第146話:覇炎王蛇
灼熱の森に身を潜め、過酷な環境での野営を挟みながら進むこと二日。
カイトたちは、第四十四層の最深部を突破し、ついに目的の『第四十五層』へと繋がるゲートの前にたどり着いていた。
これまでの迷いのない最短距離での進軍。そして、現れる敵を瞬時に各個撃破する圧倒的な戦闘力があったからこそ、通常では考えられない「二日間での到達」という超常のペースが実現していた。
「……ここを超えれば、四十五層。あの物件の契約基準を満たせる」
ゲートの青白い光を見つめながら、カイトは深く息を吐き出した。耐熱結界の魔道具が放つ冷気と、ダンジョンの濃密な魔力が肌にピリピリと心地よい緊張感を与える。
「主、いつでもいけます。これより先は中ボス戦。不肖このイスト、主の剣として、また盾として、持てる全ての力をもって守り抜く所存です」
蒼い魔力の翼を微かに揺らしながら、銀色の騎士――イストが恭しく一礼する。その隣では、体長七メートルに達する黒白龍のティロフィが、自慢の二対四枚の翼を静かに広げ、鋭い金色の瞳をゲートの奥に向けていた。
「ありがとう。二人とも、それじゃあ、行こうか」
その言葉と共に、光のゲートへと足を踏み入れた。
視界が切り替わった先は、それまでの炎の森とは異なる、信じられないほど広大な円形のドーム状フィールドだった。
その広場の中央には、天を衝くほどの高さを誇る、極彩色の炎で覆われた『巨大な炎樹』が一本、威風堂々とそびえ立っている。パチパチと爆ぜる火の粉が雪のように周囲に舞い散る中、広場の地面が激しく震動し始めた。
中央の炎樹の背後から、大気を激しく引き裂くような摩擦音と共に、その巨体が現れる。
全長十メートルを遥かに超える、巨大な炎を纏った大蛇――第四十五層の中ボス『覇炎王蛇』。
頭部には赤黒い炎でできた角のような突起が連なり、遠目から見るとまるで歪な王冠を戴いているかのようだ。むき出しになった口元からは、獲物を一撃で噛み砕くであろう巨大な二本の牙が、妖しく赤く光り輝いていた。
「シャーァァァァッ!!」
覇炎王蛇がその巨体に似合わない俊敏さで、地面を滑るようにカイトめがけて猛然と突進してくる。大気が圧縮されるような風圧と共に、紅蓮の炎が迫る。
「ティロフィ、白でいこう! 『龍の加護』をイストに! イストは空中から攪乱!」
カイトが的確に指示を飛ばすと同時に、ティロフィの漆黒の鱗が一瞬にして眩い純白へと『黒白反転』した。
「グルゥァァァッ!」
ティロフィが『強靭の咆哮』を響かせ、さらに『龍の加護』を上空のイストへと付与する。同時に『白龍の誇り』の効果によって、同じバフ効果がティロフィ自身にも適用され、二体のステータスが爆発的に上昇した。
「はっ!」
能力が大上昇したイストは、『天制の蒼翼』をはばたかせて音速に近いスピードで跳躍。覇炎王蛇の突進を三次元的な空中軌道で軽々と回避すると、そのまま急降下して鋭い飛ぶ斬撃を放つ。
「【天魔斬】!」
蒼い光条が覇炎王蛇の胴体に直撃し、炎の鱗を大きく弾け飛ばした。しかし、覇炎王蛇もさるもの。鋭い咆哮を上げると、中央の巨大な炎樹の幹へと巻き付き、自らの身を隠すように垂直に登り始めた。
「……やっぱり、あの樹を利用するのか。少し厄介だね」
樹の影から、こちらの攻撃をやり過ごしながら、突如として上空から炎のブレスを吐き散らしてくる覇炎王蛇。死角からの立体的な猛攻に、普通の冒険者であれば翻弄されるところだろう。
だが、カイトは冷静に杖を構え、その動きを見極めていた。
「なら、隠れる場所ごと吹き飛ばすだけだ。ティロフィ、もう一度黒へ! イストは地上へ誘導して!」
ティロフィの鱗が黒へと反転し、『龍の怒り』で全攻撃の威力を跳ね上げる。
イストは『瞬動』を用いて、木の枝から枝へと高速移動しながら、覇炎王蛇の顔面に剣撃を叩き込んでいく。挑発された覇炎王蛇がたまらず樹から滑り落ち、地上へとその巨体を晒した瞬間を、カイトは見逃さなかった。
「【豪滝の蜘蛛】!」
カイトの手から放たれた水でできた巨大な蜘蛛が、覇炎王蛇の足元へと静かに滑り込み、大爆発を起こす。
ジュウウゥゥッ! という凄まじい水蒸気が発生し、覇炎王蛇が苦悶の声を上げた。同時に、上空には瞬時に極厚の水雲が生成され、その十秒後――
ドババババババッ!!!
