黒血の悪夢(下)
この世界はどこまでも醜悪だ。
どこにいたって、誰かが死ぬ。
もしそれを抑えられたとしても、増えすぎたモノは勝手に争い、自滅する。
俺がいた世界も、そうだった。
■の祝福なんて要らなかった。ただヒトの進化の先として生きたかった。
ヒトを殺す力なんて、欲しくはなかった。
ただ…誰かを愛し、誰かに愛されたかった。
……それだけなのに。
……
…どうして。
◆
「……妙な気配だな…」
「なにかあったか?ロゥ」
「いや…」
ダンジョン踏破後の帰り道。どこか漠然とした不安を抱えて俺は歩いていた。今日のメンバーがいつもの2人ではなく、助っ人として入った風の隣人の常連4人パーティなのもあるかもしれないが、違和感を持っていたのはどちらかと言うと森に対してだった。
いつもの帰り道、なんてことは無い…普通の道…なのに、この嫌な感覚は何なのだろう?
「まあいい、今日も今日とて大漁だしな!さっさと帰ってパーッとやろうぜパーッとよ!」
「…それもそうか。そうだな、うん」
「にしてもロゥお前、相変わらずすげえ戦い方してんだなぁ、マリーちゃんと真逆って言うか…正面から切り込んで自分の体ごと相手をぶった斬るって言うかよ…危なくねぇ?」
「これが俺のスタイルなんです。というか、それに関しちゃリーダーだってタンクなんだから1番危険でしょ?」
「そりゃそうだがね。俺は好きでこれをやってるからよ」
「…そんなもんですか?」
「そんなもんさ。そら、さっさと帰って1杯やるぞ!」
◆
「かんぱーい!」「かんぱーい!ガハハハハ!!!」
宴が始まる。俺はそそくさとカウンター席まで向かい、腰を下ろした。途端に疲れが肩にのしかかる。思いのほか、俺もガタが来てるのかもしれない。
「ふぅ…」
「お疲れ様、1杯どう?いる?」
「…酒よりお前が欲しいよ、ハナ」
「どうしたの?癒して欲しい?」
「欲しい。今日はなんかやけに疲れた…」
風の隣人のカウンター席に座りながら、ぐでっと机に突っ伏す。隣にも同じ姿勢で死んでいる義兄がいるが、こっちは別に気にしなくて良さそうだ。
「全く、2人とも頑張りすぎだよ。私妬けちゃうな~」
「俺はともかく、クゥは仕方ないだろ。中央ギルドの遠方派遣隊の1人なんだからさ…それも隊長。よくやるよホントに」
「おかげで連日ここで気絶してるけどね…自分の兄とは思いたくないわ…ちゃんとベッドで寝てくれないかな」
「んぐぅ……マリー…たぁんと甘えてこいぃ……」
「…ロゥ。首絞めてでも起こしていいよ」
「いやいやいやいやいやいや」
恐ろしい提案に首を全力で横に振る。その姿が滑稽だったのか、白狼はくすくすと笑って頬に小さくキスをしてきた。
「しばらく暇?」
「まあね。今日でとりあえず傭兵依頼は終わり。また店の手伝い入るよ」
「大丈夫だってば。たまにしかない休みなんだからしっかり休んで?」
「そうもいかないよハナ。お前が今1人でここを切り盛りしてんだ、手伝いたいんだよ」
「そう言って先週お皿割ったよね?」
「…カウンターとかテーブル周りの掃除なら出来るだろう…」
「分かったよ。じゃあ明日は酔い潰れた人の後処理とかよろしくね?」
「…勿論」
「あーっ!ロゥの奴が見せつけてんぜ~!」「「ひゅーひゅー!」」
「だあぁクソうるさいな!!いいから酒飲んでろよお前ら!!」
「だったらお前も付き合いやがれ!こちとらいい加減お前に勝ちてえんだよ!」
「ああ分かったよ付き合ってやる!今日は早く潰れんなよ!!」
とても温かい酒屋が、そこにあった。血で血を洗い続けた日なんてもう忘れかけてて、今はただの冒険者。昔に戻ったような気分だった。
…そう。確かに俺の目にはそう見えていた。
◆
世界が灰色になる。時か止まり、俺の意識が覚醒する。だけどなんだかふわりとしていて、生きている実感がそこには無い。幽霊とはこんな感じなのかと、冷静な自分が客観的な感想を述べた。
『なん……だ、これ……』
酒屋に1人、色のついたまま立ち呆然としている黒狼。ヴィオ・クロード…つまりこれは、夢の中だ。じゃないとこんな世界説明がつかない。自分の中に存在しない誰かの記憶なんて、今更1人しか思いつかなかった。
「ロゥ……ローズ、お前なのか?」
止まった時の中で、他の人物とは違い、輪郭のハッキリとした黒狼に話しかける。当然だが反応はない。だが、確信していた。すぐそこにロゥがいる。何故か、証拠もないのに感じていた。
「…何故これを、また俺に見せる?何か意図があるのか…?」
そもそも、俺がここにいる理由が思い出せない。夢なら、現実の俺は眠っているはずだ。だが嫌にリアルで、なのに受け取るものは断片的で…まるで、既に起きたことを追体験しているような気分。飯の味まで分かるなんて、一体どこまで深く潜っているのだろうか…
「ロゥ…」
とても楽しそうな、後世代の不死獣。そこに兵器のような無機質感は無く、ただ生きている事に幸せを噛み締める獣が一匹いるだけだ。
「……ごめん。勝手に止めて。多分俺は、また勝手に入ってきたんだろ?なら、最後まで見届けるよ。むしろ、見せてくれ」
あぁ、また意識が溶ける。
そして世界に色が戻り、時は動き出す。
◆
「…さて、と」
早朝、酔い潰れた男たちを一人一人担ぎ上げ店の前に置いていく。装備もあるおかげで重量こそ凄いが、まあこれくらいなら造作もない事だ。日はもう出てるし凍えることは無いだろう。扉にかけてある看板を『CLOSE』に移し、そっと閉める。夜明け前にはもうクゥの姿は無かったから、もうギルドの業務に戻ったのだろう。
箒、塵取り、モップとロッカーから取り出し、尻尾を痛くない程度に腰に巻き付け、髪留めで留める。窮屈だが、こうでもしないと尻尾が長いせいで尻尾が色んなモノをはたいてしまうのだ。
「さ、ハナが起きる前にやりますか…!」
まずはテーブルに上がったものをどんどん片付けていく。皿やグラスは厨房の流し台へ、ゴミは用意しておいた袋へ。触手も使ってさっさと整えてしまう。
次に掃き掃除。隅から隅までホコリやチリをまとめ触手で持った塵取りでまとめていく。纏めたものはそのまま先程のゴミ袋へと、我ながら、普段の生活で触手が便利に役立つことは珍しい為新鮮な気分だ。
テーブル拭きの水気を絞り、足元では雑巾を触手で持って、床とカウンター、テーブルを同時に拭いていく。いつもハナが歌ってくれる子守唄を微かに歌いながら、気が付けば一室は新品同様な輝きを取り戻していた。
「よし。さ、こっちを片付けて洗い物…」
尻尾の髪留めを外して厨房へ。勿論入る前にある程度ブラシで抜け毛を取り除く。ハナに散々言われたし親父さんにも怒られた。あの二人の剣幕は似ているせいで強く出れないのだ。
「ゴム手袋よし。さ、洗い物…」
時計を確認する。そろそろハナが起きて朝ごはんを食べに降りてくる頃だ。慣れた手つきで皿を洗い、グラスを濯ぎ、食器置きへ並べて乾かす。
「………」
皿の汚れを落としても、昨日の不安は、未だに落ちない。心の片隅に引っかかったままだ。静かな森は好きなのに、あれ程落ち着かない森も初めてだった。
(…何を、怯えてるんだ。俺)
分からない。分かれない。この漠然とした不安を取り除く方法を、必死に頭を引っ掻き回して模索する。
