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第十二話 訓練ではない音

五月十日。


朝一番で提出した提案書は、十一分で差し戻された。


災害時救助支援ワーカー予備登録制度(案)


差し戻し理由。


既存制度との重複。


指揮系統が不明確。


戦闘区域における非戦闘要員の安全確保が困難。


討伐部隊との権限競合。


追加予算の根拠不足。


最後に、課長の短いコメント。


理念は分かる。制度になっていない。


「十一分ですよ」


俺は差し戻された文書を持ち、課長の席へ向かった。


「本当に読んだんですか」


「読んだ」


「十一分で?」


「問題点が最初から多い」


「少しくらい悩んだふりをしてください」


「悩んだふりが必要か」


「書いた人間への礼儀として」


「役所は努力ではなく文書を見る」


正しい。


正しいが、腹が立つ。


「既存制度との重複とありますが、既存制度では緊急時の戦闘転用を拒否できません」


「原則として支援任務だ」


「原則は、例外がある言葉です」


最近、何度も見てきた。


原則として討伐しない。


原則として本人同意。


原則として後方配置。


どの文章にも、その後ろに例外が隠れている。


「だから別制度を作る?」


課長が聞く。


「選択肢が二つしかないからです」


登録する。


登録しない。


登録すれば呼ばれる。


登録しなくても緊急時には呼ばれる可能性がある。


なら。


救助だけを目的とする三つ目の枠を作る。


「戦闘区域で誰が指揮する」


「復興管理局と防衛部隊の共同指揮」


「意見が割れたら」


「救助対象の安全を優先」


「モンスターを倒さなければ救助できない場合は」


言葉が止まった。


そこが一番難しい。


「必要最低限の防御行動」


「必要かどうかを誰が決める」


「現場責任者と搭乗者」


「結果として討伐したら」


「討伐スコアへ入れない」


「なぜ」


「倒すことが目的になるからです」


課長はしばらく黙った。


「橘」


「はい」


「この制度を通したいのか」


「まだ分かりません」


「またか」


「問題が多いのは分かっています」


「なら、なぜ書いた」


「今ある制度から選ぶだけでは、納得できなかったからです」


課長は差し戻し文書を机へ置いた。


「制度案ではなく、課題整理として書き直せ」


「課題整理?」


「救助支援要員の不足。既存制度の問題。本人同意の扱い。評価指標」


「制度を通すためではなく?」


「まず上に読ませるためだ」


似たようなものに聞こえる。


「期限は」


「今日中」


「一日くらい悩んでくださいと言った直後ですよ」


「お前が言っただけだ」


俺は書類を持って自席へ戻った。



午前十時二十分。


現場兆候報告制度の未処理は九件。


専任担当が入った効果は大きい。


安全管理課から異動してきた森下恵理は、開始一時間で俺より処理が速かった。


「橘さん」


森下が画面をこちらへ向ける。


「第九区画の異臭報告、設備由来として処理していいですか」


「確認内容は」


「塗装剤の使用記録と一致。風向きも一致。報告者への聞き取り済み。過去の類似三件も設備由来です」


「なら確認済みで」


「分かりました」


迷いが少ない。


だが雑ではない。


確認すべきものを確認した上で閉じる。


「向いてますね」


俺が言う。


「今のところは」


隣から佐伯が口を挟む。


「俺と違って前向き」


「佐伯さんは、どうして兼務を受けたんですか」


森下が聞く。


「拒否するほど嫌じゃなかったからです」


「消極的?」


「かなり」


本人意思の分類が、部署内で妙に定着している。


「でも」


佐伯が俺を見る。


「橘さんが現場へ持っていかれるなら、制度を分かる人間を残さないと困るので」


「持っていかれると決まってない」


「周りはそう思ってませんよ」


嫌な言葉だった。


「誰が」


「局本部」


「何を知ってる」


「橘さんの通信記録を見てるって噂です」


クロウラー。


スカベンジャー。


俺は庁舎にいた。


機体へ乗らず。


現場へ細かな指示を出した。


「指示だけで二回も人的被害を抑えた」


佐伯が続ける。


「それで、現場に出したらどうなるか気にしてるみたいです」


「遠隔だからできたかもしれない」


安全な庁舎。


全体映像。


AIの情報。


現場の音や揺れを直接感じない。


「現場なら、怖くて何もできない可能性もある」


「それを確認したいんでしょう」


森下が静かに言った。


「確認?」


「上層部は、使えるか分からない能力を嫌います」


「使わなければいい」


「使える可能性が高いなら、試したくなる」


人の能力を資源として見る。


神代も否定しなかった。


「本人が嫌だと言っても?」


森下は僅かに視線を落とす。


「考慮事項にはなると思います」


「決定事項ではない」


「組織上は」


机上の文書。


戦えることを、戦わせる理由にしない。


昨日書いた一文が、急に弱く見えた。



午前十一時三十分。


端末へ、第三機動復興兼防衛中隊から通知が届いた。


現場支援ワーカー適性確認訓練


実施日時:本日午後一時三十分


対象者:橘蒼真


参加区分:所属長命令


俺は三度読み直した。


「今日?」


佐伯が画面を覗く。


「急ですね」


「訓練継続意思なしと記録した」


«記録されています。»