爆発の箇所へ向けて、文字通り『滝』のような大質量の水流が、ティロフィとイストに翻弄されその場に押しとどめられていた覇炎王蛇の頭上から容赦なく降り注いだ。炎の身体を持つ覇炎王蛇にとって、魔力による大水流の直撃は致命的なダメージとなる。炎の鎧を強制的に剥ぎ取られ、その体力は目に見えて削れていった。
だが、中ボスもただでは倒れない。
体力が残り僅かとなり、生命の危機を本能で察知した覇炎王蛇の瞳が、血のように真っ赤に染まった。
「シャァァァァァッ!!!」
突如、覇炎王蛇は凄まじい速度で広場の外周を猛烈に回り始めた。
その超高速の旋回運動に伴い、周囲の炎を巻き込んだ『巨大な炎の竜巻』がフィールド全体を覆うように作り出されていく。視界は完全に遮られ、渦巻く炎の嵐がカイトたちの退路を断つ。
「主、お下がりください! 来ます!!」
イストがカイトの前に立ち、剣と盾を構える。
その言葉通り、炎の竜巻のあちこちから、覇炎王蛇が代わる代わる姿を現しては、全方位から苛烈な火炎ブレスを浴びせかけてくる。この決死の大技こそが、覇炎王蛇の最大にして最強の攻撃だった。
しかし、カイトは焦るどころか、フッと息を漏らして笑った。その大技の性質も、消耗するタイミングも、カイトはすべて「知って」いた。
「大丈夫。無理に攻めず、一分間だけ完璧に防ぎきろう。ティロフィ、白で『強靭の咆哮』と回復支援を。イスト、剣を構えて」
「御意!」
白に反転したティロフィが『癒しの風』を周囲に絶え間なく発生させ、受ける熱ダメージを即座に相殺していく。
そして、障壁を抜けてカイトへと迫る火炎ブレスの数々を、イストがその【吸魔の剣】で、実体なき魔力ごと美しく切り裂いては、その魔力を自らのものとして吸収していった。
激しい炎の猛攻が吹き荒れること、正確に一分。
やがて、あれほど猛威を振るっていた巨大な炎の竜巻が、ぷつりと糸が切れたように霧散した。
その中央には、すべてを出し尽くし、全身の炎を失って煤けたようになって力なく横たわる、満身創痍の覇炎王蛇の姿があった。大技の反動による、決定的な消耗の瞬間だ。
「……お疲れ様。これで終わりだよ」
カイトが静かに手をかざす。
彼の周囲に、バチバチと大気を引き裂く青白い電撃が幾重にも生成されていく。魔人としての強力な雷魔法。
「【雷狼の群れ】」
解き放たれた無数の雷の狼たちが、凄まじい速度で地を駆け、覇炎王蛇の巨体へと一斉に牙を剥いた。
直撃した無数の雷撃が覇炎王蛇の巨体を激しく拘束し、確定のスタン状態へと陥れる。身動き一つ取れなくなった中ボスに向けて、カイトは最期の一撃を放った。
「――【内包の巨槍】。属性は、水」
先ほどよりもさらに巨大な、渦巻く濁流の槍が虚空から撃ち出され、覇炎王蛇の眉間を容赦なく貫いた。
「シャ……ァ……」
覇炎王蛇は最後の乾いた声を漏らし、そのままサラサラと光の粒子となって崩れ去った。その跡地には、非常に巨大な魔石がぽつんと転がっている。
戦闘終了。カイトたちは、傷一つ負うことなく、第四十五層の中ボスを完全攻略した。
「ふぅ……。お疲れ様、イスト、ティロフィ。完璧な戦いだったよ」
「主のお役に立てて光栄です」
カイトは微笑みながら足元に転がった大きな魔石を拾い上げ、リュックサックへと大切に仕舞い込んだ。
これで、ギルドカードに登録されている彼の最高クリア階層は、正式に『第四十五層』へと更新されたはずだ。あの理想のクランハウスを契約するための条件は、これで完璧に満たされた。
「よし、地上へ戻ろう。九条院さんや佐藤たちに、早く良い報告をしないとね」
カイトは二人を送還すると、ゲートから帰還する。
青い光に包まれながら、カイトは大崎にそびえ立つ自分たちの新しい『城』の姿を思い描き、確かな満足感と共にダンジョンを後にするのだった。
『現在のジョブ:魔人(Lv.42)』
『使役モンスター:イスト(Lv.8・天空騎士)、ティロフィ(Lv.8・黒白龍)』