…見つからない。
「ふぁ…おはよう~。あれ、ロゥ?」
「ん、ん?あ、おはようハナ。洗い物と掃除、終わらせておいたよ」
「本当?ありがとう…あぁだめ、まだ眠たい…もう少し寝ていい?」
「…別にいいが、開店時間ギリギリまで寝て、また辛い目に遭うのはハナだぞ。俺は仕込みとか出来ないんだから」
「いつも私の事見てるのに~…」
「舌がバカになってるせいで味濃過ぎちゃうんだってば」
「分かってるよ…ふあぁ…あ、ロゥ抱き枕になって……」
「おいおい…」
厨房の食料庫を開け、そこからパンを取り出すハナ。それをぱくりと咥えて、手を使わずに顎の動きだけで食べていく。
「ん~…味気ない…でも朝からはめんどくさい…」
「…今度、ちゃんと料理は練習するよ」
「本当?」
「ハナの体が栄養失調で壊れたら最悪だし、それに…いつまでも綺麗でいて欲しいからな」
「ごふっ!?げほげほ!ろ、ロゥ!水!水ぅぅ!!」
「あぁぁぁぁぁちょっと待て今渡渡」
なんて、平和なのだろう。そう思っていた。
…この日の昼までは。
◆
「お客さん…来ないね…」
「だな…今日は忙しいんかね…」
「そんなことは無いでしょ…きっと二日酔いとかだって」
「にしてもよ…流石に誰も来ないのはおかしくないか…?」
店の中にたった2人。客はおらず、昼飯の時間を越えても誰一人として現れない。ここは酒屋だけでなくお宝の鑑定とかもやってるから、少なくとも早く戻れた冒険者達がアーティファクトとかを持ち寄ってくる。それすらもないから、何かあったのかと心配になってきた。
「…ハナ、俺ちょっと装備取ってくる」
「え、どこか行くの?」
「なんか…胸騒ぎがする。ここまで誰も来ないのはおかしい」
「…分かった。行ってらっしゃい」
「別にどこか行く訳じゃない。何ともないならここにずっといるさ」
ササッとエプロンを外し、自室へと戻る。傍らに掛けてあるハーネスを取り、順番通りに体に巻いていく。だがそれに鎧などは取り付けず、武器を載せる為のパッチのみ。あとは腰に鉈刀を差し、黒い外套を羽織る。念の為鉈の光を見る。淡く、緑色に輝いた。『異常なし』を報せる光だ。
「………?」
下で扉が勢いよく開いた音がした。俺は知り合いの匂いであると同時に、確かに感じた血の匂いに跳ぶように階段を駆け下りる。
「ロゥはいるか!?助けて欲しいんだ!!」
「わ、分かったからちょっと落ち着いて!ロゥ!水!」
「待て、今汲んでくる」
厨房のグラスに水を注ぎ飛び込んできた冒険者に渡す。常連であり、昨日飲み比べをした1人だった。
「ぶは!ロゥ…早くしないと皆が…」
「待て、何があったんだ。その血は?」
「ダンジョン帰りだ!突然深層の魔獣達が襲ってきたんだよ!」
「何?ダンジョン外でか?」
「そうだ!突然襲ってきやがった!皆まだ戦ってる!早くしないと殺されちまう!」
「ロゥ…!」
「……」
少しだけ男に顔を近づけ、匂いを覚える。男本人でなくとも、血の匂いがハッキリしていて十分追いかけられると分かった。
「ハナ、一応装備を整えとけ。いつでもここを捨てられるように」
「え……ロゥは…?」
「とりあえず現場まで走る。この勢いだ、嘘なんてつけないし、つく必要も無い。ここからなら俺の方がずっと早いしな」
「……分かった。気を付けてね」
「ハナも、危なくなったらここを離脱してくれ。深層の魔獣がダンジョン外を彷徨くなんて、何が…まあいい。おい、ここは頼んだぞ」
「お、俺も行…」
「お前じゃ遅すぎる。待つつもりもない」
考えても仕方ない、と思考をさっさと切り捨てる。風の隣人を飛び出し、大きく息を吐いた。そして、目を瞑る。五感のひとつ、視覚を塞ぎ、残りの意識を全て嗅覚へと向けた。色濃く残る先程憶えた匂いのルートを、構築する。
(…ホントに道中なのか。それに変な匂いだ。急がねば……)
片手を地につき、足に力を込める。青色のひび割れた結晶が少しづつ足を纏い、何かが外れる感覚がした。
「……行くぞ。アリアス」
地を蹴る。初速は上々。これならば、数分もすればたどりつける。
◆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…おい!生きてるか!?」
大盾を持った男は背後にいる2人に声をかける。双剣を持った男は息も絶え絶えだ。横目でチラリと見ると、片方の剣を咥え、押さえている横腹が赤くなっていく。もう1人の斧槍を杖にして立つ男も、限界だった。アーティファクトの効果も切れたのか振るう力すらないと言った様子だった。
「なん……とか…」「生きてるぜ…?」
だが2人は強がった。心配そうに見つめる男に、不敵にも笑って見せたのだ。
しかし、それは虚勢でしかない。男たちを囲む3頭の魔獣達には、関係の無い事であった。
一頭は巨大な狼。噛み付いた顎から、男の血がヨダレとともに垂れている。
一頭は蛇の頭をした4足獣。異様に伸びた前足の爪が、地面をいつ蹴り出そうかと踏み締めている。
一頭は大きな鎧。いや、鎧を纏った2足の魔獣。大槍を片手で持ち、その半分もないヒトの体に向けている。
「…これ、勝てんのかねぇ……」「諦めんなよ。アイツが来るまでは…」「ああ、持たせなきゃ…なぁ!」
男たちは、同郷であった。各々がその自分たちの故郷に、それぞれの理由で嫌気が差した。
変化がなかったから。
妥協されたから。
孤独だったから。
必要とされなかったから。
4人はお互いを補い、熟練と呼ばれる程のパーティとなった。ラメルディアに腰を置いたのは、自分たちもいい歳になったからだった。それまでは色んな所を渡り歩き、喧嘩もして、それでも、真に違えることは無く生きてきた。
人喰いの噂は聞いていた。
依頼も受けていた。『見つけ次第通報、排除しろ』と。
だが男たちは目を疑ったのだ。殺しに来たはずなのに、そこにある光景は、自分たちも欲しがった物だったから。
人喰いの姿はそこに無く、ただ一人の女に恋をする獣がいたのだ。
男たちはその感情を知っていた。
男たちはそれを欲しがったから、4人で渡り歩いた。
危険がない限り、攻撃する必要が無いと4人で話し合った。
だからこそ。
「形代ッ!!」
魔獣達は頭上からの声に空を見上げた。男たちもまた、その声に驚き上を見た。
黒い外套に身を包む人喰いは、どこからともなく大太刀を抜刀する。
◆
巨狼の反応が遅れた。すかさず大太刀を突き出し、その無防備な頭部へと突き刺した。
「ぐぅぅううううう……!!」
巨狼が暴れる。魔獣達は連携を組んでいるのか、その場に現れた乱入者が1番危険だと判断した。先程までの獲物から目を逸らし、黒狼に当たりをつけた。
「形代…切り刻めッ!!」
俺は暴れる巨狼の目に鉈刀を突き刺し、大太刀の柄に隠されたトリガーを引く。刃から擦り切れたような音がなり、刀身が高速振動する。返り血が視界を塞ぐ。見えていた蛇頭が見えなくなる。直前、もうすぐそこまで来ていた。不味い、やられ
「ぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!!」
大盾が蛇の側頭部を殴りつけた。狙いが逸れ、爪が巨狼を傷つける。
