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第62話:BBQと、思いがけない連絡

『食実る豊穣の地』を流れる小川は、驚くほど透き通り、底に沈む色鮮やかな石を宝石のように輝かせていた。カイトはその川辺の、平坦な河原に拠点を定めた。


「よし、ここにしよう」


カイトが右手を振ると、虚空に【宝物庫】の入り口が開き、次々と必要な道具や食材たちが出されていく。

 ずっしりと重厚なステンレス製の特大グリル。折り畳み式のキャンプテーブルと椅子。そして、先ほど収穫したばかりの瑞々しい食材たち。


まずは火起こしだ。高品質な炭をグリルに組み上げ、着火剤を放り込む。パチパチと乾いた音を立てて火が回るのを待ちながら、カイトは次の作業へと移る。


「さて、米を炊くか。……まさかこんなものまであるなんてな」


取り出したのは、家電量販店で見つけてこの日のために衝動買いした『魔力駆動式・炊飯ジャー』だ。現代のこの世界では、コンセントの代わりに魔石をセットすることで、ダンジョン内でも完璧な炊き加減を実現できる。

 カイトは『オコメ・マン』からドロップした、一粒一粒が真珠のように輝く米を川の水で研ぎ、ジャーにセットした。魔石を一つ填め込むと、液晶が淡い光を放ち、炊飯が開始される。


その間に、メインディッシュの準備を整える。

 『バイソン・サーロイン』の極厚ステーキ肉に、街で購入した特製スパイスと岩塩を、少し高い位置から均一に振りかける。さらに、一本一本が丸々と太った『ソーセージ・スネイク』の生ソーセージ。これらを、鉄串に『タマネギ・マン』からドロップした甘い玉ねぎと共に交互に刺していく。


「グルゥ……」

「……主、炭が良い色になってまいりました」


ティロフィが喉を鳴らして涎を垂らし、イストが静かな気迫でグリルの前に直立している。

 カイトは苦笑しながら、熱せられた網の上に肉を並べた。


ジゥゥゥゥゥッ!!


肉が網に触れた瞬間、暴力的なまでに芳醇な香りが爆発した。

 滴り落ちた脂が熱い炭を叩き、香ばしい煙を巻き上げる。霜降りの脂が熱で溶け出し、肉の表面をキャラメル色に焼き固めていく。

 カイトはトングを使い、丁寧に肉を返していく。裏面には食欲をそそる格子状の焼き目がつき、ソーセージからは今にも皮が弾けそうなほどの肉汁が溢れ出していた。


「よし、まずはティロフィ。熱いから気をつけてな」


カイトは、ティロフィの巨体に合わせて用意した特大の鉄製トレイに、バイソンの一塊肉を三つ、そして巨大なレタスと玉ねぎのグリルを山盛りに乗せて差し出した。

 ティロフィは大きな鼻をヒクつかせると、まずは塊肉を一つ、豪快に口に放り込んだ。


「――グルァァッ!!」


至福の咆哮。

 嚙みしめるたびに、溢れ出す旨味。ただの肉ではない、ダンジョンの理によって磨き上げられた「概念的な美味しさ」が、彼女の体を駆け巡る。あまりの美味さに、ティロフィは長い尾をパタンパタンと左右に振り、恍惚とした表情を浮かべた。


