黒血の悪夢(中)
この話がどこから始まっている物か、何となく察している者もいるだろう。そして、この話の行き着く先も。
しかし今はこの夢を見てほしい。そして知るべきだ。彼の者が喪い、ヴィオ・クロードと邂逅した事で思い出した記憶の1部を。彼の者とクロードを繋いだ、たった一つの繋がりを。
『何故、貴様がここにいる』
◆
「え、休暇?」
俺は小さく頷く。とはいえ向こうから見れば俺は鼻先位しかでてないし、後は赤い目が闇の奥から輝いてるだけだ。
白狼はため息をつく。自分の男のファッションセンスよりも、ここまでして行く場所にいいイメージがないからだ。
「別にいいけど、大丈夫?ラメルド中央なんて行って…」
「…長居する訳じゃない。俺だってあまり行きたくないが仕方ないじゃないか」
「武器ならここでも直せない?」
「いや、ちゃんと直してくれる場所がある。金はかかるけど、そこはちゃんと持ち合わせがある」
「着いてかなくて大丈夫?迷子にならない?」
「いや母親か」
外套の隙間から裏手でツッコミを入れる。右手は指の先まで包帯が巻かれ、呪いが侵食してきていることを暗に示す。だけど、こんな態度が取れるのも彼女だけ。それだけ気の置けない仲へと、俺たちは変わっていた。
白狼はため息をつき、ホームにある机に肘を着く。最近プライベートで構えてないのもあるが、もう少しだけ我慢して欲しい。俺だって、触れられないのは辛いから。
「ここから中央まで2日と半日…ここにはテレポートゲートも無いし、ほぼ6日ロゥお預けか〜」
「悪いな。帰ってきたらちゃんと相手する」
「約束だぞー。破ったら1日言う事聞いてね?」
「ああ、分かってる」
ハナの頭をふわりと撫でる。「んひひ」とニヤけた笑みを零す彼女がとても愛おしい。
「…行ってらっしゃい、ロゥ。お土産、楽しみにしてる」
「…行ってきます。ハナも、寂しいからって他のやつに言いふらさないでくれよ?」
「バカ言わないの。それが嫌なら、早く帰ってらっしゃい」
お互い握りしめてた右手を離し、汽車へと乗り込む。切符には"ラメルド中央行き"と書かれ、駅員の判子もしっかりと押されている。
丁度いい場所を見つけて座り、窓を挟んで手を振る。彼女はまた、今度は口パクによる『いってらっしゃい』を送ってきた。俺は窓を息で曇らせ、小さなハートで応えた。
汽笛が鳴る。彼女が離れる。笑顔で、しかし隠しきれない寂しそうな顔で送り出してくれる。
ロゥ、生存経過年数…74年。
◆
「はぁ…ハナと行けば良かったかな…中央……」
早くも小さく独り言を呟く。周りには金持ち風の夫婦や学生、その他一般客が多く、逆に冒険者風な者は少ない。
それもそのはず。こんな辺境から出てくる冒険者なんてまずほとんど居ないからだ。辺境は辺境、中央は中央と冒険者達は少なからず寝床を構える。だから冒険する事はあっても、ここまでの遠出をする奴はいないのだ。
特に俺のようなもの…訳ありとかだと話が変わってくるのだが、今は関係ない話だ。
誰とも目を合わせず、ひたすらに持ってきた本に目を通す。これは本屋に売っていた連載小説なるもので、パッと見開きで読んだものが面白かったのでそのまま続刊ごと購入した。
内容としては、記憶喪失の狼と少女、そしてその仲間たち。それを取り囲む暗い世界のうねりが巻き起こすファンタジー物。色んなものが流れてくるラメルドだからこその異世界物…ってところだ。なお、今は3巻である。
(…こんだけ綺麗な恋愛してみてぇな〜。いや、まず無理だな。もう相手いるし、ハナ以上を望むと絶対ロクなことにならん)
その思考をかき消すようにアナウンスのチャイムが鳴った。続いて聞こえてくるのは、男…車掌の声だ。
『この度はラメルディア中央ギルド前行き列車のご利用、誠にありがとうございます。ただいま~…』
(ああ、昼飯の時間か。だからアナウンスが…)
確か俺の後ろの車両がそのレストランになっていた。宿泊前提の列車だからかそういう所は充実している。まあ、そのサービスをお願いしたやつしか入れないけど。そして当然俺はそれを頼んでないけど。
『…~で。到着は夜の7時となっております。それでは、残り短い時間ですがご利用の程、よろしくお願い致します』
(夜…まあいいか。その方が目立たないだろ)
椅子に深く座る。体が少し沈み、眠気を……引き起こさない。どんなに経っても俺は、1人では眠れないらしい。
………!……!