「アンタ…!」
「お前だけにいい顔させねぇ……ヨォ!!」
蛇頭が大盾の男を見た。そのズレだけで、殺し切れる。
「反冥!!」
大きく叫ぶ。背中に折り畳まれた大鎌が現れる。それをもう片方の目に大きく振りかぶる。巨狼は断末魔を上げるが、俺は止まらず突き刺さった大太刀に思い切り踵を振り下ろした。大太刀が突き抜ける。大きく血飛沫を上げ、巨狼がついに倒れ伏した。
「烙土!互雪!」
また大きく吠える。次は大盾の男と戦う蛇頭に狙いをつける。鎧魔獣は動きが遅い。だけど、その目は残りの二人を見ていた。
「ちぃ…」
「お前はそっちを任せたぜぇ!!」
大盾で死の爪を受け流している。持ってあと1分だ。あんな体では、最悪死ぬより酷いことになる。
「ッ……アリアス、璃日枝ッ!!」
大曲刀と刺剣、そして斧槍が現れる。思い切り踏み込み、斧槍を構え鎧魔獣へと突撃した。それに気がついたか、鎧魔獣は身を固めた。
「それが……!」
結晶が腕に纏い、リミッターが外れる。大きく振りかぶり、鎧を砕き魔獣の喉へと深々と突き刺さった。それを見てすぐさま腰の刺剣を抜く。死に際でも、魔獣は鈍い。
「がぁぁ!!」
吠えながら突き刺す。そしてトリガーを引いた。刃が炸裂音と共に大きく打ち込まれ、体内の爆発に耐えられなかった魔獣が口から血を吐く。刺剣を引き抜くと、その穴から血が吹き出した。
「まだァッ!」
大曲刀を構え、鎧魔獣の頭を蹴る。突撃の勢いのまま、蛇頭の首へと狙い澄ます。
「ぐぅっ!?」
大盾が弾かれる。男が倒れ、蛇頭を見上げた。
「墜ちろぉぉぉぉおおおお!!!」
大曲刀の刃が赤熱する。思い切り振り下ろし、蛇頭を両断する。頭部が飛び、脳を失った体はその場に倒れた。俺は受身を取れず、大曲剣を放り出し転がって木に激突する。
「……は…はぁ……げほ、ゲホッ…」
「ロゥ…お前……」
「はぁ、悪い。あんまり長く説明してられ……風の隣人に、お前の仲間が治療…受けてる。合、流しろ……!」
「お前は!?」
「大丈夫、すぐ…追いつく……早く、行け!」
男は何かを察したようで、2人に駆け寄り、1人には肩を貸した。男はもう一度俺を見る。その目はいつもの仲間へのものでは無く、敵へと向けるものだった。
「…お前がいなけりゃ、俺たちは死んでた。ありがとよ」
「…いいから、後で……幾らでも聞いてやる…」
「……死ぬなよ。ロゥ」「おいアレ…」「見んな、行くぞ」
男たちの足音が遠ざかっていく。俺の心臓が早鳴りを繰り返す。まるで全力疾走したあとのようだ。ただ走っただけでは、こんなにはならない。
「……久しぶりの、アリアスが…こんなに…キツいなんて…」
膝をつく。呼吸がどんどん浅くなる。めいっぱい口を開いて少しでも多くの酸素を取り入れようとするが、不整脈のようにリズムがぐちゃぐちゃになっていく。
(戻らなきゃ…後を追って……風の隣人に…)
立ち上がろうとして、バランスを崩し倒れる。腕にも、力が入らない。よく見ると、左肘から先がめちゃくちゃだ。右足も、筋肉が裂けて血を流している。
「……なるほどね…そりゃ……はは…はぁ、吉呑…」
胸のハーネスに薄刃の短剣が現れる。それを右手で抜き、首に当てた。
「……頼むぜ、俺。早く追いつかなきゃいけないんだ」
一人呟いて、俺は刃を滑らせた。
◆
「……ロゥ…」
また時が止まる。目の前には血を流して倒れた黒狼。その手には短剣、そして召喚…いや、展開された武器の数々。
たった一人で深層の魔獣を三頭も仕留めた。戦い方なんて死に物狂いとも呼べる、あまりにも凄惨で既視感のある手法。
『…』
「……?」
全く知らない誰かの息を呑む声が聴こえた。微かな、女性の声。振り返るが、そこには誰もいない。
「……ロゥ?」
呼びかけるが、相変わらず応答は無い。自分の左腕を見るが、折れてはいない。折れてる訳が無い。
「…」
また目を瞑る。意識が溶け、夢はまた動き出す。
そういえば、と先程の戦闘を思い返せば……
(ロゥ、触手を一回も使わなかったな……)
◆
「う……ぐっ……うぅぅう……」
目を覚まし、すぐさま体を起こさんと力を入れる。折れた骨も裂けた筋肉も元通りに繋がり、ようやく立ち上がれた。
「……血が…」
飲みたい。血肉が喰いたい。我慢出来ない欲求が思考をべたべたと埋めつくす。
男たちを逃がした理由はこれだった。自分の体が耐えられる限界を超えないと倒せないから、そのあとの反動に自分が耐えられないから。
ゆらゆらと先程の蛇頭の体へと近付く。時間はそんなに経ってないからか、当たりは血の海のまま、肉はてらてらと輝いていた。俺はそれを掴み、思い切りかぶりつく。肉は硬いが、溢れる血液と肉の味だけでも飢えと渇きを癒してくれている。
「はぶ……んぐ…」
噛みちぎり、飲み干し、また噛み付いて。そうして繰り返してようやく、自分の欲求が薄れてきた事を認識する。
「っはぁ…はぁ……」
立ち上がり、外套を脱ぐ。血で重くなった物など着ていられないからだ。
『今度は大切になさってくださいね』
誰かの声が反響する。頭を振って余計な事だと切り捨てる。もう名前すら思い出せない。そう考えていたらまた、飢えと渇きが少しずつ顔を出し始めた。
(…もう、逃げられないんだな)
小さく息を吸う。左手に嵌めた指輪の宝石を指で軽くつつく。宝石に淡い光が灯り、細い光の線が見えるようになる。その先はまだ風の隣人を指しており、彼女が無事である事にホッとした。
「…帰らなきゃ、な」
当たりは夕方なのか赤い日に包まれていた。少し肌寒いけど、着るものが血にまみれてたら、そっちの方が冷えてしまう。
「…今、帰るよ……」
呟き、黒狼はまた駆け出した。
◆
「はっ…は…はっ…ふぅ…」
肩で息をしながら、徐々に強くなる匂い。彼女の匂いだ。とても、とても恋死かった匂い。そうして辿り着く、風の隣人の扉。
「ハナ、帰ったよ…!」
扉を開ける。
誰も、いなかった。
「…え?」
床にぽつんと落ちた指輪。拾い上げ、匂いを辿る。ここに彼女の強い匂いが残ってる。なのに誰もいない。……というか…
(匂いが少な……)「……ッ!」
また飛び出し、匂いを追う。とても、とても嗅ぎたくない嫌な匂いがした。全速力で駆ける。
(ありえない…ありえないありえない!そんなはずない!だってさっきまで…さっきまで生きてたんだ!合流しろって!送った…!それが、嘘だ…嘘だッ!!)
強くなる血の匂い。それが獣のものではなく、ヒトから流れているものだと本能的に分かってしまう。だが信じられない。この目で見るまでは、せめて負傷だけで済んでいてくれと必死に祈りながら走……る……
「あ……あぁ……」
膝をつく。走り疲れた脚は、そこに根を張ったように動かなくなった。故に、その光景が焼き付けられる。
喰われてる。小さな恐竜のような魔獣に。
喰われてる。四肢が、装備が散乱して、おおよそ人の形を成していない。
喰われてる。だけど覚えてる。その顔は確かに先程まで生きていた顔だと。
5頭のうち1頭がこちらに振り返る。その顎と両脚には血をべったりと塗りつけている。
「……んで…」
どうしてこうなった
あの時なぜ着いて行けなかった
戦える奴が居ないことを、把握していただろう?
