を横向きにして、頬を寝間着へ押しつけている。片腕は蒼真の首の脇へ伸び、もう片方の手は服を握っていた。


昨日の朝は自分の布団で眠っていた。


今日は戻ったらしい。


何時に来たのかは分からない。


蒼真は昴の背中へ手を置いた。


小さく上下している。


眠っている。


「重い……」


声に出す。


すると隣から返事があった。


「昨日は、いなくて寂しいって言ってたでしょ」


美咲だった。


まだ横になっている。


目だけを開け、こちらを見ていた。


「言った」


「良かったじゃない。帰ってきたよ」


「重いのと、いてほしいのは別だから」


「面倒ね」


「昨日も言われた」


「今日も言う。面倒」


「昴、何時に来た?」


「三時くらい。私、一回起きたから」


「戻してくれてもよかったのに」


「戻したよ」


「戻した?」


「その後、また来たの。二回目は知らない。自分でどうにかして」


「寝てるから無理だよ」


「昴は寝ながら来られるんだから、お父さんも寝ながら戻せば?」


「難易度が違う」


美咲が小さく笑った。


その声に反応したのか、昴が少し動く。


蒼真の寝間着を握る手が強くなった。


「起こした?」


「あなたが喋ったからでしょ」


「美咲も喋ってた」


「最初に喋ったのは蒼真」


「重かったから」


「じゃあ降ろしなさい」


蒼真は少し考えた。


降ろせばいい。


両脇へ手を入れて、そのまま横の布団へ移せば済む。


でも。


昨日は。


いなかった。


「……もう少しこのままでいい」


美咲が呆れた顔をした。


「本当に面倒ね」


「分かってる」


「昨日の夜よりは、顔が普通になった」


「そう?」


「うん」


美咲が身体を起こした。


寝癖で、髪が少し跳ねている。


蒼真はそれを見る。


「髪」


「何」


「跳ねてる」


「朝だから」


「結衣には言うのに」


「私はいいの」


「何で」


「直すから」


美咲はそう言ってから、蒼真の右肩を見た。


そこへ手が伸びる。


寝間着越しに触れた。


昨日。


何度も触れた場所。


ノストスが傷を受けた右肩。


蒼真自身には、何もない。


痣もない。


痛みもない。


「本当に、何ともない?」


「ないよ」


「昨日の夜も聞いたけど」


「今日もない」


「変な感じは?」


「ない」


「夢は?」


「見てないと思う」


「眠れた?」


「昴が来るまでは」


「それは昴のせいにしないで」


「実際、重いから」


「じゃあ降ろしなさい」


話が。


戻った。


蒼真は笑った。


「美咲」


「何?」


「昨日、ありがとう」


美咲はすぐには返事をしなかった。


右肩へ置いた手が、そのまま残っている。


「何が?」


「話を聞いてくれたから」


「妻だから」


「それだけ?」


「それだけじゃ嫌?」


「昨日、仕事だからって言ったら便利だって言われたから」


美咲が笑った。


「覚えてたのね」


「覚えてるよ」


「じゃあ、それだけじゃない」


「何?」


「聞きたかったから聞いたの」


「嫌じゃない?」


「嫌よ」


「どっち?」


「あなたが危ない目に遭った話を聞くのは嫌。でも、何があったか分からないままなのはもっと嫌。それに、あなた一人で分からない分からないって悩んでる方が嫌」


「三つとも嫌なんだ」


「そう」


「選択肢がない」


「あるじゃない」


「何?」


「何も起きずに帰ってくる」


「それが一番いいね」


「でしょ?」


美咲が右肩から手を離した。


その時。


胸の上の昴が動いた。


目を開ける。


ぼんやりと蒼真を見る。