(……ん?)
なにやら後ろの車両がやかましい。聴こえるのは男の怒号。それと…陶器の割れる音。
(…あんまり、ガラじゃないんだけどなぁ)
椅子から立ち上がる。窓から少しだけ様子を見て、扉を開けた。
◆
綺麗だな。と思った。いや、今起こってるこの状況では無く、
「ふざけるなぁッ!」
怒号、そして飛んでくる皿を首を傾けて避ける。
「申し訳ありません!申し訳ありません!ですが危険ですので食器を投げるのはおやめ下さい!」
ひたすら頭を下げる雌の鹿人。他のウエイトレスや貴族も怯えきってる様だった。とはいえ見たところ冒険者は幾人かいる様子。どうやら何か事情を知ってて首を挟まないらしい。
暴漢は貴族の1人だろう、無駄な肉を付け、ブヒブヒと喚く姿は嘆かわしい。まあ豚なのだからそれでおかしいことは無いはずなのだが。
『手を出すのはやめた方がいい』
不意に頭に響く声がした。俺の1番近くの席、どうやら魔法使いのようだ。
『彼はここじゃ常習犯だ。ああやって女の子に触れて嫌がられたらキレる。そろそろ会社側も出禁にしたいらしいけど、彼自身がその社長らしいんだよね。まあ成金って奴だよ。だから、これからもこの列車を使いたいなら…』
「煩いな。後にも先にも、今日の行きだけだよ」
「!」
魔法使いを睨みながら呟くと、魔法使いが驚いた顔をする。どうやら知っている声だったらしい。小さく「まだ生きていたの」と呟いた。
「生憎死ねない体でね。昔よりは鳴りを潜めてるが」
『…今更中央に何の用?残念だけど貴方の経歴は抹消されてるし、向かった所で指名手配以外何も無いと思うけど』
「なぁに、肉が無くなったとかそういう話じゃないさ。ただのプレゼント探しだ」
『…誰への?貴方が、プレゼント?』
やはり、この魔法使いは俺を知っている。70年経った今も。もしかしたら、過去に喰った奴の子供かもしれない。
「安心しろ。変な意味は無いさ。とりあえず…おいオッサン。うるせぇんだよ、おちおち眠れもしねぇ」
「あぁ!?俺が誰か分かってのクチかぁ?」
「さぁ、知らん」
「お前…冒険者だな?みすぼらしい姿で俺の列車に乗ってんじゃねえ!」
投げつけられる皿。とはいえデブが投げる物なんてたかが知れてる。右手でしっかりとキャッチし、魔法使いのテーブルに置いた。豚も何かおかしいと気付いたのか、後ずさる。
「どうした?冒険者って分かってるならこれくらい普通だろ?」
「お、お前…」
「それともなんだ。他の奴だって迷惑してんのに気が付かない社長サマだからか?会社へのフィードバック対応は最悪なようだな」
豚人はオークのような顔に一層皺を刻む。そして何を考えたのかナイフとウエイトレスを1人、その凶器をウエイトレスの首に当てる。
「お、俺はこの列車の社長だ!!だからこんな事をしてももみ消せる!許される!対してお前はどうだ!?富も、名もないお前がここで反逆した所で自分の首を絞めるだけなんだぞ!!」
「…名前、ねぇ。それがありゃ許されんだな?」
「ゆ…許されるわけ無いだろうがッ!それ以上来てみろ!女はあまり傷つけたくないんだ!!」
ああ、ニヤケそうになる。あんなやせ細った獣人1匹で俺を何とかしようとしてる。戦うのではなく、持ち前の無形財産で俺を脅してる。
向こうまでは20m程、嫌でも届く。
もう一度右手を伸ばす。フードの闇の奥から触手が飛び出し、冒険者達はそれを見てどよめいた声を出した。的確にナイフを弾き、ついでと豚人の頬に傷をつける。
「名前がチカラになる…だとするならば俺は…お前よりも有名な自信があるぜ?」
豚は何が起こったか分からない。という顔をした。ひたすらうねる触手を目で追い、突然「ひ」と引きつった声を上げる。
…残念ながら、ここにはギルド直属の騎士とかはいなさそうだ。ボディガードすら見えない。余程人望がない男なのだと確信する。
「な、何故お前がいる!?ぼ、冒険者共!コイツを…!」