「…な…んで…」
うごけなかった。ついて行けば、自分が彼らを食い荒らしていた
だけど、ここでコイツらに喰われていたら同じじゃないか
そもそも、彼らは死ぬ必要なんてなかった。あの時、あの魔獣たちを相手にせず逃げる手段だってあったはずではないか
「……うな…喰うなよぉ……!」
ならばなぜ、彼らは死んだ?
そりゃもう、分かりきっている
俺の判断で、死んだ。
俺が、殺したんだ。
「それ以上…喰うなぁぁぁぁあああああああッッ!!!!!!わぁぁぁぁあああああああああッ!!!!!!」
耐えきれなくなった体が再起動する。鉈を抜刀し、こちらを見ていた1頭へと投げた。勿論見られているから避けられる。そして脅威と悟った数頭が続いて、こちらへと突撃してきた。
「璃日枝!!形代ォッ!!」
背に斧槍と大太刀が現れる。飛びついてくる一頭へ斧槍を全力で振り下ろす。刃が食い込み、恐竜の上半身が潰れる。すぐさま斧槍から手を離し、大太刀を構えてトリガーを引く。つんざくような音と、高速振動。
「がぁりゃああああああッッ!!!」
怯まず突進してくる恐竜を捉え、斬る。首に入り、骨を抉り断つ確かな手応え。勢いを殺さずに回り横薙ぎにして同時に飛びかかってきた2頭を両断する。残りの1頭もそれに掠り、脚をズタズタにして木に打ち付けられた。
「……」
惨い。と思ってしまった。過去にこれを人に向かって振るっておきながら。
何もしなくてもこの恐竜は息絶える。だけど、血を見れば、あそこに散らばる屍を見たら、涎が…止まらない。
「俺もお前も、獣なんだ。…悪く、思うなよ」
力無く藻掻く恐竜を押さえつけ、膨らんだ腹へ牙を立てる。顎に力を込め、思い切り、引き裂いた。絶叫し、痙攣する恐竜。残った前脚で必死に抵抗するのを踏みつけ、開かれた腹に顔を潜らせる。
大腸に噛みつき、引き出す。
肝臓を喰らう。膵臓を抉る。
心臓を噛み潰し、弾けた血を啜る。
大きくなった■■に、■■が入っている。
迷いなく■■を噛み砕く。■■を丸呑みにする。
立ち上がり、見上げた。夕焼けだと思っていたが、どうやら真っ赤な月が昇っている。
鼻に血が詰まって、上手く匂いを辿れなくなった。だが、先程まで蝕んでいた飢えも渇きも、かなりマシになった。
斧槍と大太刀が量子化して消える。鉈を拾い上げ、街の方が月よりも赤い事に気がついた。
「ハナ……ハナ…」
ふらふらと歩き出し、街の方へ駆け出す。きっと、あそこにハナが居ると信じて。
『……大丈夫かい?酷く辛そうだけれど』
「大…丈夫。いいから、続けてくれ……ごほっ」
◆
「ハナ…!どこだ……!?」
焼ける街、見上げるほどの大きさの魔獣が跋扈し、ヒトの絶叫が、断末魔が、悲鳴が耳に響く。
「お母さん!お母さんッ!!」
「アイツ……クソッ!!」
鉈を抜刀し、泣き叫ぶ女児の背後に迫る恐竜を斬り飛ばす。後ろで響いた轟音に、女児はギクシャクとした動きで振り返る。
「無事か……?」
「ひぃっ!?やだぁあああああ!!お母さん!お母さーーん!!」
先程より泣きわめく。手を差し伸ばしたが明確な拒絶と共に払われる。俺は、この子に何も出来ない。諦めてどこかに行こうとした矢先、誰かの足音が近づいてきた。人の足音で、ひとまず任せようとそちらを振り向く。
「おいお前!何やって……」
「…ちょうど良かった。この子を安全な所に……お前は…」
「無事だったか!その血は!?」
「…ただの、返り血だよ。それよりもこの子を…」
昼頃、風の隣人に飛び込んできた男だった。鬼気迫る表情で武器を持ってるが、俺だと分かると安堵した顔を見せてくれた。対して、俺はなんと言えるのだろうか。あの3人を、自分の判断で殺してしまった事を。
「…ハナは?」
「今は別行動で人々を安全な所に送ってる!他にもギルドの派遣隊や冒険者達が対応してるが…」
「見るからに焼け落ちる前…って事か」
「俺と着いてくりゃあマリーとは会える。が…」
男は子供を見た。見るからに俺に怯えている。自分の手を見ると、黒い毛が真っ赤になるくらい血を被っていた。恐らく顔は、この比じゃない。俺はゆっくりと、首を振った。
「俺は別ルートでそっちを守りながら行く。避難場所はどっちに?」
「避難場所はこのまま北西の丘にある教会だよ。負傷者とかも集められてる」
「…分かった。上から援護するよ」
「助かるぜ。
…そういやよ、俺の仲間は?助かったのか?」
全身が強ばる。あの時の光景がフラッシュバックする。
慣れていた。他者の、戦友の死に様なんていくらでも見てきた。なんなら自分が殺したことだってあったのに。
どうする…
正直に話すか?
誤魔化すか?
「今は、別行動中だよ。1人…槍使いが大怪我してて…さ。中央ギルドの派遣隊に治療を受けてるはずだ…」
「そうか…じゃあ、みんな生きてるんだな?」
「……ああ」
「…良かった……みんな…生きてんだ…1人に、ならなかった……本当に…ありがとうよ…」
体がどんどん冷えていく。まるで冷凍庫に放り込まれた気分だった。きっと、顔を見られれば嘘だとバレる。だから、俺は近くの家の壁を跳んで登った。
「……ごめんなさい…本当に、ごめんなさい…」
独り、赤い月を見上げて呟く。男が女の子を抱えて走り出した。追わねば。
「互雪…」
刺剣が現れる。柄を握り、軽く捻る。カシュ、と音を立てて、刺剣が変形していく。剣芯が開き、柄はトリガー、鍔止めがピストルグリップになる。コッキングレバーは速射を助ける為、ストレートタイプ。瞬く間にそれは、スコープの付いていないボルトアクションライフルへと変形した。
(装弾数は……15発か)
ピストルグリップを握り、トリガーに指をかける。微かに、掛けた指が震えていた。
(何を、怯えてるんだ。俺)
両手で構え、まだ気が付いていない魔獣にトリガーを引いた。青い稲妻がチカリと光り、剣芯からライフル弾程の鋼杭が打ち出される。音速。いや、それよりも超えた速度で魔獣の心臓を撃ち抜く。男が見かけた頃にはもう、魔獣は動かぬ骸へと変わっていた。
