第140話:卒業
佐藤たちとのファミレスでの話し合いが終わり、後日カイトは九条院紗夜のパーティーとも裏方スタッフ三人の全員採用に関する本格的な会議の席を設けた。
佐藤たちと同様、九条院のパーティーメンバーたちもまた、カイトが下した「全員採用」の判断を全面的に支持した。同時に、資金の懸念についても完全に同じ結論に至ることとなった。
「クランを支えるバックオフィスは組織の心臓部だ。そこにかかる費用をリーダー一人に背負わせるなど、あってはならない」
それが、全員に共通する考えだった。結果として、不足するクラン運営資金についてはカイトが個人で全額を負担するのではなく、クラン全体で手分けして集める方向で完全に一致した。
ただし、拠点となるクランハウスの契約や、優秀な三人を他クランに引き抜かれないための早期の雇用契約締結は一刻を争う。そのため、現時点で「みんなが資金を集めるのに時間がかかってしまう場合」に限り、まずはカイトが個人の資金から先に必要な分を立て替え、後からクランの稼ぎで順次返済していくという極めて現実的なやり方を取ることで落ち着いた。
組織としての団結力をより一層強固なものにしたその話し合いから、さらに数日の時が流れた。
季節は巡り、三月中旬。
カイトたち――大崎市立第一中学校の面々は、ついに卒業式の日を迎えていた。
厳かな空気の中で執り行われた卒業式の全体集会。体育館の冷たい空気の中、壇上に立った校長の長く退屈な式辞が終わり、数々の儀礼的なプログラムをすべて消化し終えた後、カイトたちは慣れ親しんだいつもの教室へと戻ってきた。
窓から差し込む春の柔らかな日差しが、心なしかいつもより少し広く感じられる教室を照らしている。全員がそれぞれの席に腰を下ろす中、教壇の前には、三年間この未熟な卵たちを時に厳しく、時に温かく率いてきた担任であり教官でもある、龍崎の姿があった。
龍崎はいつも通りの威厳ある佇まいで教卓に両手を突き、集まった生徒たちの一人一人の顔を、じっくりと見つめるように見渡した。そして、少しだけ声音を和らげて言葉を紡ぎ始める。
「――まずは、卒業おめでとう」
その一言に、教室の空気が小さく震えた。
「ここにいる皆は、常人なら音を上げるような厳しい訓練や、常に死と隣り合わせであるダンジョンと密接に関わる生活を、この三年間しっかりとやり切った猛者たちだ。入学当初を思い出してみろ。中にはプレッシャーに耐えかねて挫折した者や、途中で道を諦めて去っていった者も多く居た。そんな厳しい環境の中で、誰一人欠けることなくここまでやり切った諸君を、俺は一人の教官として、心から誇りに思う」
龍崎の言葉には、確かな熱がこもっていた。
ダンジョン学校という特殊な環境だからこそ、教官と生徒の絆は一般的な学校のそれよりも遥かに濃密だった。命のやり取りを教え、生き残るための術を叩き込んできたのだ。その自負と愛情が、一言一言から痛いほど伝わってくる。
「すでに大手のクランなどに所属が決まっている者、これまで苦楽を共にしてきた今までと同じパーティーで冒険者を続けていく選択肢を取った者……。皆、明日からは各々の道を歩んでいくことになると思う。だが、外の世界はここよりも遥かに広く、そして残酷だ。理不尽な現実や、自分の力ではどうしようもない壁にぶつかることもあるだろう。もし、この先どうしようもないと思った時や、立ち上がれないほどの挫折を経験した時――その時は、俺や、この学校にいる教官たちをぜひ頼ってほしく思う。俺たちはいつでも、お前たちの味方だということだけは、ここにしっかりと伝えておこう」
その言葉に、多くの生徒たちが鼻をすすり、視線を熱くした。クラスでは鬼教官として恐れられていた龍崎が、最後に向けた絶対的な信頼と庇護の言葉。それは、これから社会という名の広大なダンジョンへ飛び出していく彼らにとって、これ以上ない最高のお守りだった。
「――それでは、この時をもって、このクラスは解散とする。皆、今まで俺の厳しい指導についてきてくれてありがとう。……解散!」
静かに、しかし力強く響いた教官の合図に、クラス一同がこれ以上ないほど声を揃えて、一斉に頭を下げた。
「はい!!」
地鳴りのような返事が教室に響き渡り、これをもって、彼らの中学生活は名実ともに幕を閉じた。
緊迫した空気が解け、教室のあちこちで一気に騒がしい解散の流れが出来上がっていく。卒業証書を手に写真を撮り合う者、連絡先を交換し合う者。そんな中、クラスの中心的な存在の何人かから、自然と大きな声が上がった。
「なあせっかくだし、この後全員で打ち上げ行かないか!?」
「賛成! 最後にみんなでドカンと騒ごうよ!」
突然の提案だったが、断る理由など誰もなかった。参加できる者はできる限り参加することになり、一気にクラスのテンションは最高潮へと跳ね上がる。
カイトが荷物をまとめていると、佐藤が横から肩をがっしりと組んできた。
「いやー、それにしてもさ、カイト。龍崎教官があんなに俺たちのこと思ってくれてたとは思わなかったな。普段が普段だから、ちょっと感動しちゃったぜ」
「あはは、確かにね。いつもは厳しい人だったからな。でも、最後にあの言葉が聞けて、なんだか背中を押された気分だよ」
カイトが苦笑しながら答えると、隣にいたメンバーたちも「本当よね、普段からあのくらい優しければいいのに」「でも、あの厳しさがあったから、私たちはダンジョンで生き残れてるんだよ」と、しみじみとした様子で龍崎のいる教卓のほうを振り返っていた。龍崎はすでに生徒たちに囲まれ、柄にもなく困ったような顔で記念写真に応じている。
「結城くん、佐藤くん、お疲れ様」
そこへ、凛とした足取りで九条院紗夜と、彼女のパーティーの面々が合流してきた。彼女たちもまた、先ほどの熱い挨拶に胸を打たれたようで、どこか晴れやかな表情をしている。
「九条院さんもお疲れ様。九条院さんが幹事することになったんだよね?」
「ええ、クラス全員での最後の集まりだもの。大人数でも入れる団体予約が取れる焼肉屋を近くで見つけたから、みんなでそこに向かいましょう」
「お、焼肉か! 最高じゃねえか! 今日は肉を食いまくるぞ!」
佐藤が嬉しそうに声を上げ、パーティーの仲間たちと「カルビ何人前いけるか競争な!」などと早くも盛り上がり始めている。
カイトは、集まった大切な仲間たちの笑顔を見渡した。
三年間を戦い抜いた誇り高きクラスメイトたち。これから共に最強を目指すクランメンバーたち。学校という揺り籠を出て、明日からは本当のプロの冒険者としての戦いが始まる。だが、この絆がある限り、どんな壁があっても恐れることはない。
「よし、じゃあ行こうか」
カイトの言葉を合図に、彼らは賑やかな歓声を上げながら、クラスの仲間たちと共に、未来への一歩を踏み出すように教室を後にした。日が差す街並みに向かって歩く、彼らの新しい物語が、今まさに本格的なスタートを切ろうとしていた。
『現在のジョブ:魔人(Lv.41)』
『使役モンスター:イスト(Lv.7・天空騎士)、ティロフィ(Lv.8・黒白龍)』
以上で第五章完結です。
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