「先に言っておくが、俺は別に事を荒らげるためにこれに乗った訳じゃない。お前の不祥事ごと揉み消せるなら消して欲しいものだが…どうだ?」
「ち、中央でまた……人を…喰うのか!?」
「馬鹿言え、もうヒトに興味なんかない」
触手がフードの奥へ引っ込む。周りの奴らは突然現れた脅威を目の前に呆然としている。…それでも数人は、余程恨みがあるような顔をしていた。だが、相手にする気もないので無視する。
「お前も社長なら何やってもいいと思うな。あんまりこういうのはガラでは無いんでな」
「あ……あぁ……」
小さく腰を折る。そして自分の席へと戻る事にした。列車は、そんな大きな脅威を乗せているとも知らず走る。
◆
『ご利用ありがとうございました。ラメルディア中央区でございます。長旅、お疲れ様でした』
列車を降りて駅員に切符を見せる。顔も確認せずしっかりと頷き、「ようこそ、ラメルディアへ」と挨拶をくれた。中の奴がどんなのなのかは想像もしてないだろう。
駅を飛び出しかけた直後、後ろでギルドの奴らが騒ぐ声が聞こえた。おおよそ俺が乗っていたのを誰かが告げ口したのだろう。急いで狭い路地裏に入り、壁を蹴って上へと逃げる。今は夜だから、こちらの方が目立たない。
「…久しぶりだな……この景色も」
賑わう人達。あらゆる種族が入り乱れる大通り、所狭しと埋まった建築物。中には大きな竜が冒険者を乗せて飛んでいる。下手をすれば見つかりそうだ。
(さて…用事さっさと終わらせよう。どうせ帰りはアンカーがある)
武器の修理…自体がメインではないけれど。果たして俺のセンスで何とかなるものか…
壁伝いに路地裏に降り、悠々と歩いていく。
孤児、物乞い、チンピラ、ヤクザ、浮浪者…なんとまあこっちも人の増えたこと。それらを避けて歩いていく。道はなんとなくだが体が覚えていた。
(こっちを降りて…んで次は…)
中央へ、中央へと進んでいくにつれ道が広くなり、ネオンの灯りやキツい香水の匂いが強くなっていく。まあ元々ここは獣人お断りな世界だから何を言うつもりもない。匂いこそアレだが、味は悪くない場所だから。
そうして、ひとつの店にたどり着く。パッと見なら裏道の扉一つ。そこにはclosedと書かれた木の看板がかけられているだけだ。
しかし、それが嘘であると俺は知っている。扉を開け、その名も無い"店"へと入り込む。
「おやおやおやおや。どうやらかなり珍しい客人だ。70年振りかな、魔王の子」
「だから、俺は魔王の子じゃねえっての。…首尾はどうだ?アリス」
そこは小さなバーになっていた。表向き、こういう隠れた名店なるものに憧れていたと、目の前のアンドロイドは語ったことがある。
「どうも何も、今は準備時間だとも。そんな時に押しかけてくるなど…」
「なんだ、コッチじゃないとろくに相手にしてくれんだろう?」
「そうとも。特に…キミのように特別なお客様は、ね。所で、その後ろを付いてきている子は今日の獲物かい?」
「は?後ろ?」
振り返る…よりも先に触手が動く。足元から飛び出し、女の首へと伸びる。
とす、と背中にダガーが刺さる。手馴れているのだろう、心臓真っ直ぐに一突きだ。一瞬触手が止まるが、女はダガーから手を離さず奥へと押し込んできた。
「死ね…悪魔ッ!」
「お前は…」
触手が女の右手を貫き、そのまま首を縛る。「はぐっ…!」小さく呻く女。だが、ほんの数刻前にコイツを見た事があった。というか、会話もした。
「まさかお前が…魔法使い」
「黙れ!その血で汚れた口を閉じろッ!!」
手に穴が空いて、首が絞まっているというのに殊勝な女だ。にしても臭い。列車の時からコイツは本当に…
触手に力を込める。筋肉のついてない華奢な体だ。
「か…ヒュッ……」
「あんまり大事にしたくないんだけどな…列車でも言ったろう?」
「お前…が、来た時点で…ありえない話なんだよッ!
