第十八話 空いた机
九月十一日。
出勤すると、俺の端末に未処理の通知が一件もなかった。
故障ではないかと思った。
画面を閉じる。
開く。
再起動する。
変わらない。
受信箱。
未処理、ゼロ。
確認待ち、ゼロ。
緊急、ゼロ。
昨日まで残っていた旧北部配電所の設備照会も消えている。
「藤堂さん」
呼ぶと、工具箱の中を整理していた藤堂が顔を上げた。
「はい」
「旧北部配電所の照会は」
「終わりました」
「いつですか」
「昨日の午後です」
「昨日?」
「橘さんが審査課へ行っている間に」
藤堂は工具箱から小型測定器を取り出し、仕切りへ収める。
「設備会社へ改修履歴を確認しました。図面の更新漏れだったので、最新図面を受領して記録へ添付しています」
「第三中隊への共有は」
「済んでいます」
「消防は」
「久我さんが」
視線を向ける。
久我は二台の端末を並べ、片方で通話しながら、もう片方へ文字を入力していた。
「はい。午前十時の現地確認は予定通りです。立入範囲については、昨日お送りした図面の赤枠内のみです」
通話を終える。
「旧北部配電所ですか」
「消防への連絡は」
「昨日済ませました。今朝、責任者の変更があったので、確認し直したところです」
「警察は」
「保全解除済みです」
「自治体側は」
「午後の復旧会議へ資料を送付しています」
答えが早い。
「誰の確認で送ったんですか」
「課長です」
久我が答える。
「橘さんは審査課にいましたので」
「戻ってから確認できました」
「待つ必要がありませんでした」
正しい。
だが、何か落ち着かない。
「森下さん」
壁際で防護具を点検していた森下が、ヘルメット越しにこちらを見る。
「はい」
「現地の安全評価は」
「更新済みです」
「いつ」
「午前七時四十八分」
「出勤前では」
「早番です」
森下はヘルメットを棚へ戻す。
「第三中隊の夜間走査、消防の可燃性ガス測定、昨日の降雨量を反映しました。危険度は三から二へ変更。地下二層だけは三のままです」
「理由は」
「排水状況が確認できていません」
「現地確認で」
「藤堂さんが設備会社へ依頼済みです」
藤堂が手を上げる。
「午前の確認で見ます」
俺は自分の端末へ戻った。
何もない。
正確には、何もないわけではない。
共有記録。
設備図面。
危険度評価。
会議資料。
すべて閲覧できる。
だが、俺が処理する必要のある項目がない。
「何か問題がありますか」
久我が聞く。
「ありません」
「では」
久我は自分の端末へ戻る。
藤堂も工具箱を閉じる。
森下は防護服の点検表へ印を付ける。
三人とも、こちらの指示を待っていない。
以前は、端末が鳴るたびに俺の顔を見ていた。
何を調べるか。
誰へ連絡するか。
どこまで確認するか。
一つずつ聞いてきた。
今は違う。
三人の間で短い言葉が飛ぶ。
「北部配電所、排水系統だけ未確認です」
「消防へ共有します」
「地下二層は長靴ではなく防水装備」
「設備側にも伝えます」
「鍵の受領者は」
「現地責任者」
「予備は」
「なし」
会話が終わる。
俺が入る隙がない。
「橘さん」
藤堂が呼ぶ。
ようやく仕事かと思い、顔を上げる。
「何ですか」
「そこにある灰色の測定器、取ってもらえますか」
机の横に置かれた箱から、測定器を取る。
「これですか」
「それです。ありがとうございます」
渡す。
終わり。
午前八時五十三分。
出勤してから、まだ二十分も経っていない。
俺がした仕事は、端末の再起動と測定器を渡したことだけだった。
*
九時を過ぎても、状況は変わらなかった。
新しい照会が入る。
南部貯水施設。
地下配管区画での異音。
藤堂が受ける。
保守記録を検索。
過去の故障履歴を確認。
設備会社へ連絡。
久我が消防と自治体へ通知。
森下が周辺の敵性反応と地盤記録を調べる。
「配管の伸縮音と思われます」
藤堂。
「断定はしないでください」
久我。
「分かっています。現地確認を推奨します」
「本日午後、消防の空きがあります」
「第三中隊は」
森下が端末を見る。
「巡回経路を二十分変更すれば、外周確認可能です」
「では依頼します」
「誰が現地へ」
一瞬。
三人の視線が俺へ向いた。
仕事が来た。
そう思った。
「俺が行きます」
立ち上がる。
だが、久我が首を横へ振った。
「設備会社の担当者と消防だけで確認可能です」
「敵性個体の侵入履歴があります」
「最終確認は二週間前です」
森下が答える。
「現在の危険度は一。第三中隊の外周確認も入ります。行政側の現地立会いは不要です」
「ですが、異音の原因が別にあれば」
「その場合は、現地から連絡を受けます」
「誰が判断しますか」
「設備異常なら設備会社。火災危険なら消防。敵性反応なら第三中隊です」
久我の言葉には隙がない。
「複数にまたがる場合は」
「その時点で連携調整班が対応します」
「現地にいなくても?」
「現時点では、いる必要がありません」
間違っていない。
現場へ行くことそのものが仕事ではない。
必要のない立会いを増やせば、移動時間と人員を浪費する。
「分かりました」
座る。
三人は再び作業へ戻った。
