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第144話:炎の森

 九条院との不動産屋での一件から数日後。

 カイトたちは万全の準備を整え、統合ダンジョンの『第四十一層』のスタート地点へと足を踏み入れていた。


 転移の光が収まった視界に広がっていたのは、これまでの階層とは一線を画す、文字通りの異界だった。

 頭上を覆うのは、炎そのもので形成された燃え盛る葉を持つ巨木の群れ。点在する木々は赤黒い光を放ちながらパチパチと音を立てて爆ぜ、地面からは陽炎が立ち上っている。フィールド全体が巨大なオーブンの内部のようになっており、凄まじい熱気が肌を灼こうと押し寄せてくる。


「うわ……噂には聞いていたけど、マジでとんでもねえ熱さだな。魔道具の耐熱結界がなきゃ、一歩進んだだけで干からびちまいそうだぜ」


 佐藤が首元を引っ張りながら顔をしかめる。彼を筆頭に、全員がギルドで新調した耐熱効果を持つ魔道具を身に付けていた。これがなければこれほど苛烈な環境では、通常の探索すらまともに行えない。


「みんな、魔道具の調子は大丈夫? ここから先は、これまで以上に環境との戦いにもなるから、無理だけはしないでね」


 カイトが全員に声をかけると、佐藤パーティー、そして九条院パーティーの面々が頼もしく頷いた。

 しかし、ここでカイトは足を止め、全員の方を真っ直ぐに向き直る。


「さて……事前にみんなに説明した通り、ここからの攻略だけど――俺はみんなと分かれて、単独で先行させてもらうよ」


「……ああ、分かってる。一ヶ月以内に四十五層を突破して、あのクランハウスを確実に手に入れるため、だろ?」


 佐藤が真剣な表情で頷いた。

 四十一層から先は、難易度がそれまでとは比べ物にならないほど跳ね上がる。通常通り全員で慎重に進んでいては、一ヶ月というタイムリミットの間に五階層を踏破するのは肉体的にも時間的にも不可能に近い。


「ええ。結城くんが一人で最前線を切り開き、実績を同期して物件をキープする。その間、私たちはこの四十一層でしっかりと環境に適応しつつ、クランとしての実力を底上げする。……合理的ではあるけれど、どうか無理だけはしないでね」


 九条院が少しだけ心配そうに瞳を揺らす。カイトは安心させるように小さく笑ってみせた。


「ありがとう、九条院さん。でも大丈夫だよ。イストもティロフィもいるし、何より俺たちの理想の城がかかってるからね。クランリーダーとしての最初の大仕事、きっちり成し遂げてくるよ」


「おう、信じてるぜリーダー! 俺たちもここでサボらずにガンガンレベル上げて待ってるからな!」


 佐藤が拳を突き出し、カイトも自分の拳をそこに軽くぶつける。メンバーたちからの信頼と激励を背に受けながら、カイトは静かに身を翻した。


「それじゃあ、行ってくる」


 その言葉を合図に、カイトの背後に二つの巨大な魔力の奔流が渦巻いた。

 現れたのは、蒼く輝く魔力の翼を広げた銀色の騎士――天空騎士のイスト。そして、七メートルに達する巨体と二対四枚の翼を持ち、禍々しくも美しい漆黒の鱗を煌めかせる黒白龍のティロフィ。