「おはよう」


「……おはよ」


「今日はこっちに来たね」


「うん」


「重いよ」


昴の顔が少し険しくなる。


「おもくない」


「重い」


「おもくない」


「昨日より重くなってる」


「なってない!」


完全に起きた。


美咲が吹き出した。


「朝から喧嘩しないの」


「お父さんが、昴が重いって」


「おもくない!」


「じゃあ体重計乗る?」


「や!」


「増えてるかもしれない」


「や!」


昴が蒼真の胸から降りた。


逃げる。


自分の布団へ行く。


丸くなる。


「降りた」


美咲が言う。


「降りたね」


「寂しい?」


「少し」


「もう知らない」


美咲が布団から出た。


昴も、その後を追う。


寝室に。


蒼真だけが残った。


「……僕も起きるか」


返事はない。


家では。


誰も。


最後まで付き合ってくれないこともある。


それも。


普通だった。



朝食の途中。


結衣が蒼真を何度か見ていた。


最初は気のせいだと思った。


二回目。


三回目。


まだ見る。


「何?」


蒼真が聞く。


「別に」


「さっきから見てる」


「見てない」


「見てるよ」


「お父さんが見てるからでしょ」


「最初に見てたのは結衣」


「証拠は?」


「見たから」


「弱い」


「何が」


「証拠として」


蒼真は味噌汁を飲む。


結衣はパンではなく、今日はご飯だった。


美咲が朝から焼いた鮭を少しずつ崩している。


「聞きたいことがあるなら聞けば?」


美咲が言った。


結衣が少し迷う。


「今日、乗るの?」


やっぱり。


昨日のことだった。


「今日は乗らないと思う」


「思う?」


「予定では報告と確認。ノストスは修理」


「昨日のところ?」


「右肩」


「一日で直るの?」


「外側の装甲を交換するだけなら」


「中は?」


「大丈夫だった」


「どうして分かるの?」


「牧野さんが確認したから」


「牧野さん?」


「整備の人」


「女の人?」


「そう」


「何歳?」


「知らない」


「綺麗?」


美咲が結衣を見る。


蒼真も結衣を見る。


「何でそこを聞くの」


「ただ聞いただけ」


「知らない」


「見てるのに?」


「整備してるところは見てる」


「顔」


「顔も見てるよ」


「じゃあ分かるでしょ」


蒼真は考えた。


牧野の顔。


分かる。


当然。


何度も会っている。


でも。


綺麗かどうか。


考えたことがない。


「仕事ができる人」


結衣が笑った。


美咲まで笑った。


「何?」


蒼真が聞く。


「お父さんらしい」


「質問に答えたよ」


「答えてない」


「仕事ができる」


「綺麗か聞いたの」


「基準が分からない」


「お母さんは?」


「綺麗だよ」


即答。


美咲が止まる。


結衣も止まる。


蒼真は二人を見る。


「何?」


「……そこはすぐ答えるんだ」


結衣が言った。


「分かるから」


「へえ」


美咲が少し笑っている。


「何?」


「何でもない」


「ならいいけど」


蒼真は鮭を食べる。


今日の魚は。


分かる。


鮭。


「お父さん」


結衣がもう一度言う。


「昨日のこと、今日も聞かれる?」


「多分」


「何でできたか?」


「うん」


「分かった?」


「まだ」


「じゃあ何て言うの?」


「分かりませんって」


「それで怒られない?」


「怒られることではないと思う」


「でも仕事でしょ?」


「仕事だから、分からないことを分かったって言ったら駄目なんだよ」


