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第53話:騎士の名、そして忠義を得る

ティロフィが『グレイ・ドラグネス』へと進化を遂げ、その圧倒的な力を見せつけた翌日。

 四月三回目の日曜日の朝。カイトの姿は再び、切り立った断崖が連なる渓谷型の単独ダンジョン『竜の巣』の入り口にあった。昨夜は進化したティロフィのステータス確認と、新たな戦術のシミュレーションに没頭していたため、睡眠時間は決して十分とは言えなかったが、その瞳に宿る熱はかつてないほどに高まっていた。


「……さて、今日も始めようか」


第一層。太陽に照らされた岩壁の通路に足を踏み入れた瞬間に、カイトは迷いなく二体を召喚した。

 翡翠色の魔力の奔流とともに現れたのは、体長二・五メートルを超え、灰色の鱗を硬質に輝かせるティロフィ。そして、その傍らで静かに剣を携え、主の命を待つ名もなき騎士だ。


「グルゥ……」

「…………」


ティロフィは進化したことで知性が増したのか、カイトの顔を覗き込むようにして小さく鳴いた。対照的に、名もなき騎士は相変わらず無機質なフルプレートの奥で、青白い魂の炎を揺らしているだけだ。


「今日の目標を伝えるよ。――第九層での徹底したレベリングだ。特に、騎士。君のレベルを今日中に十五まで引き上げる。のちに十層のボスを倒しに行く。」


カイトの宣言に、騎士は深く一礼した。

 カイトは知っていた。それはゲーム時代の記憶の中でも、極めて特殊な条件を必要とする進化だった。


一行は凄まじい速度で階層を駆け下りていった。

 第一層から三層のリトルドラゴンなど、もはや敵ではない。進化したティロフィが【飛翔】からの旋回で群れを散らし、そこへ騎士が正確無比な【一閃】を叩き込む。その作業は、戦闘というよりはもはや「収穫」に近い効率で進められた。


四層から七層の属性地帯も、今の彼らにとっては格好の修練場でしかない。属性ブレスを騎士が【流剣】で無力化し、その隙を突いてティロフィが空から【魔纏・爪】を使用した【爪撃】による急降下攻撃を見舞う。

 そして、ついに主戦場である第九層へと到達した。


「……さあ、ここからが本番だ。ドレイクの群れを、一匹残らず経験値に変えるぞ」


第九層。そこは、昨日戦闘を繰り広げたヤング・ドレイクたちが、群れを形成して徘徊する領域だ。

 カイトはあえて自分自身の「魔騎士」としてのスキルは封印し、徹底して「調教師」としての後方支援に専念した。


騎士が盾を構え、三体のドレイクの猛突進を正面から受け止める。

 ガギィィィィン!!

 金属と鱗が衝突する凄まじい火花が散る。昨日までは数メートル押し込まれていた衝撃も、レベルが上がった今の騎士は、わずかな後退で耐えきってみせる。


「騎士、そのまま固定! ティロフィ、右の個体の脚を潰せ!」


指示が飛ぶ。ティロフィが地を這うような低空飛行でドレイクの足元を掠め、鋭い爪が腱を断ち切る。バランスを崩したドレイクに対し、騎士が盾で残る二体を弾き飛ばしながら、手負いの一体へ剣を突き立てた。


一戦、また一戦。

 カイトは魔力ポーションを服用しつつ、絶え間なく二体へ支援を送り続ける。

 たまに、ドレイクに囲まれて危機的状況に陥った騎士に【身代わり】を付与し、ダメージをすべて肩代わりするなどの一幕もあった。


 騎士の鎧には新たな傷が増え、ティロフィの息も次第に荒くなっていく。だが、戦えば戦うほど、騎士の動きには無駄がなくなり、剣筋はより鋭く、より正確なものへと洗練されていった。