「なら、なぜ」


«上部安全評価室より、現場支援適性に関する追加確認が必要と判断されています。»


「断る」


«本件は所属長命令です。»


「課長」


俺は立ち上がる。


課長は俺が来る前から、こちらを見ていた。


「知ってましたね」


「今朝聞いた」


「なぜ言わない」


「正式通知を待った」


「俺は訓練継続を拒否した」


「知ってる」


「なら断ってください」


課長はすぐには答えなかった。


「局本部命令だ」


「本人意思は」


「記録されている」


「無視するんですか」


「適性確認を一度行う。配置同意とは別だそうだ」


「前も一回だけと言われました」


「今回は戦闘訓練ではない」


「何の訓練です」


「複数機による災害救助」


救助。


その言葉を使えば、俺が拒否しにくいと分かっている。


「行きたくありません」


俺は言った。


子どものようだ。


だが他の言い方が見つからなかった。


「前回で十分です」


「本部は不十分と判断した」


「本部は俺の何を見たいんですか」


課長が通知資料を開く。


「複数機連携時の判断」


「庁舎からでいいでしょう」


「現場環境下で確認したい」


やはり。


「嫌です」


はっきり言う。


佐伯が少し驚いた顔をする。


森下もこちらを見ている。


「訓練でも乗りたくない」


「橘」


「機体を動かすのは嫌いじゃありません。でも、上が試したいから乗るのは嫌です」


「命令だ」


課長の声が僅かに強くなる。


「業務命令として参加しろ」


逃げ道を塞ぐ言葉。


「拒否したら?」


「職務命令違反になる」


「処分は」


「可能性はある」


俺は机を見る。


書きかけの制度案。


現場兆候報告。


補償案件。


ここで拒否すれば。


異動。


減給。


懲戒。


美咲と結衣の生活。


「卑怯ですね」


俺は言った。


「そう思う」


課長は否定しなかった。


「でも、俺には止められなかった」


「止めようとは?」


「意見書は出した」


「結果は」


「これだ」


通知を見る。


所属長命令。


俺は椅子へ座る。


「行きたくない」


もう一度言った。


「記録してください」


「する」


「本人意思は拒否」


「分かった」


「消極的ではなく」


「拒否だ」


課長が入力する。


«本人意思:訓練参加を拒否。所属長命令により参加。»


