第60話:豊穣のダンジョンと、シュールな異世界
土曜日の朝。
カイトは、前日に自宅へと届いた特大グリルや大量の炭、そして各種調理器具をすべて【宝物庫】に詰め込み、期待に胸を膨らませて家を出た。
今日は、過酷な連戦を共に乗り越えてきたイストとティロフィへの「ご褒美」の日だ。向かう先は、この世界でも指折りの人気を誇り、食通の冒険者や高級レストランの仕入れ担当までが詰めかけるという特殊な単独ダンジョン――『食実る豊穣の地』である。
街の外れにあるダンジョン入り口のゲート付近に到着すると、そこには既に信じられないほどの活気が溢れていた。
重厚なフルプレートメルトをガチャつかせて仲間を待つパーティー、鋭い目つきでナイフの手入れをする者、そして大量の空のクーラーボックスや大きな箱をトラックに積む者たち。入り口付近は、さながら大規模な市場のような賑わいを見せている。
「……さすが、人気ダンジョンなだけはあるな」
カイトは圧倒されつつも、その喧騒の脇を抜け、ゲートへと足を踏み入れた。
視界が開けた先には、どこまでも続くかのような鮮やかな緑の草原と、キラキラと輝きながら蛇行する浅い川が広がっていた。
空には太陽が輝き、心地よい風が吹き抜けている。一見すれば、ただの美しい平原だ。
しかし、そこに点在する「影」を認識した瞬間、カイトの思考は停止した。
「……なんだ、あれは」
カイトの視線の先では、一組の冒険者パーティーが必死に戦っていた。
相手は、巨大なジャガイモ。……いや、全長一・五メートルほどのジャガイモから、ひょろりと人間のような手足が生えた『ポテト・マン』だ。ポテト・マンは「ポテト!」とでも叫んでいるのか、奇妙な声を上げながら短い手足で冒険者の盾をぺちぺちと叩いている。
さらに近くの川に目を向ければ、背中の甲羅に鮮やかな赤色のマグロの身を乗せた亀――『スシ・タートル』が、ぷかぷかと気持ちよさそうに流されていた。
左を見れば、全長三メートルの巨大な『ピー・マン』がのっしのっしと歩き、右を見ればフランスパンから手足が生えた『フランスパン・マン』が仲良く徒党を組んで散歩している。
「…………」
カイトはしばし、言葉を失った。
この世界に来てから、凶悪なゴブリンや、威圧感溢れるドラゴン、そして気高き騎士であるイストといった「ファンタジー」には慣れてきたつもりだった。だが、目の前にあるのは、カイトの知るファンタジーとは別のベクトル……、何というか、極めてシュールでコメディチックな「異世界」だった。
(…………よし、落ち着こう。しかし、ゲームでは対して美味しくないダンジョンだったが、現実となるとここまで人気になるのか……こんなにもシュールなのに……)
数秒のフリーズを経て、カイトは無理やり脳を現実に引き戻した。
人気ダンジョンなだけあって、周囲にはまだまだ冒険者たちの姿が多い。ここで現在の仲間たちを召喚することを想像し、カイトは冷や汗を流した。
白騎士のイストはまだ「珍しい重装の冒険者」で済むかもしれないが、進化したばかりのティロフィは全長四メートルを超える『灰塵竜』だ。あんな巨大なドラゴンをこの混雑した入り口付近で出せば、間違いなくパニックが起きる。食材を狩る前に、自分たちが狩られる対象になってしまうかもしれない。
「……まずは、人目のないところまで移動だな」
幸い、このダンジョンはオーストラリア大陸に匹敵するほどの広大な面積を持つという。太陽が東の空で固定されているという特性を利用し、カイトはその反対方向へ――冒険者たちがまだ進出していないであろう奥地を目指して走り始めた。
調教師としてのレベルが上がり、身体能力も底上げされているカイトの走りは速い。
途中で『ナスビ・マン』の群れに遭遇しそうになったが、華麗にスルーして先を急ぐ。
一時間走り、二時間が経過する。徐々に周囲から人の気配が消え、視界に入るのは奇妙な食材モンスターたちだけになっていった。
そして走り始めてから約三時間。
最後に冒険者の影を見かけてから一時間ほど経過した、小川の流れる静かな草原へとたどり着いた。
「ふぅ……。ここなら、問題ないだろう」
周囲に他の冒険者がいないか念入りに確認し、カイトは深呼吸をしてから右手をかざした。
「――お待たせ。イスト、ティロフィ、おいで」
空間が歪み、金色の光の中から二体の影が現れる。
一方は、陽光を反射して白磁のように輝く鎧を纏った『白騎士』イスト。
もう一方は、四メートルを超える巨躯を揺らし、灰色の鱗を硬く鳴らす『灰塵竜』ティロフィ。
「主、お呼びでしょうか」
「グルゥァッ!」
イストが優雅に跪き、ティロフィが待ってましたと言わんばかりに鼻息を荒くする。二体とも、このダンジョンでの目的を理解しており、その戦意は最高潮に達していた。
「見ての通り、ここは『食実る豊穣の地』だ。ここに出るモンスターはすべて極上の食材をドロップする。今日はここで、最高の食材たちを仕入れるぞ」
カイトがそう告げると、ティロフィの目がキラリと光った。彼女の視線の先には、ちょうど群れから離れて草を食んでいる霜降りの巨牛『バイソン・サーロイン』の姿があった。
「このダンジョンは広大だが、モンスターの強さ自体は中級職なら苦戦しない程度だ。今の君たちなら、文字通りの『蹂躙』になるだろうが……。ただし、ドロップ品は丁寧に扱うこと。食材を汚したくないからな」
「承知いたしました。……我が剣に、断てぬ食材はございません」
イストが白き剣を引き抜く。その佇まいは、戦場の騎士というよりは、これから最高の一皿を仕上げるための「料理人」のような静かな気迫に満ちていた。
「よし、狩り開始だ! 腹いっぱい食わせてやるからな!」
「「――!!」」
カイトの号令と共に、この世界でも屈指の実力を持つ者が、食を求めて草原へと解き放たれた。
竜の咆哮と騎士の閃光が、豊穣の地を駆け抜ける。
今日、この広大なダンジョンにおいて、最も幸福で、かつ最も容赦のないハンティングが幕を開けた。
『現在のジョブ:調教師(Lv.21)』
『使役モンスター:イスト(Lv.11)、ティロフィ(Lv.7)』




