第59話:食事の事情
月曜日の午後。太陽が真上を過ぎ、学園の演習時間が始まってから数時間が経過していた。
カイトは統合ダンジョン第二十一層の、視界を遮る密林の奥深くで、慣れた手つきで魔物を処理していた。進化した白騎士イストと灰塵竜ティロフィの圧倒的な力の前では、この階層の死神とも呼ばれる『ベア・ウォーリエ』ですら、もはや敵ではない。
訓練の合間の、短い休息。
カイトは、自分の背後で微動だにせず控える純白の騎士と、少し離れた場所で羽を休める巨大な灰色の竜を眺めた。
二体は、カイトの指示があればどんな強敵にも立ち向かい、その命を賭して彼を守る。この一か月ほどの期間、すさまじい勢いで突き進んできたカイトにとって、彼女たちは単なる「テイムモンスター」を超えた、文字通りの家族に近い存在になっていた。
(……ふと思ったが、俺はこいつらのことをどれだけ知っているんだろうな)
カイトは視線をイストに向け、ふとした疑問を口にした。
「イスト、ちょっといいか。前から少し気になっていたんだが……お前たちモンスターは、人間と同じように『食べ物』を食べたりできるのか?」
その問いに、イストは兜を僅かに傾け、思案するように一呼吸置いてから答えた。
「主よ。その問いには、できるとも言えるし、できないとも言える……とお答えするのが正しいでしょう」
「……どういうことだ?」
「ティロフィのように肉体を持つ種族は、見たままに肉や果実を食すことができます。それによってエネルギーを得ることも、味覚を楽しむことも可能です。そして私のような霊的な存在や無機物系の種族であっても、私はこの兜の中にある『魂の炎』に食料を投じれば、それを分解し、味を感じることもできます。実質的に『食べる』という行為自体は可能です」
イストは淡々と、しかし丁寧に説明を続ける。
「ただ、ゴーレムやリビングアーマーの一部のように、摂取する器官そのものが存在せず、食事が物理的に不可能な種族も存在します。ですが……私たち使役獣は、主であるカイト様のお力の一つである【眷属の庭園】の中に入った瞬間、そういった欲求からも解放されます。ゆえに、生存のために食事を摂る必要はございません。無理に食べさせる必要もないのです」
それを聞いたカイトは、深く納得した。
前世でのゲームにおいて、モンスターに与える「エサ」というカテゴリーのアイテムは存在した。しかしそれは、調教師レベル10で習得できる【眷属の庭園】を入手する前の、極めて初期の段階でモンスターの忠誠度を維持するために使う、いわば極短い時期しか使用することのない消耗品でしかなかった。
現実となったこの世界では需要がないからか、そもそもモンスター用のエサを売っている店など見たことがない。
イストの言う「種族によって食べられるものが違う」という事情も、ゲームでは簡略化されていた部分だ。やはり、現実の魔物は単なるデータの塊ではなく、独自の生態を持つ生命なのだと、カイトは改めて実感した。
「なるほどな……。生存に必須じゃないにしても、味覚があるなら話は別だ。たまには戦い以外の楽しみがあってもいいだろ?」
「……主?」
イストが驚いたように声を漏らす。カイトは不敵に笑い、ティロフィにも伝えるように言葉を放つ。
「次の土日、予定を変更する。竜の巣のレベリングは一度休みだ。その代わり、この世界でも有名らしい『食糧系単独ダンジョン』へ行く。たまには美味いもんでも食わせてやりたいからな」
「グルァッ!?」
ティロフィが期待に満ちた声を上げ、尻尾をバタンと地面に叩きつけた。どうやら彼女は相当な食いしん坊のようだ。イストもまた、表情こそ見えないものの、主の気遣いに胸を打たれたように深く一礼した。
「主のお心遣い、痛み入ります。……ふふっ、楽しみにしております」
演習時間が終わり、カイトはダンジョンを離れると、その足で統合ダンジョン周辺の商業区へと向かった。
そこには、冒険者たちがダンジョン内での野営に使う道具を専門に扱う店がある。
カイトが入ったのは、大型のキャンプギアを豊富に取り揃えた老舗の店だった。
「いらっしゃい。……ほう、学生の兄ちゃんか。珍しいな、キャンプでもするのかい?」
「ええ、似たようなものです。まずは丈夫で火力の安定する大き目のグリルでお勧めのやつなどありませんか?」
「お、ちょうどいいものが揃ってるよ、見てってくれ!」
カイトは店員の案内を受けながら、次々と品を選んでいった。
まずは、四メートルの巨躯を持つティロフィが満足できるよう、大量の肉を一気に焼ける『特大サイズのステンレス製グリル』。そして、長時間高火力を維持できる高品質な炭を数袋。
トングやナイフ、包丁といった調理器具一式に加え、キャンプの雰囲気を演出する木製の皿や、ティロフィ用の大きなトレイ、頑丈なカトラリーも人数分(イストと自分の分を)揃えた。
「あと、これだな」
カイトが棚から手に取ったのは、さまざまな種類のスパイスやソースが入った調味料セット。さらには、どんな硬い薪でも一瞬で火をつけられる魔法仕掛けの着火剤だ。
「……合計で結構な額になるが、まあ、あいつらへのご褒美だと思えば安いもんだ」
支払いを済ませたカイトは、店員に家の住所を伝え、配送をお願いする。
「届き次第、【宝物庫】にしまっていけば邪魔にもならないだろ」
買い物を全て済ませ、満足げに拳を握り込んだ。
(食材はダンジョンで現地調達するとして……味付けは俺の腕の見せ所だな)
夕闇が迫る帰り道。
週末の「休日」に思いを馳せながら、足取りはいつになく軽かった。
戦いと強さだけを追い求めていたら心も疲弊してしまう。この世界で生きるということは、勝利することだけではない。
忠義を尽くす騎士と、空を統べる竜。
彼女たちと囲む初めての食卓を想像し、カイトは静かに微笑んだ。
『現在のジョブ:調教師(Lv.21)』
『使役モンスター:イスト(Lv.9)、ティロフィ(Lv.5)』