結衣は箸を止めた。


「学校と逆だね」


「逆?」


「分かりませんって言ったら、勉強してこいって言われる」


「それは、答えがあるからじゃない?」


「お父さんのはないの?」


「まだ見つかってない」


「なら勉強すれば?」


「何を?」


「昨日のお父さん」


その答えに。


蒼真は少し驚いた。


美咲も。


結衣を見ている。


結衣本人は、自分が何か特別なことを言ったとは思っていないらしい。


普通に鮭を食べ始める。


「そうだね」


蒼真が言った。


「今日はそれをやるんだと思う」


「じゃあ勉強じゃん」


「そうかもしれない」


「テストある?」


「ないと思う」


「いいなあ」


「ノストスの右肩が削れるテストだったけど」


「それは嫌」


「僕も嫌」


美咲が口を挟む。


「もう削らないでよ」


「今日は乗らない」


「今日だけじゃなくて」


「それは約束できない」


「分かってる」


美咲の答えは早かった。


前なら。


そこで。


少し止まったかもしれない。


今は。


蒼真が約束できないことを。


美咲も知っている。


「じゃあ」


美咲が言った。


「削ったら連絡」


「機体を?」


「あなたも」


「僕が削れたら病院だよ」


「そういう言い方しない」


「ごめん」


「あと、帰る時間」


「今日は六時」


「予定?」


「予定」


「遅れるなら」


「連絡する」


結衣も口を開く。


「充電」


「満タン」


「予備」


「ある」


「よし」


何の確認なのか。


分からない。


でも。


これをすれば。


二人が少し安心する。


なら。


それでいい。


昴は食事よりも、テーブルの横に置いた紙のノストスを気にしていた。


昨日。


右肩に透明なテープを何重にも巻いた機体。


「ぱぱ」


「何?」


「のすとす、なおる?」


「今日直るよ」


「かえってくる?」


「格納庫には」


「おうち?」


「家には来ない」


「なんで?」


「大きいから」


「おそと」


「外にも置けないよ」


「なんで?」


「道路には置けないから」


「なんで?」


始まった。


蒼真は。


一つずつ。


答えた。


美咲と結衣は。


途中から。


笑っていた。



午前八時四十五分。


第三中隊基地。


格納庫に入ると、ノストスは整備架台に固定されていた。


右肩の外装はすでに取り外され、内部フレームが露出している。三本の爪痕が残った装甲は、作業台の横へ立てかけられていた。


昨日の戦闘が幻ではなかったことを、その傷だけが静かに証明していた。


牧野は作業台の前にいた。


髪を後ろでまとめ、端末に表示された部品番号と取り外した装甲の識別番号を照合している。蒼真が近づくと、一度だけ顔を上げた。


「おはよう」


「おはようございます」


「体調」


「問題ありません」


「肩」


「痛くありません」


「聞いてない」


「昨日から皆に聞かれるので」


牧野は小さく息を吐いた。


「機体の肩」


「すみません」


「交換する」


「はい」


会話は短い。


その代わり、牧野は端末を蒼真へ向けた。


外装損傷。


八・一パーセント。


内部フレーム損傷。


〇。


右肩駆動部。


正常。


救助用補助アーム。


正常。


配線。


正常。


センサー。


正常。


交換部品一覧。


作業予定時間。


四時間二十分。


必要な情報が、すべて並んでいる。


「午後には戻せる」


「分かりました」


「今日は乗るな」


「予定はありません」


「ならいい」


牧野は作業へ戻った。


その横。


