第142話:専用物件とカイトの決断
ある程度の希望条件を確認し終えた一同は、具体的な物件探しへと移ることにした。
九条院紗夜が代表し、慣れた手付きで自身の端末を操作し始める。彼女が開いたのは、一般の不動産サイトではなく、限られた者、プロ冒険者のライセンスを持つ者しかアクセスを許されない「冒険者クラン専用物件」の検索システムだった。
「さて、私たちが今挙げた条件を、ひとまず全部入力してみるわね」
九条院は、食事処となるスペース、地下の訓練場、男女別の大浴場、防具洗浄設備、そして防音・防犯の行き届いた会議室や事務室といった、一見すると我が儘とも思える最高峰の条件を次々と打ち込んでいく。
そもそも、この『冒険者クラン専用物件』とは、国から認可を受け、一定の条件を満たしている冒険者クランにのみ紹介される特別な物件がまとめられた専用のネットワークである。社会的な貢献度や危険度の高い冒険者たちを支援、保持するため、国からの多大な補助金や税制優遇が適用されており、一般流通しているビルを借りるよりも遥かに安価、かつ最初からダンジョン探索に適した構造の物件を見つけることができるのだ。
ただし、誰もが好きな物件を選べるわけではない。より厳しい審査や条件をクリアしているクランほど、より強固なセキュリティや充実した設備を持つ上質な物件を選択できるシステムになっている。
その選定基準は多岐にわたるが、最も重視されるのは「所属している冒険者の統合ダンジョンにおける最高クリア階層」だ。
現時点で、カイトたちのクランが公式にクリアしているのは、人類の最前線の一歩手前とされる『第四十層』。
まだ学生上がりの新設クランでありながら、この四十層を突破しているという実績は非常に高く見られる。この驚異的なクリア階層のおかげで、カイトたちは創設初日から、歴戦の猛者たちが集う「中堅クラン以上」が主に利用する最高ランクの優良物件を選択する権利を有していた。
九条院が検索ボタンをタップすると、画面が切り替わり、いくつかの物件情報がリストアップされる。国からの手厚い支援があるとはいえ、これほどニッチな条件だ。ヒット数は少ないと思われたが、その中に一つ、一同の目を引く完璧な物件が紛れ込んでいた。
「……あったわ。信じられない、私たちの希望を完全に満たしている物件が一つだけ残っているわね」
端末の画面をテーブルの中央に向ける。一同が身を乗り出して画面を覗き込んだ。
そこに記載されていたのは、まさに先ほど全員で話し合った「理想の城」そのもののスペックだった。
プロ仕様の防犯設備と防音設備を兼ね備え、プロジェクターなどの機材が初期完備された会議室。
地下には、魔法やスキルの衝撃を吸収する特別な防魔素材で全面が覆われた、高さ十メートルの広大な訓練場。当然、外部への被害を防ぐための結界起動装置も備わっている。
さらに、ダンジョンアタックの疲れを癒やす男女別の大浴場と、モンスターの返り血や泥を綺麗に洗い流せる最新の防具洗浄設備。
それだけでなく、事務作業を行うための専用オフィス部屋や、全員で食卓を囲めるだけの広々とした厨房・食事処の設備まで、何から何まで完璧に揃っていた。
「場所は……大崎の少し落ち着いた区画ね。ゲートシティ大崎からもほど近い場所よ」
九条院の言葉に、佐藤が「おおっ!」と声を上げた。
「大崎か! ゲートシティの近くなら、学校に通ってた頃からみんな土地勘もあるし、ギルドへのアクセスも最高じゃねえか。っていうか、ほぼ毎日行ってたような場所だし、めちゃくちゃ通い慣れてるな!」
「ええ、環境としてはこれ以上ないわね。みんな、ここで異論はないかしら?」
清水も大久保も、他のメンバーたちも一様に満足そうに頷く。もはや、この物件以外に考えられないというほど、彼らにとって運命的な立地と設備だった。拠点はほぼここにする方向で、満場一致で決定した。
しかし、画面を下にスクロールしていたの手がピタリと止まり、その綺麗な眉がわずかに潜められた。
「……ただ、やっぱり金額ね。国からの特例支援が入って、家賃も初期費用も信じられないくらい大幅に減額されてはいるのだけれど……。それでも、契約に必要な初期費用を概算すると、約一千五百万円程度になるわ」
「一千五百万……!」
一同が喉を鳴らす。国からの支援がなければ億近くいっていてもおかしくない物件だが、やはり新設クランにとっては重い金額だ。自分たちが今、必死にかき集めて用意したクラン資金の総額は一千二百万円。つまり、これでは最初期の契約金の時点で、予算を三百万円もオーバーしてしまうことになる。
重い沈黙が流れそうになったその瞬間、カイトがいつものように穏やかな口調で、しかし頼もしさに満ちた声で告げた。
「お金の件なら、心配しなくて大丈夫だよ。とりあえず、足りない分も含めて初期費用の千五百万は、俺の手持ちの個人資金からいったん全額出すから」
「えっ、大丈夫かよカイト?」
驚く佐藤に、カイトは微笑みながら言葉を続けた。
「うん。こないだ佐藤たちとも話した通り、これは俺からの『立て替え』って形にさせてほしい。ひとまず俺が先に一括で支払って物件を押さえる。その後、クランが本格的に稼働し始めたら、みんなのダンジョン攻略の売り上げやクランの取り分から、少しずつ俺に返済して徴収していく形を取れば、誰も無理をせずに済むだろ?」
カイトの提案は、前回の「仲間として対等に背負いたい」という佐藤たちの誇りを尊重しつつ、直近の資金不足という現実的な問題を一瞬で解決する、極めてスマートなものだった。これなら誰も「金魚のフン」にはならないし、最高の拠点を今すぐ手に入れることができる。
「それなら……俺たちも大賛成だ! ありがてえカイト、恩に着るぜ! すぐにダンジョンで荒稼ぎして、きっちり山分けから返していくからな!」
「ええ、結城くんのその提案が一番現実的で助かるわ。ありがとう」
佐藤が親指を立てて笑い、九条院もホッとしたように表情を和らげた。メンバーたちも、カイトの圧倒的な度量とリーダーシップに改めて感謝し、納得の笑みを浮かべる。
「決まりね。それじゃあ後日、都合の良い日に結城くんと私で、実際にこの物件の契約をしに行きましょう。手続きの書類はこちらで用意しておくわね」
そう締めくくったところで、クランの拠点に関する真剣な話し合いは、一度綺麗に一区切りとなった。
大きな懸案事項が片付いたファミレスのテーブルには、再びいつもの賑やかで温かい空気が戻ってきた。
明日からの本格的な冒険者生活への期待、新しく入ってくる裏方スタッフたちの噂話、そして「大浴場ができたら一番乗りで入るぞ!」と息巻く佐藤を女の子たちが笑う声など、他愛のない雑談がいつまでも続く。
カイトは、窓から差し込む春の光を浴びながら、楽しそうに笑い合う仲間たちの姿を心地よく眺めていた。自分たちの「城」ができる。その未来に向かって、彼らは確かに、最高のスタートラインに立っていた。
『現在のジョブ:魔人(Lv.41)』
『使役モンスター:イスト(Lv.7・天空騎士)、ティロフィ(Lv.8・黒白龍)』




