第54話:灼熱の竜、忠義の双翼
『竜の巣』第十層。
重厚な石扉が地響きを立てて開いた先には、これまでのような入り組んだ渓谷の景色は存在しなかった。そこにあったのは、天を突く断崖に囲まれ、遮るものなく降り注ぐ苛烈な日光に焼かれた、赤褐色の巨大な岩の広間。
陽炎がゆらゆらと立ち昇り、肺に吸い込む空気さえもが熱を帯びて喉を焼く。
「……ここが、十層の主の領域か」
カイトが呟くと同時に、広間の最奥、溶岩を固めたような巨大な岩塊がゆっくりと身をもたげた。
体長五メートルを超える巨躯。全身を溶岩のように赤黒く脈動する竜鱗で覆い、翼を持たぬ代わりに丸太のように太い四肢を持つ火竜――『フレア・サラマンダー』。
その黄金の瞳がカイトたちを捉えた瞬間、大気が震えるほどの咆哮が轟いた。
「グルゥゥガアァァァアァアァァァ!!」
宣戦布告は、あまりにも唐突で暴力的な「火」だった。
フレア・サラマンダーが大きく顎を開くと、その喉奥で超高密度の魔力が凝縮される。次の瞬間、広間の半分を覆い尽くすほどの巨大な火柱――「火のブレス」が、津波となってカイトたちへ押し寄せた。
「ティロフィ、回避! イスト、俺を守れ!」
「グルァッ!」
「仰せのままに」
ティロフィは即座に【飛翔】を発動。巨大な翼が熱波を切り裂き、爆発的な加速で垂直に上昇して炎の奔流を回避する。
一方で、カイトの直前に立ち塞がったのは、鋼鉄の鎧を輝かせる忠義の騎士・イストだった。
彼女は一歩も退かない。むしろ、逃げ場のない熱風の中、優雅にさえ見える所作で直剣を抜いた。
「……【流剣】、そして――【連閃】!」
イストの剣に魔力の奔流が宿る。押し寄せる巨大な火の壁に対し、彼女は目にも留まらぬ速さで数多の斬撃を叩き込んだ。
一閃、二閃、三閃――。
物理的な攻撃であるはずの剣筋が、魔力の流れを断ち切る「線」となり、迫りくる業火を斬り払う。カイトの目の前だけが、まるでモーゼの海割りのように炎が消失し、熱波が両脇へと逸れていった。
「お怪我はございませんか、主」
「ああ、完璧な守りだ。……反撃に出るぞ!」
カイトが指示を飛ばすと同時に、上空で旋回していたティロフィが、太陽の光を背負って急降下を開始した。
「ティロフィ、【魔纏・爪】からの強襲!」
翼を畳み、弾丸と化したティロフィが空を裂く。右爪にどす黒いほどの魔力を纏わせ、サラマンダーの背中へ向けて垂直に突き刺さった。
ドォォォォォン!!
激しい衝撃波が走り、サラマンダーの硬質な赤鱗が砕け散る。
「ギガァァッ!?」
苦悶の声を上げるサラマンダー。しかし、流石は十層の主だ。その巨大な尻尾を鞭のようにしならせ、着地したばかりのティロフィを薙ぎ払おうとする。
「させません。……【主への誓い】」
イストの全身が白銀のオーラに包まれる。主であるカイトが背後にいる限り、彼女のステータスは限界を超えて跳ね上がる。
イストは爆発的な踏み込みで距離を詰め、迫りくる巨躯の尻尾を盾で真っ向から受け止めた。
ズゥゥゥン!!
重戦車の突進にも等しい衝撃を、イストは片腕一枚で受け止める。
「ティロフィ、右から回れ! イスト、正面を維持したまま足を削れ!」
カイトは後方から【エリア・マイナーヒール】を絶え間なく放ち、熱ダメージで削られる二体の体力を維持する。さらにイストを対象に【身代わり】を発動させ、万が一の痛打に備える。
戦いは熾烈を極めた。
サラマンダーは周囲の地面を溶岩へと変え、広間全体を熱地獄へと変貌させる。噛みつき、爪撃、そして予測不能な爆発的なタックル。
だが、カイトの指揮下に置かれた二体は、もはや個別の魔物ではなかった。
イストが正面から注意を引き、盾で全ての衝撃を殺す。その影からティロフィが飛び出し、魔纏の爪で鱗を抉る。サラマンダーがブレスを吐こうとすれば、イストの【連閃】がその喉元を沈黙させ、ティロフィの尾がその姿勢を崩す。
「主!」
イストの声が響く。サラマンダーは度重なる猛攻により、その巨体を支える四肢の鱗が剥がれ落ち、動きを鈍らせていた。
「二人同時に最大火力で行け! ティロフィ、上空から【魔纏・爪】の全出力! イスト、その喉元に【連閃】の全てを叩き込め!」
「「――!!」」
ティロフィが再び高く舞い上がり、魔力の粒子を翼から撒き散らしながら、一筋の灰色の流星となる。
地上では、イストが剣を正眼に構え、全魔力をその白銀の刃に集束させた。
「……はぁっ!!」
イストの剣が、光の帯となってサラマンダーの喉を貫く。五連、六連――。神速の斬撃が火竜の急所をズタズタに切り裂いた瞬間、上空からティロフィの必殺の一撃が脳天に直撃した。
ガガガガギィィィィィン!!
断末魔の叫びを上げる間もなく、フレア・サラマンダーの巨躯が岩場へと沈んだ。
火竜の身体は激しい光を放ち、やがて無数の粒子となって空へと昇っていく。
戦いの余韻が漂う中、サラマンダーが消えた跡地には、一際大きく、燃えるような紅蓮の輝きを放つ『火竜の鱗』が残されていた。
「……勝ったな」
カイトは安堵の息を吐き、膝を突くイストと、鼻を鳴らすティロフィの元へ歩み寄った。
「お見事でした、主」
イストは気品を失わぬ仕草で立ち上がり、火竜の鱗を拾い上げ、カイトへと差し出した。
「いや、二人のおかげだ。……これで、次のステージへ行ける」
一行は、広間のさらに奥、深淵へと続く階段を見つけた。
そこを下りた先にあったのは、第十一層。
空気が一変し、涼やかでいて、より濃密な魔力が満ちる森のような領域が広がっている。
そしてその入り口には、統合ダンジョンでお馴染みの、青く輝く転移の魔法陣が鎮座していた。
これで、次からここまで一足飛びに来れる。
「よし。今日はここまでにしよう」
カイトは二体を【眷属の庭園】へと戻し、魔法陣の上に立った。
(十層ごとの転移……。これで、だいぶ時間の短縮が可能になる。それに、この『火竜の鱗』があれば……)
カイトは手の中の熱い鱗を見つめ、不敵に微笑む。
カイトたちのパーティは、まだ始まったばかり。
第十一層以降に潜むという、さらに強大な竜たちの気配を感じながら、カイトは光に包まれて地上へと転移されていった。
『現在のジョブ:調教師(Lv.18)』
『使役モンスター:イスト(Lv.5)、ティロフィ(Lv.12)』
『獲得アイテム:火竜の鱗(サラマンダーの竜鱗)』