爪痕の残った外装。


蒼真は少しだけ見た。


昨日。


自分が選んだ場所。


なぜ。


そこだったのか。


まだ。


分からない。


「橘」


背後から声。


神代だった。


「はい」


「会議室」


「了解」



会議室には、神代、片瀬、安西、御堂がいた。


昨日の戦闘に参加した第三中隊の四人。


蒼真が入る。


安西は椅子へ深く座っていた。腕を組み、端末を机へ置いている。ベテランという言葉より、長く現場に居続けた人間特有の疲れ方が似合う男だった。


御堂は隣。


「主役来た」


片瀬がすぐに言う。


「違う」


御堂。


「早いな」


「何が」


「否定」


「事実です」


神代が端末を開いた。


「始める」


それで。


全員が静かになった。


大型表示へ昨日の記録が出る。


午前十一時十七分。


安西機。


正面個体。


右後方。


別個体。


ノストス。


後方。


映像。


再生。


蒼真は自分の動きを見る。


昨日と同じ。


何度見ても。


自分が操作したようには見えなかった。


だが。


記録上。


すべて自分だった。


神代が止める。


「安西」


「警戒不足」


「片瀬」


「東側個体を追い過ぎた」


「御堂」


「西からの寄せが遅い」


「橘」


少し。


間。


「判断不能」


安西が蒼真を見る。


御堂も見る。


片瀬は何も言わなかった。


神代。


「理由」


「判断した記憶がない部分があります」


「操作」


「自分です」


「結果」


「記録通りです」


神代は再生する。


補助アーム。


敵脚部。


捕捉。


〇・三秒。


御堂機。


射線。


敵。


移動。


爪。


右肩。


接触。


安西機。


杭撃ち。


停止。


神代が止める。


「牧野」


会議室の端。


いつの間にか入っていた牧野が答える。


「入力正常」


「補助」


「なし」


「機体」


「正常」


「損傷」


「八・一」


神代は表示を切り替えた。


第三中隊。


過去十二か月。


実戦時機体損傷率。


平均。


三十・四。


次。


支援機。


実戦投入時。


平均。


十八・七。


次。


ノストス。


昨日。


八・一。


数字だけが。


並ぶ。


「低いな」


安西。


「低いですね」


片瀬。


御堂が蒼真を見る。


「節約家?」


「違うと思います」


「八パーだぞ」


「支援機なので」


安西が眉を寄せた。


「前にいたろ」


「短時間です」


「食らったろ」


「一回です」


「それで八だ」


「はい」


「だから低い」


蒼真は数字を見る。


確かに。


比べれば。


低い。


だが。


昨日の戦闘時間は短い。


前衛にいた時間も短い。


撃破数。


零。


神代が口を開く。


「評価は保留」


全員が向く。


「一例だ」


片瀬。


「同意します」


安西。


「俺も」


御堂。


「運かも」


神代。


「それでいい」


蒼真は。


少し安心した。


理由は。


自分でも分かった。


偶然。


それなら。


説明しなくていい。


神代が続ける。


「ただし記録する」


「はい」


「次も見る」


「はい」


それで。


会議は終わった。



管理局へ戻ったのは午前十一時を少し過ぎた頃だった。


昨日の現場に関する管理局側の報告書はすでに仮集約されており、蒼真の端末には追記事項が十三件届いていた。作業中断時刻、退避完了時刻、敵性個体確認位置、設備会社側の機材放棄、消防配置、再開条件。


