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第十一話 即応登録

五月九日。


朝、目を覚ました時。


最初に感じたのは、自分の身体が軽すぎるという違和感だった。


布団を押し退ける。


腕が思ったより速く動いた。


起き上がろうとして、上半身が勢いよく前へ出る。


「うわ」


隣で眠っていた美咲が目を覚ました。


「何?」


「身体が軽い」


「病気?」


「違う。昨日の機体が残ってる」


美咲は数秒、俺を見た。


「機体が残ってるって、かなり怖い言い方だね」


「感覚の話」


昨夜も搭乗後の違和感はあった。


だが、一晩眠れば戻ると思っていた。


足を床へ下ろす。


踵。


外側。


前足部。


無意識に順番を意識している。


立ち上がる。


膝を伸ばし切らない。


腰を中央へ。


両足の荷重を確認する。


人間の身体には必要のない動作だった。


「普通に立ててる?」


美咲が聞く。


「立ててる」


「すごく変な立ち方してるけど」


「変?」


「何かに備えてるみたい」


言われて、肩の力を抜く。


両膝を伸ばす。


足裏の荷重を考えない。


ただ立つ。


それだけのことが、少し難しかった。


「機体に乗ると、こうなるの?」


「補助率を下げたからかもしれない」


「今日は乗らないよね」


「乗る予定はない」


「予定」


最近、この言葉を使うたびに疑われる。


「本当にない」


「通知は?」


昨夜届いた、即応登録推奨。


美咲には話していない。


隠したつもりはなかった。


話す前に眠ってしまった。


そう言えば、また怒られる。


「一件来てた」


美咲が無言になる。


「即応登録を推奨するって」


「何、それ」


「緊急時に呼ばれる候補へ入れる」


「断ったんじゃなかったの?」


「配置は断った」


「じゃあ、なんで」


「訓練記録が良かったから」


言いながら、自分でも腹が立つ。


一回だけ。


配置同意なし。


訓練継続意思なし。


条件を残した。


それでも、結果だけが評価されている。


「登録したの?」


「まだ」


「断れる?」


「多分」


「また多分」


美咲の声は強くない。


だが、失望が混じっている。


「今日、確認する」


「来た時に話すって言ったよね」


「夜だったから」


「朝でいいって言ったのは私だけど」


「今、話してる」


「聞いたからでしょう」


返す言葉がない。


美咲が布団から出る。


「怒ってる?」


「少し」


「ごめん」


「何に謝ってる?」


「話さなかったこと」


「登録されることは?」


「それはまだ決まってない」


「断るの?」


即答できなかった。


昨日の訓練。


機体操作。


救助。


模擬モンスター。


戦いたくない。


だが、戦わずに人を逃がすためなら、また乗ってもいいと思った。


その気持ちを自分で書いた。


「分からない」


美咲は顔を伏せた。


「その答え、増えたね」


「昔から多かった」


「今は、前より怖い」


「なぜ」


「前のあなたは、分からなくても動かなかった」


その通りだ。


以前の俺は、決めるのを避けた。


今は、分からないまま動く。


地盤を止めた。


制度を作った。


村瀬を残した。


訓練を受けた。


「動けるようになったことが、悪い?」


「分からない」


今度は美咲が言った。


同じ言葉。


だが意味が違う。


俺が動けるようになれば、人を助けられるかもしれない。


同時に。


戦場へ近づく。


「今日、返事はしない」


俺は言った。


「即応登録の内容を確認する」


「確認したら?」


「家で話す」


美咲は俺を見る。


「一人で決めない?」


「うん」


「会社に言われて、その場で頷かない?」


「頷かない」


「誰かが助かるって言われても?」


そこが一番難しい。


「その場では決めない」


条件をつける。


何があっても即答しない。


それなら守れる気がした。


「分かった」


美咲は頷いた。


まだ不安は消えていない。


俺も同じだった。



朝食の席。


結衣は、箸を使って豆腐を持ち上げようとしていた。


持ち上げては落とす。


持ち上げては崩す。


「何してるんだ」


俺が聞く。


「救助訓練」


「豆腐で?」


「昨日、お父さんが人形を持ったって言ってたから」


箸で豆腐を潰さず持ち上げる。


確かに似ている。


「力を抜け」


「抜いたら落ちる」


「全部抜くんじゃない」


「じゃあ、どれくらい」


「潰れないくらい」


「分かんない」


昨日の俺と同じだ。


百二十キロのダミー。


機体にとって軽すぎる。


だから難しい。


「指じゃなく、箸全体で支える感じ」


俺が言う。


「こう?」


結衣が箸を少し寝かせる。


豆腐の面を広く挟む。


持ち上がる。


「できた!」


「そのまま急に止めるな」


「なんで?」


「崩れる」


結衣がゆっくり茶碗へ移す。


豆腐は形を保った。


「フレイムワーカーみたい?」


「少し」


「じゃあ私も乗れる?」


「箸が使えるだけでは」