『シャドウダイ…ブ!』」
なるほど、影潜り。つまりあの駅で既に俺の影に入り俺をつけていた、と。だが、コイツはここを知らないようだった。だから女が唱えたそれも、反応を返さない。
「あ…れ……クソ!潜れ!」
「ああ、申し訳ありません。ここは対魔結晶で魔法や魔術を封じているのです。私の体には毒ですから」
「な…ガ……ギ………」
女が藻掻く。だが悲しいかな、触手は離れる気配もなく首を絞め上げる。すんでの所、女が涙を流したのを見て俺は一度触手を緩めた。空中に吊り上げられていた彼女の体は力なく床に落ちる。
「ゲホッ!ガハッ!はぁっ、はぁっ、はぁっ…なんで…」
「無鉄砲だったな。俺がどこに行くとも知らずノコノコついてきて、結局殺しきれない。まあ、こんな無属性の短剣ひとつじゃどうも出来んが」
「なんで…死……」
「言ったろう?死ねないと。使命とかそんなんじゃない。本当に死ねないんだ、俺は」
女から触手を離し、背に刺さった短剣を抜き取る。それをマスターのカウンターに置くと、アンドロイドはそれを興味深そうに手に取った。
「ほほう、毒剣ですか。それも塗られているのは砂鰐の血。即効性の出血毒ですね」
「ああ、だから自信があったのか。だが暗殺するなら、もっと情報を集めるべきだぞ魔法使い。だから殺せないし、反撃されるんだ。後衛ならば特に情報は益だ、ちゃんと集めとけ」
「煩い…うるさいッ!!お前が!父さんを!母さんを私の……腕を…!」
よく見ると彼女の左手首から先が無い。傷口が小さいのを見るに幼少期とかだろう。だが俺とてもう70程だ。いつの獲物だったか、そもそも最後に食った年も覚えてない。
「…そうか、だが悪いな。俺は覚えてないんだ…」
「お前…お前ェエ!!」
女が俺の首を掴む。片手で、必死に、絞めあげようとする。だが所詮は筋肉のついてない女だ。簡単に振り払い、触手がまた彼女の首に巻き付けると、魔法使いは体を震わせる。
「悪いな、刺し所も悪かったから俺からしたらノーダメージだ」
「な……」
羽織っていた外套を脱ぐ。背中にはしっかりと短剣が突き刺さった痕が残っていた。だが血は流れていない。むしろ真っ黒に染まり、毛のない体が見えている。
「しばらくしてからかな、体がどんどん真っ黒になって毛も抜けてくんだ。見えてる所は右腕だけだけどな。体はもう真っ黒で痛みもなんも無い。心臓が動いてる様子さえない」
「…っ……」
「お陰で命拾いしたようだがな。助かったよ。やっぱり情報は正義だな」
触手に力を込める。足がギリギリつくかつかないかの位置まで持ち上げると、女はまた無様にもがくのだ。
「死ね…しね!この、悪 魔……!お前が、添い遂げられる…人間なんて……どこにもいやしない!結局!自分の手で殺すのが関の山だ!」
「…そうか」
ギリ。といっそう触手に力を込めた。メキメキ…と骨の軋む音がして、気道を完全に塞がれた女はバタバタと足を揺らすだけ。それも次第に弱くなり、やがて動かなくなった。
「殺したのですか?」
「まさか。俺自身で大事にしたくないって言ってんだから。にしても臭いなコイツ…男の匂いばっかしやがる…」
香水に紛れた、男の汗や精液の匂い。余程の好色持ちだったか、あるいはそうでもしないと生きていけなかったか。正直どうだっていいが、臭いのキツい肉は食いたくもない。
「コイツ、どうする?トルソードールにでもして娼婦街に棄てるか?」
「でしたらやっておきましょう。彼女を奥の部屋に置いてきますね」
アンドロイドは女を抱え奥へと消えていく。
…と思ったら手をハンカチで拭きながらそそくさと戻ってきた。
「…さて、お待たせしました魔王の子。今日はどういったご予定で?」
「ああ、忘れてたなそういや…武器の修理。あと欲しいもんがある」
「ほう、とりあえず武器の方を受け取りましょう。バックで勝手に直しておきます」
刀身を防刃テープでぐるぐるに巻いた鉈を置く。棘が飛び出して戻らなくなったそれをみて、アンドロイドは怪訝な顔をした。
「…また乱暴に扱ったのですか?」
「今回は違う。中で何かカジって閉まらなくなったんだよ。俺だって蹴り飛ばして戻らなくなると思わなかったんだ」
