第127話:竜の巣の深層
二十五階層の中ボス部屋を抜け、カイトたちはついに二十六階層へと足を踏み入れた。
ゲートを潜った瞬間に肌を刺したのは、これまでの階層とは明らかに質の異なる、濃密で圧倒的な龍のプレッシャーだった。
「……なるほど。ここからが真の【竜の巣】ってわけか」
カイトは周囲を見渡し、その異様な光景に思わず息を呑んだ。
二十六階層の地形は、複数の極端な環境が不自然に同居する、広大で歪な空間だった。
左手にはドクドクと脈打つ溶岩の川に囲まれた灼熱の荒野。右手にはダンジョンの内部とは思えないほど果てしなく広がる、深い群青の海。そして正面の遥か先には、天を突き刺すように聳え立つ巨大な岩山が鎮座している。
前世のゲーム知識が、この階層の特殊な生態系をカイトの脳内に呼び起こす。
溶岩のエリアには『炎龍』が。海のエリアには『水龍』が。そして中央の岩山の頂上には、イストの進化条件である天の名を冠するもの、『天龍』が存在している。
この二十六階層が他の階層と決定的に違うのは、各エリアに該当する龍種が「一体ずつ」しかスポーンしないという点だ。そして、もし倒した場合は一定時間のリスポーン時間が設定されている、いわば世界に一柱しか存在しないフィールドボスのような扱いなのである。
「主、凄まじい気配です。ここにいる龍種たちは、単独の力としてはこれまで私たちが戦ってきたモンスターの中でも、間違いなくトップに位置しますね」
白銀の甲冑を鳴らしながら、イストが剣の柄に手をかけて警戒を促す。
「ああ、分かっている。三体同時に相手をすることがあれば、いくら俺達でも勝てない」
現在の目的は、岩山の頂上にいる天龍ただ一体。他のエリアの炎龍や水龍のヘイトを買うような無用な戦いは、絶対に避けて通らねばならない。
カイトは各エリアの境界線に干渉しないよう、慎重に、かつ迅速に歩みを進めていった。
溶岩の川から時折噴き出す火柱や、海面から覗く巨大な魚影に細心の注意を払いながら移動すること数十分。カイトたちは一度も戦闘に突入することなく、無事に中央に聳える岩山のふもとまでたどり着くことに成功した。
見上げるような絶壁の岩山。ここからは慎重に登るよりも、一気に上空へ突き抜けた方が安全かつ早い。
「ティロフィ、頼めるか?」
「グルゥ!」
カイトの言葉に、体長七メートルへと進化した【黒白龍】が力強く頷く。
カイトはイストを伴ってティロフィの逞しい背へと飛び乗った。二対四枚へと増殖した漆黒の翼が激しく羽ばたかされ、強烈な風がふもとの土煙を吹き飛ばす。
翼に魔力を纏わせる【飛翔】のスキル、そして四枚翼となったことで素の機動力が爆発的に向上したティロフィは、垂直に近い岩肌を一瞬で置き去りにし、凄まじい速度で天空へと急上昇していった。
吹き付ける猛烈な風を魔力障壁で防ぎながら、カイトは眼下に広がる二十六階層の全景を眺める。炎と水のエリアが遠ざかり、やがて視界の先に入ってきたのは、岩山の頂上だった。
岩山の頂は、まるで刃物で水平に切り取られたかのように、広く平らな円形の広場になっていた。
遮るもののない遮蔽物ゼロの戦場。その中心に、それはいた。
「――いたな、天龍」
カイトはティロフィの背の上から、その巨影を鋭く見据えた。
体長約九メートル。西洋のトカゲ型の竜だったこれまでのエネミーとは異なり、それは細長い蛇のような身体を持つ、東洋の「龍」そのものの姿をしていた。
神秘的でありながらもどこか冷徹な薄緑色の鱗が全身を覆い、その厳めしい口元からは長いひげがゆらゆらと空気の振動を捉えるように伸びている。
天龍は、広場の中心で巨大なとぐろを巻くようにして静かに鎮座していた。しかし、カイトたちの接近を完璧に感知しており、その細められた双眸が、上空から舞い降りる侵入者を冷酷に捉える。
周囲の空気が、天龍が発する極大の風の魔力によってビリビリと鳴り始めた。
その顎から放たれるブレスは、直撃したものを分子レベルで切り刻む「かまいたち」で構成されているという。風属性の強力な魔法を操る、二十六階層の最高峰の固有種。
ティロフィが静かに岩山の地面へと着地し、カイトとイストがその背から飛び降りる。
「イスト、準備はいいか。こいつを倒せば、お前の進化だ」
「はっ……! 主の御前で勝利を掴み取ってみせましょう」
白銀の騎士が直剣を構え、その兜の奥の炎を猛然と燃え上がらせた。
ついに、イストの進化を懸けた、天龍との極限の戦いが幕を開けようとしていた。
『現在のジョブ:魔人(Lv.38)』
『使役モンスター:イスト(Lv.70・銀騎士)、ティロフィ(Lv.1・黒白龍)』




