黒血の悪夢(上)
「……ゥ!そ……った……!」
「わ……ク……!ハ……れ………!」
ここはラメルド郊外。イクリプス戦線から62年が経った頃の、とあるダンジョン内。
「ロゥ…!そっち行ったぞ!行けるか!?」
「や…れるッ!!」
持っていた剣を中空へ投げ、それを魔獣へ向け蹴る。ブーメランのように回転し、魔獣の首へと突き刺さると同時に剣は隠していた棘を吐き出し自身を体へ固定する。触手を伸ばし、剣の柄を掴み飛び蹴りを食らわせた。刺さっていた剣が奥へと押し込まれ、首の反対側へ突き出る。魔獣は体を痙攣させ、すぐに動かなくなった。
「ロゥナイス!それで最後だよ!」
「……ふぅ…危なかったな……だが、よくやった。ロゥ」
剣を引き抜き、強く血を払う。三日月型の血痕が地面に刻まれる。
「……クウ、ハナ、怪我はないか!?」
首には細く長い、真っ黒な帯…触手と呼ばれるものが伸び、右腕はアームカバー。その隙間からは包帯が巻かれているのが見える。返り血はかかっておらず、だが少し赤みがかった黒い毛はその者の生き方を暗に語っている。対照的に、剣は白く、緑色のラインが入ったマチェット。
狼獣人ロゥ。またの名を、ローズマリー。
生存経過年数…67年。
着ていた防刃ジャケットに刻まれた跡を見てゾッとした。魔獣に付けられた爪痕は左胸から右太もも辺りまで伸びていた。そのせいか、右腿の一部がざっくり切れている。幸いにも、移動に困る場所は切れてない。しばらくすれば血も止まるだろう。
「うわ…おいロゥ。それ今のうちに治療しとけ。どうせここが最後の部屋だしな」
「いやいいよ、さっさと取るもんとって帰ろう。これくらいなら支障は出ないから」
「あー、私が手当するからほら。ロゥ自分で出来ないからそう言ってるでしょもう…」
「おう誰が応急処置下手だと?」
「アナタ以外の誰がいんのよここに」
そして、同じく狼獣人の『ハナ』こと、マリー・アルゴニア、22歳。狼獣人のクゥ・アルゴニア、26歳。2人は、兄妹だ。
「ほら、傷見せて。そんな引っ張って隠したらむしろバレバレだってば」
「だから俺は痛みに鈍いから大丈夫だって言って…お願いします…」
「ふふ、よろしい」
拒否しようとしたら傷口に短剣を向けられ、とりあえず従う事にする。治療する為に怪我させようとするのはアリなのか??いやむしろそこまでやらないと俺が聞かないと思われてるのか……
「クゥ、お宝あったかー?」
「おうバッチリな!だけど…なんなんだこりゃ?見るからに高そうではあるんだが…」
足の止血が終わった頃、そう言ってクゥが持ってきたものは大きな鉱物だった。くすんだ乳白色でありながら、ダンジョン内の明かりに当たると自らを虹色に輝かせる。
「コレって…」
「ん?ロゥ知ってるのか?」
「……いや、多分見間違い。似たようなのを前に本で見た事あったなって」
「なぁんだ。ちなみにそれなんてヤツ?アーティファクト?」
「うん、アーティファクト。
確か名前は……時竜の角」
「「ときりゅう?」」
兄妹が素っ頓狂なハモリを見せる。その事にいち早く気がついたマリー…ハナが、気に食わなかったのか兄に向かってボディブローを繰り出した。もちろん手が出ると思っていなかった兄はそのまま轟沈。ついでに俺も驚いて尻尾と触手がまっすぐになった。
「…はぁ、んで?そのときりゅうのつの?って奴はどんなアーティファクトなの?」
「……えと、眉唾みたいな話だけど…確か『過去に戻ることが出来るアーティファクト』って書いてあったな。でもそれがそうだとは思えないよ」
「それは帰って親父に見せたら分かることよ。ほらクゥ兄!いつまで寝てんの!」
「な、殴ったのはお前だろうが…」
朗らか(?)なやりとりを見て失笑が漏れる。聞いていたハナがこちらを見たが、俺は何処吹く風とそっぽを向く。
「ロゥ、ここにうずくまってるの置いてこ。帰ろ」
「オーケーだ。じゃあなクゥ」
「お、お前ら……」
痛みに震える子狼から角を取り、ついでと触手でその子狼を抱える。「ゔっ」と呻く声が聞こえたが、むしろ運ばれるだけ有難く思ってもらおう。