「でも、お父さんも最初は歩くだけだったんでしょ」


「そうだけど」


「私も歩けるよ」


美咲が口を挟む。


「結衣はまだ乗らなくていいの」


「大人になったら」


「その時に考えなさい」


娘はワーカーに憧れている。


以前から。


だが、今の憧れは少し変わっている。


敵を倒す仕事だけではない。


人を運ぶ。


逃がす。


守る。


それでも美咲には、複雑だろう。


「お父さん、今日も乗る?」


結衣が聞く。


「乗らない」


「練習しないの?」


「しない」


「もったいない」


「何が」


「上手だったんでしょ」


子どもは結果を素直に喜ぶ。


大人は、その結果が何に使われるかを考える。


「一回上手くできても、続けるとは限らない」


「なんで?」


「上手いことと、やりたいことは違うから」


第七話でも言った。


結衣は覚えているだろうか。


「でも、歩くの楽しかったんでしょ」


今度は答えに詰まる。


美咲も俺を見る。


「楽しかった」


隠さない。


「じゃあ、また乗ればいいじゃん」


「戦う場所に連れていかれるかもしれない」


「歩くだけにすれば?」


「仕事は、好きな部分だけ選べないことがある」


「変なの」


「そうだな」


本当にそう思う。


機体操作は好きかもしれない。


救助も。


だが戦闘は嫌だ。


その境界がはっきりしていれば簡単だった。


実際には重なっている。


結衣は豆腐を見ながら言った。


「潰さないで持つ練習だけすればいいのに」


その言葉が、少し頭に残った。



復興管理局へ着く。


自席へ座る前に、佐伯が俺を見る。


「歩き方、変ですよ」


「美咲にも言われた」


「昨日の訓練?」


「多分」


「ロボットみたいになってます」


「乗ったのは俺の方だ」


「機体に寄せられたんじゃないですか」


冗談だと思う。


だが少し怖い。


自分が機体を動かしたのか。


機体が自分を変えたのか。


「今日の仕事」


机を見る。


書類は昨日より少ない。


珍しい。


「増員要求が通りました」


佐伯が言う。


「現場兆候報告制度?」


「専任二名」


「本当に?」


「課長が朝一で言ってました」


課長を見る。


目が合う。


「通ったんですか」


「試験期間一か月」


「二名?」


「一名半」


意味が分からない。


「一人は専任。もう一人は兼務」


役所らしい。


「それでも助かります」


「人を選べ」


「俺が?」


「作った奴が使いやすい人間を選べ」


「選ぶ権限があるんですか」


「候補を出せ。決めるのは上だ」


自由に見えて自由ではない。


「いつまで」


「昼」


「今日?」


「昨日通った」


「今聞きました」


「だから昼」


いつものことだった。


自席へ座る。


端末を起動。


現場兆候報告、未処理十八件。


昨日より少ない。


制度が少し整理され、AIの一次分類も更新された。


鳥類消失。


通信不安定。


刺激臭。


機体補助制御への違和感。


四条件が重なる場合、クロウラー警告。


昨日の経験が反映されている。


「AI」


«受け付けます。»


「即応登録通知を表示」


画面が切り替わる。


緊急支援候補者としての即応登録を推奨。


詳細。


大規模災害、モンスター災害、広域崩落。


通常の現場支援要員だけでは不足した場合。


登録者へ出動要請。


原則として本人同意を確認。


ただし、所属組織の緊急命令が優先される場合がある。


「原則」


まただ。


例外がある。


登録期間、六か月。


月一回の適性確認。


最低限の機体操作訓練。


「訓練継続意思なしと記録した」


«即応登録に必要な最低訓練は、通常訓練継続とは別区分です。»


言葉を分ければ別になる。


「断った場合」


«緊急時の未登録協力要請対象から、完全に除外されるとは限りません。»


昨日聞いた通り。


登録してもしなくても、呼ばれる可能性がある。


「登録の利点」


«事前機体割り当て。

生体設定保存。

権限付与。

救助装備選択。

現場情報への優先アクセス。

出動拒否手続きの明確化。»


最後。


「登録した方が断りやすい?」


«規定上は、個別要請に対して応否を記録できます。»


「未登録だと?」


«緊急命令として扱われる可能性が高まります。»


逃げるために登録する。


戦わないために訓練する。


最近、逆のことばかり言われている。


「登録すると、配置同意になるか」


«なりません。»


「戦闘要員に分類されるか」


«現場支援予備要員です。»


「戦闘評価は」


«緊急防御行動を除き、原則対象外です。»


「原則」


«はい。»


腹が立つ。


「返答期限」


«本日午後五時。»


短い。


「なぜ」


«昨日の訓練記録が本日付で承認されたためです。»


「家で相談したい」


«期限延長申請が可能です。»


「延長」


«延長希望日を指定してください。»


「五月十二日」


«申請しました。»


数秒。


«承認されました。»


意外に簡単だった。


すぐ決めなくていい。


少し安心する。


「本人意思へ、家族と相談後に回答と記録」


«記録しました。»