戦闘そのものより、こちらの方が文章は多い。


管理局にとって重要なのは、何体倒したかではない。


何人が現場にいて。


どこに配置され。


いつ止め。


どの経路で退避し。


誰も取り残さなかったか。


蒼真は昨日の記録を一つずつ照合していった。


作業員。


二十六名。


消防。


八名。


管理局。


六名。


退避開始。


十一時十八分。


最終退出。


十一時二十四分。


負傷者。


なし。


人的損失。


なし。


作業機材。


二点放棄。


設備損傷。


軽微。


再開。


未定。


そこまで入力したところで。


横から声がした。


「橘」


佐伯だった。


元の部署。


以前。


蒼真がまだ現場と搭乗の間を行き来していなかった頃から知っている。


「はい」


「昨日、出た?」


「出ました」


「乗った?」


「乗りました」


「戦った?」


「少し」


佐伯は。


しばらく黙った。


「少し?」


「救援です」


「怪我」


「ありません」


「機体」


「八・一パーセント」


「低いね」


「支援機なので」


佐伯は。


穏やかな顔のまま。


蒼真を見る。


「それ、誰かに怒られなかった?」


「安西さんに」


「だろうね」


「何で分かるんですか」


「僕でも言いたくなったから」


佐伯は自分の端末を持ったまま、蒼真の画面を見る。


人的損失。


なし。


負傷者。


なし。


「良かった」


「はい」


「それだけ」


佐伯は戻ろうとする。


蒼真が呼び止める。


「佐伯さん」


「何?」


「聞かないんですか」


「何を?」


「戦闘」


佐伯は少し考えた。


「聞いてほしい?」


「いや」


「じゃあ聞かない」


「そうですか」


「でも」


佐伯が止まる。


「帰ってきたら言って」


「何を」


「帰ってきたって」


美咲。


結衣。


似たことを。


言う。


「分かりました」


「連絡はいらないよ」


「どちらですか」


「職場で見れば分かる」


「確かに」


「そういうところだよ」


何が。


そういうところなのか。


聞く前に。


佐伯は戻った。



午後。


危機管理部門から三人が来た。


藤堂。


久賀。


森下。


目的は、昨日の現場における退避判断と、戦闘発生時の管理局側の動きを確認するためだった。


三人とも同じ部署だが、見る場所が違う。


藤堂は事前計画と実際の行動との差を追う。


森下は、判断に使用した情報と、その情報が正しかったかを追う。


久賀は。


結果から逆へ。


逃げ道を塞ぐように。


事実だけを追う。


会議室。


資料。


昨日の現場図。


藤堂。


「退避判断」


蒼真。


「敵性個体確認後」


森下。


「それ以前は」


「作業継続可能」


久賀。


「根拠」


「敵性反応なし。振動一定。設備由来の可能性が高い」


「確定」


「していません」


「なぜ継続」


「即時危険を示す情報がなかったため」


「結果」


「敵性個体出現」


「判断誤り」


蒼真は少し考えた。


「違います」


久賀。


「理由」


「確認できなかった危険と、確認後の危険は別です」


久賀は黙る。


藤堂が蒼真を見る。


森下も。


久賀。


「記録する」


「はい」


それだけ。


久賀は本当に。


感情を入れない。


責めているわけでもない。


褒めてもいない。


ただ。


穴があるなら。


そこへ指を入れる。


藤堂が次を聞く。


「退路」


「南側」


「変更」


「なし」


森下。


「最終確認」


「十一時十二分」


「敵確認」


「十一時十七分」


「五分」


「はい」


森下が頷く。


「十分」


藤堂も記録。


久賀。


「橘さん」


「はい」


「救援」


「第三中隊長の指示」


「管理局任務」


「後方支援」


「逸脱」


「一時的に」


「誰が許可」


蒼真は。


止まった。


神代。


救援を頼む。


戦闘時。


現場指揮。


第三中隊。


だが。


管理局側の任務。


「第三中隊長です」


「権限」


「戦闘時指揮」


「支援機運用」


「含まれます」


「確認済み?」


「……事後に」


久賀は。


端末へ入力した。


それだけ。


藤堂が少し困った顔をする。


森下は口元だけ笑う。


「怖いでしょう」


森下が言った。


「はい」


蒼真。


久賀が顔を上げる。


「何がですか」


森下。


「久賀さん」


「なぜ」


「本人が分かってないのが一番怖いんですよ」