「ねぇロゥ。さっきの投剣どうやったの?まぐれ?」
「いや?投げ方にコツがあるんだよ。後は前に蹴り出せばトマホークと同じ飛び方するんだ」
「へぇ〜、じゃあさじゃあさ…今度私と…」
ダンジョンの帰り道、そこには3人の狼の兄妹が談笑している姿があったと言う。
◆
「おう!帰ってきたなガキども!今日はどうだった?んん?」
「ただいま親父!」「ただいま…」「ただいまです、おじさん」
「おじさんはやめろと言ってるだろローズ!まだマリーを嫁にやった覚えはないぞ〜!」
「うぐ」「親父??」「……」
「おっとと失言失言〜、とりあえずほら!今日は何取ってきたんだ?見せてみろ」
彼は居酒屋『風の隣人』のマスターでありクゥ、ハナの育て親。名を、ジークバルデ。梟人の癖に剛健、豪胆、豪快とその筋肉やポテンシャルの高さが体の至る所に見えてる。まあ、2人が狼なのになぜ父が梟なのか…大体は察するだろう。
「2人とも大きくなったなァ…アイツにも見せてやりたいぜ…」
「ほら親父、今日の収穫。いつも通り鑑定お願いね」
「……おうとも!ちょっと裏にひっこんで見てくるから、待っててくれや!」
どうも趣味はアーティファクトやラメルディアで手に入る宝物のコレクションらしく、元は嫁(狼人)からそれを貰ってその対価を支払っていたとか。一応ギルド登録もしているから、対価の費用はしっかり出るらしい。まあそりゃ、何個も何個も冒険者からアーティファクト買ってたらアレかもしれないが、そこまでやるか?ともなる。ここら辺は、人間の趣味の領域なんだろうとも思う。
「ねえロゥ、ちょっと動き足りないから模擬手伝ってよ」
「俺はクタクタなんだが…」
「そう言って昨日も付き合ってくれたじゃん!今日だけ!今日だけだから!この通り!」
「なあマリー、俺じゃダメなのか?俺なら付き合ってやれるぞ〜」
「クゥ兄はダメ。面白くないから」
「おもっ…」
またも心無い言葉を受けるクゥ。完全にいじけて机に突っ伏して寝始めた。いつもは余力を残しているから付き合えてたけど、最近の魔獣はどいつもこいつも危険度が上がっている。おかげで一筋縄では倒しきれないし、単独で討伐に行かなくなったのもそのせいだ。
…ごく自然に他人を頼る。イクリプスを倒したあの時とはえらい違いだった。あの時は悪名の方が有名で頼れるやつなんていなかったからな。そうやって考えれば、時間様々だ。あんなに酷かった食人衝動すら、ここまで薄れているんだから。
「…分かった。1回だけな?それ以上は明日に響く…」
「ぃよっし!じゃあ私準備してくるね!逃げちゃダメだからねロゥ?」
「逃げないよ、負ける気ないし。負けたらまた何でも聞いてやる」
「言ったね?忘れないからね?」
さて、強い事を言ったはいいが、実際の所俺とハナの勝率はほぼ5分といったところだ。多少なり経験が勝る俺だが、技術や戦闘面の判断の速さはハナに負けている。ここに関しては戦闘スタイルの違いによるものだ。
「行くか…」
「盛大にダサい負け方しろ。女に押し倒されろ」
「実際、俺がそれされたらどうする?」
「羨ましすぎるから後で追い打ちをかける」
「やめろ」
「でも勝ったら勝ったで蹴る」
「ただの逆恨みじゃねえか」
◆
居酒屋の脇、的やら練習用の木剣が入った箱やらと並べられた広場。2、3個の少ない明かりの中で準備運動をする2人。
世界はもう夜だ。月とこの数しかない明かり。あとは居酒屋から漏れる光位しかマトモな光源は存在しない。だけど彼女はその中で輝いている。大方あの白い毛並みのせいだが、ちゃんと毛の手入れを怠っていない証拠だ。同種としては、やはりちょっと羨ましい。
「んじゃ、いつも通りのルールね。
使うものは木剣。ロゥは触手アリ、私はアーティファクトの1つなら使用OK。体に一発当てるか、体術で組み伏せた方の勝ち」
「……いつも思うが、触手アリでいいのか?無い方がお互い対等だろう?」
「んー…そりゃ対等かもしれないけど、その触手を3本目の腕として使ってるでしょ?こうやって慣れておけば、今後の冒険に対していい経験になる。私も私で、複数相手のいい練習に。ほら、気にならない」