俺だけが、手を置く場所を探した。
*
補償審査の共有箱を開く。
新規申請、二十三件。
休業補償。
住居損壊。
移転費用。
医療費。
見慣れた分類が並んでいる。
一件目を開く。
特殊区域周辺の商店。
避難命令により七日間休業。
証明書類は揃っている。
計算も難しくない。
担当者欄には佐伯の名前が入っていた。
画面を閉じる。
別の案件を開く。
こちらは新任審査官の名前。
三件目。
佐伯。
四件目。
新任。
すべて担当が決まっている。
それでも、手伝えることはある。
資料確認。
計算補助。
不足書類の洗い出し。
俺は佐伯の席へ向かった。
審査課は、以前より机が一列増えていた。
見慣れない顔が二人。
一人は申請書を読み込み、もう一人は佐伯から説明を受けている。
「佐伯さん」
声を掛けると、佐伯は嫌そうではないが、歓迎もしていない顔をした。
「どうしました」
「手が空きました」
「そうですか」
「新規案件を」
「駄目です」
早い。
「まだ最後まで言っていません」
「新規案件を持ちたい、でしょう」
「手伝いたい、です」
「同じです」
佐伯は端末を閉じた。
「忙しくないんですか」
「忙しいです」
「では」
「橘さんへ戻すほどではありません」
「二十三件あります」
「四人います」
以前は佐伯を含め二人だった。
「人が増えたんですか」
「先月からです」
「聞いていません」
「橘さんは別部署です」
言葉が刺さる。
「別部署ではありますが、審査官でもあります」
「兼務です」
「資格は残っています」
「資格があっても、担当ではありません」
佐伯の隣にいた若い審査官が、こちらを見た。
紹介されていない。
俺が審査課へ顔を出さなくなった間に入ったのだろう。
「佐伯さんの負担が増えています」
「増えました」
「俺が抜けた分まで」
「最初は」
「今は?」
「仕事を組み直しました」
佐伯は新しい机を示した。
「受付確認を分けました。計算担当を置きました。複雑案件だけ私が見る形にしています」
「俺が戻れば、複雑案件を」
「戻らないでください」
「なぜですか」
「また抜けるからです」
反論できない。
「現場から呼ばれたら、途中でも行くでしょう」
「緊急なら」
「緊急でなくても行きます」
「必要なら」
「だからです」
佐伯の声は強くない。
責めてもいない。
ただ、事実を置いている。
「橘さんへ案件を戻せば、私たちは橘さんがいつ抜けるか考えながら配分しなければなりません」
「予定を共有します」
「現場の予定は急に変わります」
「それでも」
「引き継ぎが終わった案件を、善意で取り返さないでください」
取り返す。
その言葉に引っかかる。
「取り返すつもりはありません」
「では、私たちに任せてください」
佐伯が言う。
「橘さんの分を預かっているわけではありません。今は、私たちの仕事です」
机の向こう。
新しい審査官が、少し緊張した顔でこちらを見ている。
俺がここへ戻れば。
彼らの仕事を減らすのではない。
彼らの担当を奪う。
「困った時は」
「相談します」
「本当に?」
「本当に」
「期限が重なった時は」
「課長へ増員を申請します」
「俺ではなく」
「橘さんではなく」
はっきり言われる。
「分かりました」
審査課を出る。
廊下へ出ると、思っていた以上に落ち込んでいる自分に気づいた。
戻れると思っていた。
元の仕事。
知っている規則。
見慣れた書類。
危険のない机。
そこへ戻ればいいと思っていた。
だが、俺がいない間に、そこも変わっていた。
俺が抜けた穴は、誰かが埋めた。
穴の形に合わせて人を押し込んだのではない。
机を増やし。
仕事を分け。
新しいやり方を作った。
もう、俺の席はなかった。
*
連携調整班へ戻る。
藤堂はいない。
北部配電所へ出たらしい。
久我は会議室。
森下は安全備品倉庫。
部屋には俺しかいない。
机が四つ。
端末が四台。
椅子が四脚。
自分の机へ座る。
何も鳴らない。
共有記録を開く。
北部配電所。
現地到着。
消防と合流。
排水設備、正常。
地下二層、浸水なし。
藤堂が短い報告を送っている。
俺が聞くべきことは。
排水ポンプの予備電源。
非常口の閉鎖状態。
地下照明の復旧可否。
入力しようとすると、続報が届く。
予備電源、正常。
非常口、開放確認。
地下照明、復旧作業は翌日。
全部書かれている。
画面を閉じる。
机の上には、何もない。
引き出しを開ける。
筆記具。
未使用の付箋。
予備の電池。
古い現場通行証。
以前は書類で閉まらなかった引き出しが、軽く開く。
「暇か」
課長の声。
入口に立っていた。
「暇ではありません」
「何をしている」
「記録確認です」
「何の」
「北部配電所」
「問題は」
「ありません」
「なら終わりだ」
課長は部屋へ入り、藤堂の机を見る。
「三人は」
「現地、会議、倉庫です」
「お前は」
「記録確認です」
「二回目だな」
俺は黙る。
課長が椅子を引き、向かいへ座った。
「審査課へ行ったか」
「はい」
「戻れと言われたか」
「戻るなと言われました」
「だろうな」
「知っていたんですか」
「佐伯から聞いている」