画面に表示される。


自分の意思は残った。


だが身体は連れていかれる。


それが少し怖かった。



昼休み。


相馬から通信が入った。


出たくなかった。


だが、出る。


『通知、来たか』


「来た」


『俺が担当する』


「知ってた?」


『今朝聞いた』


「断ってくれなかった?」


沈黙。


「相馬」


『意見は出した』


「課長と同じだな」


『命令系統が違う』


「結果は同じ」


相馬は何も言わない。


「俺は嫌だと言った」


『聞いてる』


「訓練でも乗りたくない」


『分かってる』


「分かっていて担当する?」


『担当を降りたら、別の奴になる』


「それで?」


『お前の拒否を知らない奴よりは、俺がいた方がいい』


上から押しつけられた訓練。


その中でできることを探している。


分かる。


それでも腹が立つ。


「能力の確認だそうだ」


俺は言った。


『ああ』


「また、できるからやれと言う?」


『言わない』


「本当に?」


『お前を能力で説得するなって言われたからな』


相馬へ言った。


「なら、訓練を中止してくれ」


『俺にはできない』


「役に立たないな」


『悪い』


素直に謝られると、言葉が続かない。


「内容は」


『倒壊建物からの複数機救助。俺とお前。もう一機』


「モンスターは」


『出ない』


「絶対?」


『訓練用標的もなし』


「戦闘評価は」


『なし』


「途中で追加されない?」


『俺がさせない』


少しだけ安心する。


だが信用し切れない自分もいる。


「相馬」


『何だ』


「俺が乗りたくないって、現場でも言っていいか」


『好きなだけ言え』


「命令違反にならない?」


『乗ればな』


「子どもみたいだな」


『嫌なものを嫌と言うのは、子どもだけの権利じゃない』


意外な言葉だった。


「相馬は、俺に乗ってほしい?」


長い沈黙。


『助けてほしいと思う時はある』


「うん」


『でも今日のやり方は嫌だ』


「推薦したのに?」


『推薦したから、嫌なんだ』


自分の期待が、上層部の命令へ変わっている。


相馬も責任を感じている。


『橘』


「何だ」


『命令だから乗るだけでいい』


「結果を出さなくていい?」


『手を抜けとは言えない』


「ずるいな」


『分かってる』


「断ってもいいって言ってたのに」


『本当は、今もそう思ってる』


「でも断れない」


『俺も命令されてる』


互いに、自由ではない。


「怪我をしないようにする」


相馬が言う。


『それだけは約束する』


「約束できないだろ」


『できる範囲で』


弱い約束。


だが、嘘ではない。



午後一時二十分。


第三中隊訓練場。


五日前と同じ更衣室。


同じ搭乗服。


同じ接続端子。


牧野が俺の固定具を確認する。


「顔色悪いですよ」


「乗りたくないので」


「聞いてます」


「皆、聞いてるのに乗せる」


牧野の手が一瞬止まる。


「私は整備担当なので」


「分かってます」


八つ当たりだ。


「すみません」


「謝る相手を選べるなら、まだ大丈夫です」


訓練機は前回と同じ作業支援仕様。


右前腕に電磁杭。


左腰にワイヤー。


ただし今日は、電磁杭の作動が封印されている。


「戦闘装備は使えません」


牧野が説明する。


「完全に?」


「構造破壊用の低出力のみ。対対象物打撃は不可」


「なら少し安心です」


「少し?」


「かなりではないです」


背部ハッチへ上がる。


コクピットへ入る。


固定。


接続。


視界が機体カメラへ切り替わる。


巨大な身体。


足裏。


膝。


腰。


前回の感覚が戻る。


戻ってしまう。


«生体接続、正常。

運動補助、七十パーセント。

姿勢補正、救助訓練設定。»