「次」
男たちの進行方向に立ちはだかる魔獣たちを、1つ1つ貫く。ストレートボルトを引き、撃って、またボルトを引き……15発。全て心臓部に命中した。
「……」
刺剣の柄を確認する。残弾は0と赤いランプが灯り、銃身は焼けついていた。俺はストレートボルトを引き抜き、剣の部分である銃身を引き抜き捨てた。
「互雪、バレル」
そう呟くと、右手のそばに真っ白な剣芯が現れる。俺はそれをつかみ、取り付け直したあと、剣へと戻した。
「……げほっ」
意識が揺らぐ。アリアスを内部に使用し、魔獣の弱点を視る。あの3女は慣れていたからやっていたが、体の内側がとても冷たい。生きてるとは思えなかった。
「…ハナ」
目的が、もう1つしかない。ハナに会う。助ける。何がなんでも。それが、俺が…俺自身が決めた『ヒトへの道』だから。
「着いたぜ、ほら嬢ちゃんこっち」
「……ッ!ママーッ!!」
子供が母親の元へと走る。俺はそれを遠くから眺めていた。あそこに近づけば、何が起こるか分からなかったから。
「……ハナ…?」
だが、避難所のどこを見ても彼女の姿はなかった。快活に走り、人の為にあっちへこっちへと移動しているのは看護師やヒーラーの冒険者達だけだ。
「……どこに…」
鼻が利くようになってきたから匂いをたどった。だがここは薬品の匂いがキツすぎる。とても追えるようなものでは無かった。
「……クソっ!」
焦れったくなり、飛び降りる。避難所の住人たちは一斉にその侵入者を見た。
「…ば、化け物ッ!?」
「おい衛兵!魔獣が!!」
「アレ…人喰いの!!」
「違う!俺は冒険者だ!白い!白い狼を見なかったか!?短剣と長剣を…」
言い切る前に、視界が明滅する。次に目を開けた時には俺は取り押さえられ、來藤を奪われた。
「話を聞いて…くれっ!ハナを、マリーを見てないか!?白い狼で、俺の妻なんだよ!」
「黙れ人喰い魔!70年振りだ…ようやく貴様をこの手で!!」
腹部に突き刺さる大槍。久しぶりに感じた痛みに、視界に稲妻が走る。
「ぁがぁぁぁあああ!!!」
「この悪魔め…!俺の息子を……!」「お前が妻を……俺の子供達をォ!!」
炎属性に染められた剣が左腕を断つ。肉が焼ける、だけど嗅いでて美味しそうには感じない。
右の太腿に鋸状の刃が食い込む。ごり、ごりと肉も骨も経つ音が激痛と共に駆け抜けていく。
「たの…むよ。ぐっう……俺は……妻を…ハナ、を……」
「黙れ…!中央ギルドの名において、貴様をこのまま処断する!報いを受けろ!魔王が!!」
魔王……その言葉に、触手が目にも止まらぬ速さで男達を薙ぎ払った。先程まで沈黙していたそれは、宿主の危機にようやく目覚めた。
「はっ……ハァ……う、ぐ……ぅぅあああああッ!」
背中に突き刺さった槍を触手が無理やり引き抜いた。辺りに黒い血の海が出来上がる。吹き飛ばされた男たちも起き上がるが、その異常な光景に立ち止まっていた。
「……ハナ、の…居場……所……」
「おいお前ら!!」
ちぎれかけた右足を抱えながら歩こうとした時、前に入り込む影。少女をここまで連れてきた風の隣人の常連だった。
「貴様…わかっているのか!?ソイツは人喰いの化け物だ!それを庇うとは、ラメルディア全ての被害者の敵となると言うことだぞ!?」
「それがどうしたんだよ!コイツは!ただ、自分の女探しに来ただけだ!すぐに居なくなるのに…どいつもこいつも迫害するのか!?」
「それが世界の為だ!!貴様は!世界の敵になると言っているんだぞ!?」
「ああそれがどうした!?殺せるなら殺してみろよ!!どうせ中央でぬくぬくとお茶のんで辺境の奴らなんてどうでもいいんだろ!?」
「き、貴様ぁぁぁぁあああああ!!」
ダメだ。
男が駆け寄ってくる。右足はもう黒い血が覆って繋がり、痛みも走れる程度になってきた。男から拾ってもらった來藤を受け取る。どうやら、先程吹き飛ばした時に衛兵が落としていたようだ。
「走れるか?」
「なんとか…お前、ダメだ。俺はお前まで失ったら…」
「っ…なんだ、やっぱお前、嘘つくの下手だなぁ…」
「!」
男は泣きそうになっていた。いや、泣いている。きっと少女を護っている時、とっくに俺の嘘に気付いていたんだ。
「俺はもう独りだ。目標もなんも達成出来なかったけどさ…せめて1つくらい、俺でも出来ることをさせてくれよ」
「嫌だ…それをしたらお前が殺される!俺もここで…」
「ロゥ」
男が初めて呼んでくれた名前に、目を見開き硬直する。男の目には、どこまでも真っ暗な闇が見えていた。
「…俺、お前が羨ましい。強いのに、化け物なのに、必死に、必死に抗ってさ…自分が死ぬ可能性だってあるのに、あの時もお前は死に物狂いで助けに行ってくれたんだろ?なら、多分アイツらも怒ってないよ」
「いや…いや!俺はアイツらを殺した!俺の判断が!誰も!誰も救えなかった!!」
「いいや、救われてるとも」
男は、ロゥの頬に触れた。血で汚れてぬめっているのに、なんの抵抗もなく。それは、父が子を宥めるような仕草だった。
「…俺にも、お前みたいなガキ欲しかったな…」
「ダメだ…行くな……」
衛兵の男たちは準備を整え、いつでも串刺しに出来るように構えていた。男は怯まず、まるで戦うような顔で宣言する。
「俺のやっていることは反逆だ!!幾らでも処刑、断頭するがいい!だが交換条件として、マリーの居場所を教えてもらうぞ!!」
「ほう?交換条件?それを、我々が呑むとでも?」
「呑むさ。このアーティファクトさえあればね」
男は小さな宇宙ロケットのような形をしたものを出した。中央ギルドの男たちも、俺もそれに驚く。
「なぜお前が、そんなものを!?」
「条件を呑まないなら、俺はここでこれを起動する!言っとくがこれはレプリカじゃない!俺が自分の命を引き換えにしてでも仕留めたいヤツが出てきた時の最期の切り札だ!!