「必要事項を確認しています」


「そういうところです」


「意味が分かりません」


藤堂が。


少しだけ。


視線を逸らした。


笑いを隠したように見えた。


久賀は気にしない。


次の資料。


「損傷率」


「八・一」


「低い」


「支援機なので」


三人。


黙った。


藤堂。


「橘さん」


「はい」


「それ、基地でも?」


「言いました」


森下が笑った。


「でしょうね」


久賀。


「前衛平均」


「三十・四」


「支援平均」


「十八・七」


「今回」


「八・一」


「低い」


「はい」


「以上」


終わった。


蒼真には。


なぜ。


最後だけ確認されたのか。


分からなかった。



午後六時二十二分。


帰宅。


玄関を開ける。


「ただいま」


今日も。


最初に来たのは昴だった。


廊下を走り。


蒼真の前で止まる。


そして。


右肩を見る。


「なおった?」


「お父さん?」


「のすとす」


「直ったよ」


「みた?」


「見た」


「かた?」


「新しくなってた」


「いたくない?」


「大丈夫」


昴は。


そこで満足した。


蒼真の脚へ抱きつく。


少し遅れて、美咲が台所から出てきた。


「おかえり」


「ただいま」


「今日は予定通り?」


「少し遅れた」


「六時って言ってた」


「二十二分」


「それを遅れたって言うの」


「予定よりは」


「連絡するほどじゃないでしょ」


「しようと思った」


「二十二分で?」


「朝、遅れるならって」


美咲は。


少し困った顔をした。


「蒼真」


「何?」


「あなた、たまに極端なのよ」


「連絡しない方がよかった?」


「違う。二十分くらいならいいの」


「何分から?」


「そういう話じゃない」


「基準がないと」


「家族に基準を求めないで」


「難しい」


美咲が笑った。


「おかえり」


もう一度。


「ただいま」


「ノストスは?」


「直った」


「肩?」


「交換した」


「昨日と同じ?」


「少し色が違った」


「嫌?」


「全然」


「あなたはそうでしょうね」


「何で?」


「車に傷がついても気にしない人だから」


「走ればいいから」


「ほら」


居間から結衣。


「お父さん」


「何?」


「今日、勉強した?」


朝の話。


覚えていた。


「したよ」


「昨日のお父さん?」


「うん」


「分かった?」


「分からなかった」


「勉強したのに?」


「一日では無理だった」


「何が分からないの?」


蒼真は制服の上着を脱いだ。


美咲が受け取る。


そのまま。


居間。


食卓。


まだ夕食前。


家では。


短く答える必要はない。


蒼真は。


今日あったことを。


最初から話した。


ノストスの内部には損傷がなかったこと。


右肩の装甲を交換したこと。


昨日の映像を、第三中隊全員で見直したこと。


安西も。


片瀬も。


御堂も。


神代も。


それぞれに失敗があったこと。


自分だけが。


なぜできたのか。


分からなかったこと。


そして。


数字。


「三十パーセント?」


美咲が聞いた。


「前衛機の平均」


「それって、毎回そんなに壊れるの?」


「平均だから毎回ではないよ。もっと壊れる時もあるし、ほとんど壊れない時もある」


「じゃあ十八パーセントは?」


「支援機」


「あなたは?」


「八・一」


美咲は。


右肩を見る。


「低いんだ」


「低いらしい」


「らしい?」


「戦ってた時間が短いから」


結衣が口を挟む。


「でも傷ついたんでしょ?」


「うん」


「お父さんがそこに当てたんでしょ?」


「結果として」


「またそれ」


美咲。


「今日は皆に言われた」


「何を?」


「支援機だからって言うなって」


結衣が笑った。


「何回言ったの?」


「四回くらい」


「何で同じこと言うの」


「事実だから」


「怒られた?」


「安西さんには」


「どんな人?」


「おっさん」


蒼真が答えた。


美咲が。


少し驚いた顔をする。


「珍しい」


「何が?」


「あなたが人をおっさんって言うの」


「本人も多分気にしない」


「何歳?」


「知らない」


「また知らない」


「仕事で年齢聞かないよ」


「まあ、そうだけど」


結衣。


「怖い人?」


「いや」


「優しい?」


「多分」


「仲いい?」


蒼真は考えた。


「助けた」


「それ、仲いいとは違うでしょ」


「そうか」


「お父さん、人間関係大丈夫?」