「俺が気にするんだってば…それとお前の体に当てた時が一番怖いんだからな?」
「大丈夫だって!それとも当てちゃうの?」
「…当てねぇよ。ほらやるぞ。あんまり遅くなると迷惑になる」
お互いが木剣を構える。俺の使うものは普通の長さ。それを担ぐように肩にあて、姿勢を低く取る。右手を地につき、体に受ける攻撃や抵抗を減らし、速攻で跳び駆ける為の構えだ。
対してハナは、長さの違う木剣を2本逆手持ちに、だらりと腕を下ろしている。一見構えていないように見えるそれは、ハナ独特の構え方だった。右手の長い剣で攻撃を受け流し、無防備な所を左手の短剣で突く。軽やかな動きも相まって、蝶と呼んでもいい。それくらい美しいのだ。彼女は。
「さ、いつでもどうぞ?」
「じゃあ、行くか!」
獣のように駆け出し、真正面から斬りかかる。カァンッ!とお互いの木剣が打ち合い、衝撃が手に伝わる。至近距離での鍔迫り合い、しかしこちらが両手なのに対し、向こうは片手だ。パワー負けしている。直に押され始め、すぐさま弾いて回し蹴りを放つ。同じことを考えていたのかお互いの蹴りが重なり、半歩後ろに下がる。
「…読んでたな?」
「何回もやってるからさすがにね…でも、好機は今かなッ!」
「いいぜ、来いッ!」
触手がうねる。まだ相手はアーティファクトを使ってない。だから何を使うのか不確定だが大体読めている。あの動きとスピードだ。使うものは…まあ加速系以外あるまい…
長剣が振り下ろされる。それを触手で受け止め、勢いを殺さぬように背後へと投げる。上手く体を捻って着地した白狼が長剣を空へと投げて……
「なっ!?」
「ロゥの…真似ッ!!」
蹴り出された長剣を間一髪で上に弾く。重すぎる一撃。たった一度しか見せていない技を学ばれたという衝撃。それよりも、彼女の胸中で輝く赤い光に、視線が釘付けになっていた。
「……バレちゃった」
「あの…光は…」
話には聞いてた。無色透明な鉱物であるとも、生物とも言われるアーティファクト。女神が遺した最初の遺物であり、使い手によってそのチカラ、カタチを変えるモノ。
「ロスト…アーティファクト……!?」
「これだって、十分アーティファクトだよッ!」
ひと跳びで距離を詰められる。加速…に見えたが、違う。これは…
「…筋力増強かッ!」
突き出された短剣を弾き落とし、触手で掴もうと伸ばす。しかし触手を掴まれ、空へと放り投げられる。
「チェックメイトだよロゥ!」
「クソ…がッ!」
負けたくない。無敗とは言わないが、それでも自分が有利なのは間違いない。それよりも…自分が『化け物』である以上『敗北』という2文字がこの上ないほど屈辱だから!
「え!?」
一瞬、ほんの一瞬だけ体が黒に染まる。ここまで隠し通してきたハズの『化け物』のチカラ。黒くなった場所から小さく結晶が生える。傍から見れば『だからどうした』という状況だ。俺は空中、対して向こうは着地を狩ればいいだけ。だからそれを許さぬ一撃を、彼女に叩く。
「っ……!」
「ロゥ…!?大丈夫!?」
すんでの所で理性が帰り、無理やり触手を制動させた。白狼に刺さる直前で止まり、俺は受身を取らぬまま地面へと激突する。白狼が急いで駆け寄ってくるが、頭を打ったのか視界が揺れる。
「……だー、くそ…負けだ負け。空に弾かれた時点で何も出来ん…」
「あはは…ロゥ、魔法は基本ダメダメだもんね……空中制御も無いとかなり辛そう…」
「うっせ、これはもう体質なんだから仕方ないだろ…」
「はいはい、勉強嫌いの言い訳はいいから。とりあえず私の勝ちね?」
「ああそうだ。何でも言えばい”ッッ!!」
「あ…」
弾きあげていた長剣が頭部へと直撃する。不幸中の幸いか刀身ではなく柄の方だが、それがトドメとなり、明滅していた意識が闇の方へと引きずられていく……
『ダサい負け方しろ』
(ああ…ダサい負け方したぞ……クゥ……)
◆
『……アナタはどうして、そうまでして戦うの』