「では、なぜ止めなかったんです」
「本人に言われないと納得しない」
正しい。
「仕事を減らす人員を入れた結果、本当に減りました」
「良かったな」
「良くありません」
「お前が減らせと言った」
「現場対応と審査を両方抱えるのが問題でした」
「だから分けた」
「分けすぎです」
課長が笑う。
「仕事がないと文句を言うとは思わなかった」
「仕事がしたいわけではありません」
「では何だ」
答えられない。
仕事がしたい。
正確には、役に立っていたい。
だが、それを口にすると、以前課長に言われたことを認めるようで嫌だった。
「俺はこの班で、何をすればいいんですか」
ようやく聞く。
「今は何もしなくていい」
「勤務中です」
「何もしなくていい時間もある」
「ありません」
「ある」
「税金で給与を」
「その話を始めたら帰らせるぞ」
「帰れません」
「なら座ってろ」
課長は立ち上がる。
「班が自分で回るか確認するのも仕事だ」
「もう回っています」
「そうだな」
「では、俺は必要ありません」
言った後で、部屋が静かになった。
課長はすぐに答えなかった。
「そう思うか」
「現状では」
藤堂が設備を処理する。
久我が関係機関を繋ぐ。
森下が安全を整理する。
三人で判断できない場合は課長が決める。
俺が入る場所がない。
「お前がいなくても、この部屋は回る」
課長が言った。
胸の奥が痛む。
自分で望んだことだ。
休んでも回る班。
一人へ依存しない仕組み。
それができた。
「はい」
「だから、お前をここへ置いておく理由が減った」
嫌な言い方だった。
「異動ですか」
「まだだ」
「まだ?」
課長は答えず、部屋を出た。
*
午後二時十七分。
南部貯水施設から緊急連絡が入った。
久我が会議室から戻った直後だった。
『地下配管区画で振動を確認。作業を一時停止しています』
現地の設備会社。
藤堂は北部配電所から移動中。
森下も戻っていない。
俺と久我だけ。
「敵性反応は」
俺が聞く。
久我が第三中隊へ照会を出す。
「現時点でなし」
『消防の測定でもガス、熱源ともに異常ありません』
「振動の間隔は」
『不規則です。三十秒から二分』
「音は」
『低い打撃音に近いです』
「配管内の圧力変動は」
『正常範囲です』
現地から映像が届く。
地下区画。
太い配管。
壁面。
作業員たち。
画面が小さく揺れる。
音は聞こえにくい。
「建物側の振動か、設備側か」
『判断できません』
「作業は」
『停止中です。ただ、復旧工程が遅れています。設備側は、配管の熱伸縮によるものと見ています』
久我が別回線で消防へ確認する。
「消防側は、構造確認が終わるまで継続停止を希望しています」
「第三中隊は」
「敵性反応なし。巡回機一機を外周へ向かわせています」
「構造技術者は」
「到着まで一時間」
一時間。
現場には二十六人。
地下区画にいた作業員は退避済み。
地上では別工程が止まっている。
「全作業を止めていますか」
『地下だけです。地上設備は継続しています』
「地下の振動が構造由来なら、地上も影響を受けます」
『設備会社は影響なしと判断しています』
「消防は」
久我が答える。
「全体停止を提案。ただし、命令権限なし」
「現場責任者は」
『復旧公社の長谷部です』
「長谷部さんの判断は」
『各組織の見解が分かれているため、連携調整班の判断を求めています』
画面の向こうで。
誰も決めていない。
設備会社は、設備上問題なし。
消防は、安全確認まで停止。
第三中隊は、敵性反応なし。
復旧公社は、工程を進めたい。
それぞれ正しい。
だが、全体としてどうするかを決める者がいない。
「地上作業も一時停止してください」
俺は言った。
『根拠は』
現場から問われる。
「振動源が不明です」
『設備側は問題ないと』
「構造由来の可能性が否定されていません」
『構造技術者の到着まで一時間あります』
「その間に何か起きれば遅い」
言葉にしながら、違和感がある。
映像では、振動の強さが分からない。
現場の床がどれほど揺れているのか。
作業員がどんな顔をしているのか。
配管の音が、壁から響いているのか。
端末のスピーカーでは判断できない。
『全体停止には、復旧公社側の承認が必要です』
「長谷部さんへ代わってください」
映像が切り替わる。
作業帽を被った男性。
汗。
苛立ち。
背後では、何人もの作業員が待っている。
『長谷部です』
「橘です。地上作業も停止してください」
『理由は聞きました。しかし、地上設備は地下区画と構造上分離されています』
「図面上は」
『現場でも確認しています』
「振動を感じますか」
長谷部が少し黙る。
『地上では、ほとんど』
「ほとんど?」
『足元で僅かに』
「どの方向から」
『それが分からないから連絡しているんです』
声が強くなる。
当然だ。
現場にいない人間から、止めろと言われている。
『こちらは工程全体を管理しています。止めるなら、具体的な危険を示してください』
示せない。
映像。
数値。
報告。
すべて揃っているようで、足りない。
俺が黙っている間に、久我が小声で言った。