「……まず剣は足に取りつけるものでも無い限り蹴ってはいけませんよ。特に、あなたのコレは特殊なんですからね」
「はいはい、金はある。また使えるようにしてくれ」
「…相も変わらずなことで」
テープを綺麗に外し、カウンターの下へと下りていく。下で小さな駆動音がし始めたので、修理はこのまま手放しだろう。
「で?もう1つあるのでしょう?」
「ああ、そう。宝石とか…あるか?出来れば魔石がいい。微弱な魔力で追跡出来るやつ」
「…ストーキングですか?」
「違うよ。何かあった時にすぐ駆けつけられるようにしたいんだ。彼女に渡したい」
「…ほう、ほうほうほうほう……プロポーズですか。いやあ、魔王の子も春が来たと」
「いいから。あるのか?ないのか?」
「もちろんありますとも。ただ加工には少し時間がかかります。その間に『お願い』…こなして頂けましたら指輪代はオマケしちゃいますよ」
「…いいぜ、乗った。誰を殺す?」
アンドロイドは玄関の先を見る。臭いのきつい魔法使いが消えた今、俺も扉の先にいる何人かに気が付いた。
「此の会話は確実に聞こえておりません。ですがここに居るということは…」
「魔法使いに何かしら追尾の魔法を使われていた。か」
「…頼めますか?武器無しで」
「むしろその方が早い。凶器が無ければ特定も遅いだろう。特に…冒険者なら、いくら死んだって探されないさ」
「ふふ…でしたら、お任せします。『人喰いローズ』様」
もう人を喰わぬと思っていた。が、こうなる以上好き嫌いはしてられん。それに…俺自身、変わったとは思っていなかった。
衝動的に動かなくなっただけで渇きがあった。
理性で押さえつけただけで、物足りない感じはしていた。
ハナがいたから、誰も食べなかった。
(だから…)
「今日限りの復活だ。人喰いとして、アイツらの証拠ひとつ残らず喰らってやろう」
扉を蹴り開ける。そこからは言うまでもない。
その小さな路地裏は、月の光も届く事無く紅くなったのだから。
◆
「……ゥ様、ロゥ様。そろそろ起きてくださいませ」
「あ……あ?なんで寝てんだ、俺…」
「少し、無理やり眠って頂きました。肉の部分ならば毒も効くのですね」
「麻痺毒?」
「えぇ。以前マスターが貴方を鎮圧する時に使っていたものです。修理と加工、終わりましたよ」
「ああ……指輪はあれだ。適当に見栄えのいい箱をくれ。あと帰宅用のテレポートアンカー」
「……北西のウィストガルフですね?」
「そう。そこの『風の隣人』って酒場の近くに頼む」
「かしこまりました。もう少しお待ちください、それまでに着替えて下さいね」
「…おう」
血で汚れた外套をゴミ箱に捨て、代わりに置かれたフード付きのマントを羽織る。黒に赤のラインが入って少々目立つ様な気がするが、世間はまだ昼間だし、薄暗い路地裏なんて見に来る暇なギルド連中はそうそういない。
「お待たせしました。サイズ、合いましたか?」
「おう、バッチリだが…これ、線要らないだろう?」
「お似合いですよ。蓄光素材を使っているので夜道では光ります」
「無駄な凝り方やめろ」
「今回はお許しください。あとは帰るだけなのですから」
どうも人臭いアンドロイドはニコニコと笑い、修理され鞘へと収められた鉈と小包の入った紙袋を差し出した。
「修理品とご依頼の品です。追跡用の貴方の指輪もこちらに」
「わざわざ俺の分まで…」
「そのほうが楽でしたので。"繋がり"を重視する貴方には丁度いいでしょう?」
「…まあ、いいだろう」
アンドロイドは小さく笑い、お辞儀をする。
「店の前はお眠りの合間に掃除しておきました。問題無いはずです」
「ありがとな。んじゃ、武器が壊れたらまた頼むよ」
「今度はすぐ壊さないでくださいね?いざと言う時に使えなくなったら、困るのは貴方なんですからね。
…何度も言いますが、ソレは貴方にとって特別なのですから」
「…分かってるよ」
不満げに呟きながら店を出る。アンドロイドはもう一度お辞儀し、とても無機質な笑顔を向けた。
「またのお越しをお待ちしております。ロゥ様」
「…おう」
その夜起きたことは誰も覚えていない。仮に覚えていようとも口にしない。