「六十じゃないんですか」


俺が聞く。


相馬の声。


『今日は複数機連携だ。最初は七十』


「下げなくていい」


『状況次第』


「下げないでくれ」


『分かった』


少なくとも、今は聞いてくれる。


訓練区画。


倒壊した集合住宅を模した構造物。


コンクリート壁。


折れた梁。


狭い廊下。


三階建て。


内部に救助ダミー十二体。


俺の機体。


相馬機。


もう一機。


搭乗者は片瀬凛。


第三中隊所属の現場支援ワーカー。


二十七歳。


『片瀬です。よろしくお願いします』


「橘です」


『有名人ですね』


「違います」


『通信指示だけで二現場を救った事務員』


「皆でやりました」


『聞いてた通り』


何を聞いているのか嫌になる。


相馬が通信へ入る。


『訓練目的を確認する』


瓦礫内部からの複数人救助。


一階に四名。


二階に五名。


三階に三名。


建物は段階的に崩壊する設定。


制限時間二十五分。


三機の役割分担は自由。


『指揮は誰が』


片瀬が聞く。


『橘』


相馬が答えた。


「嫌です」


即答した。


『訓練目的だ』


「俺は現場指揮を了承してません」


『上からの指定だ』


「相馬がやってください」


『俺は外周安定化担当』


「片瀬さん」


『私も橘さんの判断を見るよう言われてます』


全員が俺を見るために配置されている。


救助訓練ではなく。


俺の評価。


「やりたくない」


もう一度言う。


相馬が静かに答える。


『記録されてる』


「記録するだけか」


『今は、それしかできない』


腹が立つ。


それでも救助ダミーは配置されている。


本物ではない。


失敗しても人は死なない。


なら。


最低限で終わらせる。


「役割を決めます」


俺は言った。


「相馬は外壁支持。片瀬さんは一階。俺は二階」


『三階は』


片瀬。


「二階まで終えてから判断」


『一機ずつ分ける?』


「崩壊時に互いを助けられないので、完全には分けません。相馬は全体を見られる位置」


『了解』


『分かった』


「開始してください」


訓練開始。



相馬機が建物正面へ。


両脚を前後へ開く。


左足を基礎梁の近く。


右足を後方。


膝を曲げ。


腰を低く。


両腕を倒れかけた外壁へ当てる。


手のひらを開き。


肘を伸ばし切らず。


外壁の揺れを吸収できる角度で支える。


片瀬機は一階開口部へ。


肩を半身。


左腕で瓦礫を支え。


右腕を内部へ。


俺は側面の斜路から二階へ近づく。


足場。


砕けたコンクリート。


傾斜。


前回より、足の置き方が分かる。


右足を斜面へ。


足裏内側。


膝を外へ。


腰を斜面側へ。


荷重を少しずつ。


機体が安定する。


嫌なのに。


身体は覚えている。


「二階入口、幅二・一メートル」


機体の肩幅では狭い。


正面から入れない。


左肩を前。


右肩を引く。


半身。


左脚を入口内へ。


右脚を引き寄せる。


足を交差させない。


腰の回転で胸部を通す。


装甲が壁へ触れそうになる。


左手を壁へ。


押さない。


距離を測る。


指先センサーが接触。


残り四センチ。


右肩をさらに引く。


機体が通る。


内部。


暗い。


粉塵。


訓練用煙。


熱源表示。


救助ダミー五体。


一体は梁の下。


二体は倒れた机付近。


二体は廊下奥。


「二階、五体確認」


『一階、四体確認』


片瀬。


「先に動かせるものから」


梁の下の一体は後。


手前の二体。


俺はしゃがむ。


膝。


腰。


上体。


両腕を下へ。


二体同時に持てる。


だが軽いものほど難しい。


右手のひらを床へ。


一体を乗せる。


左手も同じ。


指では掴まない。


手のひら。


前腕。


肘を曲げ。


胸へ寄せる。


立ち上がる。


両腕に一体ずつ。


腕を胸部へ近づける。


左右の荷重差は小さい。


歩行。


歩幅を小さく。


上下動を抑える。


出口。


狭い。


両腕へダミーを抱えているため、壁へ手をつけない。


肩幅をさらに狭くする。


肘を内側。


両手を胸へ。


機体を半身に。


左脚。


右脚。


ゆっくり抜ける。


外側の救護地点へ置く。


『二体回収、七分』


評価音声。


「読み上げなくていい」


«評価表示を非表示にしますか。»


「して」


数字を見たくない。


再び内部へ。


廊下奥の二体。


その途中。


足元から低い振動。


訓練用崩壊予告。


相馬が言う。


『二階北側、三十秒で崩落』


「分かりました」


予定された崩壊。


廊下奥へ急ぐ。


速歩。


腰の高さ一定。


足裏中央から接地。


右。


左。


右。


ダミー二体。


一体は自力歩行可能設定。


腕の端末を起動。


「誘導モード」


ダミーが立ち上がる。


もう一体は負傷設定。


右手で持つ。


左手は壁や瓦礫へ使うため空ける。


「ついてきて」


ダミーへ言っても返事はない。


自律歩行機構が動く。


出口へ戻る。


振動。


天井から細かな破片。


「あと十秒」


相馬。


左手で歩行ダミーの進路を守る。


右腕の負傷者を胸へ。


入口まで。


外へ。


その直後。


二階北側の床が崩れる。


予定通り。


粉塵。


衝撃。


機体の足裏へ振動。


「二階、残り一体」


梁の下。


時間。


訓練開始から十一分。


余裕はある。


『片瀬、一階四体完了』


早い。


『二階補助へ行きます』


「お願いします」


片瀬機が側面へ。


俺は再び内部。


梁の下のダミー。


コンクリート梁。


推定重量四・八トン。


一機で持ち上げられる。


だが床が弱い。


「片瀬さん、反対側を支えて」


『了解』


二機が梁を挟む。


俺は左側。


片瀬機は右。


足を前後。


膝を曲げ。


腰を落とす。


両手を梁の下面へ。


指先ではなく、手のひら全体。


「持ち上げ幅は二十センチ」


『分かりました』


「三、二、一」


脚で押す。


膝。


股関節。


腰。


腕だけで上げない。


梁が動く。


五センチ。


十。


十五。


床が軋む。


『右側沈下』


片瀬。


「止める」


肘を固定せず。


位置を保持。


梁の重さが両腕から肩。


腰。


脚へ流れる。


足裏。


右踵の荷重が増える。


床が柔らかい。


「俺の右足が沈む」


『交代する?』


「動いたら梁が落ちます」


救助ダミーは梁の下。


本物ではない。


落としても人は死なない。


頭では分かる。


だが腕を緩められない。


「ダミーを引き出す機体が必要」


相馬。


『俺が行く』


「外壁は」


『自動支持具へ切り替える』


相馬機が壁を押したまま、左腕を離す。


支持具を展開。


金属支柱。


外壁へ固定。


右腕も離す。


機体が走らず、速歩でこちらへ。


その時。


音がした。


低い。


鈍い。


訓練用崩壊音とは違う。


予定された爆破装置の音でもない。


地面の奥から。


金属が折れるような。


「今の何です」


俺が聞く。


誰も答えない。


AI。


«訓練進行表に該当音なし。»


足裏へ振動。


一度。


二度。


梁ではない。


建物全体。


「訓練停止」


相馬が即座に言った。


『全機、その場で保持。管制、状況確認』


返事がない。


通信へ雑音。


『管制?』


片瀬が呼ぶ。


応答なし。


訓練用煙の濃度が上がる。


違う。


煙ではない。


粉塵。


建物外側から入ってくる。


「外で何か崩れた」


俺は言った。


次の瞬間。


地面が大きく揺れた。


右足が沈む。


訓練用床ではない。


基礎そのものが傾く。


「梁を下ろす!」


相馬。


「ダミーが下に」


『訓練だ!』


分かっている。


だが下ろせば潰れる。


人形。


それでも。


「片瀬さん、三センチだけ上げられる?」


『やります』


二機で梁をさらに上げる。


右足が沈む。


膝を外へ。


腰を左へ。


右踵だけへ荷重を集中させない。


足裏全体。


片瀬機も姿勢を変える。


相馬機が滑り込む。


片膝。


右腕を梁の下へ。


左手でダミーを掴まず、胴の下へ差し込む。


『抜くぞ』


「はい」


相馬がダミーを引き出す。


『救助対象離脱! 梁を下ろせ!』


二機でゆっくり下げる。


梁が床へ。


衝撃。


さらに地面が揺れる。


今度は訓練場全体の警報。


«実災害発生。

実災害発生。

全訓練停止。

南側整備棟にて構造崩壊。»