腕時計の針が夕刻を指し、疲労もたまってきた頃。

 もう何体目になるかわからないドレイクが粒子となって消えた瞬間、カイトの脳内に待ち望んでいた音が響いた。


『使役モンスター:名もなき騎士がレベル15に到達しました。個体進化が可能です』

『進化条件:レベルMaxの状態で、「名」を授ける』


カイトの動きが止まった。

 騎士が剣を鞘に納め、カイトの前へと歩み寄る。その佇まいは、未だ名もなき存在でありながら、一国の精鋭を思わせる威風堂々としたものだった。


(……ようやく、この時が来たか)


カイトはゆっくりと騎士に近づき、その冷たい鉄の胸当てに手を置いた。

 テイムしたあの日から、この騎士は、カイトの盾となり、剣となってきた。名を与えれば一つの「個」へと変わる。その重みを、カイトは噛み締める。


「……待たせてすまなかったな。君の忠誠には、常に救われていたよ」


カイトは騎士の兜の奥にある、揺らめく魂の炎を真っ直ぐに見つめた。


「これからもよろしく、――『イスト』」


その名を口にした瞬間。

 騎士の全身から、黄金に輝く金色の光が溢れ出した。

 

 光の中で、騎士の鎧が再構築されていく。古びていた鉄の表面には、複雑で優美な彫金が刻まれ、カイトシールドはより強固に、携える直剣はより鋭く、輝きが増す。体長は二メートルほどで、その背筋はかつての「動く死体」のような不気味さを完全に払拭し、気高き騎士のそれへと変貌を遂げた。


『名もなき騎士が【忠義の騎士:イスト】へと進化しました』

『新スキル【連閃】【主への誓い】を習得しました』


光が収まると、そこには以前とは比較にならないプレッシャーを放つ騎士が立っていた。

 イストは音もなく膝を突き、深々と頭を垂れた。


「……拝命いたしました。この魂に刻まれた名、生涯忘れることはございません」


その声は、重厚でいて澄み渡るような、気品に満ちた女性のものだった。


「しゃ、喋った……?」


驚くカイトに対し、イストは面頬を上げたわけではないが、その声に確かな笑みを含ませて答えた。


「はい、あるじ。進化したことにより、こうして直接言葉を交わすことが可能となりました。……これからは、この私の声をもって、貴方様への忠誠を、そして戦場での報告を奏でさせていただきます」


一人称は「私」。カイトへの呼び方は「主」。

 その態度は、単なる使役獣としての服従ではなく、高潔な騎士が正当な王へと捧げる絶対の忠義そのものだった。


「……頼もしいよ、イスト。君がいれば、どんな敵も恐れることはない」


「過分なお言葉、恐縮に存じます。……主への誓いがある限り、この剣が折れることはございません。そして――」


イストは立ち上がり、通路のさらに奥、十層へと続く大扉を見据えた。


「主、奥より不浄なる熱気を感じます。……私とティロフィ、そして主の指揮があれば、あのようなトカゲ、瞬く間に塵へと変えてご覧に入れましょう」


カイトは不敵に口角を上げた。

 グレイ・ドラグネスへと進化したティロフィ。

 そして、言葉と名前、究極の忠義を得た騎士イスト。

 

 この二体を従えたカイトの視線の先には、十層の主『フレア・サラマンダー』の待つ灼熱の領域が広がっていた。


「ああ。行こうか、イスト、ティロフィ」


カイトは一歩、未知の深淵へと踏み出した。


『現在のジョブ:調教師(Lv.18)』

『使役モンスター:ティロフィ(Lv.10)、イスト(種族:忠義の騎士 Lv.1)』

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― 新着の感想 ―
世間に知られたら名もなき騎士テイムを目指す人が増えそう(テイムできるとは言ってない)
おはようございます。 騎士さん名前付かないのか…と思ってましたが、なるほどこういう事情があったんですね。 しかし喋ったのはカイト君も予想外→今後も知識とは違う事態が起きる可能性が示唆された訳ですな。
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