第141話:理想の城とその条件
第六章開幕です。
中学校の卒業式から一日が明けた、雲一つない春の昼下がり。
カイトたちクランの立ち上げメンバーは、都内にある広めのファミレスへと集まっていた。昨日の今日ということもあり、まだどこか学生気分が抜けきらない緩やかな空気が漂っているが、今日集まった目的はクランの文字通りの基盤となる「拠点」を決めるための重要な会議だ。
全員の前にドリンクや軽食が行き渡ったところで、九条院紗夜が手元の端末を置き、凛とした声で切り出した。
「さて、それじゃあ今日集まってもらった本題であるクランハウス、これについて話しましょうか」
その言葉に、佐藤たちもサッと表情を引き締める。ついに自分たちの城を構えるのだという実感が湧いてきたのか、メンバーの瞳に期待の色が灯る。
カイトは全員の顔を見渡しながら、小さく微笑んで言った。
「うん。まずは予算や現実的な制限は一旦度外視して、自分たちが活動する上で『これだけは必要だ』と思うものを各々自由に挙げていこう。どんな些細なことでもいいからさ」
リーダーであるカイトの太っ腹な提案に、最初に勢いよく手を挙げたのは佐藤だった。
「よし、なら俺からな! 俺がまず絶対に外せないと思うのは食事処だぜ! クランのメンバーで、こうやって一緒に美味い飯を食いながら作戦を練ったり雑談したりする時間って、絶対に大事だと思うんだよな!」
相変わらずの食いしん坊ぶりに、隣に座っていた田中が呆れたように小さく肩をすくめる。
「あなたねぇ……一発目から食事の話だなんて、本当に食いしん坊みたいじゃない」
「なんだよ、大事なことだろ!?」
「ふふ、でも確かに賛成ね。ただ潜って帰るだけの場所じゃ寂しいもの」
田中の言葉に、鈴木も身を乗り出すようにして笑顔で同意した。
「うん! 私もみんなでこうやって集まって、もっと仲を深めたりできるリラックスした場所は絶対に必要だと思うな!」
食事処、というよりはメンバーが家族のように集えるリビングダイニングの必要性がまず確定する。
続いて、前衛のタンクとして常にストイックに実力を磨き続けている清水が、真剣な表情で口を開いた。
「僕は訓練場が欲しいかな。学校を卒業した以上、これからは今までみたいに学校の施設を借りて戦術を試したり、スキルを検証したりすることができなくなる。ダンジョン以外でも、安全に身体を動かして訓練できる場所が絶対に必要だと思うんだよね」
その実戦的な意見に、調教師である大久保も大きく頷いた。
「確かに、訓練場は欲しいです。……できれば、スーちゃんが召喚されて大きくなっても、壁や天井を気にせず思いっきり動き回れるくらい広い特別な訓練場がいいですね」
大久保が使役するスライムの獣魔を思い浮かべ、一同は納得の表情を見せる。ここで九条院が、手元のメモにペンを走らせながら、一旦ここまでの意見をまとめた。
「そうね、とりあえず『食事処』と『訓練場』。訓練場に関しては、中堅以上のクランならどこも自前のものを持っているって言うし、私たちのこれからの活動規模を考えても絶対に必要な要素ね。結城くんや蛍ちゃんの使役モンスターには大きい子もいるから、天井の高さも含めて、大分広めにスペースを取らなきゃいけないところね」
基本の骨組みが見えてきたところで、今度は後衛から実用的なリクエストが上がった。松田が髪をかき上げながら言う。
「あとは、シャワールームと、防具とかの洗浄設備が欲しいわね。紗夜様みたいな前衛は特に、ダンジョンから戻ったときにモンスターの返り血や泥がこびりついてしまうじゃない? あれを自宅に持ち帰ってから手入れするのって、本当に大変なのよね」
「確かに! シャワールームは必須ね! 汗だくのまま街を歩くのも嫌だし!」
田中が我が意を得たりと激しく同意する。女の子たちにとって、衛生面の設備は死活問題だ。
すると、その話を聞いていたカイトが、ふと思いついたように贅沢な提案を口にした。
「じゃあシャワールーム……いや、この際、ダンジョンアタックの激しい疲労を根こそぎ落とすために、男女でしっかり分かれた、足を伸ばして入れるような『大浴場』とかがあればいいんじゃないかな?」
「大浴場!? それ、最高じゃない!」
「結城くん、それは素晴らしい提案ね。ぜひ採用しましょう」
女性陣の目が一気に輝き、九条院も嬉しそうに頷いた。ただのシャワーではなく大浴場となれば、肉体的なヒーリング効果も段違いだ。
「うん、いいかもね。あとは実務的な部分として、これから雇う山本さんたちが事務作業をするための部屋とか、私たちが集まる会議室も十分に広く取れたら、ひとまず大丈夫かしら?」
九条院がそう締めくくろうとした時、佐藤がポンと膝を叩いて声を上げた。
「なぁ、結構でかめの倉庫とかも必要じゃねえか? 俺たち、これからの攻略でドロップ品もどんどんかさばるようになるだろ。すぐに売るにしても、一時的に保管しとく安全な場所は必要だろ?」
「あ、そうだね。倉庫は盲点だった、佐藤の言う通りだ」
カイトは佐藤のナイスプレイを褒めつつ、自身が最も懸念していたセキュリティ面についての条件を付け加えた。
「倉庫もそうだし、あとは俺たちの複合上級職の話とか、あまり外部に知られたくないクランの機密情報、それに深層の攻略データもここで話すことになると思う。だから、会議室や事務室には、プロ仕様の防音設備と防犯設備がしっかりと整ったところがいいかな」
カイトの言葉に、九条院は小さく息を呑み、そして深く感銘を受けたように頷いた。
「確かに、それらは私たちのクランの命綱になるわね。外部からの盗聴や侵入を防ぐ結界の起動装置なんかも、視野に入れるべきかもしれないわ。……ええ、とてもいい条件が出揃ったわね。それじゃあ一旦、この全ての条件を満たせるような物件を、私たちの希望として探してみましょうか!」
九条院の晴れやかな掛け声に、佐藤たちメンバーは全員、一点の曇りもない笑顔で力強く答えた。
「うん、いいと思う!」
「最高のクランハウスにしようぜ!」
ファミレスの片隅で、彼らの未来の城の設計図が、確かにその産声を上げたのだった。
『現在のジョブ:魔人(Lv.41)』
『使役モンスター:イスト(Lv.7・天空騎士)、ティロフィ(Lv.8・黒白龍)』