「現場側は、判断者の派遣を求めています」
「誰を」
「行政側の全体調整責任者」
「そんな役職は」
言いかけて止まる。
復興特殊区域連携調整官。
俺の肩書き。
「課長は」
「呼びました」
久我が言った直後、課長が部屋へ入る。
「状況」
短い。
俺と久我が説明する。
課長は映像を見る。
「現場監督は」
「復旧公社の長谷部さんです」
「違う」
「違う?」
「工程監督だ」
課長は椅子の背へ手を置く。
「消防は消防の安全しか判断できない。第三中隊は敵性反応しか判断しない。設備会社は設備の範囲で答える」
「分かっています」
「復旧公社は工期を持っている。止める理由より、進める理由を探す」
「長谷部さんは正しく判断しています」
「自分の立場ではな」
課長が俺を見る。
「全体を見る人間は誰だ」
「今、通信で」
「見えているか」
答えられない。
「振動はどこから来ている」
「不明です」
「作業員は怖がっているか」
「映像では」
「退避路に障害物はあるか」
「図面では」
「現場の臭いは」
「関係がありますか」
「分からないなら、ないとは言えない」
課長は端末を指す。
「情報は揃っている。だが、現場がない」
「構造技術者が」
「一時間後だ」
「では、それまで停止を」
「誰が納得させる」
「命令を出せば」
「お前に全体停止の命令権はない」
知っている。
俺は消防の上司ではない。
第三中隊の指揮官でもない。
設備会社へ契約外の指示は出せない。
だから調整する。
「現場へ行ってください」
久我が言った。
口調はいつも通り。
「現地まで二十五分です。第三中隊の巡回機も同時刻に到着します」
「俺が行っても、振動の原因は分かりません」
「原因を調べる人は別にいます」
「では」
「誰が止めるかを決める人がいません」
久我の言葉。
課長と同じ。
「俺である必要は」
「あります」
即答だった。
「なぜ」
久我は少し考えた。
「消防の話を聞きながら、設備会社の事情も理解できるからです」
「藤堂さんでも」
「藤堂さんは設備側へ寄ります」
「森下さんは」
「安全側へ寄ります」
「久我さんは」
「手続きを優先します」
自分のことをよく分かっている。
「橘さんは」
久我が続ける。
「全部を信用しません」
褒められていない。
「それは性格が悪いという意味ですか」
「仕事上の評価です」
「余計に悪い」
課長が口を挟む。
「行け」
「嫌です」
反射的に答えた。
課長は驚かない。
久我も驚かない。
「現場監督は嫌です」
「知ってる」
「地下です」
「まだ入ると決まっていない」
「振動があります」
「だから行く」
「構造技術者を待てば」
「待つかどうかを現場で決めろ」
「地上作業を停止したままなら」
「長谷部が納得していない」
「説得は通信でも」
「できてないだろ」
何も返せない。
行きたくない。
暗い。
臭う。
何が起きているか分からない。
敵性反応がなくても、安全ではない。
機械が壊れる。
壁が崩れる。
配管が破裂する。
現場には、敵以外の危険が多すぎる。
「審査課へ戻る方が、役に立てます」
自分でも苦しい言い分だと思う。
課長は、笑わなかった。
「戻れなかったんだろ」
「それは」
「佐伯たちは、お前がいない形で回っている」
「この班も、俺がいない形で回っています」
「そうだ」
「なら」
「だから行ける」
課長の言葉に、口が止まる。
「藤堂が設備を調べる。久我が関係機関を繋ぐ。森下が危険を整理する」
一つずつ。
「お前が机に張り付いてやっていた仕事は、もう三人がやる」
「俺の仕事がなくなっただけです」
「違う」
課長が言う。
「お前が現場へ出るために、机の仕事を剥がした」
胸の奥が冷える。
「聞いていません」
「言ってない」
「なぜ」
「言ったら反対する」
「今も反対しています」
「知ってる」
最悪だった。
仕事を減らしてくれた。
人を増やしてくれた。
一人で抱えなくていい形を作ってくれた。
その先に、安全な机があると思っていた。
違った。
俺を身軽にして。
現場へ送り出す準備だった。
「情報を集める人間は揃った」
課長が言う。
「足りないのは、その情報を持って現場へ立つ人間だ」
「他の人を育ててください」
「育てる」
「では」
「その間はお前だ」
逃げ道がない。
「橘さん」
久我が端末を差し出す。
現場情報が一画面へまとめられている。
施設図面。
立入範囲。
振動発生箇所。
各組織の責任者。
連絡回線。
退避経路。
構造技術者の到着予定。
「必要な情報は入っています」
「藤堂さんは」
「現地へ直行します」
「森下さんは」
「防護装備を持ってこちらへ向かっています」
「全部決まっているんですね」
「現場へ行く人以外は」
久我は平然と答えた。
俺が断れば。
別の人間が行く。
だが、その人は設備と消防と第三中隊と復旧公社の間で、同じように話せるだろうか。
分からない。
分からないなら、任せればいい。
本来はそうするべきだ。
一人へ依存しない。
誰かに渡す。
そう決めたはずだ。
けれど今。
現場では全員が、自分の範囲から出られずに止まっている。
それを知ってしまった。
