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第42話:魔王への道標

統合ダンジョン第三十層。

 その最深部に鎮座する巨大な鉄扉が、重々しい音を立てて開かれた。


「……っ、なんだ、この圧は」


先頭を歩いていた佐藤が、思わず絶句して足を止めた。

 森の一部をそこだけ切り取った彼のような広大な石造りの円形ホール。月明かりに照らされてその中央で待っていたのは、教官が事前に説明していた「処刑人」ではなかった。


そこにあったのは、周囲の光をすべて吸い込むかのような漆黒の外套を纏い、身の丈を優に超える禍々しい大鎌を携えた死神の化身。その虚ろな兜の奥では、不気味な青白い炎が静かに揺らめいている。

 変異ボス――【深淵の処刑人】。

 この世界において、その存在は知られていなかった。通常のボスとは一線を画すその威容。空間を歪ませるほどの殺気が、上級職へと至ったばかりの生徒たちの心を瞬時にへし折った。


「ひっ……あああぁ……っ!」


何人かの生徒が、膝から崩れ落ちた。生物としての本能が、目の前の存在を「敵」ではなく「死」そのものだと理解してしまったのだ。


「総員、構えろ! 貴様ら、下がるんだ!」


教官がいち早く事態の異常を察知し、最前線に飛び出した。引率の教官たちは皆、経験豊富な冒険者だ。彼らは即座に連携を取り、それぞれの武器に魔力を込めて一斉に突撃する。


「【烈火斬】!」

 「【轟雷破】!」


上級職の戦士と魔導師による、最高密度の連携攻撃。だが、次の瞬間、教室を支配したのは希望ではなく、さらなる絶望だった。

 ボスの纏う【虚無の外套】が微かに揺らめくと、放たれた熱量も衝撃も、霧が晴れるように霧散したのである。


「……馬鹿な、効いていないのか!?」


物理と魔法、その両方にとてつもない耐性を持つボスの特性を、彼らはまだ知らない。

 ボスは無造作に大鎌を横一文字に薙いだ。ただの物理攻撃ではない。闇の魔力が物理的な質量を伴って爆発する【処刑の旋風】。


「ぐあああっ!」


盾を構えたベテランの教官たちが、木の葉のように吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。前線は、開始わずか数分で完全に崩壊した。


「……ダメだ、勝てん。総員……総員撤退だ! 生徒を連れて、今すぐこの場から逃げろ!」


血を吐きながら教官が叫ぶ。その声に弾かれたように、パニックに陥った生徒たちが我先にと扉へ向かって走り出した。

 だが、深淵の死神は逃走を許さない。


「カッ……!」


ボスの手から、影のように黒い【魂の鎖】が放たれた。それは逃げ遅れた鈴木さんの足首に容赦なく絡みつく。


「いやぁっ! 助けて、誰か!」


鈴木さんの身体が、凄まじい力でボスの元へと引き寄せられる。死の鎌が、彼女の命を刈り取るために高く掲げられた。


(……チッ、隠している場合じゃないか)


その光景を見ていたカイトの瞳から、それまでの平穏が消えた。

 カイトは一瞬で思考を加速させる。ここで力を出せば、これまでの「落ちこぼれ」の演技はすべて無駄になる。だが、クラスメイトが―――『大切な友人』が無惨に殺されるのを黙って見過ごすほど、カイトの心は冷え切ってはいない。


「【複製魔法陣】――展開」


カイト足元に、魔法陣が展開された。

 「大魔法使い」としての、しかし大魔法使いの領域を遥かに超えた超高密度の魔力が収束していく。


「【四子竜撃】!!」


炎、氷、雷、無。本来四体のはずの竜が八体の魔竜となって咆哮を上げ、ボスの胸元へと突き刺さった。広間全体が真っ白な光に包まれるほどの爆発。鈴木さんを縛っていた鎖が弾け飛び、彼女は間一髪でその場を逃れた。

 砂塵が舞う中、クラスメイトたちが驚愕の表情でカイトを振り返る。


だが、カイトの表情は険しい。

 砂煙の中から現れた【深淵の処刑人】は、無傷だった。物理と魔法を交互に叩き込まなければならないというボスの特性が、魔法一点張りの攻撃を完全に無力化したのだ。


「……ターゲットが変わったか」


ボスの虚ろな眼光が、最大の脅威としてカイトを定めた。

 死神が地を蹴る。目にも止まらぬ速さでカイトの眼前に肉薄し、巨大な鎌を振り下ろした。

 カイトは短距離テレポート(ブリンク)の予備動作に入る。だが、ボスの周囲に漂う「魔力阻害」のオーラが、座標の固定を一瞬だけ遅らせた。


(まずい、間に合わな――)