…言っとくが、ここら一帯どころかこの騒動ごと街も全部吹っ飛ぶぜ」
「貴様…人類の、ラメルディアどころか世界の敵になるのか!?」
「いいぜ、最期にはかっこいい幕引きじゃねえか」
「ぐ……ぐぬぅぅぅ……!」
衛兵達は狼狽えている。看護婦も、避難してきた人たちも、ここにいる人物はみな人質にされたようなものだ。
「わ……わた……知っ……」
遂に、耐えきれなくなった看護婦が口を開いた。男も俺も、そちらを見る。看護婦は怯えた顔で指をあっちへこっちへとさせている。
「彼女…先…避難民を逃がすって…街の、中央に…」
「……」
男はため息をついて、核爆弾のスイッチを切った。その音を聞き、衛兵達は男を取り押さえる。
「お前…!」
「行けロゥ!!間に合わなくなる前に!!」
男は最期に思い切り笑った。それを最後に見たのはあの時の宴会で……
男は、衛兵たちに首を切り落とされた。
男の首が、足元に転がってくる。
「…あ……」
「次は貴様だ魔王がァ!!!」
衛兵が突撃してきた。俺はそれを避けない。代わりに、触手が槍を打ち払い男ごと吹き飛ばした…
(…どうして…)
『行けロゥ!間に合わなくなる前に!』
男の声が反響する。俺は思い切り飛び上がり、屋根の上を駆けていく。
(どうして…)
飛行型の魔獣を斬り、突破する。視界がボヤけ、急いで拭った。遠くで衛兵達の怒号が聴こえる。気にしないように努め、街の中央へと駆け抜ける。
「…ハナ、お前は……」
もう、家族の死に顔は誰も見たくない。この街を捨ててでも、俺はハナを守り抜きたい。
タガユキを召喚する。レバーを切り替え、ライフルモードへと換装する。残弾は7。先程よりは大分回復した。
「よし、見え……な…」
街の中央へ辿り着いた。だが、そこは最早街という形を残しているだけの地獄だった。
至る所に食い荒らされたヒトの残骸。中にはゾンビのようにさ迷っている骸がいる。ある所は液状化した地面が砂漠の砂のように馴らされ、そこに砂鰐という魔獣が彷徨いている。ほかにも、深層でしか見ることの無い魔獣やゴーレムが我が物顔で歩いている。
「ハナ……!」
こんな所、生き残る事すら難しいと嫌でもわかった。どうせ生存者なんていない。砂に呑まれかけた家の屋根を跳び伝って、白い狼を捜索する。
「……何処にいる…!?」
だが、探せど探せどハナがいない。白狼はおろか、やっぱりと言っていいのか生存者なんて見る影もなかった。
その時、微かに金属音が聴こえた。
もう一度耳を澄ます。目を閉じ、意識の全てを耳へと向ける。その時、北西から確かに剣戟の音が聴こえた。
「そっちか…!」
進行方向の魔獣を互雪で狙撃し、突破口を作り出す。チカラの反動で意識が揺らぐが、お構い無しに突破口を駆け抜ける。近付けば近づくほど強くなる剣戟音、無意識にチカラが発動し、脚の骨が強化されていく。
「ハナ!!」
「ロゥ!?」
白狼は2体のゴーレムと戦っていた。防戦一方で、あと少し遅れていたらと冷や汗が背を伝う。
「どけ…ろォ!!」
強化された脚で一体のゴーレムを思い切り蹴り飛ばす。ゴーレムの胸部にヒビが入り、バランスを崩して倒れた。
「互雪…!」
ライフルモードのままヒビ割れたゴーレムの胸部に銃口を突き刺し、トリガーを引く。コッキングし、引く。3発目を撃ち込んだ時に、ガラス玉のような物が割れる音がした。1頭は頭部に灯っていた光が消える。また残弾が消えたタガユキから手を離し、來藤でハナが相手しているゴーレムへと斬り掛かる。だが当然ともいうべきか、刃が滑るだけで通らない。
「…ロゥ、どうする?」
「離脱するぞ。ここにいたら他のも寄ってくる」
「えと、どうやって……わっ!」
「いいか喋るなよ。舌噛むぞ」
ハナを抱え、ゴーレムへと駆け出す。振り下ろされる腕を跳んで避け、そのまま踏み台にして屋根の上へ跳ぶ。上手く着地出来ず、ちぎれかけていた右足から嫌な音と激痛が走るが、気にせず1度ハナを降ろす。
「だ、大丈夫!?脚折れて…!」
「いい、気にするな。これくらいなら無理やり動く」
「ダメだよ!それじゃ…」
「…ハナ。心配したんだぞ…単独でこんな地獄に行くなんて」
「ご、ごめんね…1人でも多く助けたかったから」
「それでハナが帰って来れなかったら意味が無いだろうが」
「そう…だけれど…」
「他の人間なんてどうでもいい。ハナが生きてなきゃ意味が無いんだよ。お前を心配する奴は俺以外にもいるって分かってるだろ?クゥに、親父さんに……」
男の首がフラッシュバックする。食い荒らされた男達の体を思い出す。体から力が抜け、ハナの手を強く握った。
「……これ以上、生存者を探すのは絶望的だ。だから、1度戻ろう」
「戻るって何処に…」
「……それもそうだな。なら、逃げよう。ここから、どこか遠くに…」
「…そうだね。うん。そうしよ」
もう一度、街の中央を眺める。人の住んでた形跡なんてもう家の残骸くらいで、あとはただ地獄が広がっていた。
(どうする?衛兵達は恐らくハナも殺しにかかる。それだけは阻止しないと…だが、ここから逃げるとなって、さらに辺境に?)
今回のこれがどんな規模かはまだ分かってない。もしかしたらラメルディアという地方全域で起こっている事かもしれないと考えると、かなり絶望的だ。
「…とりあえず、さっきの避難キャンプまで戻ろう。道中は俺が前衛をするよ」
「分かった、でも…脚、本当に大丈夫なの?」
「いいさ。これくらいなんて事ない」
折れた右足に結晶を纏う。無理やりギプスをはめるような形になるが、少なくとも動くようにはなる。だが、チカラを使えば使うほど、飢え、渇いてきた。そろそろ、抑えも効かなくなるだろう。
「……」
「ロゥ…」
「…悪い、なんでもない。行こう」
◆
「なん…だ、こりゃ……」
「なに、これ……」
屋根伝いに先程の避難所まで来た俺たち。だが目に飛び込んできたのは、疑いたくなるような光景だった。生存者達はほとんど全滅。皆、体が異形化していた。
「ウイルス…?感染症?」
「わからん…だがこれは……」
「待って、あの人生きてる!」
「おい待て、ハナ!」
屋根から飛び降りる白狼。周りの異形を無視し、唯一の生存者へと近寄る。あの人は確か、ハナの居場所を教えてくれた看護師だった。
「た、助けて!」
「今、助けます!」
「ああクソッ!」
こちらも飛び降り、異形を一匹でも多く倒す。大太刀を振り、異形化した人々の首を切り落としていく。ハナは看護師の周囲を守りながら、近寄る奴を一人一人斬っていく。
「なんかっ!多く……ない!?」
「ここら辺の奴が皆こうなってんだ!!おいハナ!こっち来い!」
両断し、触手で上半身を他の異形へとぶつける。よろけた所に飛び蹴りを浴びせ、首を斬り飛ばす。
「キリがない…!」
「ロゥ!魔獣が!!」
血の匂いに釣られたであろう、あの恐竜たちや魔獣が集まってきた。一匹一匹は小さいものの、厄介極まりない。
「ハナ!早くこっちに!逃げるぞ!」
「分かっ……てる!さぁ、立って!」
「え、えぇ…… 」
飛びかかる恐竜の首を掴み、地面に叩きつける。気絶したのか動かなくなった首に噛みつき、骨ごと肉を噛み砕く。滴り落ちる血が喉に入る。衝動が少しだけ和らいだ。
「早く!こっちです!」
「き、恐竜を喰って…」
「そんなのは後で!今は逃げま……」
ハナが看護師の方を振り返ったその時、ハナの腹部に、大きな爪が突き刺さった。ヒトの手の何倍もある大きな爪は、けれど…確かに……看護師の腕が変質して……
「えっ……?」
「エ?あ、アれ?ごめンなサ……わタ…し?そんなツも、りジゃ……?」
看護師の目は、正気を失っていた。引きつった顔のまま、看護師はハナの腹部から爪を引き抜く。おびただしい血を溢れさせながら、白狼は力無く倒れていく。
「は、ハナァァァアアアアア!!!」
バネ仕掛けのように飛び出し、看護師の腕と首を断つ。「キヒッ」と気持ちの悪い声を上げて看護師は動かなくなった。
「ハナ!ハナ…ああ嘘だこんな……!」
「ロゥ…落ち着い….」
「落ち着いていられるかァ!!待ってろ。今すぐテントまで運ぶ!」
ハナを抱え、すぐそばにあった医療テントへ運ぶ。中は幸い荒れておらず、治療道具や薬品がいくつも残されていた。
「止血剤…あとは傷口を押さえる…ガーゼ!」
白狼の腹部へ急いで止血剤を当てたガーゼを巻いていく。だがこのままでは焼け石に水なのは体が嫌でも理解していた。
(このままじゃ血も足りない!どうにかして輸血と…ああクソ!なんで、なんで俺の血を渡せないんだ!種族だけなら同じなのに……!)