約束を一つ守れた。



午前中。


現場兆候報告制度の候補者を選ぶ。


必要なのは、異常をすぐ危険と決めつけない人。


逆に、数字だけで切らない人。


現場経験。


事務処理。


聞き取り。


全部が必要。


そんな人間は少ない。


「佐伯」


「嫌です」


まだ何も言っていない。


「候補に」


「嫌です」


「専任一名」


「もっと嫌です」


「現場へ行かなくていい」


「橘さんの仕事を引き継ぐんでしょう」


「制度だけ」


「制度だけで百二十六件」


「今は減ってる」


「また増えます」


正しい。


「向いてると思う」


「どこが」


「疑うから」


「橘さんの制度を?」


「報告も、AIも、俺も」


佐伯は何でもすぐ信じない。


だが、最終的には手伝う。


現場経験は少ない。


その分、過去の常識へ引っ張られにくい。


「専任じゃなく兼務で」


「今も兼務みたいなものです」


「候補だけ」


「上に決められたら?」


「俺も一緒に反対する」


「信用できない」


「なぜ」


「橘さん、自分の配置も断り切れてないじゃないですか」


痛いところだった。


「登録はまだしてない」


「訓練は受けた」


「一回だけ」


「次も来てる」


「何で知ってる」


「通知、見えてました」


画面の角度を変える。


「覗くな」


「見えたんです」


佐伯はため息をつく。


「候補だけですよ」


「ありがとう」


「まだ引き受けてません」


「それでも」


「礼が早い」


最近よく注意される。


もう一人。


現場経験者。


佐藤源一。


だが現役の職長。


制度のために現場を外すのは違う。


相談役なら。


「佐藤さんを非常勤の現場助言担当に」


AIへ候補案を作らせる。


専任確認担当。


佐伯。


兼務。


もう一人は安全管理課の若手職員。


現場助言。


佐藤。


課長へ提出。


数分後。


佐伯は兼務。専任は安全管理課から。佐藤氏は月二回の検討会。


ほぼ通った。


佐伯が画面を見る。


「勝手に決まった」


「候補を出しただけ」


「出した時点で半分決まってるでしょう」


「組織ってそういうものらしい」


自分で言いながら、嫌になる。


俺も同じことをされている。


適性がある。


候補に入れる。


本人意思は後。


「佐伯」


「何です」


「本当に嫌なら、拒否と記録してくれ」


少し驚いた顔をする。


「消極的じゃなく?」


「拒否」


第九話の自分。


分類が違う。


「そこまで嫌ではないです」


「なら」


「ただ、仕事を増やしたくない」


「消極的?」


「かなり」


俺は候補資料へ入力する。


本人意思:条件付きで消極的。通常業務調整を希望。


「これでいい?」


佐伯が画面を見る。


「ちゃんと書くんですね」


「制度理念と同じだ」


数値化されていないことを、存在しないものとして扱わない。


希望。


不満。


恐怖。


全部。


「橘さん」


佐伯が言う。


「自分の登録も、そうやって書いた方がいいですよ」


「書いてる」


「家族と相談する、だけじゃなくて」


戦いたくない。


機体操作は面白い。


救助なら乗ってもいい。


緊急時に呼ばれるのは怖い。


誰かが助かるなら断れないかもしれない。


矛盾している。


「書きにくい」


「俺のは勝手に細かく書いたのに」


もっともだ。


「あとで書く」


「忘れないでください」


結衣と同じようなことを言われた。



昼休み。


食堂で弁当を開く。


相馬から通信が入った。


出るか迷う。


出た。


『橘』


「何だ」


『登録通知、来たか』


「来た」


『受ける?』


「期限を延ばした」


『なぜ』


「家族と話す」


『そうか』


相馬は少し黙る。


「何か用か」


『昨日の訓練ログを見直した』


「勝手に見ろ」


『担当教官だからな』


「評価の話なら聞かない」


『違う』


相馬の声が少し硬い。


『模擬モンスターを押し流した時』


思い出す。


左腕。


相手の肩外側。


肘を曲げる。


勢いを逃がす。


『接触の直前、機体の左手を開いた』


「掴まないためだ」


『なぜ』


「掴んだら止めることになる」


『それが普通だ』


「ダミーを抱えてた」


『普通は、掴んで投げる』


戦闘訓練なら。


相手の動きを止め、投げ、距離を取る。


「倒す必要がなかった」


『お前の動きは、相手の軌道を変えただけだ』


「それで十分だった」


『ログ上、接触時間〇・四秒』


「短い?」


『かなり』


相馬は続ける。


『相手の重心を読むのが早い』


評価の話だった。


「切るぞ」


『待て』


「何だ」


『今朝、別の訓練で同じ動きを試した』


「誰が」


『俺』


少し驚く。


「できた?」


『失敗した』


「なぜ」


『押しすぎた』


相馬の機体は、模擬モンスターを横へ弾き飛ばした。


倒した。


だが、その先に救助対象がいた想定なら失敗。


「相馬の方が強いから」


『力の問題じゃない』


「なら」


『お前は、相手を止めようとしてない』


当然だ。


近づきたくない。


倒したくない。


逃げたい。


『それが、動きに出てる』


「悪い?」


『分からない』


また。


『でも、戦闘訓練では教えない動きだ』


「逃げる訓練だからできた」


『そうかもしれない』


相馬の声は、どこか考え込んでいた。


「登録を勧める電話か」