『そりゃ、それが俺の存在意義だからだ。戦いがなければ俺は存在できない。例え独りであろうと、死なないこの体がある限り俺は戦う。手段なんて選ばない、使えるものは全部使う』
『それは…私も?』
『……当たり前だ』
『そう。納得した。だからアナタは』
私を殺して、その死体を蹂躙できたのね。
「違ウッ!!俺はッ!!!」
「ロゥ…!?」
見覚えのある天井。だけど部屋の匂いが違う。女性が好きそうな花の匂い。名前は…出てこない。
「あ…?」
「大丈夫?頭打ったせいで変な夢でも見た?」
「頭?……あ〜…」
少しずつ自分の身に起こったことを思い出す。ベッドから起き上がり自分の体を確認すると、右腕の包帯が巻き直されていた。
「あ、勝手に触ったよ。包帯随分使い込んでたでしょ?だから新しいのに替えたの」
「……つまり、見たな?」
「…何を?」
「誤魔化さなくていい。見ただろ?右腕」
「……後ろ、鍵閉めて」
小さく顔を顰めた白狼。そこまで気にするものなのかという抗議の目か、あるいは異質なものを見た怪訝な顔か…とはいえ見られたなら、俺は…
カチャリ、と扉の鍵を閉め、近くのスツールへ座る。ここは居酒屋の2階、小さな宿舎になっており、そこに俺やハナが住んでいる。
ハナが小さな香炉を取り出す。アレはアーティファクトの一つだ。蓋を開けると小さな煙が壁や天井に吸い込まれていく。効果は『遮音』。よくある外から聞かれないようにするものだ。
「……せっかくだから、さっきの勝ったもの、ここで使わせてもらっていい?」
「別に構わん。もう見られたなら尚更な」
「……その…」
彼女の目はとても心配そうにしていた。大火傷を見てしまい、後ろめたくなったような顔で、何をそこまで気にする必要があるのか俺には分からなかった。
「……痛く、無いの?結晶刺さったままで…」
「痛くない。刺さってる訳じゃないからな。コレは俺の中から発生してるものだ」
「え?じゃあロゥの体から生えてる鉱物ってこと?そういう奇病?」
「…まあ、そんなもんだ」
ここは辺境だ。ラメルドの中央なら俺の悪名は嫌でも届いてるだろうが、どうやらこっちまでは来ていないようだった。だからここに隠れているというのもあるが、流石にバレなさすぎる。コイツらならともかく、2人の親であるあの梟には中央とのパイプがあるはず。バレてないわけが無いはずだ。
「…なあ、ハナ。俺の…」
「まあいいや。それよりも…私ちょっとお願いがあるんだよね…」
「…なんだ」
白狼は代わりにとベッドに寝転がる。だが顔は壁に向けて、尻尾が忙しそうに動いている。
スタイルのいい彼女だ、馬鹿なヤツなら部屋に連れ込まれた時点で『誘われている』なんて勘違いもしそうな程、女としての肉付きがいい。1回の食いでは少ないだろうが、それは部位の美味さでカバー出来……違う。
(クソ…さっき使ったせいで衝動が……)
「……ねぇ。ロゥって…さ。好きな人、いるの?」
「ぁ?……今はいないが?」
「!」
ハナの尻尾がぶわりと立つ。狙っている回答と違ったのだろうか…むしろこんな見目でいると思われていたのか……
「…じゃあさ、今…あー、パートナーとか作る気は?」
「…ない」
「……そう。
…しんどくない?独りで生きるの」
「…寂しくならないか、という事なら…そんな事は無い」
「…慣れてるんだ」
「そりゃあな。10年近く独りで生きてたら嫌でも慣れる」
「そう。なら、さっきのはロゥの妄想?」
『私を殺して…』
「…ああそうだ。俺の妄想だよ。頭打ったせいで色々混濁したんだ」
確かにあの悪夢は俺の妄想だ。守り切れなかった物を悔やみ、60年以上経った今も引きずっている自覚はある。あんな事を言われたことは無い。むしろ死に際に感謝されたはずなのに、本当の言葉を憶えていないし、俺は自分を許していない。誰にも言わないし、誰にも言えない。
ちらり、扉の傍に立て掛けられた鉈を見る。あの白い体に、俺はどれだけ血を浴びせたのだろう。ヒト、ケモノ、竜、ありとあらゆる生き物を屠ったアレは一体、何を思っているだろう。
「…ふ〜ん……」
対して、ハナの反応は素っ気なかった。色々問い詰められてもおかしくないはずだが、彼女はどうやらそっちの問題はどうでもいいらしい。