訓練ではない。


本物。


「南側整備棟?」


牧野がいる。


整備員。


作業員。


何人いる。


『管制復旧!』


通信。


『南側格納庫の床が陥没! 整備班八名、機体二機が巻き込まれた!』


本物の事故。


地盤陥没。


訓練場の地下。


原因不明。


『第三中隊、救助へ移行!』


神代の声。


『訓練機三機、現場へ向かえ!』


俺は動けなかった。


さっきまで。


命令で無理に乗せられた。


嫌だと言った。


訓練だった。


今は。


本物の人間がいる。


「橘」


相馬の声。


『降りてもいい』


意外だった。


「え?」


『本物になった。訓練命令の範囲外だ』


「でも」


『乗りたくないなら、今降りろ』


作業員八名。


牧野。


誰が巻き込まれたか分からない。


「代わりは」


『別機が来る。五分から七分』


五分。


短い。


長い。


「相馬は」


『行く』


「片瀬さんも?」


『もちろん』


俺だけ降りる。


できる。


訓練命令は終わった。


これは新しい出動。


本人意思。


選べる。


「橘」


相馬が言う。


『断っていい』


昨日も言われた。


今回は本当に選べる。


俺は機体の足裏を感じる。


右足。


左足。


腰。


腕。


さっきまで嫌だった巨大な身体。


今は、使える。


南側から粉塵。


警報。


通信。


『整備主任・牧野千景、応答なし!』


牧野。


俺の搭乗服を確認した。


機体を整備した。


昨日も。


今日も。


「行きます」


声が出た。


相馬は何も言わない。


「命令だからじゃない」


『分かってる』


「救助だけです」


『分かってる』


「戦闘は」


『モンスター反応なし』


「もし出ても」


一瞬、言葉が止まる。


「救助を優先します」


『それでいい』


俺は機体を出口へ向ける。


今度は訓練ではない。



三機が建物を出る。


南側整備棟。


地面が大きく陥没している。


直径二十メートル。


深さ不明。


格納庫の床ごと落ちた。


屋根の一部も傾いている。


鉄骨。


配管。


整備足場。


その下に機体二機。


一機は横倒し。


もう一機は上半身だけ見える。


人間の熱源。


五。


六。


七。


一人足りない。


「外周を止める!」


相馬機が陥没縁へ。


これ以上崩れないよう、重い資材を退かす。


片瀬機は西側。


俺は東側。


「牧野さんの位置」


«生体端末反応、陥没中央付近。深度推定六・二メートル。»


中央。


横倒し機体の下。


「機体に潰されてる?」


«判定不能。»


陥没縁へ近づく。


地盤支持力。


低い。


そのまま踏めば崩れる。


「荷重分散板」


救助機装備。


背部に折り畳まれた大型板。


左手で引き出す。


地面へ置く。


一枚。


二枚。


足場を作る。


右足を一枚目へ。


一度に乗らない。


三割。


五割。


板が沈む。


止まる。


左足を二枚目。


腰を中央。


前へ。


陥没内部。


鉄骨の隙間。


人間では入れない。


機体も全身は無理。


「俺が縁から上半身だけ入れます」


『危険だ』


相馬。


「中央へ行くにはこれしかない」


『ワイヤーを取る』


相馬機が俺の背部へワイヤーを接続。


片瀬機も反対側。


二方向から保持。


「落ちたら引いてください」


『落とさない』


俺は右膝を荷重板へ。


左脚を後ろ。


腰を低く。


上半身を穴へ。


右腕を内部へ。


左手は縁。


指を開き。


地盤を押さえる。


視界が暗い。


照明。


粉塵。


横倒しのフレイムワーカー。


肩部が鉄骨に挟まっている。


その下。


生命反応。


「牧野さん」


外部スピーカー。


返事なし。


「音声増幅」


小さな音。


呼吸。


それと。


金属を叩く音。


三回。


間。


三回。


「生きてる」


俺は言った。


『位置は』


「横倒し機の胸部下」


整備中、機体の下へいた。


床が落ち。


機体が傾き。


整備用の退避空間へ入り込んだ可能性。


「機体を持ち上げる必要」


«推定重量七・八トン。瓦礫拘束あり。»


一機では無理。


「相馬、こちらへ来られますか」


『外周が不安定だ』


「片瀬さん」


『西側に負傷者二名。動けない』


全員に仕事がある。


俺一機。


「電磁杭」


«低出力構造破壊モードのみ使用可能。»


戦闘には使えない。


だが瓦礫を割ることはできる。


右腕を機体肩部の上へ。


挟んでいるコンクリート。


「破砕位置を表示」


AIが候補点。


一か所。


二か所。


三か所。


間違えれば機体が落ちる。


牧野を潰す。


「振動を抑えて」


«低衝撃連続打撃を推奨。»