「結城君!!」


横から飛び込んできた白い影が、カイトの身体を突き飛ばした。

 衝撃。

 カイトの視界が回転し、石畳の上を転がる。直後、凄まじい破壊音と共に、さっきまでカイトがいた場所が粉砕されていた。


「……くっ、ああ……」


そこには、カイトを庇ってボスの衝撃波を正面から受けた九条院紗夜が、血を流して倒れていた。


「九条院さん!」


「逃げなさい……結城君。早く……皆を連れて」


彼女は折れそうな身体を無理やり支え、震える手で細剣を構えた。上級職としてのプライドか、それともクラスメイトを守りたいという一心か。彼女の瞳には、死を覚悟した高潔で強い光が宿っていた。


「私が見ているから……私が、時間を稼ぐから……っ!」


彼女は果敢にボスへと突っ込んでいった。上級職となった彼女の剣技は鋭く、正確だった。しかし、【深淵の処刑人】との絶望的なまでの地力の差は、努力や覚悟で埋まるものではなかった。

 ボスの裏拳一つで九条院の防御は崩され、続けざまに放たれた死の魔力が彼女を無慈悲に吹き飛ばした。


ドサリ、と力なく地面に落ちる九条院。

 ボスはゆっくりと、大鎌を振り上げながら彼女の元へ歩み寄る。とどめの一撃。そのゆったりとした歩みが、冷酷な死の宣告のように感じられた。


「九条院!!」

 「九条院さん!!」


教官たちやクラスメイトの絶叫が響く。恐怖で動けない生徒たちが、最悪の瞬間を予感して目をつぶる。

 だが。


コツ、コツ、と。

 騒乱の静寂を切り裂くように、一定のリズムで石床を叩く足音が響いた。


「……!?無茶だカイト! 戻れ! 後衛職のお前が行っても、どうしようもないんだぞ!」


佐藤が泣きそうな声で叫ぶ。

 しかし、カイトはその声を完全に無視した。

 彼の視線は、目の前のシステムウィンドウだけを見つめている。


『ジョブ変更:大魔法使い → 魔騎士』

 『パッシブスキル:【高貴なる血統】発動』

 『インベントリ展開:【断罪の剣】を装備』


カイトの周囲の空気が、一変した。

 それまでの「大魔法使い」としての膨大な魔力が内側へと収束し、鋼のように硬く、鋭い「覇気」へと変質していく。一歩歩くごとに、カイトの背後から噴き出す魔力は純白の輝きを増し、その密度は広間全体の空気そのものを重く変えていった。


ボスが大鎌を振り下ろす。

 九条院の命が刈り取られる、その刹那。


――キィィィィィィン!!


鼓膜を劈くような金属音が、静まり返った広間に轟いた。


「え……?」


九条院が、信じられないものを見るように目を開ける。

 十数メートル離れていたはずのカイトが、いつの間にか彼女の目の前に立っていた。

 その手には、見たこともないほど美しく、そして恐ろしいほどに研ぎ澄まされた白銀の魔剣。

 カイトは、ボスの渾身の一撃を、片手の剣だけで容易く受け止めていたのだ。


「……結城……君?」


呆然と呟く九条院の耳に、低く、だがこれまでになく頼もしい声が届いた。


「遅くなってごめん、九条院さん」


カイトはボスの大鎌を跳ね除けると、背中で彼女を庇うように立ち塞がった。

 ボスの放つ強大な魔力が、カイトの【断罪の剣】に吸い込まれ、剣がより一層激しい輝きを放ち始める。相手が強ければ強いほど、魔力が多ければ多いほど、この剣は「正しく裁く」ために力を増す。


カイトは肩越しに、震える彼女へ静かに微笑んだ。


「でも――任せてほしい。ここからは俺のルートだ」


その瞬間、カイトから立ち昇る魔力が、三十層の天井を突き抜けるほどの巨大な柱となって爆発した。

 「落ちこぼれの大魔法使い」でも、「才能の行き止まり」でもない。

 世界で唯一、魔と武を統べる「魔騎士」としての真の姿が、今、全員の眼前に晒された。


「……さて、処刑の時間だ。深淵の番人」


カイトが魔剣を正眼に構える。

 その背中は、もはや一介の生徒のものではなく、すべての理を支配する王の風格を纏っていた。





『現在のジョブ:魔騎士』

『現在のレベル:90』

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― 新着の感想 ―
切り札は先に見せるな?大丈夫、奥の手があるから! 所詮、魔騎士L90だって「全員生存」のために切らざるを得なかったジョーカー… さ~て、ここからどうやって実力(カイトしか知らない情報)を隠し通すのかな…
とうとうプロローグの場面 そしていつの間にかカンストしてた!?
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