「イスト、こっちはお前の分だ」


イストには、カイトと同じ木製の皿に綺麗に切り分けられたステーキと、彩り豊かな焼き野菜。そして炊きたてで艶やかな白米を添えて渡した。

 イストは姿勢を正し、皿を恭しく受け取る。


「いただきます、主……」


彼女は兜の隙間から、青く澄んだ魂の炎が見える位置まで食べ物を運ぶ。

 すると、肉の一切れが炎に吸い込まれるように消失した。

 一瞬の静寂。


「……っ。これが、『美味しい』という感覚なのですか」


イストの肩が小さく震えた。

 彼女のようなモンスターにとって、味覚は知識として知っているだけのものだった。しかし今、カイトの手によって調理された食材が、彼女の核を直接揺さぶっている。

 玉ねぎの暴力的な甘み、そして米の優しく深い味わい。


「主の温かさを、味という形でも感じられる……。このイスト、もはやこれ以上の幸福はございません」


「大げさだなぁ。でも、そう言ってくれると作った甲斐があるよ」


カイト自身も、炊きたての米を口に運んだ。

 旨い。

 前世で食べていた病院食を思い出す。

 あの質素で健康のことだけ考えられたかのような食事は、悪いものではなかったが食として楽しめるものではなかった。

 それと比べてなんだ、これは。自分で仕入れた最高の食材を、大切な仲間と共に、静かな自然の中で食す贅沢。

 前世と比べてもやや戦いに明け暮れる日々で少しすさんでいたカイトの心が、温かなお米の熱と共に解きほぐされていくようだった。


食後の穏やかな時間。

 ティロフィは腹を満たして川べりで丸くなり、イストは丁寧な所作で食器を川の水で洗っている。

 カイトは背もたれに身を預け、澄み渡る空を眺めていた。


「……いい場所だな、ここは」


当初は自分たちへのご褒美としてやってきたが、この満足感、そしてこの平和な光景。これを独り占め(正確には二体と独りだが)するのは、少し勿体ないような気がしてきた。

 カイトの脳裏に、この世界に転移してきた当初、右も左も分からない自分を仲間として迎え入れてくれて、その後も何かと助けてくれた最初のパーティーメンバーたちの顔が浮かんだ。


「佐藤、田中、鈴木か……。みんな、明日暇かな……?」


佐藤勇馬。お調子者だが、仲間のピンチには真っ先に駆けつける真っ直ぐな男。

 田中美紀。物言いはキツいが、その魔法の腕前と同様に冷静で情に厚い。

 鈴木しおり。おっとりとした性格で、いつもパーティーの緩衝材になってくれていた。


三人のことを頭に浮かべながらカイトはスマホを取り出し、連絡アプリを開いた。

 明日もまた、ここに来ようとは決めていた。ならば、彼らを誘ってみるのも悪くない。


『カイト:急に悪い。明日、暇してない? 人気の「食実る豊穣の地」に来てるんだけど、もし空いてるなら一緒にどうかな? 食材は現地で集めようと思ってるんだけど』


送信して数分、画面が騒がしく通知を刻み始めた。


『佐藤:マジか!? あのダンジョン、飯がマジでうまいって聞いてて気になってたんだよ! 行く行く、絶対行く!』

『田中:……ちょうど明日は装備のメンテナンス日だったけど、ずらすわ。あそこの食材、市場で買うと高い上、そもそもあまり出回らないのよね。カイト、もちろんたくさん食材集めるよね?』

『鈴木:カイト君から連絡来るの久しぶりでうれしいです!お誘いありがとうございます。私も丁度空いています。皆でご飯、楽しみですね!』


三者三様の返信に、カイトは思わず吹き出した。

 相変わらずだな、と。

 

「……よし、明日は賑やかになりそうだ」


カイトはティロフィとイストを振り返る。


「なぁ、明日なんだけどさ、俺の昔からの友達が来る。驚かせるかもしれないが、仲良くしてやってくれよ」


イストは深々と頷き、ティロフィは欠伸をしながら尾を一度振った。

 

 翌日に控えた、久々の面子でのダンジョン攻略と大宴会。

 一人の調教師と、彼を支える使役獣。そして、親しい友人たち。

 『豊穣の地』を照らす太陽の光を浴びながら、カイトはこれまでにない充実感の中で、次の「収穫」のリストを考え始めていた。


『現在のジョブ:調教師(Lv.21)』

『使役モンスター:イスト(Lv.11)、ティロフィ(Lv.7)』

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