その日のうちに、冒険者が6名居なくなったことなど、誰も気にとめなかった。
◆
(指輪はゲット。あとは…お土産かな。流石に表で買うしかないか…)
商店街へと歩を進める。昔から変わらない活気と、冒険者をなんとも思わない気軽さがここには確かに残ってる。
だけど、今日はなんだがピリピリしていた。通行がてらに耳に入る話を聞けば、みんな同じような話題をしている。
『人喰いがまた現れたらしい』
なんともソースのない噂だ。ふんわりとした『人喰い』なんて言葉だけで括られて、誰が出たかなんて覚えてもない。そりゃ、気付くやつは昨日のようにいるだろうが、今日位は問題無いだろう。
「…ん?」
「お、なんだいニイチャン。お前さんには似合わない服しかないぜ?」
「そりゃ見たら分かるよ。これ…いくらだ?」
「おん?好きな奴にでも贈るのかい?」
「そんなとこだ。サイズは?」
「フリーだぜ。新素材の魔法錦糸で編まれた特別製だ」
「…1つくれ。色は…そうだな……」
「お悩みかい?だったら…コレとかどうだい?ニイチャンとお揃いだぜ?」
「…そりゃ助かる」
いい物も見つけた。これで土産にはバッチリだろう。あとはあの酒屋で振る舞う分だけ買えばいい。
「ありがとう、またいい物仕入れてくれよ。おじさん」
「おう!ニイチャンもまた来てくれよ!」
男は豪快に手を振って送ってくれた。さあ、残りも済ませて早く帰ろう。
◆
「……」
「どうしたマリー。そんなにロゥがいないのが寂しいか?」
「うるさいな。今日も仕事無かったせいで暇なの。なんなら鍛錬付き合ってよクゥ兄」
「えー?今から動くのか…?」
「嫌ならいい」
「ああいやそうじゃなくて…やっぱ、心配なんだろ?」
窓をそっと覗く。白狼の兄妹は妹が机に伏し、兄もその姿を肘をついて見ていた。
「そうじゃない。アイツ、結局1番大事な事言わなかったんだよ…」
「…『愛してる』とか?」
「恋愛初心者に相談してもそんなものか…」
「一応言っておくけど俺も傷つく時は傷つくからな??さすかにマリーといえど辛いぜ…?」
肩も尻尾もガックリ落とし、カウンターに項垂れている。ハナの方は怒っているのか、尻尾が不機嫌そうに縦に揺れていた。
「…ロゥ、何時帰ってくるのか言わなかったの。それだけ…」
「マリー…」
「…人喰いの件、バレたから逃げるタイミング探してたのかな…」
心臓が無くなっているはずなのに、かつてあったであろう場所が締め付けられた。確かに俺は、ロゥである前に人喰いローズマリーである。そして、俺はその名前を隠れ蓑に昨日で5人殺した。
確かに、最初は普通に入ろうとした。アンカーで帰ってきて、少しだけ浮かれた足取りでハナの肩に顎を置きたかった。俺だって、ハナが好きなはずなのに。
『お前に添い遂げられる人間なんてどこにもいやしないッ!』
あぁ、あの言葉がフラッシュバックする。あの魔法使いの、苦悶と殺意に満ちた目が俺を射抜く。
『お前なんて…自分の手で殺すのが関の山だッ!』
無意識だった。いつ帰るか言わなかったのは。
帰れると思ってなかった自分がいたから
帰るつもりがない自分が居たから
やはり俺は…ヒトである前に、化け物なのだと再認識した。
「…私は、大好きなのに。伝わらなかったのかな…」
そうだ。ずっと居てくれた。風の隣人にいる間も、ダンジョンに行っても、クゥもいて3人一緒だったんだ。付き合う前からいつも。
血が繋がってない。人喰いと分かっていても。あの場所ほど暖かった場所はない。どこに行けども血と肉しか無かったのに、俺の世界に花が咲いた。たった一輪の、真っ白な花が。
「………は…」
そうしてようやく、魔法使いの呪いの言葉が聴こえなくなった。
クゥが、親父さんが、ハナが。例え血が繋がっていないとしても、確かに繋がっている事を確信した。
「!」
「え、ど…どうしたマリー?」
「いや、今ロゥの声が聞こえた」
「は?いつ?」
「すぐそこ!聞こえなかった……の……」
何故か咄嗟に隠れてしまった。プレゼントは全部外套の裏に隠しているとしても、ここから今動いたら音が立つのは分かりきっていた。
「……気のせいかな…」