「さ…て、と。なんでも言う事聞いてくれるんでしょ?」
「ああ、何でも聞いてやる。何でも…」
「じゃあ、抱いてよ。私を」
「あのなぁ、俺をからかってるのか?」
「本気。昔の女に未練がないなら、抱けるでしょ?」
「…」
「…多分だけど、聞いた事あるよ。中央へ行った時に、ロゥの事。たった1人で魔王を殺した英雄。だけど、公には賞賛できない位酷い事をしてきた大罪人。
"人喰いローズマリー"…ロゥの事じゃないの?」
嗚呼…なんだ、とっくの昔にバレてたのか。ならコイツらは、俺を知ってて黙っていた事になる。余程のアホか、それとも虐殺を恐れて何も言わなかったか。
ハナは体を起こしてこちらに向き直る。しかし顔には恐怖など微塵もなく、むしろ立ち向かってきそうなほどに真っ直ぐな目だった。
「そうだよ。俺は人喰い。まあ、その名前を聞いたのも20年ぶりかな。今じゃ色褪せすぎて皆忘れてきているだろうと思ったが」
「忘れてないよ。少なくとも中央のギルドは。でも私はそんなことどうでもいい。なんなら喰われたっていいって思ってる」
「は?」
予想していない言葉が聞こえて、疑問符満載の反応が口に出る。ハナはその姿がおかしかったのか少しだけ笑って、スツールに座る俺の背後へ回った。
「親父も気付いてる。だけど無視した。だってロゥが本当に人喰いなら、60年以上生きてる事になる。仮に魔王を殺した英雄としても、それはおかしいでしょ?」
「そりゃあ、そうだが…お前の口から聞いた限りじゃ、俺はほぼクロだろ?」
ハナは後ろから優しく抱きしめてきた。体は一切震えていない。その胆力にむしろ俺の方が怖くなってくる。
内心、怖がって欲しかった。『化け物』と言って、中央に通報されていれば良かった。そんな気持ちがある傍らで、"良かった"と安心する自分がいる。
「私から見たら、ロゥはロゥであって、人喰いローズマリーじゃない。それじゃダメ?」
「…そんなの、ただの個人の主観であって客観ではないだろう」
「確かにね。でも好きになっちゃったんだもん。いいでしょ?」
「好きになる人は選ばないと、後で泣きを見るのはお前だぞ」
「ロゥはそんな事する人じゃないでしょう?
…ていうか、そこまで気がついてて逃げようとしてる?」
「……」
やっぱり、怖いのはハナではなく…俺自身だ。過去は忘れられない。色褪せても、乾いても、全て俺の世界を物語る為に残り続けている血溜まり。それを他人に背負わせたくなくて、独りで生きていくと決めていたのに……
(嗚呼、揺らぐ…)
「じゃあ、なんだ。お前は…俺の隣にいるのか?ずっと、死ぬまで」
「それもいいかもなぁ…だってロゥ、目を離したらすぐ怪我するもん。ずっと見張ってた方が健康になりそう」
「…馬鹿言え。ずっとなんて見てられるものか」
「意外となんとかなるかも?」
「んな訳…」
無い。と言いかけた所で口を塞がれる。初めてのキスの味は、言い表せない様な甘さがあった。小さな口付けがエスカレートして、お互い抱き寄せて、初めて知る、ヒトの、血肉以外の味を堪能する。
「…なんだ、両想いじゃん」
「…お前、美人って自覚ないだろ。だからクゥも過保護なんだよ」
60年以上経って、本当に牙が鈍ってしまった。今この状況、昔の俺なら彼女の首に噛み付いていたろうに、そんな気は一切起きなかった。イクリプスの暗い衝動すらなりを潜め、今この瞬間だけ、ヒトであると自覚した。
「俺は気難しいぞ」
「チョロいクセに、強がらなくていいよ。ロゥ」
「どっちが。震えてるぜ?」
「ふふん、告白…通ると思わなかったもん。ロゥ、自分でパートナー作らないって言ったばかりなのに」
「違いない、だが恋仲とパートナーは別物だろう?」
「…そういとこだぞ。ばかおおかみ」
「化け物に求婚するやつも相応にバカだがな」
「…ね、キスの続き」
「お前が望むなら、いくらでも」
これが、始まり。”人喰い”では無く”ヒト”としてのロゥのスタート。
そして、来るべき復讐に囚われる前の、最初の姿。