「嫌です」
もう一度言う。
「でも行きます」
課長が頷く。
「知ってる」
腹が立つ。
*
森下は、車両の横で待っていた。
防護ヘルメット。
簡易呼吸器。
振動計。
携帯灯。
必要な物がすべて積まれている。
「準備できています」
「早いですね」
「久我さんから連絡が来ました」
「俺が行くと決まる前では」
「行くと思っていました」
「なぜですか」
「行かない理由を探しながら、行く人だからです」
褒められていない。
助手席へ乗る。
森下が運転席へ。
車両が動く。
「情報処理班は」
俺が聞く。
「もう自分たちで動けます」
「そうですね」
「俺がいなくても」
「はい」
迷いがない。
「寂しくありませんか」
「なぜですか」
「必要とされなくなるので」
森下が前を見たまま答える。
「必要とされなくなるために、仕組みを作ったんでしょう」
「そうですが」
「成功です」
「成功した結果、現場へ出されています」
「それも成功です」
「どこが」
「準備なしで現場へ行かなくて済む」
端末を見る。
久我がまとめた情報。
藤堂から追加の設備記録。
森下が作成した安全評価。
以前なら、車内で一から探していた。
電話を掛け。
資料を開き。
不足を確認し。
現場へ着く頃には、既に疲れていた。
今日は違う。
情報が揃っている。
連絡先も決まっている。
誰が何を主張しているかも分かる。
俺がするのは。
現場を見ること。
それでも嫌だ。
準備が楽になっても、行き先は危険な場所のままだ。
「森下さん」
「はい」
「現場監督は、好きですか」
「嫌いです」
意外だった。
「そうなんですか」
「事故が起きれば、自分が見落としたと思う仕事です」
「では、なぜ」
「誰かがやる必要があります」
同じだった。
好きではない。
やりたいわけでもない。
必要だから行く。
「橘さんは」
森下が聞く。
「なぜ行くんですか」
「課長命令です」
「それだけ?」
「現場で誰も決められないので」
「それだけ?」
少し考える。
「誰かが適当に決めるより、自分で確認した方がましだからです」
森下が笑った。
「久我さんの評価通りですね」
「何が」
「全部を信用しない」
車両は特殊区域の検問を通る。
窓の外。
防護壁。
警戒標識。
無人の建物。
胸の奥が重くなる。
行きたくない。
帰りたい。
それでも。
端末の画面から目を離さない。
*
南部貯水施設。
門の前には、複数の車両が並んでいた。
消防。
第三中隊。
設備会社。
復旧公社。
現場へ入ると、長谷部が近づいてくる。
「橘さんですね」
「はい」
「地上作業まで止める必要がありますか」
挨拶より先。
苛立っている。
「まず現場を見ます」
「構造上、地下と地上は分離されています」
「図面を確認しました」
「では」
「現物を見ます」
長谷部は納得していない。
だが、案内する。
地上作業区画。
大型濾過設備。
仮設足場。
資材。
床に置かれた電源ケーブル。
退避経路の一部へ、工具箱がはみ出している。
「これは移動してください」
「振動と関係ありますか」
「退避時に邪魔です」
長谷部が作業員へ指示する。
工具箱が動く。
足元。
僅かな揺れ。
一定ではない。
下から突き上げるというより。
遠くで何かがぶつかり、その振動が構造を伝っている。
「今のです」
長谷部が言う。
「頻度は」
「増えています」
通信では聞かなかった。
「増えている?」
「最初は数分に一度でした」
「なぜ報告に」
「測定値が変わらなかったので」
人によって、重要だと思う情報が違う。
現場に来なければ分からない。
「地下へ入ります」
「危険です」
森下。
「分かっています」
「まず無人測定器を」
藤堂が走ってくる。
工具箱を抱えている。
「遅れました」
「状況は」
「配管圧力は正常。ポンプも異常なし。ただ、地下二層の補助排水設備が記録と違います」
「違う?」
「増設されています」
また図面にない設備。
「振動源の可能性は」
「あります」
「遠隔で確認できますか」
「映像だけなら」
藤堂が小型作業機を準備する。
地下入口から投入。
映像が端末へ届く。
暗い通路。
配管。
床面。
作業機が進む。
振動。
画面が揺れる。
音が近くなる。
低い打撃音。
金属ではない。
もっと重い。
「排水設備の音ではありません」
藤堂が言う。
「壁の向こうです」
地下二層の奥。
図面上は閉鎖区画。
旧貯水槽。
現在は使用されていない。
「第三中隊」
俺が呼ぶ。
片瀬が応答する。
『外周、敵性反応なし』
「地下閉鎖区画は」
『走査が届きにくい』
「確認できますか」
『小型探査機を入れる』
作業を停止したまま。
全員が待つ。
数分。
振動。
また一度。
今度は地上でもはっきり感じた。
長谷部の顔から苛立ちが消える。
『反応あり』
片瀬の声。
『閉鎖区画内。小型個体一。生体反応は弱い』
敵性個体。
地下へ入り込んでいた。
外周走査には映らない。
閉鎖された旧貯水槽。
中で動くたび、壁へ身体をぶつけていた。
「全作業停止」
俺は言った。
今度は誰も反論しない。