「全く、流石に俺はなんも分からなかったぞ…」
どうやら上手く隠れ通せたらしい。…いや、というか出ずらくなった。余計に。盗み聞きしてる方が悪いがこの空気でどうやって出ろって言うんだ。この際今日はしれっと部屋にだけ戻って明日の朝『寝静まった後に帰ってきたが何か?』みたいな顔してればなんとか…
「隠れるの下手すぎない?」
「!?」
窓から顔を出し、こちらを怪しい目で見下ろす白狼。それに対しなんとも情けない顔で見つめかえす黒狼。
「い、いつから??」
「いや、声が聞こえた時。気のせいだったのかなって思ったけどさ…ロゥの触手がずっと窓の先で踊ってんだもん」
「し、触手??」
「どういうとぼけ方…?ロゥの首のそれだよ。マント捲りあげてでも踊って…もしかしてロゥより正直じゃない?」
「え、あ、ああ……はは…」
触手を慌てて掴みながら、なんとも苦い笑みを返す。白狼はため息を吐いて「早く入ってきなよ、寒いでしょ?」と促される。従うようにおずおずと入口に顔を出すと、クゥが驚いた顔をしていた。
「ホントにいやがった…いつから盗み聞きしてたんだよ?」
「えと…ハナの『私は大好きなのに』辺りから…」
そう言った途端、ハナは耳も尻尾も逆立てた。聞いていたのはほぼ最初からだけど、1番記憶に残っててパッと出てくるのがここだったんだ。
「最悪…ロゥってそういうとこあるよね……普通に帰ってきてよ」
「す、すいません…」
「…ふ、ふふっ、ロゥが敬語…」
「いやクゥ、俺最初は敬語だったろ…?」
「そうかもね~。今じゃどうでもいいかな」
そう言ってハナはこちらに近づくと、おもむろに鼻を寄せてきた。
「ハ、ハナ…?」
「うん?なんか香水の匂いがする…誰の匂い?」
「俺自身は会ってないよ、隣にキツい人がいただけ…」
「ホントに?」
「本当だよ。そもそもハナ以外のやつに興味無いっての」
「うっは…ここら辺ロゥのファンいんのに可哀想…」
気軽に会話を繰り返して、気が付けば時刻も寝静まるくらいの頃合いだ。3人お互いの欠伸が伝播して、なんとも言えない気持ちになる。
「…ハナ」
「ん?何?」
「渡したい物が…ある」
「何何?こんな時間なんだしお菓子とかはやめてね?太るから」
「前より1kg増えてるのに今更増えても"ォっ!」
唐突に、だが残念と言えば当然なボディブローがクゥを襲った。そのまま撃沈。哀れ兄狼。
「で、何くれるの?」
「…これ。開けてみてくれ」
指輪の入った小さな包みを渡す。中身を察したのか、心配そうな目を向けて恐る恐る開ける白狼。中に入っているのは、翡翠色と群青色の宝石が納められた指輪だ。
「…これを、どこで?」
「武器の修理は確かにメインだったけど、そろそろいいかなと思って…さ。クゥいるけど、今言っていいか?」
「え?な、何を?ちょっと待ってロゥ??私ちょっと追いついてない…」
クゥの顎が落ちんばかりに開いている。多分俺も、今まで見せたことない顔をしてるのだろう。ハナも困惑したままだ。
だけど言わなきゃ。
ここで後に回せば、きっと取り返しがつかなくなるから。
「…俺も、もっと素直になりたかった。というか、素直になれたのは、ハナ達の前だけだったのかもな。だから、ちゃんと言う。
…ハナ…違う。マリー。俺と、結婚して下さいませんか?」
「…………」
「…ごめんな、突然で。でも、帰ったら言うって決めてたんだよ」
「…………」
「……は、ハナ?」
指輪の箱を握った手をとると、ハナが驚いたのか真っ白な尻尾が飛び跳ねた。そして言われた事を理解してオドオドし始めてる。お互いにどういった顔をしたらいいのか分からなくて、にらめっこしてるみたいで少し吹き出してしまった。
「…ロゥが、笑った……」
「え、返事よりそっち?」
「え?あ、ああ!ごめんごめん!そう、結婚ね…結婚……私たち、付き合って何年だっけ?」
「5…6年位のはずだよ」
「じゃあ、そっか、うん。大丈夫…だね?えと…」
昔は、ハナに諭された。ずっと隠していた事に疑いをかけて、確かに逃げるタイミングは探していたかもしれない。
だけど、今なら。ここに居たいと、ハナの隣で生きたいと吼える俺がいる。あの小説程では無いけれど、俺なりに、まっすぐに気持ちを伝えたかった。だから伝えた。
