第61話:収穫の季節?
太陽が天頂に届かない程度の位置で固定された『食実る豊穣の地』。
風にそよぐ草原の向こう側で、カイトは静かに右手を挙げ、二体の仲間に合図を送った。
「よし、始めようか。まずはメインディッシュの調達からだ」
その言葉を合図に、静寂を切り裂いて『蹂躙』が始まった。
まずカイトたちの前に立ちはだかったのは、この階層の主役級モンスター、バイソン・サーロインの群れだった。
全長三メートルを超える巨躯。その全身を覆うのは毛皮ではなく、芸術的なまでに美しいサシが入った霜降り肉の層だ。巨牛たちがその突進力を持って地面を鳴らし、カイトを目掛けて地響きと共に迫る。
「……遅いな」
ティロフィが鼻先で嘲笑うかのように喉を鳴らした。
かつて第十五層の守護竜たちを葬った彼女にとって、この牛たちの動きは止まっているも同然だった。ティロフィは大きな翼を羽ばたかせ、ふわりと宙へ舞い上がると、スキルを発動させる。
「グルァッ!!」
【灰風】。
微細な魔力を孕んだ灰が混じる突風が、バイソンたちの視界と嗅覚を瞬時に奪い去る。混乱し、突進の軌道が乱れる巨牛たち。
そこへ、白銀の閃光が駆け抜けた。
「……仕留めました」
イストだ。彼女は白騎士へと進化したことで得た高い俊敏性を活かし、バイソンたちの懐へと潜り込んでいた。
彼女が選んだのは、全体を破壊するかのような斬撃ではなく、一撃で絶命させる精密な「刺突」だ。
シュバン!!
抜刀の音と共に、純白の剣がバイソンの眉間を正確に貫く。
断末魔すら上げることなく、バイソン・サーロインは粒子となって霧散。その跡地には、真空パックされたかのような美しさを持つ『厚切りステーキ肉』が、どさどさと音を立てて山積みになっていった。
「ナイスだ、イスト! ティロフィ、次はあっちの蛇を頼む!」
「グルゥ!」
カイトが指差した先には、草むらをうねうねと這う奇妙な一団がいた。
ソーセージ・スネイク。
十数個のソーセージが連結したかのような形状を持つその蛇は、威嚇のために尾を鳴らしているが、ティロフィの巨大な前足がその頭上を覆う。
バシィィィィン!!
ティロフィは爪を立てることなく、広大な前足で「叩き潰す」ようにソーセージ・スネイクを圧殺した。その衝撃と共に、ドロップアイテムである『生ソーセージ』が地面を転がる。一本一本が丸々と太り、中には肉汁がパンパンに詰まっていることが外見からでもわかる逸品だ。
「次は野菜と米だな。……いたぞ、ターゲットだ」
カイトが視線を向けた先では、何とも形容しがたいシュールな光景が展開されていた。
見ると脳が拒否を起こしてもおかしくない形状のモンスターたちが、徒党を組んでこちらを威嚇している。
「タマァタマ!」「タッスー!」
タマネギ・マンとレタス・マン。
一・五メートルの巨大な野菜に人の手足が生えた彼らは、意外にも俊敏な動きでカイトを包囲しようとする。タマネギ・マンはその身を削るようにして、催涙効果のある汁を周囲に撒き散らし始めた。
「っ、目が……! イスト、まとめてやってくれ!」
「お任せを。……【破剣】」
イストが白き剣を水平に薙いだ。
扇状に広がった衝撃波が、草原をなぎ倒しながら野菜人間たちの群れへと襲いかかる。
シュババババババッ!!
凄まじい風切り音と共に、タマネギ・マンとレタス・マンが次々と弾け飛ぶ。
地面には、皮が剥けたばかりのように白く輝く『甘みの強い玉ねぎ』と、朝露に濡れたような瑞々しさを持つ『シャキシャキのレタス』が、驚くほどの数ドロップした。
さらに、少し離れた位置にいた巨大な白米の粒に人の手足が生えたような形のオコメ・マンたちが、短い手足を必死に動かして逃走を図っていた。
「グルァッ!」
ティロフィがその巨体で先回りをし、逃げ道を塞ぐ。
前後を挟まれたオコメ・マンたちは、破れかぶれにティロフィに突撃し、尾の一薙ぎで消滅していった。
ドロップしたのは、丁寧に精米され、一キロずつ袋詰めされた『精米済みの白米』。
「完璧だ。……たった一時間で、これだけの収穫か」
カイトは周囲を見渡した。
草原には、山のような最高級ステーキ肉、溢れんばかりの生ソーセージ、そしてカゴ数杯分に相当する新鮮な野菜と米の袋が積み上がっている。
かつてのゲーム時代なら、ただの「換金効率の悪いクエスト用のドロップ品」として扱っていたかもしれない。だが、五感を持ってこの世界で生きる今、これらは何物にも代えがたい「お宝」だった。
「よし、食材の調達は一旦これで十分だ。イスト、ティロフィ、お疲れ様」
カイトは【宝物庫】を展開し、ドロップした食材たちを鮮度を保ったまま次々と収納していった。
イストは剣を鞘に収め、小さく満足げに頷いた。ティロフィは、山積みになった肉の匂いを嗅ぎ、今すぐにかぶりつきたいのを必死に我慢しているのか、喉をゴロゴロと鳴らしながらカイトに鼻先を寄せてくる。
「待たせたな。……あっちの川辺に、いい場所を見つけた。そこで火を起こして、さっそく宴会を始めよう」
「グルゥァッ!!」
「主……期待して待機いたします」
日の高さは変わらないが、時間で言えばもう正午を過ぎている。
カイトは【宝物庫】から、街で購入したばかりの大型グリルと重厚な炭を取り出した。
ここからが、本当のご褒美の始まりだ。
騎士と竜を従え、このシュールで豊かな大地で、贅沢なBBQが幕を開けようとしていた。
『現在のジョブ:調教師(Lv.21)』
『使役モンスター:イスト(Lv.11)、ティロフィ(Lv.7)』