『それもある』


「切る」


『まだ言ってない』


「聞いても答えは同じ」


『大規模現場で、お前の動きが必要になるかもしれない』


「一回の訓練で決めるな」


『一回の訓練で、できる奴が少ない』


「相馬」


強く呼ぶ。


「俺を能力で説得するな」


通信の向こうが静かになる。


「できるからやれと言われるのが嫌だ」


『……分かった』


「本当に?」


『分かったつもりになるなって言われたばかりだからな』


相馬は自分の期待で俺を推薦しかけた。


そして実際に推薦した。


少しずつ理解しようとしている。


「家族と話す」


『ああ』


「そのあと、自分で決める」


『分かった』


「相馬のためにも決めない」


『それでいい』


「上司のためにも」


『うん』


「誰かが助かるかもしれない、だけでも」


そこは言い切るのが難しい。


相馬も分かっている。


『橘』


「何だ」


『断ってもいい』


意外だった。


「推薦したのに?」


『推薦したから言う』


「意味が分からない」


『俺の期待で、お前の人生を決めるのは違う』


少しだけ、相馬の声が軽くなる。


『ただ、登録しなくても呼ばれたら』


「その時はその時に考える」


『やっぱり分からないんだな』


「便利だから」


相馬が笑う。


通信が切れる。


弁当の卵焼きを食べる。


味は分かった。


朝より少しだけ、気持ちが落ち着いている。



午後一時二十二分。


現場兆候報告制度へ、新しい報告が届いた。


«報告場所:第十一復興区画・地下物流路再開通工事

兆候分類:音

内容:壁の奥から、金属を引きずるような音。

発生時刻:午後一時十五分

継続時間:約十秒

確信度:中

作業停止要望:なし»


AI評価。


危険関連性:低。


地下物流路。


旧都市部の輸送トンネル。


戦前に造られ、モンスター災害後は一部閉鎖。


現在、生活物資の搬入路として再開通工事中。


「同地点の報告」


«過去七日間で六件。»


表示。


壁の温度が一部低い。


通信遅延。


工具の磁気誤差。


小さな振動。


油のような匂い。


金属を擦る音。


「クロウラー?」


«既知兆候との一致率、三十二パーセント。»


「低い理由」


«鳥類等の動物兆候なし。刺激臭の特徴が異なる。地中生体磁場反応なし。»


地下なので鳥はいない。


「現場センサー」


«異常なし。»


「壁の向こうは」


«旧保守空間。現在は閉鎖。図面上、幅一・二メートル。»


人が入れる。


小型モンスターも。


「過去図面の信頼度」


«七十四パーセント。»


高くはない。


地盤崩落現場。


忘れられた地下施設。


古い図面は信用しすぎない。


「現場責任者へ連絡」


接続。


『第十一復興区画、主任の安西です』


「復興管理局、橘です。兆候報告について確認します」


『音の件ですか』


「他にも六件あります」


『全部、古い設備でしょう』


声に余裕がある。


「保守空間の確認は」


『封鎖されています』


「内部カメラ」


『ないです』


「開口できますか」


『今日の工程には入ってません』


「作業員の感覚は」


『気にしすぎですよ。昨日のクロウラーの件が共有されたから』


また。


制度開始直後。


皆が敏感になっている。


「作業場所から一時退避できますか」


『また止めるんですか』


「まだ止めません。壁際から距離を」


『トンネル幅が狭いです』


映像を開く。


地下物流路。


幅十二メートル。


天井高六メートル。


フレイムワーカーが一機。


小型重機三台。


作業員十九名。


両側の壁。


問題の音は東側。


「中央へ寄せられませんか」


『資材があります』


「西側へ」


『西側は配管工事中』


逃げ場が少ない。


「壁の温度低下地点」


AIが映像へ表示。


東壁。


長さ四メートル。


床から二メートル付近。


「熱画像」


壁の一部が周囲より三度低い。


空気が流れている。


隙間。


保守空間が図面より広い可能性。


「安西さん」


『はい』


「東壁から全員を離してください」


『理由は』


「空洞から空気が流れています」


『古い通風路でしょう』


「金属音の原因が確認できません」


『作業を止めるほどでは』


「止めません。西側配管工事を一時中断して通路を空けてください」


『工程が』


「現場兆候報告制度の確認です」


安西が息を吐く。


『何分です』


「十五分」


『また十五分』


現場では、最近の俺は時間を止める人間になっているらしい。


「内部確認方法を考えます」


通信を切る。


「AI、旧保守空間へ小型探査機を入れる経路」


«現行図面上、開口なし。»


「壁の目地」


«施工継ぎ目あり。»


「穴を開けると危険?」


«空間内部状況不明。圧力差、浸水、ガス、構造崩壊の可能性。»


簡単には開けられない。


「近隣の地質音響センサー」


«二基。»


「壁内反射測定」


«実行可能。精度は限定的です。»


「実行」


現場へ指示。


作業員が壁へセンサーを当てる。


振動波。


反射。


画面に粗い断面。


図面では幅一・二メートル。


測定結果。


三・八メートル以上。


さらに奥。


反射が不規則。


「図面と違う」


«はい。»


「生体反応」


«検出不能。»


「金属反応」


«複数。»


古い設備。


あるいは。


「移動している?」


数秒。


«微小な位置変化を検出。»