「仕事はできてる」


「心配になってきた」


美咲が笑う。


蒼真も。


少し笑う。


しばらくして。


美咲が聞いた。


「八パーセントだったこと、嬉しくないの?」


「壊れなかったのは嬉しいよ」


「そうじゃなくて。上手だったってこと」


蒼真は。


少し時間を置いた。


「上手だったのかな」


「違うの?」


「分からない」


「また?」


「うん」


昨日と。


同じ。


でも。


昨日ほど。


苦しくはない。


「一回だから」


蒼真が続ける。


「一回だけなら、偶然かもしれない。たまたま脚を掴めた。たまたま御堂さんの射線へ入った。たまたま右肩だけで済んだ。それなら説明できる」


「全部たまたま?」


「そうかもしれない」


結衣が言う。


「じゃあ、次もできたら?」


「その時考える」


「またできたら?」


「その時も考える」


「ずっと?」


「分かるまで」


美咲が。


少し笑った。


「それでいいんじゃない」


「いいの?」


「昨日よりいい顔してるから」


「顔?」


「昨日は、自分が自分じゃないみたいって顔してた」


「今日は?」


「分からないものを分からないって言ってる顔」


「違う?」


「私には」


美咲は。


蒼真の右肩へ触れた。


また。


そこ。


「八パーセントしか壊さなかったんでしょ?」


「うん」


「なら今日は、それでいい」


「褒めてる?」


「ノストスを」


「僕は?」


「帰ってきたから、それでいい」


「評価が低い」


「十分高い」


「そう?」


「私の評価は、帰ってくると高いの」


結衣も言う。


「私も」


昴。


意味も分からず。


「ぼくも!」


三人。


同じ。


蒼真は。


少し笑った。


数字。


職場では。


八・一。


三十・四。


十八・七。


比較される。


家では。


帰った。


帰らなかった。


それだけ。


蒼真には。


そちらの数字の方が。


分かりやすかった。



夜。


日記。


---


四月十五日。


第三中隊基地。


ノストス。


右肩外装交換。


内部損傷なし。


稼働可能。


昨日の戦闘記録確認。


第三中隊。


神代隊長。


片瀬さん。


安西さん。


御堂さん。


参加。


ノストス損傷率。


八・一パーセント。


前衛機平均。


三十・四パーセント。


支援機平均。


十八・七パーセント。


評価。


保留。


理由。


実戦一回。


管理局。


現場報告。


退避完了。


負傷者なし。


人的損失なし。


設備損傷軽微。


危機管理。


藤堂さん。


久賀さん。


森下さん。


聞き取り。


戦闘時救援行動。


第三中隊長指示。


支援任務から一時前進。


損傷。


八・一パーセント。


帰宅。


十八時二十二分。


以上。


---


日記を閉じた。



同時刻。


中央戦術支援統合網。


非公開解析領域。


対象。


橘蒼真。


機体。


FW-S09。


ノストス。


実戦回数。


一。


当該戦闘。


機体損傷率。


八・一パーセント。


比較対象。


前衛機平均損傷率。


三十・四パーセント。


支援機平均損傷率。


十八・七パーセント。


平均との差。


大。


戦闘参加時間。


短。


被弾回数。


一。


被弾部位。


右肩外装。


内部損傷。


なし。


完全回避可能性。


あり。


完全回避。


未選択。


味方機への攻撃軌道。


回避行動実施時。


接触可能性上昇。


選択行動。


自己機外装による受撃。


結果。


味方機損傷。


なし。


自己機損傷。


軽微。


人的損失。


なし。


判断評価。


最適。


操縦補助。


なし。


予測表示。


なし。


入力主体。


搭乗者。


評価上の問題。


実戦標本数。


不足。


単一事例による技能判定。


不適切。


偶発性。


排除不能。


ただし。


複数入力の同時最適化。


移動経路。


補助アーム展開。


敵進行方向変更。


味方射線利用。


被弾部位選択。


偶発一致確率。


低。


既存評価。


エース適性。


上昇。


確定判定。


保留。


必要情報。


追加実戦記録。


追加支援記録。


損傷率推移。


生還率推移。


味方損傷率推移。


観察。


継続。


本人通知。


不要。


---


評価。


一回では。


判断不能。

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