「……ロゥは、さ。きっと、これからも戦う…よね?」
「ああ。勿論」
「だったら、約束しよ。何があっても、どんな大怪我をしても、生きて、笑って私の所に帰ってきて。ちゃんと帰ってくるって約束して。いつ帰ってくるか言わずに、どこかに行かないで…」
「…分かった。ちゃんと言うよ」
「そう?でもロゥの事だしなぁ…突然ふらっと消えてこうやってサプライズとか言い訳しそうだし…」
「そ、それくらいは良くないか…?」
「え、何良いと思ったの?そういうとこだよ?」
「……すいません…」
縮こまる俺の頭に、優しくハナの手が乗る。ふわりとした、剣を握っているとは思えない手だった。
「…初めてだよね。頭撫でるの」
「そりゃ、今まで嫌がったからな……どうしても頭を下げられなかったんだ」
「分かるよ。私だってロゥの境遇だったら誰にも頭下げたくないよ。
…ね、指輪、どっち貰っていい?」
「どっちでもいいぞ。好きな色を選ぶといい」
「じゃあね、こっち。ロゥが持ってる剣と同じ光の色してるから」
ハナは翡翠色の指輪を手に取った。その宝石に触れると1層輝き、やがて落ち着いた。
「これ、宝石じゃないの?」
「魔石だよ。すまんな、ちゃんとしたやつは買えなかった」
「いいよ、十分綺麗…ホント…突然だね、ロゥ」
「そうだな、突然だ」
翡翠色の指輪を受け取り、ハナの左手の薬指にはめる。…その辺でようやく気が付いた。フリーズしたままのやつがもう1人いた事に。
「……クゥ。そろそろ起きてこい、いつまで口開けてんだ乾くぞ」
「あ!クゥ兄そういや大丈夫!?」
「ハナも忘れてたのか…」
「………はっ!?おま…け、結婚!?ダメだダメ!マリーがいいって言おうが俺は断じて認めないからな!!」
「クゥ兄親父かって」
「はぁ!?お前…マリーこそコイツで良いのかよ!?」
「むしろ最高。1番家族に欲しい甘え候補」
「はっ……」
「おいハナ、そろそろ辞めてやれ。血の涙流れてる……なあクゥ、それ比喩だよな?本物じゃないよな?」
クゥを全力で慰めるうちにいつもの空気へと変わっていく風の隣人、その3人。やけに静かだと思ったら親父は厨房の影から見てるし玄関でも野次馬がいるし…気が付いたら音楽団だなんだとどんちゃん騒ぎが始まった。始まってしまった。
「今宵は新たに結ばれたマリーちゃんとロゥにかんぱーい!!」「「「かんぱーい!」」」「そんな奴の所に行かないでマリーちゃーん!」
「おうもう一回言ってみろ殺すぞ」
「ロゥ、どうどう」
「俺は馬じゃねえっての……てか、忘れるとこだった」
「え?」
「忘れもんだよ、忘れもん。指輪だけで緊張し過ぎてこっちもあるって忘れかけてたんだよ」
そう言ってこちらは懐から大きな紙袋を手渡す。ハナがそれを開けると、こちらには真っ赤なドレスが入っていたのである。そう、おじさんチョイスだけどハナにも似合うと思った物だ。目立った飾りこそないけれど、それこそ素材が十分出来ているハナなら必要ないとも思ったもの。
「これ…え?今日でいくら使ったの?」
「まあ俺普段はほとんど金使わないから。溜め込んでる分の4割くらい…かな?」
「そ、そう…意外と尽くすタイプなの…」
「尽くすっていうか、あんまりスキンシップ取れなかった事への贖罪だよ」
「……今ちょっと着替えてくる!ロゥ踊ろ!」
「おう、着替えてこ…は?いや待て!俺踊れないぞ!?」
普段の彼女ではありえないほど足音を立ててバックヤードに引っ込む。そして出てきたハナは、見違えた様な美しさだった。
ガーネットと呼ばれる色のドレス、確かあの首飾りはアーティファクトだったような気もするが発動しなけりゃただの綺麗な装飾品だ。
「ちょっと胸キツイかな…」
「まあ、本人居ないのに買ったからな…」
「…まあいいや、ロゥ軽く踊ろ!」
「いやだから俺踊れな…てかハナ胸はみ出っ」
「いいからいいから!」
居酒屋の即興楽団達が曲を変える。それを合わせてステップを踏む2人。ロゥは確かに、自分の中に満たされるものを感じていた。それが幸せと気が付くのは、全てが終わった後である。




