第41話:運命の三十層
季節が巡るのは、カイトが想像していたよりもずっと早かった。
あの日、魔騎士という唯一無二の力を手に入れてからの日々、カイトの生活は狂気的なまでの密度で塗り潰されていた。
平日の学校では、相変わらず「行き止まりの大魔法使い」として、クラスメイトの嘲笑を浴びながら低階層で魔石拾いに精を出す。その姿は周囲から見れば、かつての勢いを失い、現実に妥協した「過去の天才」そのものだった。
だが、放課後と週末、カイトの真の姿は全く別の場所にあった。
誰も知らない単独ダンジョン『鍛錬の道場』に篭り、初級、中級のレベルアップポーションを効率的に回収。さらには魔騎士のレベリングと並行し、「癒し手」や「盗賊」といった一見無関係な職業のレベルも密かに底上げしていった。すべては「魔王」へと至るためのパズルのピース。その過程で、特定の条件下でのみ出現する単独ダンジョンを攻略し、相手の魔力に呼応して真価を発揮する魔騎士の得物――【断罪の剣】をも手中に収めていた。
修練の合間にたまに佐藤たちや家族と出かけたり、旅行へと行ったりもして、ただダンジョンに傾倒するだけではなく、第二の人生を隅々まで謳歌するように、されど目標に対しては微塵の妥協も見せない日々を過ごしていった。
そして、時は流れ三月の中盤。
窓の外を舞う粉雪が春の雨へと変わり始めた、第三金曜日。
ついにその時が訪れた。
「……本日の予定を伝える。」
朝のホームルーム。教官の声が、緊張感に満ちた教室に響く。
生徒たちの顔触れは、数ヶ月前とはどこか違っていた。誰もが実戦を重ね、その瞳には冒険者としての鋭さが宿っている。
「これより、三十層の合同攻略を開始する。この日のために各々、装備の更新やレベリングを行ってきたはずだ。九条院、佐藤、準備に抜かりはないか」
「はい。万全です」
「おう、やってやるぜ教官!」
九条院紗夜の凛とした声と、佐藤の威勢の良い返事が返る。彼らもまた、この期間で着実に成長を遂げていた。九条院から放たれる魔力は以前よりも研ぎ澄まされ、その背には家門の財力と彼女の努力の結晶である、一級品の装備が揃っている。
彼らだけでなくクラスメイトの戦闘職、そのすべてが上級職へと歩みを進めていた。
だが、教官の視線は最後に、教室の隅に座るカイトで止まった。
その目は、期待というよりも、危惧に近い色を帯びていた。
「結城。貴様も戦闘職だ。……後衛の大魔法使いとはいえ、三十層の難度はこれまでの比ではない。……本当に大丈夫か」
教官の言葉に、教室内から「くすくす」と、隠しきれない嘲笑が漏れ出した。
「レベル70……。まだそこにいたのかよ」
「中級カンストで満足して、他の職を育てる余裕もなかったんだろうな」
「大魔法使いが三十層なんて、足手まといにならなきゃいいけど」
九条院の、どこか悲しげに目を逸らす仕草が、周囲の蔑みをさらに加速させる。
佐藤や田中、鈴木は何も言わずにただカイトへの心配、そして好き勝手に言う周りへと憤りを抱いていた。
しかし、その中心にいるカイト本人の心は、凪のように静かだった。
今のカイトにとって、大魔法使いのレベルなど、もはや偽装用の看板に過ぎない。その内側に隠された「魔騎士」の力、そして多職種の経験が混ざり合った真のステータスは、教官の想像を遥かに超える領域に達していた。
「……問題ありません」
短く、淡々と答える。
教官は少しの間、カイトの表情を探るような素振りを見せたが、やがて小さく息を吐いて頷いた。
「わかった。……なら、説明を続ける。三十層のボス、通称『処刑人』。こいつはこれまでのボスとは次元が違う。物理と魔法、両方にある程度の耐性を持ち、上級職の攻撃でなければ通用しないと言われている」
教官の顔が、より一層険しくなる。
「攻撃力も高く、気を抜いたら簡単に死ねる。いいな、死にたくなければ最後まで気を抜かずに戦え」
生徒たちに緊張が走る。
カイトだけは、机の下で静かに拳を握った。
「出発だ。各自、装備の最終確認を怠るな!」
教官の号令と共に、生徒たちが一斉に立ち上がる。
嘲笑。憐れみ。そして、未知なる強敵への恐怖。
様々な感情が渦巻く中、カイトは静かに席を立った。
運命の三十層。
そこは、カイトが「魔王」へと至る道の第一歩を、世界に刻むための舞台となる。
『現在のジョブ:大魔法使い』
『現在のレベル:70』