「地上作業員も門外へ退避。消防は地下入口を封鎖。第三中隊は排除判断。設備会社は排水系統への影響を確認してください」
言葉が出る。
誰が何をするか。
順番。
範囲。
「長谷部さん」
「はい」
「退避完了の人数確認を」
「分かりました」
動き始める。
作業員が退避。
消防が地下を閉鎖。
第三中隊の警戒機が位置を変える。
藤堂が設備会社へ指示。
森下が人数を記録。
俺は全体を見る。
怖い。
敵性個体がいる。
近い。
咆哮は聞こえない。
姿も見えない。
それでも、地下の壁一枚向こうにいる。
帰りたい。
だが、逃げる前に確認することがある。
作業員二十六名。
設備会社八名。
消防六名。
復旧公社五名。
全員退避。
第三中隊四名。
警戒配置。
「橘さん」
森下が呼ぶ。
「全員確認しました」
「門外へ」
「完了」
ようやく息を吐く。
片瀬から通信。
『捕獲を試みる。振動が増える可能性あり』
「施設構造への影響は」
藤堂が図面を見る。
「旧貯水槽は独立壁ですが、南側が排水管と近い」
「破損した場合」
「地下浸水」
「消防」
大庭が答える。
「地下は無人。入口閉鎖済み」
「排水設備は」
「稼働可能」
情報が揃う。
判断する。
「捕獲を許可します」
俺に第三中隊への命令権はない。
だが、施設側の作業停止と区域使用については、調整官として同意を示せる。
片瀬が短く返す。
『了解』
数分後。
低い衝撃音。
地面が揺れる。
身体が硬くなる。
森下がこちらを見る。
「大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
「正常です」
「何が」
「怖いと答えたことです」
もう一度、衝撃。
その後。
静かになる。
『捕獲完了。小型掘削種。衰弱個体』
片瀬の報告。
作業再開はしない。
構造技術者の確認を待つ。
長谷部も反対しなかった。
地上設備は、その日の工程を中止。
遅れは出る。
だが、地下に敵性個体がいるまま作業を続けるよりいい。
「橘さん」
長谷部が言う。
「停止判断、助かりました」
「通信でも止められました」
自分でも、なぜそう答えたのか分からない。
長谷部は首を横へ振る。
「現場に来てもらわないと、こちらも納得できませんでした」
「俺が来たからではありません」
「何が違うんです」
「振動の頻度が増えていると分かったからです」
通信では報告されなかった。
地上でも揺れを感じた。
退避路に工具箱があった。
閉鎖区画へ走査が届いていなかった。
現地でしか見えなかった物があった。
「次からは、頻度変化も報告します」
長谷部が言う。
「お願いします」
「それでも判断が割れたら」
少し笑う。
「また来てください」
嫌だ。
「できれば、判断が割れないようにしてください」
本音だった。
*
帰庁したのは午後六時を過ぎていた。
藤堂は現地へ残った。
森下も構造確認の記録を続けている。
久我は部屋で待っていた。
「おかえりなさい」
「戻りました」
机の上に、現場報告書のひな型がある。
既に基本情報が入力済み。
施設名。
参加組織。
停止時刻。
退避人数。
敵性個体の種類。
俺が書くのは、判断理由と経過だけ。
「ここまで作ったんですか」
「現場記録から自動反映しました」
「俺が書く部分は」
「黄色の欄です」
少ない。
以前なら、帰庁してから二時間は掛かった。
「藤堂さんの設備報告は後で結合します」
「森下さんの安全記録は」
「受信済みです」
「第三中隊は」
「捕獲記録待ち」
「消防」
「退避完了記録を添付済み」
何もかも、早い。
「現場は」
久我が聞く。
「地下に小型個体がいました」
「報告で見ました」
「外周走査では分からなかった」
「はい」
「通信では、振動が増えていることも分からなかった」
「はい」
「俺が行く必要がありました」
認めたくない。
だが、事実。
久我は少しだけ頷く。
「では、班は機能しています」
「どういう意味ですか」
「私たちは、橘さんが現場で判断するための情報を集めました」
「現場にいなければ分からない情報がありました」
「それを見つけるために、橘さんが行きました」
役割が分かれている。
藤堂。
久我。
森下。
俺。
誰か一人が全部を見るのではない。
「俺の仕事を取ったんですね」
「はい」
久我は迷わない。
「随分、はっきり言いますね」
「取るために配置されました」
「それで俺を現場へ」
「送り出すためです」
「聞いていませんでした」
「私も明確には聞いていません」
「では、なぜ分かったんですか」
「橘さんが庁舎で全て処理するなら、三人も必要ありません」
正論。
「一人で何でもする人へ、人を三人付ける理由は二つです」
「二つ?」
「仕事を減らすか、別の仕事をさせるか」
「両方でした」
「はい」
久我は報告書を示す。
「黄色の欄をお願いします」
冷たい。
だが、少しだけ口元が緩んでいる。
「楽しんでいませんか」
「何をですか」
「俺が現場へ戻されたことを」
「まさか」
声は変わらない。
多分、楽しんでいる。
*
課長へ報告する。
現場停止。
敵性個体の発見。
退避完了。
捕獲。
構造確認まで作業中止。
課長は最後まで聞いた後、一言だけ言った。