電磁杭を展開。


前腕から短い杭。


コンクリートへ当てる。


強く打たない。


小さく。


一回。


震動。


機体全体へ返る。


右肘を柔らかく。


肩で受ける。


二回。


三回。


亀裂。


「停止」


破片を右手で取る。


指先。


大きな塊。


掴む。


持ち上げ。


横へ置く。


また杭。


少しずつ。


戦うための武器ではない。


道を作る工具。


「橘、地盤変位」


相馬。


『右側二ミリ沈下』


「あと少し」


『無理するな』


「牧野さんが下に」


『分かってる』


四つ目の破片。


拘束が減る。


横倒し機体の肩が僅かに動く。


「持ち上げられる?」


«単独では不安定。»


「背部ワイヤーを機体へ付け替え」


『お前の保持がなくなる』


相馬が言う。


「左側一本残して。片瀬さん側を機体へ」


『私が引く』


片瀬。


西側救助を終えたらしい。


ワイヤー射出。


横倒し機体の肩部へ。


固定。


「片瀬さん、引き上げ。俺が下から支える」


『了解』


俺は右手を機体の胸部下へ。


手のひらを差し込む。


足。


右膝。


左足。


腰。


腕だけで持たない。


「三、二、一」


片瀬機がワイヤーを巻く。


横倒し機体が軋む。


俺は右腕を上げる。


肩。


腰。


脚。


右足の荷重板が沈む。


地盤警告。


「もう少し!」


十センチ。


二十。


下に空間。


人影。


牧野。


整備用安全枠の中。


「救助経路」


俺の左腕は縁へ。


右腕は機体を支えている。


手が足りない。


「相馬!」


『行く!』


相馬機が外周支持を自動支柱へ。


荷重板を置きながら接近。


俺と同じように片膝。


上半身を穴へ。


左腕を差し込む。


「機体は俺と片瀬さんで」


『分かった』


相馬の指。


大きい。


牧野を直接掴めない。


安全枠ごと持ち上げる。


「枠の下へ手のひら」


俺が言う。


『見えてる』


「急に上げないで」


『分かってる』


相馬の手が安全枠の下へ。


指を閉じない。


手のひらで支える。


少し持ち上げる。


牧野の身体が揺れる。


「頭を固定」


相馬の親指を枠外側へ。


人には触れず、枠を挟む。


ゆっくり。


持ち上げる。


「生命反応」


«維持。呼吸あり。»


相馬機が後退。


右腕の安全枠を胸へ。


足を一歩ずつ。


急がない。


外の救護班へ。


「救助完了!」


通信。


力が抜けそうになる。


だが右腕には横倒し機体。


「橘、離せるぞ」


片瀬。


「ゆっくり下ろします」


ワイヤーを緩める。


俺も右腕を下げる。


機体が元の瓦礫へ。


完全には落とさない。


安定した位置へ置く。


腕を抜く。


その瞬間。


地盤警告。


右側沈下。


大きい。


「橘、引け!」


相馬。


俺は上半身を戻そうとする。


右膝の荷重板が傾く。


身体が穴側へ。


転倒予測。


«前方転落危険。»


