第75話:後を追う者たち
教室で集まっていた九条院紗夜と、その背後に控えるパーティーメンバーたち。
学年でも常に「トップ」の座に君臨し続けてきた彼女たちが、カイトの机を囲む佐藤、田中、鈴木の輪へとゆっくりと歩み寄ってきた。教室内は、再び水を打ったような静寂に包まれる。誰もが、この二つのグループが交錯する瞬間に目を凝らしていた。
九条院はカイトの正面に立つと、まず少しだけ目を伏せ、申し訳なさそうに唇を開いた。
「お話が聞こえたのだけれど……。割り込んでしまってごめんなさい、結城君。それに佐藤君たちも」
その言葉に、カイトは静かに首を振った。
「いや、大丈夫だよ。別に隠すような話でもないしね」
九条院は一度深く息をつき、それから背後にいるパーティーメンバー――盾職の清水、魔法職の松田、そして支援職の大久保を促すように視線を送った。彼女の瞳には、昨日の発表を経て整理された、迷いのない意志が宿っている。
「……結城君。私たちもね、決めたことがあるの。佐藤君たちと同じように、複合上級職を目指す道に進むつもりよ。だから、そのきっかけを、そして可能性を示してくれたあなたに、まずは感謝を伝えさせて」
九条院が深々と頭を下げる。それに続くように、清水たち三人も背筋を正して頭を下げた。
「ありがとう。そして……本当、にごめんなさい」
九条院の声が少しだけ震えた。
「あなたが一人で、誰の理解も得られないまま新しい道を歩んでいた時、私たちはあなたの力になるどころか……どこか心の奥で、良くない感情を抱いていた。あなたを特別視して遠ざけ、その孤独を助長させていた。改めて、そのことを謝罪させてください」
学園の象徴たる「才女」の謝罪。
それは、周囲で見守っていた生徒たちにとっても衝撃的な光景だった。だが、カイトの反応は至って穏やかだった。彼は椅子から立ち上がると、九条院の肩を優しく叩くような動作をして微笑んだ。
「九条院さん、気にしないで。この前、二人で話した時にも言った通り、僕はもう気にしていないよ。あの時は僕の行動が無駄に見えてしまうのも理解できるからね。……それに」
カイトは九条院の背後で、気まずそうに、しかし真摯に頭を下げている三人に視線を移した。
「九条院さんだけじゃなくて。清水君や大久保さん、松田さんも……。もしよければ、僕と『友達』になってくれると嬉しいな。これからは敵でも、単なるライバルでもなく、同じ道を目指す仲間としてね」
その言葉に、まず顔を上げたのは清水だった。
「僕も……結城君と友達になれるなら嬉しいよ! 正直、君の実力には圧倒されてばかりだったけど、これからは頼もしいよ」
清水は少年らしい、照れくさそうな笑みを浮かべた。
「……! 感謝するわ、ありがとう。結城君」
九条院が瞳を潤ませながら微笑む。
松田も、少しだけ頬を染めながら頷いた。
「……虫がいいこと言ってるのは分かってるのよ。今まで散々遠巻きにしておいて、今更友達だなんて。でも、ありがとね。あたしとも友達になってくれると、すごく嬉しいわ」
そして、最後の一人。どこか浮世離れした雰囲気を持つ大久保が、不思議そうに首を傾げながら言った。
「ふふ、良いわよ。でも『友達』……。クラスメイトと友達は、何が違うのかしら……? 結城君がそう言うなら、きっと素敵な違いがあるのでしょうね。これから教えてね」
三者三様の反応に、カイトは心からの安堵を覚えた。
昨日のメディア発表は、カイトに『名声』と『権威』をもたらした。しかし、それ以上に大切だったのは、こうして対等な目線で話せる人間、『友人』が増えることだった。
カイトは少し表情を引き締め、佐藤たちと九条院パーティーの全員を見渡した。
「じゃあ、さっそくだけど……。複合上級職を目指す上でのアドバイスをさせてもらうよ」
その場にいる全員が、一言も聞き漏らすまいと身を乗り出す。カイトはとりあえず最初の苦難、リセットの辛さに関してのアドバイスをする。
「これは佐藤たちも、九条院さんたちも同じなんだけど。まずは、今の職の一つ下のハズレと呼ばれていた中級職、佐藤でいうところの騎士の職から始めた方が良い」
「初級職からやり直さずに中級職から……?」
清水が少し不安げに問う。
「そうなるね。おそらく、上級職からいきなり初級職に戻すと……すごく、辛いと思う。今まで当たり前にできていたスキルが使えなくなり、身体強化の出力もガクンと落ちる。全能感が奪われる感覚は、精神的にかなりくるはずだ」
カイトの言葉に、九条院たちはゴクリと唾を呑んだ。
かつて自分が少しずつ積み上げた力。それをリセットすることの辛さを、カイトは誰よりも知っている。
「だからこそ、下がる幅をできるだけ少なくするために一度中級職を経由して、その後みんながなりたい職の前提となる初級職を育てて行くといいと思う。それと、これも大事なことなんだけど、転職して最初に戦う場所は統合ダンジョンの第一階層――ゴブリンが出る場所で慣らした方がいい。中級職でレベル差があるから大丈夫だと思っていても、身体の感覚が変わった直後は事故が起こりやすいからね」
「一階層……。今の私たちが、あそこからやり直すのね」
九条院は自身の白い手を見つめ、決意を固めるように拳を握った。
「そう。体の動かし方を再構築するんだ。……それから、またアドバイスできることもあると思うから。各々の中級職がカンストしたら教えてほしい。その段階で、次のステップに必要なことの判断ができるようになるはずだから」
「分かったわ」
「了解だぜ、カイト!」
全員が力強く了承する。その光景は、ほかのクラスメイトから見ると落ちこぼれだったカイトが学年トップのグループの一番上に立ったように感じる物だった。
一段落ついたところで、九条院がふと思い出したように佐藤へ向き直った。
「そういえば、佐藤君。……ありがとう」
「えっ、俺?」
突然指名された佐藤が、おどけたように自分を指差す。
「ええ。あなたが背中を押してくれたおかげで、この前、結城君と二人で話すことができたわ。あのことがなかったら、私は今でもきっと、遠くから眺めているだけだったでしょうね」
佐藤は少し照れくさそうに頭を掻くと、いつもの快活な笑みを浮かべて返した。
「気にすんなよ! 別にお礼言われるようなことじゃないって。俺はただ、カイトが一人で寂しそうにしてんのと、九条院さんがモジモジしてんのが見てられなかっただけだ。……それに、こうして皆で笑い合える方が、ずっと楽しいだろ?」
「……そうね。本当にそう思うわ」
九条院は眩しいものを見るように目を細めた。
窓から差し込む朝の陽光が、彼ら八人を包み込む。
『現在のジョブ:調教師(Lv.29)』
『使役モンスター:イスト(Lv.33)、ティロフィ(Lv.32)』