生体兵器である俺は種族こそ狼だ。だがこの体に流れる血が、普通の人間…獣人であったとしても余程の化け物出なけりゃ劇毒なのは間違いなかった。そもそも内臓が複数傷付けられている。応急処置じゃ間に合わない。だが、この周辺で大掛かりな治療が出来る場所も、そこまで大成したヒーラーも知らない。そもそもこんな状況下であるのかすら不明で、ハナの、妻の呼吸がどんどん浅くなっていく。
「…ダメだ、ダメだ!!」
薬品棚を漁る。近場の医療品を片っ端から探す。せめて、せめて輸血剤さえあればまだ希望は繋がる。だが探せど荒らせど、それらしいものはひとつも見つからない。
「やめろ……嫌だ!このまま…何も出来ないままは…」
「ロ…ゥ……」
「ハナ?…どうした?どこか痛いのか?」
ハナの声に気づき、少し間を置いて落ち着いて話す。もう目の焦点も合っておらず、命が消えそうだと言うのは嫌でも分かった。
「…私、ね。とても…とても幸せだったよ…」
「いいよ。今はそんなこと…まだ希望を捨てないで、じゃないと俺は…なんの為に生きてるのか分からなくなる……」
そんな懇願は聴こえていなかったか、ハナは苦しそうにしながら続けた。
「……私を、殺して」
「出来るかそんな事…!冗談でも言っていいことと悪い事が…」
「多分私も、感染しちゃったから…….化け物になる、あの看護師と、同じように……」
絶望的だった状況が更に悪化する。あの感染症は、長く生きてきた俺でさえも知らないものだった。つまり現在のままでは治療法は無く、アレに罹ってしまえば終わり。そういう意味だった。
「嘘だろ、そんなの…」
「嘘じゃ…ない、よ。看護師さん…ケガ、してたもん…首に、噛み跡があったから……」
「そんな訳…無いだろ…!」
言葉に怒気がこもっていくのが分かる。苛立っている。何も出来ない、自分自身に。
「だから…ね?ロゥ……私、人のまま、死にたい….化け物になって…ロゥを傷つけるくらいなら…」
「ダメだもう喋るな。失血死するんだぞ…」
「私を殺して……首を斬って…」
「出来るわけないだろうがァ!!」
耐えられない。耐えられるものか。そんな、自分の手で終わらせろだと?どこまで無責任だと思ってるんだハナ。
「お前…それで遺された側の……俺が、クゥ達がどう思うか考えてないのか!?お前が俺の手で死んで!俺がクゥ達にどう思われるか考えてないんだろ!?俺は嫌だ!お前を、ハナを殺すぐらいなら俺もここで死んでやる!」
「ロ……ゥ…?」
だって。
「…俺は…もう独りになるのは……嫌、なんだよ…」
たった十数年。ヒトと過ごしただけの毎日。何も感じなかったそれ以外の何十年間は、そのたった10数年に綺麗さっぱり塗り替えられていた。
自分の敵を殺すことに何か感じるわけじゃない。
獲物やターゲットに情が湧く訳じゃない。
ただその毎日が、ハナといた時間が、かけがえのないものとして血の記憶を洗い流していた。
「…じゃあ、イっしょに……ううん、ダメ。早く…私を殺して」
「無理だ」
「おネがい…ワたし、化け物には…ナりたくないよ…」
「無理だって……!」
「ロゥに…コうげきシたくなイの…….!」
「俺だってそうだよ!!もう無理だ!どこにも行かない!どこにも行けない!クゥ達には悪いけど、俺はここでハナと死ねるなら……」
『それで遺された側の……俺が、クゥ達がどう思うか考えてないのか!?』
自分の言っていたことを思い出す。遺された側。俺も、ハナも死んだあと…親父さんはもう長くない。つまり、1人になるのはクゥで…俺が死ねば、クゥは独りで生きる事になる。
「ロゥ……」
「もう、鳴くな。頼むから…」
ふと彼女を見ると、左目が真っ赤に染まっていた。外の月のような、血のような赤。俺は、綺麗だと思った。
「…吉呑」
小さく呟くと、胸の中央に小さな短剣が現れる。縦にすれば刃が見えなくなるほど薄いそれは、力のかけ方さえ間違えなければ介錯用にこれ以上の適任は無い逸品だ。それを片手で構え、彼女の上に跨る。彼女はどこか恥ずかしそうに笑い、頬に触れてくる。狼の毛ではなく羽毛のような物に生え変わり、前のような美しさが少しづつ消えていっているのが分かっている。
「結局…こうイう…こと、スること…無かったヨね」
「馬鹿言え。健全な付き合いをしないとクゥに怒られんだよ。ちょっと触っただけで怒るんだ。アイツ」
努めていつもの気楽な口調で、最期の会話を楽しむ。俺が見据えているのはちょうどハナの心臓の場所で、ハナ自身の顔は見ていなかった。
「モう。なんも….みえナいや….」
「だろうな、血を失いすぎると感覚器官が少しづつ壊死する。初めに視覚と痛覚。最後まで残ってるのは温感位だ」
「そ…カ…ワたし、やっパり死ぬンだ…」
痛みはもう消えてるだろう。じゃないと、笑ってなんて居られないはずだから。
俺は短剣を両手で構える。そっと心臓の真上に置き、あと少し力を込めれば彼女が消える。それだけの技術が、俺にはある。
「とっテも…トっても…しあわセ…だッたよ」
「…安心しろ。もう苦しい事なんて無いから。これが…最期ッ……だがらっ……」
視界が揺らめく。ボタボタと、ハナの顔に透明な雫が落ちた。それが涙である事に、俺は一瞬気が付かなかった。
「ぐっう…く……ふ…なんっで…なんで今っ……こんな…こんなぁっ……!」
やっぱり嘘だと思いたかった。彼女が死ぬこと。この手で殺さねばならぬ事。ヒトとして生きた時間は短いのに。だが確かにそこにあったせいで。化け物かどうか自分ですら分からなくなって。
「嫌…だ!嫌だよ…!ハナ!嘘だっで…全部…嘘って言っでくれよぉっ……!」
「…ゴ…めん。ね」
「謝んじゃねえよォ!!」
力を込めればいいのに、そしたら終われるのに。
この手に、力が入らない。ガタガタと震えて、そこに鉄板が挟まれてるかのように、微動だにしない。
「殺せ…ない、よ……ハナ…たすけて…死んじゃ…嫌だ……置いて…いかないで…」
「……………」
ハナが、そっとハナ自身の首に手をかける。その爪はもうヒトの頃様なものではなく、鋭く鋭利な刃物が先についているようだった。
「待て…違う。ダメだ…」
「モう、ね?たえられソうにない…から」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!ダメだそれは!それだけは!」
短剣を投げ捨て、ハナの手を首から剥がそうとする。だがビクともしなくて、どうしようもなくて。
「ワたし、の、サいごのおねがィ…キいて…」
「じゃあ…死のうとしないでくれよ!頼む!!嫌だ!!俺の願いを聞いてからに…」
ハナの手に力が篭もる。本来人は、自分への攻撃は危険行為としてリミッターが無意識にかけられる。だがハナのそれは今更作動せず、爪がくい込み、自分の首をちぎり落とせそうだった。
「いキて。どうカ、生きノびて…」
「やめろっ、止まれ!!」
彼女は笑った。指輪を渡した時の、とびきりの笑顔で。
「サヨナラ…」
「ハナァッ!!」
白狼が自分の首を断ち切る。皮1枚だけ繋がったまま、ごろんと転がる。家族の、首。
「あ……あぁ……ハナ、ハナァ……!」
外はいくつもの魔獣の声が聞こえる。きっと、人の血の匂いを感じてどんどんここに集まってきている。
でも、俺の体は動かない。死体のように、まるで命火が消えたように体が動いてくれない。