左手で縁を押す。


地盤が崩れる。


押せない。


「ワイヤー巻き取り!」


片瀬が叫ぶ。


背部左側の相馬ワイヤー。


巻き取られる。


身体が後ろへ引かれる。


だが右脚が瓦礫へ引っかかる。


「右膝を曲げろ!」


相馬。


膝から抜く。


足首。


踵。


つま先。


荷重を順番に抜く。


右脚が瓦礫から外れる。


機体が後ろへ。


荷重板の上へ。


左脚を横。


支持面を広げる。


腰を後ろ。


止まる。


陥没縁が崩れる。


さっきまで胸部があった場所へ瓦礫が落ちる。


あと一秒遅ければ。


俺も穴へ。


「橘!」


相馬の声。


「生きてる」


呼吸が速い。


全身が震える。


『機体を立てろ』


「少し待って」


『今、立て』


訓練の時と同じ。


救助後に倒れるな。


俺は脚へ力を戻す。


右足。


左足。


腰。


膝を伸ばし切らない。


機体が立つ。


「退避します」


三機で安全区域へ。



コクピットを開けた時。


外の空気が冷たかった。


降りる。


足が地面へ着く。


膝が折れそうになる。


相馬が支える。


「大丈夫か」


「大丈夫じゃない」


「怪我は」


「ない」


「なら座れ」


地面へ座る。


救護班。


牧野は担架。


意識なし。


だが呼吸あり。


右脚骨折。


肋骨損傷の疑い。


命に別状なし。


他の整備員七名。


軽傷四。


中等傷三。


死亡者なし。


「誰も死んでない」


俺が言う。


相馬が頷く。


「ああ」


「訓練中に、本当に事故が起きるんだな」


「想定外だ」


「上は喜びますか」


自分でも嫌な言い方だった。


「現場での行動を見られた」


相馬の顔が強張る。


「言うな」


「目的は達成した」


「事故を利用した評価なんてさせない」


「でも記録は残る」


機体操作。


救助判断。


瓦礫破砕。


相馬との連携。


転落回避。


全部。


「相馬」


「何だ」


「俺は命令で乗った」


「ああ」


「でも事故の後は、自分で残った」


「ああ」


「それを、上は本人同意と扱いますか」


相馬はすぐ答えなかった。


「扱わせない」


「できる?」


「意見書を書く」


「また意見書」


「今度は俺だけじゃない。中隊長も書く」


神代がこちらへ歩いてくる。


ヘルメット。


作業服。


顔に粉塵。


「橘さん」


「はい」


「救助協力に感謝します」


「訓練参加は拒否したままです」


最初に言う。


神代は僅かに止まる。


「理解しています」


「事故対応を、配置同意へ使わないでください」


「今日の行動記録は保存されます」


「評価は?」


「事故対応として必要です」


「人事へは」


「完全に切り離すことは難しい」


やはり。


「それでも、本人意思が変わったとは記録しません」


神代は言った。


「訓練参加拒否。命令により搭乗。実災害発生後は、本人判断により救助継続」


正確だ。


「救助したから、戦闘要員に向いているとは書かないでください」


「戦闘行動はありません」


「電磁杭を使いました」


「構造破砕です」


同じ装備。


使い方が違う。


「救助支援能力については評価します」


「それも嫌だと言ったら?」


「記録は必要です」


神代は誤魔化さない。


「ただし、能力評価と配置同意を分けます」


それが守られるか。


分からない。


「今日の事故原因は」


«地下旧配管層の崩壊と推定。調査中。»


訓練場の下に、古い地下設備。


図面にない空間。


また。


「現場兆候はなかった?」


神代が表情を変える。


「前兆報告は現時点で確認されていません」


「音は」


「訓練開始前は」


「整備員の報告」


調べる。


牧野。


他の整備員。


昨日から、床下で小さな振動を感じたという口頭記録。


正式報告には上がっていない。


「なぜ」


«訓練機移動による振動と判断されました。»


