第55話:空中戦
月曜日の午後。演習の時間は、学生たちがそれぞれのパーティで統合ダンジョンの攻略に勤しむ時間だ。
カイトは、前日に単独ダンジョン『竜の巣』の十層を突破したばかりだったが、あえて今日は新入生や同級生たちがひしめく上層階を避け、統合ダンジョンの第二十一層へと足を踏み入れていた。
二十一層――そこは、これまでの草原や岩場とは打って変わり、視界を遮る巨大な樹木と鬱そうと茂るシダ植物に覆われた「密林」のフィールドだ。
「……索敵を怠るな。ここは不意打ちの聖地だ」
カイトの低い声に、隣を歩くイストが静かに頷き、空を旋回するティロフィが鋭い眼光を地上へ向ける。
直後、頭上の巨木の枝から、羽音を完全に消した『キラービー』の群れが急降下してきた。麻痺毒を湛えた巨大な針が、カイトの首筋を狙う。
「イスト、右だ!」
「承知いたしました」
イストは振り返りもせず、背後から迫る蜂の針を盾の縁で受け流し、そのまま流れるような【連閃】を繰り出す。銀光が空を刻み、三体の蜂を瞬時に分断した。
だが、森の恐怖はそれだけではない。茂みの奥、葉の色に擬態した『フォレスト・ウルフ』の群れが、カイトたちを完全に包囲していた。
「ティロフィ、上空から散らせ! イストは足元の『マンイーター』を警戒しろ!」
「グルァッ!」
ティロフィが急降下し、擬態していた狼の一頭を地面ごと粉砕する。同時に、カイトの足元の土が盛り上がり、巨大な口を持つ人食い花が食らいつこうとしたが、イストがそれを予測していたかのように剣を突き立て、消化液が溢れ出す前に核を貫いた。
「……いい反応だ。だが、まだ終わらないぞ」
密林の奥から、木々をなぎ倒しながら現れたのは、三メートル近い巨躯を誇る『ベア・ウォーリエ』。
カイトは落ち着いて【ホーリー・バレットⅡ】を待機状態にさせる。
ベアが咆哮し、丸太のような腕を振り下ろす。イストが【主への誓い】を乗せた盾でそれを受け止め、火花が散る。その直後、木の上から『グリーン・スライム』がイストの鎧を溶かそうと降り注ぐが、カイトが即座に放った光の弾丸でそれを弾き飛ばした。
「今だ、二人とも!」
イストがベアの懐に潜り込み、足を斬りつけて体勢を崩す。そこへティロフィが空中で旋回し、遠心力を乗せた尾の一撃をベアの頭部に叩き込んだ。
「よし、ここで森の戦闘に慣れるぞ!」
「はっ!」
「グルァ!」
そして、時は過ぎ金曜日の夜。
自室でカイトは、今週の成果をシステムウィンドウで確認していた。
「……順調だな」
『ティロフィ:レベル15』
『進化条件:属性竜の鱗を三種使用』
『イスト:レベル11』
ティロフィが早くも次の進化の兆しを見せている。
条件は「三種の属性鱗」。手元には、十層ボスから得た『火竜の鱗』が一枚ある。残るは、水と風、あるいは土。
カイトは翌日の土曜日、再び『竜の巣』の第十一層以降へ挑むことを決めた。
土曜日。竜の巣の入り口にやってきたカイトは一気に第十一層へと降り立った。
そこは十層までの荒々しい渓谷とは異なり、美しい川が流れ、巨木が立ち並ぶ「竜の森」だった。
これまでの階層と違い、この階層では魔物が群れをなさず、一体ずつが強力な個体としてエンカウントする形式に変わっている。
「……来るぞ。空だ」
カイトが指し示した先。雲を突き抜け、緑色の翼を大きく広げた竜が急降下してきた。
『ストーム・ワイバーン』。
翼が異常に発達し、空中での機動に特化した「空中戦のプロ」だ。
「ギィィィヤァァァァッ!」
ワイバーンは地上に降りることなく、低空を掠めるようにして突進し、真空の刃を撒き散らす。
ティロフィが迎撃のために【飛翔】で飛び上がるが、相手は空を支配する専門職だ。ティロフィの直線的な動きは容易く見切られ、ワイバーンの鋭い旋回によって背後を取られてしまう。
「グルァッ!?」
ティロフィの翼にワイバーンの鉤爪が食い込み、灰色の鱗が舞う。初めて経験する「自分より速い」空の敵に、ティロフィの動きに焦りが混じった。
「落ち着け、ティロフィ! 高度を下げるな、あえて上昇しろ!」
カイトは叫びながら、ティロフィに【身代わり】を付与する。
ティロフィが苦しみながらも上空へ逃げると、ワイバーンはそれを逃すまいと追尾する。カイトはその瞬間を待っていた。
「今だ、イスト! 『跳べ』!」
「御意!」
地上で待機していたイストが、カイトの地上に対しできる限り水平に構えた盾を足場に変え、カイトの腕力も合わせて驚異的な跳躍を見せた。
空中で、追撃に夢中になっていたワイバーンの懐へイストが潜り込む。
「……【一閃】!」
空中で放たれた銀の斬撃が、ワイバーンの片翼の根元を正確に断ち切った。
バランスを崩した空の王者は、そのまま錐揉み状態で地面へと叩きつけられる。
「トドメだ、ティロフィ!」
逆転の好機。ティロフィが上空から重力を味方に付けた最大出力の【魔纏・爪】を使用し、墜落したワイバーンの脳天へ【爪撃】を突き立てた。
ズドォォォン!!
激しい土煙と共に、ストーム・ワイバーンは粒子となって霧散した。
「……グルルァ……」
着地したティロフィは、翼を少し引きずりながらカイトの元へ歩み寄る。その瞳には、初めての敗北感と、それを乗り越えた高揚感が混ざっていた。
「……いい経験になったな。空には空の戦い方がある。今日はこの十一層で、徹底的にこの『空中戦』に慣れることにしよう」
カイトはティロフィの頭を優しく撫で、同時にイストの剣の曇りを魔法で拭った。
残る属性鱗は二種。
ここより深い階層に行けば敵も群れで出てくるようになり、効率は上がるが……今はここでの戦闘に慣れることが優先だ。
『現在のジョブ:調教師(Lv.18)』
『使役モンスター:イスト(Lv.11)、ティロフィ(Lv.15)』