 カイトは二体を従え、燃え盛る炎の森の奥へと一瞬で姿を消した。


 仲間たちと別れ、熱気が渦巻く森を数分ほど進んだ頃。

 カイトの鋭い知覚が、前方の気配を捉えた。


「主、前方に敵影です。全部で五」


 イストが白銀の兜の奥から涼やかな声で告げると同時に、炎樹の影から路頭を阻むようにモンスターが姿を現した。


 現れたのは、全身が陽炎のような炎で形成された、二メートルほどの巨躯を持つ大蛇――『炎蛇』が三体。地を這いながらシャーッと不気味な威嚇音を響かせている。

 さらにその後方からは、全身に激しい劫火を纏った四メートル級の凶悪なゴリラ――『フレイムバック』が二体、地響きを立てて拳を地面に叩きつけていた。


「なるほど、これが四十一層の洗礼か。ティロフィ、まずは黒のままでいこう。イスト、空中からの威力偵察をお願い」


「御意」

「グルゥアアアッ!」


 ティロフィが『黒龍の怒り』を発動し、その爪や牙に漆黒の魔力を収束させて咆哮する。同時に、イストが『天制の蒼翼』を羽ばたかせ、瞬時に上空へと舞い上がった。


 敵のフレイムバックが凄まじい跳ねっ返りで跳躍し、炎を纏わせた巨大な拳をカイトめがけて振り下ろしてくる。その高い身体能力と質量は、まともに受ければ一撃で致命傷になりかねない威力だ。

 だが、カイトの表情は微塵も動かない。


「【ディメンション・シフト】【短距離テレポート】」


 カイトがボソリと呟いた瞬間、彼の存在感がその場から完全に消失した。魔人としての自衛スキルにより、ヘイトが完全にリセットされた上に、場所を一瞬で変え姿を消す。

 標覚を失ったフレイムバックの拳が、カイトのいた地面を虚しく爆砕する。その隙を見逃さず、上空からイストの鋭い一撃が繰り出された。


「【天魔斬】!」


 天空から地上へと届く、蒼い魔力で形成された巨大な飛ぶ斬撃。それが空中でフレイムバックの一体を正確に捉え、その巨体を一刀両断に切り裂いた。悲鳴を上げる間もなく、ゴリラの巨体が光の粒子となって霧散する。


 残されたモンスターたちが一斉にカイトへとターゲットを戻そうとしたが、今度はティロフィがその巨体で割り込んだ。

 地を這い寄ってきた三体の炎蛇が、炎のブレスを吐きながらティロフィに飛びかかろうとする。しかし、ティロフィは力強く地面を踏み締め、長い尻尾に魔力を込めて一閃した。


「グルァ!!」


【竜鞭】による頑強な鱗に覆われた強烈な一撃が、迫り来る炎蛇たちをまとめて薙ぎ払う。凄まじい膂力によって叩きつけられた炎蛇たちは、そのまま炎樹の幹へと激突し、形を保てずに爆散していった。


「よし、残るは一体。これで終わりだ――【内包の巨槍】」


 カイトが右手を前方に掲げると、彼の周囲に圧倒的な密度の魔力が集束していく。選択した属性は『水』。

 激しく渦巻く大量の水流が瞬時に巨大な槍へと形を変え、残されたもう一体のフレイムバックに向けて撃ち放たれた。


 ドォォォン!!


 相性の悪い水属性の魔法攻撃を真正面から浴びたフレイムバックは、その身に纏う炎を一瞬で掻き消され、そのまま絶叫と共に消滅した。


 戦闘開始から、わずか数十秒。

 人類の最前線一歩手前とされる四十一層の凶悪なモンスターの群れを、カイトたちは文字通り掠り傷一つ負うことなく、危なげなく完全殲滅してみせたのだった。


「ふぅ……。うん、やっぱりこれなら問題なさそうだね」


 改めて確信に満ちた笑みを浮かべた。

 攻撃力に特化した複合上級職『魔人』のスキル、そして最高峰の進化を遂げたイストとティロフィの機動力と殲滅力。それらが噛み合えば、このレベルの階層であっても足を止める要素にはなり得ない。


「この調子なら、四十五層まではすぐに行ける。待っててよ、みんな」


 カイトは遥か先へと続く炎の森の奥を見据え、一歩、力強く歩みを進めた。クランの最高の未来を掴み取るための単独踏破が、ここから本格的に加速していく。


『現在のジョブ:魔人(Lv.41)』

『使役モンスター:イスト(Lv.7・天空騎士)、ティロフィ(Lv.8・黒白龍)』

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