また。


数値化されていない情報。


訓練場だから。


機体が動くから。


いつもの音だと思われた。


「現場兆候報告制度を第三中隊にも」


俺は言った。


神代が見る。


「導入してください」


「局の制度です」


「共有できます」


「検討します」


「今日の事故があっても検討?」


少し強く言う。


神代は頷いた。


「暫定導入します」


一つ。


制度が広がる。


事故が理由で。


それを喜んでいいか分からない。



帰宅したのは午後八時過ぎ。


玄関を開ける。


美咲が立っていた。


連絡は行っている。


訓練中の事故。


救助参加。


怪我なし。


「乗ったの?」


最初の問い。


「乗った」


「命令?」


「最初は」


「最初は?」


「訓練中に事故が起きた」


美咲の顔が強張る。


「本当の?」


「整備棟が陥没した」


「あなたは」


「その時は降りてもいいと言われた」


「降りなかった?」


「うん」


「どうして」


答えは分かっている。


「牧野さんが下にいた」


美咲は目を閉じる。


怒るかもしれないと思った。


だが、少しして息を吐く。


「助かった?」


「命に別状はない」


「他の人は」


「全員生きてる」


美咲の肩から力が抜ける。


結衣が奥から出てくる。


「お父さん、乗ったの?」


「うん」


「逃がした?」


「今日は、穴から出した」


「モンスターは?」


「いなかった」


「じゃあ戦ってない?」


「瓦礫とは戦ったかもしれない」


「瓦礫は敵じゃないよ」


「そうだな」


結衣は俺の手を見る。


「怖かった?」


「怖かった」


「でも乗った?」


「最初は命令で」


「事故の後は?」


「自分で決めた」


美咲が俺を見る。


朝。


一人で決めないと約束した。


だが事故は突然。


相談する時間はない。


「ごめん」


俺は先に言う。


「相談できなかった」


「それは無理でしょう」


美咲は言った。


「その場にいたんだから」


「降りてもよかった」


「降りたかった?」


「うん」


「でも残った」


「うん」


「後悔してる?」


考える。


怖かった。


落ちかけた。


牧野が助かった。


「してない」


正直に言う。


美咲は寂しそうな顔をした。


だが、否定はしなかった。


「それを言われると、止めにくい」


「分かってる」


「でも、命令で無理に乗せたことは別だからね」


「うん」


「助けられたからって、上のやり方が正しかったことにはならない」


その通りだった。


結果が良かった。


だから命令も正しかった。


そうされるのが怖い。


「訓練参加拒否は残す」


「絶対?」


「記録された」


「次も命令されたら」


「また嫌だと言う」


「それだけ?」


「命令なら、難しい」


美咲は怒らなかった。


「仕事を辞めろとは言えない」


生活。


家族。


責任。


「でも、嫌だって言うのはやめないで」


「うん」


結衣が聞く。


「嫌って言っても乗るの?」


「そういうこともある」


「変なの」


「大人は、嫌なことでもやる時がある」


「でも、嫌って言っていい?」


「言っていい」


「じゃあ、お父さんは今日ちゃんと言った?」


「何回も」


「駄々こねた?」


「かなり」


結衣が笑う。


「見たかった」


美咲も少し笑った。


ようやく家の空気が緩む。



夜。


日記を開く。


---


五月十日

勤務内容:現場支援適性確認訓練/訓練場陥没事故救助

場所:第三機動復興兼防衛中隊訓練場

搭乗機:作業支援仕様フレイムワーカー

機体補助率:七十パーセント


午前。


現場支援適性確認訓練への参加命令。


訓練継続意思は拒否と記録済み。


今回も本人意思は拒否。


所属長命令により参加。


何度も行きたくないと言った。


訓練でも乗りたくないと言った。


それでも命令された。


---


ここで一度ペンを止める。


子どものように駄々をこねた。


だが、書く。


嫌だったことを。


---


訓練内容。


倒壊建物からの救助。


相馬機、片瀬機、自機の三機。


自分が現場指揮を指定された。


拒否したが、上部指定により担当。


救助ダミー四体を搬出。


梁下の一体を救助中、訓練予定にない振動と金属破断音。


南側整備棟の床が陥没。


実災害へ移行。


---


相馬は、降りてもいいと言った。


訓練命令の範囲外。


代替機到着まで五分から七分。


牧野整備主任を含む八名が巻き込まれていた。


自分の意思で救助参加を選んだ。


命令ではない。


---


動作記録。


陥没縁へ荷重分散板を設置。


右膝を板上。


左脚を後方。


上半身のみ陥没内部へ。


横倒し機体下に牧野整備主任の生命反応。


電磁杭を低出力構造破砕モードで使用。


コンクリート拘束を小刻みに破砕。


片瀬機のワイヤーと自機右腕で横倒し機体を持ち上げ。


相馬機が整備用安全枠ごと牧野主任を回収。


救助後、陥没縁が追加崩壊。


右脚が瓦礫に拘束。


相馬機のワイヤー巻き取りと、右膝・足首の荷重抜きにより退避。


---


人的被害。


死亡者なし。


重傷一名。


中等傷三名。


軽傷四名。


牧野主任。


右脚骨折。


肋骨損傷の疑い。


命に別状なし。


---


訓練は嫌だった。


命令で乗った。


そのことは変わらない。


事故が起き、人を助けた。


結果が良かったからといって、命令が正しかったことにはならない。


自分が救助を選んだからといって、訓練参加へ同意したことにもならない。


この二つを分けて記録する。


---


大切なこと。


嫌だと言ったこと。


それでも命令されたこと。


事故後は、自分で残ったこと。


全部が同時に存在する。


一つだけを選べば、話は簡単になる。


上層部から見れば。


命令に従い、事故現場で結果を出した職員。


家族から見れば。


嫌がりながらも人を助けた父親。


自分から見れば。


帰りたかった。


降りたかった。


でも牧野さんを置いていけなかった。


---


事故前兆。


整備員から、床下の微振動に関する口頭情報あり。


訓練機移動による振動と判断され、正式報告なし。


第三中隊へ現場兆候報告制度の暫定導入を要請。


神代中隊長、了承。


---


最後。


---


相馬は、事故発生後に降りてもいいと言った。


以前。


断ってもいいと言った。


今日は、本当に選ばせた。


自分は残る方を選んだ。


それを相馬の推薦が正しかった証拠にはしたくない。


上層部の命令が正しかった証拠にもしたくない。


ただ。


あの時。


あの場所で。


人がいた。


自分は機体に乗っていた。


だから残った。


それ以上でも。


それ以下でもない。


---


今日の結論。


嫌だと言いながら乗ることはある。


命令に従いながら、納得していないこともある。


自分で残ることを選びながら、次も乗りたいとは限らない。


人間の意思は、一つの項目には収まらない。


以上。


---


日記を閉じる。


端末に、新しい通知。


上部安全評価室。


訓練および実災害対応記録を踏まえ、現場支援適性評価を更新しました。


開きたくない。


だが開く。


救助判断:S


機体姿勢制御:S


複数機連携:A


危険下継続能力:S


本人意思:訓練参加拒否。現場配置拒否。


最後の一行。


備考:実災害時、本人判断により救助行動を選択。


正確だった。


少なくとも、今は。


その下に、次の通知。


現場支援ワーカー候補審査を継続します。


やはり外れない。


結果が残った。


上層部は、もっと気にするだろう。


命令で乗せた訓練中に。


本物の事故が起き。


結果を出した。


最悪の偶然。


だが。


虚偽ではなかった。


事故も。


恐怖も。


助けた人も。


全部、本物だった。


だからこそ。


次に乗れと言われた時。


断る理由も。


乗る理由も。


今日までより少しだけ、複雑になった。


---


第十二話 終。

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