「分かったか」
何を、とは聞かない。
「現場に全体判断者が必要なことは」
「他には」
「情報処理班は、俺がいなくても動きます」
「他」
「審査課へ戻る必要はありません」
「必要がないんじゃない。戻るな」
「同じです」
「違う」
細かい。
「他には」
まだある。
言いたくない。
「俺を現場へ出すために、班を作った」
課長が頷く。
「半分正解」
「残りは」
「お前を現場から帰すためだ」
意味が分からない。
「現場へ出すのに、帰す?」
「以前のお前は、現場から戻っても仕事が終わらなかった」
審査。
設備照会。
関係機関への連絡。
報告書。
全部、自分でやっていた。
「今は違う」
課長は言う。
「行く前の準備は三人がする。戻った後の整理も三人がする」
「俺は現場へ行くだけですか」
「判断して帰れ」
簡単に言う。
「それが一番嫌なんですが」
「知ってる」
「他の人を育てる話は」
「藤堂たちも現場へ出す。森下はもう出てる。久我にも経験させる」
「俺だけでは」
「ない」
少し安心する。
「ただし、当面の中心はお前だ」
安心が消える。
「嫌です」
「知ってる」
「家族には、現場が減るような話をしました」
「減るとは言ってない」
「仕事を減らすと」
「机の仕事を減らした」
詐欺に近い。
「課長」
「何だ」
「説明が足りません」
「今、説明した」
「事前に」
「反対するだろ」
「します」
「だからだ」
最低だった。
*
帰宅すると、美咲が玄関まで来た。
上着を見る。
靴を見る。
顔を見る。
「現場だった?」
「うん」
「聞いてない」
「俺も朝は知らなかった」
「乗った?」
「乗ってない」
「戦った?」
「戦ってない」
「モンスターは」
「いた」
美咲の顔が硬くなる。
「近くに?」
「地下の閉鎖区画」
「大丈夫だったの?」
「第三中隊が捕獲した」
「あなたはどこにいたの」
「地上」
「地下には入ってない?」
「入ってない」
正確に答える。
美咲は少しだけ息を吐いた。
「仕事、減ったんじゃなかったの?」
来た。
「減った」
「現場へ行ってる」
「机の仕事が減った」
「聞いてた話と違う」
「俺も今日知った」
美咲は眉を寄せる。
「どういうこと?」
「藤堂さんたちが、班の仕事をほとんど処理できるようになった」
「良いことじゃない」
「良いこと」
「それで空いたから現場へ?」
「違う」
ここは、説明しなければならない。
「現場へ行くために、他の仕事を減らされた」
美咲が黙る。
「最初から?」
「課長は、そのつもりだったらしい」
「あなたは知らなかったの?」
「知らなかった」
「嫌だった?」
「かなり」
「断らなかったの?」
「断った」
「それでも行った」
「現場で誰も決められなかったから」
食卓へ移る。
結衣は既に座っている。
「今日、モンスターいたの?」
聞いていたらしい。
「いた」
「倒した?」
「捕まえた」
「お父さんが?」
「第三中隊」
「お父さんは何したの」
「作業を止めた」
「また止める仕事?」
「今日は、止めると決める仕事」
結衣は分かったような、分からないような顔をした。
「他の人は決められなかったの?」
「自分の仕事の範囲では、決めていた」
「どういうこと?」
「消防は危ないから止めたい。設備の人は機械に問題がないから続けたい。第三中隊はモンスターの反応がないと言った。工事の人は遅れるから続けたい」
「みんな違う」
「うん」
「お父さんが決めたの?」
「現場を見て、止めた」
「怖かった?」
「怖かった」
答える。
前より自然に。
美咲がこちらを見る。
「それで、これからも現場へ行くの?」
「多分」
「多分?」
「現場監督が主になる」
美咲の箸が止まる。
「戻るの?」
言葉には、驚きだけではない。
嫌悪。
不安。
少しの怒り。
「戻りたいわけではない」
「でも戻る」
「必要だから」
「誰に?」
「現場に」
美咲が目を伏せる。
前なら。
ここで俺は、大丈夫だと言った。
危険ではない。
戦う仕事ではない。
第三中隊がいる。
そう説明した。
今は言わない。
危険だ。
戦わなくても、現場には何があるか分からない。
今日も地下に敵性個体がいた。
「怖い?」
美咲が聞く。
「うん」
「嫌?」
「嫌」
「それでも行く?」
「うん」
正直に答える。
美咲はしばらく黙った。
「藤堂さんたちは?」
「俺が行く前に情報を集める。久我さんが連絡をまとめる。森下さんが安全を確認する」
「一人ではない?」
「一人ではない」
「現場には」
「藤堂さんか森下さんが来る。久我さんも、そのうち」
「そのうち?」
「課長が経験させると言ってた」
美咲は少しだけ息を吐く。
「前と同じではないんだね」
「同じ場所へ行くことはある」
「仕事の仕方は?」
「違う」
「本当に?」
「今日は、現場へ着く前に必要な情報が揃っていた。帰ってきたら報告書もほとんどできていた」
「あなたがするのは」
「現場を見る。話を聞く。続けるか止めるか決める」
「それが一番危ないところじゃないの?」
否定できない。
「そうかもしれない」
美咲の顔が曇る。
「ごめん」