背中が冷たくなる。


「何かいる」


佐伯が画面を覗く。


「モンスター?」


「分からない」


「停止?」


全面停止。


それが安全。


だが、地下物流路は狭い。


急に全員が動けば混乱する。


「安西さんへ再連絡」


『今度は何です』


「保守空間が図面より広い。内部に移動物体があります」


声が変わる。


『生体ですか』


「判別不能」


『全員退避させます』


判断が早い。


さっきまで抵抗していた。


だが新しい情報で変えた。


「ゆっくり。走らせないでください」


『了解』


作業員が動く。


西側配管作業はすでに止まっている。


通路を出口側へ。


フレイムワーカーは最後尾。


作業機。


搭乗者名。


藤堂真。


三十二歳。


操作経験四年。


戦闘経験なし。


「東壁を見ながら後退」


俺は通信へ入る。


『橘さんですか』


「そうです」


『昨日の制度の人』


「多分」


『何がいるんです』


「分かりません」


『またそれですか』


最近、評判が広がっている。


「壁から音は」


『今はない』


「機体補助に違和感」


『ありません』


クロウラーではない可能性。


移動物体。


金属反応。


油臭。


「全員、出口まであと」


«最後尾作業員、三十六メートル。»


「藤堂さんは」


«四十二メートル。»


壁内の移動反応が速くなる。


出口方向。


作業員を追っている。


「壁内対象、移動」


«時速四キロ。»


人の歩く速度。


「安西さん、速度を少し上げて」


『了解』


作業員が早足になる。


走らない。


転倒を避ける。


「藤堂さん、東側との距離を取る」


『西へ寄ると配管が』


「腕で配管を守りながら」


藤堂機が半身になる。


左肩を壁側。


右腕を作業員側。


狭い。


機体の足幅。


配管。


資材。


訓練で歩いた狭路を思い出す。


足を交差させない。


半身。


一歩ずつ。


「対象速度、六キロ」


追いつく。


「警戒部隊」


«到着予定、二十二分。»


間に合わない。


「近隣作業ワーカー」


«第十区画に二機。到着十二分。»


遅い。


「壁の構造」


«厚さ二十六センチ。老朽化。»


何かが内側から押せば。


「東壁の変位」


«一・八ミリ。»


増えている。


「全員、急げ!」


安西が叫ぶ。


作業員が走り始める。


転倒者。


一人。


「止まるな! 前の人は出口へ!」


俺も叫ぶ。


藤堂機が倒れた作業員へ近づく。


「拾うな!」


思わず言った。


『え?』


機体の手で人を拾う。


時間がかかる。


軽すぎる。


訓練なしでは危険。


「右手を床へ。手のひらを坂に!」


『坂?』


「作業員を手のひらへ乗せて滑らせる!」


藤堂機が右膝を落とす。


右手を床へ。


指を閉じず、手のひらを開く。


作業員が自力で乗る。


「腕を上げすぎない。肘だけ曲げて」


機体の右前腕が、緩い傾斜になる。


作業員が手のひらから前腕へ。


「そのまま立つ。右腕は胸へ」


藤堂機が腰を上げる。


膝。


股関節。


右腕の作業員を揺らさない。


訓練でやった。


俺は庁舎にいる。


だが動きが分かる。


「歩幅小さく。上下動を減らして」


『やってます!』


藤堂機が後退する。


壁が膨らむ。


目で見える。


東壁のコンクリートが、内側から押される。


「対象、壁面直近」


AI。


「藤堂さん、走れますか」


『人を持ってます!』


「速歩。腰を一定に」


訓練で覚えた。


走らず速度を上げる。


膝の上下を減らす。


足を前へ滑らせる。


「右腕を胸へ固定。左腕で配管を避ける」


藤堂機。


右腕に作業員。


左手で配管を押すのではなく、触れて距離を測る。


足。


右。


左。


右。


機体が速度を上げる。


壁が割れた。


コンクリート片。


粉塵。


黒いものではない。


金属。


細長い腕。


その先に爪。


「機械?」


佐伯。


違う。


体表に金属片を纏っている。


モンスター。


廃材を身体へ取り込む種類。


記録にある。


「スカベンジャー」


«推定一致率、六十八パーセント。»


小型から中型。


金属を収集。


巣へ運ぶ。


人間を積極的には襲わない。


ただし、動く金属へ反応する。


フレイムワーカー。


「藤堂さんを追う」


«可能性が高いです。»


壁を破り、スカベンジャーが出る。


四脚。


背中に絡みついた配管。


鉄板。


ケーブル。


動くたび、金属を引きずる音。


最初の報告。


機体へ向く。


作業員ではなく。


「藤堂さん、作業員を下ろせますか」


『出口まであと十五メートル!』


「そのまま!」


スカベンジャーが走る。


金属片が壁へ当たる。


火花。


藤堂機は右腕を使えない。


左腕だけ。


武装なし。


「電磁杭は」


«非搭載。»


一般作業機。


「ワイヤー」


«あり。»


