夜市に向けて
ネクタイピンとカフスがひと段落したのでリッカは夜市の新作のデザインに取り掛かり始めた。昨年はオパールの新作を出したが、今年は夜市の定番となっているアクアマリンの新作を出すことにしていた。
机の上に新作に使うアクアマリンを並べる。今回使うアクアマリンはルースでなく原石である。エメラルドと同じくベリルの一種だが、原石は六角形の柱状の結晶を形成している事が多く、即売会でもその状態で販売されていることがある。
リッカの手元にあるアクアマリンは長さ2センチほどの柱状結晶で、そこそこ透明度があり氷の結晶のような佇まいをしている。このアクアマリンを使ってペンダントを作ろうと考えていた。
「さて、問題はこれをどう留めるかだけど……」
カットされている石と異なりどのような形で加工するか迷う。今考えているのはキャップを作って接着するか、原石に合わせた石座を作って石留めするかの二択だ。
キャップの方が原石の形を活かせるしデザインは自由で軽く仕上げることが出来るが、石座の方が耐久性があって原石が外れる可能性が少ない。
(やっぱり接着形式だと不安だなぁ。石座形式なら横向きにした方がバランスが良いかもしれない)
柱状なので縦で使いたくなるが、あえて横向きで使っても違和感が無さそうだ。横向きの石座でチェーンを上部に繋げば石が裏返しになってしまうことも無さそうなので良いかもしれない。
(よし、横向きで使おう)
綺麗なアクアマリンなのでアクアマリンのみのシンプルなネックレスに仕立てる。夜市は愛好家以外のお客様も多く訪れるので普段使いしやすいシンプルな物も良く売れるのだ。
原石は端が欠けていたりして不定形なのでそれぞれの形に合わせてロウで原型を作る。思ったよりも骨のいる作業だ。縮小を考えて少し大きめに作り、原型が完成したら鋳造屋で銀と真鍮に鋳造して貰うのだ。
原型を鋳造するのと一緒に秋の手仕事祭で売れた分の在庫の補充も行う。夜市で販売したいものを増産して今年最後のイベントに万全の態勢で臨みたいからだ。
鋳造に出してアサクサバシで梱包資材の買い出しをした後、リッカはようやく一息つく事が出来た。
「なんかあっという間に一年が終わっちゃうなぁ」
帰り道に寄ったカフェで珈琲を飲みながら一人ぼんやりと呟く。夜市が終わればもう新しい年がやってくる。
(今年は色々なことがあったなぁ。いや、あり過ぎたな。まさかトウカさんとこんなことになるなんて……。しかも来年には新しいお店に移転することになるなんて、一年前には思いもしなかったし)
思い返せば激動の一年だった。人生何が起こるか分からないとはこのことだ。しかし激動の一年とは裏を返せば今までで一番充実した一年だったということである。
コハルや宝石商に突っつかれなければ音声通話や蜃気楼通信も始めなかっただろうと考えるとゾッとする。その二つを始めたお陰で売り上げも鰻登りだ。今までどれだけ自分の声が客に届いていなかったか良く分かる。
(二人には感謝しないと……)
感謝と言えば、アキが造形魔法を教えてくれたお陰で銀材の切れ端や削り粉を再利用して石留めの練習や彫りの練習が出来るようになったのも助かった。魔力を帯びてしまうので作品用の素材には使えないが、随分とコストカットが出来て有難い。
(アキさんやコハルさんにも今度何かお礼をしよう)
二人には物よりも美味しい物をご馳走した方が喜ばれるかもしれない。今度美味しいスイーツ屋さんを探してご馳走しよう。この一年、多くの人に出会い新しい世界を知ったリッカは来年も良い縁に恵まれますようにと心の中で願っていた。
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