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第56話:灰色の竜と無双

ドォォォォォン!!

 地響きと共に、岩壁を背負った様にも感じる巨躯が前のめりに崩れ落ちた。

 単独ダンジョン『竜の巣』第十四層。そこには、重戦車のごとき突進力でカイトたちを幾度となく窮地に追い込んだ『アース・グラップラー』の骸が横たわっていた。粒子となって霧散していくその巨体の跡地に、鈍い黄土色の輝きを放つ『地の竜鱗』が転がる。


「……これで最後の一枚か」


カイトはそれを拾い上げ、ふっと息を吐いた。


 日曜日の午後。土曜日の丸一日を十一層での空中戦訓練に費やしたカイトは、今日、一気に第十四層までの強行軍を決行していた。

 この世界の探索者たちにとって、第十四層は一つの絶望の境界線だ。単独で現れていた強力な竜たちが、この階層からは三体から五体の「群れ」を形成し、互いの弱点を補完し合う連携を見せ始める。攻略の足跡はここで途絶え、誰もがその先へ進むことを躊躇う――まさに「攻略の壁」となっていた。


しかし、カイト率いるパーティは、この数時間で既に百体を超えるドラゴンを蹂躙し、竜たちの骸を築き上げていた。

 手元のポーチには、すでに獲得した『火』、そして今得た『土』、さらに道中で得た『風』の竜鱗が揃っている。さらに運のいいことに、ごく稀にしかドロップしない、更に次の進化を見据えた希少素材『水竜の宝玉』までもがその手に収まっていた。


「主、お待たせいたしました。周囲の敵、すべて掃討完了いたしました」


イストが鈍く光る鋼鉄の鎧を血に染めることもなく、静かに帰還する。その隣には、連戦の疲労を感じさせつつも、期待に瞳を輝かせるティロフィがいた。


「ああ、ご苦労様。……条件はすべて揃った。ティロフィ、進化の時だ」


カイトが三枚の属性鱗を取り出し、魔力を込める。

 火の赤、土の茶、風の緑。三つの色が混ざり合い、ティロフィの灰色の身体を包み込む。

 それは以前の進化よりも静かで、しかし、より深淵を感じさせる変化だった。


――グォォォォォォン!!

 金色の光の繭が爆ぜる。

 立ち現れたのは、これまでの「幼さ」を完全に脱ぎ捨てた、真なる竜の姿。

 体長は三メートルを超え、全身を覆う灰色の鱗は、まるで磨き抜かれた岩石のような質感と、鋼鉄を凌駕する頑強さを備えていた。翼はより巨大に、尾はしなやかでありながら、城門を打ち破る破城槌のような質量感を湛えている。


『使役モンスター:ティロフィが【灰竜】へと進化しました』

『新スキル【灰風】【竜鞭】を習得しました』


進化の余波を感知したのか、遠くから三体の『ストーム・ワイバーン』が、耳を劈くような鳴き声と共に向かってきていた。かつてティロフィを苦しめた、空中戦のプロたちだ。


「……ちょうどいい。イスト、君は俺の守りに徹してくれ。ここは、ティロフィ一人に任せる」


「御意に」


「グルゥァァッ!!」


ティロフィが咆哮と共に翼を広げた。

 ワイバーンたちが得意の旋回で死角を突こうとする。しかし、今のティロフィに死角など存在しない。




ティロフィの羽ばたきと共に、周囲にどす黒い灰の混じった突風が巻き起こる。

【灰風】。

それは単なる風ではない。微細な魔力を含んだ灰がワイバーンの眼球と感覚器官を狂わせ、絶対的な優位であったはずの機動力を奪い去る。

 視界を奪われ、空中でお互いに衝突しそうになるワイバーンたち。


「グルゥ!」


ティロフィが重力に逆らうように跳ね上がった。

 空中で駒のように独楽こまを回す旋回。その遠心力をすべて乗せた長く強靭な尾が、魔力を纏って一本の黒い閃光と化す。

 

 バギィィィィン!!


逃げ遅れた一体のワイバーンに対し、【竜鞭】により強化された尾が叩きつけられた。それは打撃というよりは、破城槌による破砕。ワイバーンの首の骨は一瞬で砕け散り、鳴き声を上げる間もなく地面へと叩きつけられ、消滅した。


「残るは二体だ。……やれ、ティロフィ!」


「グルァッ!」


残りの二体が、灰の霧の中から必死に真空の刃を放つ。しかし、進化したティロフィの頑強な鱗は、その程度の攻撃を火花を散らすだけで弾き飛ばした。

 ティロフィはさらに加速する。翼に魔力を集中させ、ワイバーン以上の旋回半径で背後を取ると、両の爪に黒い魔力を宿した。


ギャリィィィィ!!!


空中で交錯する刹那。

 空を劈くような音が辺りに響く。

 ティロフィの爪が、ワイバーンの翼と胴体を同時に引き裂いた。一振りで二体の魔物を同時に「解体」する圧倒的な蹂躙。

 十四層の強敵、ストーム・ワイバーンの群れが、わずか数十秒で「全滅」させられた。


静寂が戻った戦場に、ティロフィが悠然と舞い降りる。

 その巨大な姿に、かつての面影を探すのは難しい。しかし、カイトの前に歩み寄り、巨体を持て余すようにして鼻先を寄せてくるその仕草だけは、テイムしたあの日と変わっていなかった。


「……最高の戦いだったぞ、ティロフィ」


カイトはその硬く冷たい鱗を撫で、確かな勝利の感触を噛み締める。

 十四層を攻略し、三枚の属性鱗を捧げて得た、灰色の竜。

 その背中を見つめながら、イストもまた、主を守るための盾を強く握り直していた。


「主、この先の十五層……。さらに強力な気配が漂っております」


「ああ、分かっている。今のおれたちには……まだ早いな、だが……」


カイトは不敵に笑い、第十五層へと続くゲートを見つめた。

 世界が「止まった」その場所を超え、カイトたちは更に先を見据える。

 さらに強くなり、前人未到の地に足を踏み入れる自分たちを想像して。


『現在のジョブ:調教師(Lv.19)』

『使役モンスター:イスト(Lv.19)、ティロフィ(種族:灰竜 Lv.1)』

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― 新着の感想 ―
おはようございます。 灰風…戦闘機の戦いで言うなら、相手をチャフで撹乱しつつ同時に攻撃を当てるようなもんですよね。初見殺し技ですな間違いなく…。
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