「藤堂さん、左腰ワイヤー!」


『何に撃つんです!』


前方。


天井に資材搬送用のレール。


「頭上レールへ!」


藤堂機が左手を腰へ。


ワイヤー射出。


フックがレールへ掛かる。


「巻き取るな。横へ引け!」


『横?』


「レールから吊ってある資材を落とす!」


天井レールに残った養生板。


軽い。


スカベンジャーを倒せない。


だが、視界を塞げる。


藤堂機が左腕を外へ引く。


ワイヤー。


レールの固定具が滑る。


養生板が落ちる。


スカベンジャーの前へ。


金属音。


相手が一瞬止まる。


養生板へ爪を伸ばす。


金属を集める性質。


「食いついた」


佐伯が言う。


「今!」


藤堂機が速歩。


出口。


作業員が手を伸ばす。


機体がしゃがむ時間はない。


「右腕を床へ下ろす! 作業員は飛び降りない!」


前腕を傾斜。


出口側の作業員が受ける。


救助された人間が滑り降りる。


無事。


「藤堂さんも出て!」


機体が出口を通る。


狭い。


肩を半身。


左肩を前。


右肩を引く。


足を交差させず。


一歩。


二歩。


抜ける。


隔壁。


「閉鎖!」


重量扉が降りる。


スカベンジャーが養生板を放し、追う。


扉の隙間。


金属の爪。


扉が当たる。


止まる。


完全に閉まらない。


「挟まった!」


安西。


スカベンジャーの前肢が挟まっている。


扉が開き返す可能性。


「藤堂さん、左腕で押せますか」


『攻撃ですか』


「扉を!」


機体の左手を隔壁へ。


指を開く。


押す。


力を一点へかけない。


手のひら全体。


肩。


肘。


腰。


脚。


機体全体で前へ。


「足を前後に!」


藤堂機が左脚を前。


右脚を後ろ。


膝を曲げる。


腰を落とす。


人間が重い戸を押すように。


ただし数トン。


隔壁が下がる。


スカベンジャーが爪を引く。


その瞬間。


扉が閉じる。


衝撃音。


密閉。


静かになる。


全員退避。


人的被害。


転倒した作業員一名。


足首軽傷。


藤堂機。


損傷なし。


スカベンジャーは地下物流路内部へ封鎖。


警戒部隊到着まで、隔壁監視。


俺は息を吐く。


手が震えている。


昨日と同じ。


庁舎。


通信。


作業ワーカー。


モンスター。


「また事務仕事ですか」


佐伯が聞く。


「制度の確認」


「今度はかなり戦闘に見えました」


「倒してない」


「閉じ込めた」


「逃がしただけだ」


「誰を」


「人を」


結衣の言葉。


逃がす仕事。


だが昨日の訓練がなければ、藤堂へあれほど細かく指示できなかった。


手のひらを坂にする。


腕を胸へ。


速歩。


半身。


ワイヤー。


隔壁を押す脚。


全部。


機体へ乗って覚えた。


「橘さん」


課長が自席から呼ぶ。


振り返る。


「はい」


「今の記録、第三中隊へ共有する」


「なぜ」


「即応登録の判断資料になる」


胸の奥が重くなる。


「俺は登録を延長しています」


「知ってる」


「今の件を理由に、圧力をかけないでください」


課長は少し黙る。


「俺はかけない」


「上は?」


「かけるだろうな」


正直だった。


「でも、記録を隠すわけにはいかない」


正しい。


嫌になるほど。


「現場兆候報告制度の成果でもあります」


俺は言う。


「俺個人の能力だけではない」


「それも書け」


「藤堂さんの操作も」


「書け」


「安西さんが退避を決めたことも」


「全部書け」


課長は言う。


「お前が言ってることだろ。誰か一人が守ったわけじゃない」


昨日まで何度も書いた。


責任は分ける。


成果も分ける。


「はい」


俺は端末へ向き直る。


報告書を書く。


制度が拾った六件。


安西の判断。


作業員の退避。


藤堂の操作。


AIの分析。


俺の遠隔指示。


誰か一人の手柄にしない。


だが、自分の役割も消さない。


数値化されていないことを、存在しないものとして扱わない。


自分の希望も。


自分の能力も。


両方。



午後四時。


警戒部隊がスカベンジャーを捕獲した。


討伐ではない。


地下物流路内に、古い金属部品を集めた巣があった。


個体は一体。


損傷が少なく、研究施設へ移送されることになった。


「殺さなかったんですね」


俺がAIへ聞く。


«当該個体は攻撃性が低く、捕獲可能と判断されました。»


「人を襲う目的ではなかった?」


«金属資材の収集行動と推定されます。»


フレイムワーカーを追ったのも、機体そのものを金属資材として認識した可能性。


藤堂は、敵として狙われたのではない。


材料として追われた。


それも怖い。


「知性は」


«現時点で確認されていません。»


「巣を作る」


«本能行動として説明可能です。»


「金属を選ぶ」


«生存・外殻形成に必要な資源収集と推定されます。»


説明できる。


だから知性ではない。


その線引き。


何となく気になる。


だが、今はそこまで考える余裕がない。


端末に通知。


第三機動復興兼防衛中隊。


即応登録推奨理由の追加。


開かない。


今日は家で話す。


その場では決めない。


約束した。


「AI」


«受け付けます。»