「なん…で、なんだよっ……どうして、みんな……みんなぁ!!」
ちぎれかけた彼女の首を抱きしめる。まだ暖かくて、それでもどんどん冷めていって。どんどん彼女が生き物でなくなっていく。どんどん彼女が死体になっていく。
『生きて』
彼女は、笑っていた。あやすような微笑み方で…きっと怖かったろうに。きっと、苦しかったろうに。自分よりも、俺を優先した。俺の安否を、心配してくれた。
近くまで魔獣が来ている。彼女は、動かない。
「…」
彼女の首を優しく、元の位置へ、ちぎれる前へと戻す。安らかに眠るようにボロボロの鎧は外し、手に彼女の、翡翠色の指輪を握らせる。まだ硬直が起きる前だから、案外とすんなりいった。彼女の上から降り、俺は來藤を握り締める。
「……行ってきます。ハナ。必ず、君をクゥ達の元に帰らせるから」
頭を滑り込ませてきた恐竜の頭に触手が突き刺さる。すぐさま引き抜き、思い切り蹴り飛ばした。脚にはいつの間にか、鋭い爪が伸びた結晶が纏っている。腕も、関節部周りを除いて鎧のように結晶が纏われていた。俺はゆっくりと、テントを出る。
外はまさに地獄。ありとあらゆる魔獣がヒトもどきの死体を取り合いながら喰らい、それでも足りないのか、魔獣同士で共喰いまで始めていた。
「…ドラグ・バンカー全種展開。形代、互雪をホルダーに」
オーダー通り、俺の周辺に武器が立ち、大太刀と刺剣はハーネスのホルダーに現れる。その音に気がついた魔獣達がこちらを見る。それぞれが俺の体を品定めするように見ている。俺は全てを遮断するため、目を閉じた。
「………」
瞼の裏には、彼女の笑顔が浮かぶ。
彼女と踊った時の、
彼女がアーティファクトを見つけた時の、
彼女と買い物に行った時の、
彼女の指輪を受け取った時の、
彼女の、死に際の…
『生きて』
静かに、目を開ける。
俺はもう、風の隣人のロゥでいられない。
ならば、せめて…彼女の骸を、家族の元へ。
「…人喰いとして、殺ろうぜ。ロゥ」
斧槍を持ち上げ、魔獣へと突撃する。結晶で出来た爪が死体ごと地面を蹴りつける。思い切り踏み込み、先頭のキメラ型の魔獣を叩き潰した。
「パージッ!!」
叫ぶ。斧槍の柄が真ん中から折れ、俺はそれを容赦なく踏み付け跳ねあげる。飛び込んできた魔獣に璃日枝の槍刃が突き刺さり、追い討ちに触手が喉を貫く。
「形代ッ……!」
大太刀を振動させ、大きく振りかざす。それなりの重さのあるコイツは、一度肉にくい込んでしまえば勝手に刃が抉っていく。鮮血をあげる魔獣を蹴り、跳び退け新たに剣を握る。
「互雪!烙土!」
大曲剣を背負い、ライフルモードのタガユキが青い閃光を上げる。援護の時とは違い、リミッター無しの高出力電磁砲。食らった魔獣は頭が跡形もなく消し飛んだ。
「クソッ、やっぱ高出力は……」
焼け付いたタガユキを投げ捨て、大曲剣を構える。刃が赤熱し、飛び込んできた恐竜に刃が当たった瞬間焼き切れる。
「まだ…まだァ!!」
全ての武器を、手足のように、ロゥの受け継いだ遺伝子は確かに、第一世代のかの者の遺伝子だ。青い結晶も、遺伝によるギフト。『夜の悪魔』を名付けられた最初の不死獣のチカラだった。
しかし、俺とアイツには明確な点、いわゆる弱点が存在している。それは、生き物としての限界だ。
「だぁぁぁああああ!!!」
ラクドで大型魔獣の首を思い切り断つ。触手で突き刺し、魔獣の首を別の魔獣にぶつけ大曲剣で串刺しにする。
だけど
「クソッ…互雪!」
高出力の電磁砲を構える。トリガーを引いた瞬間、バレルから爆炎が吹き出し、ストレートボルトが吹き飛ぶ。
「くっ…!?」
多すぎる。たった一人で相手するにはあまりにも。
「……ごめん、ユキ姉…!」
壊れた銃剣を置き跳び退る。その場所は大きな魔獣に踏み潰され、機械が壊れる音がした。
「烙土!璃日枝!」
大曲剣は刃に焼けた肉がこびりつき、叩きつけるが斬り抜けられなかった。舌打ちが勝手に漏れるが、すぐさま大曲剣の剣の背を思い切り蹴りとどめを刺す。
「はっ、はっ、はっ、はっ… 」
呼吸がどんどん浅くなる。視界が狭まり、意識もどんどん怪しくなっていく。
「ど、けっ……ろぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
触手で斧槍を投擲する。しかしそれは鎧魔獣に思い切り跳ね除けられた。
「……ははっ、だよな…そう、だよなぁ……」
無謀だとは分かっていた。たった一人生き残っても、ここまで助けに来ないんだ。もう、安全な場所がどこにも残ってないことぐらい、何となく察していた。
「……形代」
大太刀を構える。瞬間、背中に薄ら寒いものを感じ振り向いて大太刀を振り抜いた。大太刀に強い衝撃が走り、刃が砕け散った。
「かた……しろ…」
ゴーレムの大槍を受けた大太刀は…柄の部分だけが残り、刃の欠片も、こぼれにこぼれて最早使い物にならない。來藤も、反冥も、他の武器たちもとうに壊れていた。
(残ってるのは、一つだけ。か…)
吉呑。薄刃の短剣を掴みあげる。俺自身も、もう剣を振る体力なんて残ってない。だがそれよりも、死体を見る度体が勝手に疼いた。
「……そうだな…まだ、コレがある…」
結晶が再度纏われる。鋭い爪を形取り、魔獣の群れへ思い切り踏み出す。
「行くぞぉぉおああああっっ!!!」
迎撃しようとした魔獣の懐へ潜り、胸部へ右腕を思い切り突き刺す。文字通り胸中を探り、心臓を握り潰した。引き抜けば鮮血が樽に穴を開けたように流れ出した。すかさず噛みつき、血を飲み込む。
「ッ!!」
飛びついてきた魔獣を触手で叩き退け、大槍を体を大きく仰け反らせ回避する。バク転の要領で体勢を立て直し、ゴーレムへ突撃する。
「お前は……お前が、邪魔だァッ!!」
結晶が剣のような形を作り、それを思い切り突き刺した。ちょうどコア部の隙間に入り込み、コアが砕ける。倒れるゴーレムの体を足場にして、次の魔獣へと跳び噛み付く。
「もっとだ!もっと!!俺を…ゲホッ!俺を殺して見せろォ!!!」
ゴーレムが大槍を構えるのが見えた。次は投げさせる前に止めるため真っ先に突撃する。
「ガァァァァァアアアアアア!!!!」
獣の咆哮を上げ、左腕に刃を作る。突き出し、あとはゴーレムに穿つだけ。
しかし、横から突然強い衝撃がかかり吹き飛ばされる。
「がっふ…!」
鎧魔獣の突進をモロに受けた。止まった事で今までの無理した反動が一気に来る。
「っは!?……かっ、ゲホッゲホッガハッ!」
最早立ってもいられず、口から黒い血を吐き出す。
「ひゅっ…ひゅー……ゲホッゲホッ、ひゅー……」
不死獣の弱点、あくまで、生き物としての限界は超えられないという事。そもそも兵器であったとしても、この魔獣の物量は俺独りではどうしようもなかった。
(まだ…立てる…)
手足に力をいれ、無理やり立ち上がる。肩口を噛みつかれるが、それを無理やり引き剥がし、頭蓋骨を握り潰したたき落とす。
「…まだ…戦える……!」
足元にはおびただしい骸の数。
もう人か魔獣かも判別がつかないほど損壊している。
「まだッ!!」
左手が食いちぎられる。食いちぎられた手には、彼女との最高の思い出、指輪が嵌められていた。
「ッ……!やめっ」
それを見た。見てしまった。ここまでの戦闘で、唯一ロゥが見せた隙。
気が付けば、投げられた大槍がすでに目の前にあった。