口から出た。
「何が」
「また現場へ行くこと」
「あなたが決めたの?」
「断りきれなかった」
「それは、決めたのと同じでしょう」
痛い。
「うん」
「謝ってほしいわけじゃない」
美咲は箸を置いた。
「隠さないでほしいだけ」
「隠さない」
「今日みたいに、モンスターがいたことも」
「言う」
「怖かったことも」
「言う」
「仕事が楽しかった時も」
少し迷う。
「言う」
結衣が口を挟む。
「今日、楽しかった?」
「楽しくない」
「一個も?」
考える。
藤堂の情報が早かった。
久我の資料が使いやすかった。
森下が装備を準備していた。
現場で全員が動いた。
敵性個体を捕獲できた。
作業員に怪我人はいない。
「みんなが、準備してくれていたことは嬉しかった」
「楽しかった?」
「嬉しかった」
「同じじゃない?」
「違う」
美咲が少し笑う。
ほんの少し。
「明日の楽しみは?」
前に決めたこと。
朝に一つ言う。
今夜、先に聞かれた。
「藤堂さんが、現場の設備記録をまとめる」
「楽しみなの?」
「今日の図面も間違っていたから、かなり怒っていると思う」
「それが楽しみ?」
「どんな整理をするかは気になる」
「やっぱり嬉しそう」
自覚はない。
だが、美咲がそう見えるなら、そうなのかもしれない。
*
夜。
日記を開く。
---
九月十一日。
南部貯水施設。
地下区画で振動。
小型掘削種。
一体。
第三中隊が捕獲。
搭乗なし。
戦闘なし。
怪我人なし。
今日。
自分の仕事が。
なくなった。
正確には。
机の仕事が。
なくなった。
藤堂さんが。
設備を調べる。
久我さんが。
連絡をまとめる。
森下さんが。
危険を確認する。
三人だけで。
班が動いた。
自分は。
端末を再起動した。
測定器を渡した。
それだけだった。
審査課へ戻ろうとした。
佐伯さんに。
戻るなと言われた。
自分が抜けた後。
審査課も。
自分がいない形で。
動いていた。
自分が戻れば。
助けるのではなく。
誰かの仕事を。
取り返すことになる。
自分の席は。
もうなかった。
班にも。
自分がいなくても。
仕事が進む。
必要ではなくなったと。
思った。
違った。
自分がしていた仕事を。
三人へ渡したことで。
自分は。
現場へ出られるようになった。
知りたくなかった。
現場監督は。
嫌い。
暗い。
臭い。
危険。
今日も。
地下に。
敵性個体がいた。
外周走査では。
見つからなかった。
通信では。
振動が増えていることが。
伝わっていなかった。
現場へ行って。
床の揺れを感じた。
作業員の顔を見た。
退避路に。
工具箱が置かれていた。
現場でしか。
分からないことがあった。
誰も。
間違っていなかった。
消防は。
安全を見た。
設備会社は。
機械を見た。
第三中隊は。
敵を見た。
復旧公社は。
工程を見た。
全員。
自分の仕事をした。
それでも。
全体を止める人が。
いなかった。
自分が。
止めた。
止めてよかった。
そう思う。
しかし。
次も行きたいとは。
思わない。
明日も。
行きたくない。
それでも。
行くことになる。
課長は。
自分を現場へ出すために。
仕事を減らした。
ひどい。
説明が足りない。
かなり。
腹が立つ。
ただ。
以前とは違う。
行く前。
情報が揃っていた。
帰った後。
報告書ができていた。
一人で。
全部をしなくていい。
現場へ行くことは。
嫌。
一人で行くことは。
もっと嫌。
今は。
一人ではない。
それだけは。
少し。
良い。
今日。
仕事がなくなったのではない。
仕事をする場所が。
机から。
現場へ変わった。
戻った。
という言葉は。
使いたくない。
前と同じではない。
同じにしない。
怖い時は。
怖いと言う。
分からない時は。
止める。
帰ったら。
家族へ話す。
自分一人で。
抱えない。
それができるなら。
現場監督を。
続けられるかもしれない。
続けたいとは。
まだ。
思わない。
以上。
---
日記を閉じる。
机の上の端末が光る。
藤堂から。
明日の確認資料。
件名。
«南部貯水施設・図面不一致箇所一覧»
添付は十八頁。
多い。
開く。
一頁目。
赤字で。
«現地改修を記録へ反映しない理由が理解できません。»
怒っている。
二頁目。
«不一致箇所一。»
三頁目。
«不一致箇所二。»
十八頁目まで続いている。
思わず、少し笑った。
リビングから美咲の声。
「何かあった?」
「藤堂さんが怒ってる」
「嬉しそう」
「怒っている資料です」
「でも嬉しそう」
画面を見る。
明日。
藤堂の説明を聞く。
久我が文章を直す。
森下が安全項目を追加する。
俺は多分。
現場で困らない形になっているかを見る。
それは。
少しだけ。
楽しみだった。
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また、いいね。評価もしていただけたら執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。
感想も頂けましたらありがたいです。
よろしくお願いします。