「本人意思へ追加」


«内容を入力してください。»


「機体訓練が遠隔支援に役立った」


«記録しました。»


「救助支援には関心がある」


«記録しました。»


「戦闘任務は希望しない」


«記録済みです。»


「緊急出動は怖い」


«記録しました。»


「登録すれば、断れなくなることを懸念している」


«記録しました。»


「登録しなければ、未訓練で呼ばれる可能性も懸念」


«記録しました。»


「矛盾してる?」


«複数の懸念が併存しています。»


「分類は」


«本人意思:判断保留。救助支援へ限定的関心。戦闘配置拒否。»


以前より正確だ。


「そのまま保存」


«保存しました。»


佐伯が横から見ている。


「細かく書きましたね」


「言われたから」


「俺の時より長い」


「俺の方が面倒なんだ」


「知ってます」


否定されなかった。



帰宅。


玄関を開ける。


結衣が来る。


「今日は乗った?」


「乗ってない」


「普通の日?」


「モンスターが出た」


「また?」


最近、普通の日の方が少ない。


「電話で逃がした?」


「通信で」


「同じじゃん」


前にも言われた。


美咲がリビングから出てくる。


「怪我は」


「ない」


「現場には」


「行ってない」


「何があったの」


夕食の前。


三人で座る。


地下物流路。


六件の兆候。


壁の中。


スカベンジャー。


退避。


藤堂。


手のひら。


ワイヤー。


隔壁。


説明する。


結衣は目を輝かせる。


「昨日の練習使ったの?」


「使った」


「お父さんが乗ってないのに?」


「藤堂さんに伝えた」


「すごい」


美咲は静かに聞いている。


「訓練を受けた意味はあったんだね」


「うん」


認める。


昨日の訓練がなければ。


機体の動きを細かく理解できなかった。


もっと曖昧な指示しか出せなかった。


藤堂が作業員を運べたか。


扉を閉められたか。


分からない。


「それで、登録は」


美咲が聞く。


「期限を延ばした」


「今日決めなかった?」


「約束したから」


少し表情が緩む。


「通知は増えた?」


「増えた」


「今日の件で?」


「多分」


「見た?」


「件名だけ」


「本当に?」


「開いてない」


「偉いね」


子どもに言うような褒め方だった。


だが少し嬉しい。


「登録すると、何が変わるの」


美咲が聞く。


説明する。


事前機体設定。


現場情報。


救助装備。


緊急要請。


月一回の訓練。


「月一回」


美咲が繰り返す。


「最低限」


「一回だけじゃなくなる」


「そうなる」


「断ったら?」


「未登録でも、緊急時に呼ばれる可能性はある」


「ずるいね」


朝も言われた。


「俺もそう思う」


「登録した方が安全?」


「多分」


「断りやすい?」


「規定上は」


「でも呼ばれやすい?」


「そう」


美咲は額へ手を当てる。


「どっちがいいの」


「分からない」


「今日は怒らない」


「助かる」


「でも、私も分からない」


美咲が言う。


「登録してほしくない。でも、呼ばれるなら準備してほしい」


俺と同じ。


戦ってほしくない。


だが、生きて帰ってほしい。


「結衣はどう思う?」


美咲が聞く。


俺は少し驚く。


娘にも聞くのか。


結衣は考える。


「お父さん、登録したら戦うの?」


「戦うとは限らない」


「逃がす仕事?」


「そういう時も」


「倒す時も?」


「必要なら」


結衣は黙る。


「昨日、人形を潰さなかった」


「うん」


「今日も人を運んだ」


「藤堂さんがな」


「お父さんが教えた」


「一緒にやった」


「じゃあ、練習した方がいいと思う」


美咲の顔が少し強張る。


結衣は続ける。


「でも、モンスター倒す練習ばっかりは嫌」


「なぜ」


俺が聞く。


「逃がすの忘れそうだから」


胸に残る。


倒す練習ばかりすれば。


倒すことが上手くなる。


評価される。


いつか、それが目的になるかもしれない。


「救助だけの登録はできないの?」


結衣が聞く。


俺と美咲が顔を見合わせる。


考えていなかった。


現場支援予備要員。


戦闘任務拒否。


救助支援へ限定的関心。


すでに本人意思へ近いことを書いた。


だが、登録条件そのものを変えられるか。


「聞いてみる」


俺は言った。


「救助限定?」


「戦闘を完全にしないとは言えない。でも、目的を救助に限定する」


「逃がす登録」


結衣が名づける。


「そんな制度ないかもしれない」


「作れば?」


簡単に言う。


現場兆候報告制度も、なかった。


作った。


「また仕事増えるね」


美咲が少し笑う。


「まだ作ると決めてない」


「顔が考えてる」


妻には分かるらしい。


救助支援限定の即応枠。


戦闘部隊ではなく。


復興管理局所属。


機体は作業仕様。


評価は救助。


討伐スコア対象外。


必要最低限の防御訓練。


できるかもしれない。


いや。


組織は嫌がる。


人員区分。


指揮系統。


装備。


責任。


面倒だ。


「橘」


美咲が苗字で呼ぶ。


少し真面目な時の呼び方。


「一人で制度作らないでね」


「なぜ」


「また仕事が増えるから」


「そこ?」


「それも」


「相談する」


「家でも?」


「うん」


美咲は頷いた。


結論は出ていない。


だが、ただ登録するか断るかではなくなった。


第三の選択肢。


逃がすための登録。


存在しないなら、提案する。


それが通るかは分からない。



夜。


日記を開く。


---


五月九日

勤務内容:現場兆候報告制度運用/地下物流路緊急退避支援

場所:第三復興管理局本庁舎

機体搭乗:なし


朝。


昨日の搭乗感覚が身体に残っていた。


歩く時、足裏の荷重を考えた。


膝を伸ばし切らなかった。


人間の身体なのに、機体の立ち方をしていた。


少し怖かった。


---


即応登録通知。


登録期間六か月。


月一回の訓練。


緊急時の現場支援。


戦闘配置ではない。


ただし、緊急防御行動あり。


返答期限を五月十二日へ延長。


家族と相談後に回答すると記録した。


約束通り、その場では決めなかった。


---


現場兆候報告制度。


第十一復興区画。


地下物流路。


報告六件。


壁の温度低下。


通信遅延。


磁気誤差。


微振動。


油臭。


金属を引きずる音。


壁内測定で、図面より広い保守空間を確認。


移動物体。


作業員十九名、退避。


作業ワーカー一名、藤堂真氏。


壁内からスカベンジャー出現。


---


書きながら、動きを思い出す。


---


転倒作業員一名。


藤堂機の右手を床へ置き、作業員を手のひらへ乗せた。


指で掴まなかった。


前腕を傾斜にし、作業員を胸側へ運んだ。


昨日、救助ダミーを運んだ経験が役立った。


歩幅を小さく。


腰の高さを一定。


右腕を胸へ。


左腕で配管との距離を測る。


ワイヤーで養生板を落とし、スカベンジャーの注意を逸らした。


出口で作業員を降ろす。


隔壁閉鎖。


人的被害、足首捻挫一名。


死亡者なし。


---


また。


誰も死ななかった。


結果だけなら短い。


だが、そこへ至るまでに多くの人が動いた。


制度へ報告した作業員。


退避を決めた安西主任。


機体を操縦した藤堂氏。


走った作業員。


分析したAI。


警戒部隊。


自分。


誰か一人の仕事ではない。


---


スカベンジャーは捕獲。


攻撃目的ではなく、金属を集めていた可能性。


フレイムワーカーも金属資材として追ったと推定。


人間の敵だったのか。


分からない。


危険だった。


だから逃げた。


倒さなくても解決した。


そのことは少し嬉しい。


---


ここでペンを止める。


今日の一番大きなこと。


訓練が役立った。


戦うためではなく。


逃がすために。


---


昨日、機体訓練を受けた意味があった。


認める。


受けなければ、藤堂氏へ具体的な操作を伝えられなかった。


自分が機体へ乗らなくても、機体の重さを知っていることが人を助けた。


訓練を受けることと、戦うことは同じではない。


ただし、訓練を受ければ、戦える人間として評価される。


その危険も変わらない。


---


家族と即応登録について話した。


美咲。


登録してほしくない。


ただし、呼ばれるなら準備してほしい。


自分と同じ矛盾。


結衣。


逃がす練習はした方がいい。


倒す練習ばかりだと、逃がすのを忘れそう。


救助だけの登録はできないのかと聞いた。


---


最後に、思いついたことを書く。


---


救助支援限定の即応登録制度。


復興管理局所属。


作業仕様フレイムワーカー。


目的は民間人退避、負傷者救助、退路確保、危険区域からの機材撤去。


討伐スコア対象外。


戦闘任務への転用には本人同意。


最低限の防御訓練のみ。


現場兆候報告制度との連携。


---


書いてから、頭を抱えたくなる。


また制度を作ろうとしている。


仕事が増える。


課長に怒られる。


第三中隊にも嫌がられる。


責任区分が複雑になる。


それでも。


今ある選択肢は二つ。


登録する。


登録しない。


どちらも完全には納得できない。


なら、三つ目を提案する。


通るとは限らない。


ただ。


数値化されていないことを、存在しないものとして扱わない。


制度化されていない選択肢を、存在しないことにもしない。


---


今日の結論。


戦わないためには、逃げる技術がいる。


逃がすためには、機体を知る必要がある。


機体を知れば、戦場へ近づく。


その矛盾から逃げずに、別の道を作る。


できるかは分からない。


でも、提案書なら書ける。


自分は事務員だから。


以上。


---


日記を閉じる。


引き出しへ入れる前に、端末を開いた。


新規文書。


件名。


災害時救助支援ワーカー予備登録制度(案)


本文はまだ白紙。


最初の一行だけ書く。


«本制度は、モンスターの討伐ではなく、危険区域から人を生還させることを目的とする。»


少し考える。


その下へ、理念を書く。


«戦えることを、戦わせる理由にしない。»


手が止まった。


役所の文章ではない。


おそらく課長に直される。


それでも消さずに残した。


今日の日記と同じ。


正式な文書から消えるかもしれない言葉を。


まず、自分の手で書いておく。

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