第125話:暗黒竜と光輝竜
高難度ダンジョン【竜の巣】。その二十四階層の最奥地は、切り立った岩肌と、そこから吹き上げる熱風が渦巻く苛烈な環境だった。
カイトは、前方に鎮座するゲートの前に立っていた。この先こそが、二十五階層――中ボス部屋へと続く。
「よし、二人とも。準備はいいな?」
カイトが背後を振り返ると、そこには頼もしい二体の使役獣が控えていた。
一体は、体長五メートルほどにおよぶ、漆黒の鱗を鈍く光らせた【黒白竜】のティロフィ。そしてもう一体は、美しい白銀の鎧を纏い、金色の装飾を輝かせた【銀騎士】のイストだ。
二ヶ月強の周回を経て、カイト自身のジョブレベルは『38』まで上昇している。そして手元にある武器『魂吸の杖』。すべてが仕上がった状態での、満を持しての挑戦だった。
「主、いつでもいけます。このイスト、必ずや道を切り開きましょう」
「グルルゥ……!」
イストは片手直剣を抜き放ち、ティロフィは獰猛な双眸を細めて闘志を漲らせる。カイトは深く頷き、ゲートに入っていく。
視界が開ける。
二十五階層の戦場は、底の知れない暗黒の崖に囲まれた、広大な円形のフィールドだった。赤黒い大気とむき出しの岩肌が広がるその空間の中心近くに、威圧感を放つ二つの巨影が陣取っている。
一頭は、全身を光を吸収するような禍々しい闇の鱗で覆った『暗黒竜』。
そしてもう一頭は、対照的に、神聖なまでの魔力光を全身から放つ純白の『光輝竜』。
対となる属性を持つ二頭の竜種が、侵入者であるカイトたちを感知し、同時に猛悪な咆哮を上げた。
「――戦闘開始だ! ティロフィ、イスト! お前たちは二人で『暗黒竜』の相手をしろ! 抑え込んで引き離せ!」
「御意!」
「ギャオォォォッ!」
カイトの鋭い指示と同時に、二体が動く。
ティロフィは【黒白反転】を発動せず、まずは攻撃的な『黒』の形態のまま翼を激しく羽ばたかせた。【破壊の風】による強力な衝撃波を巻き起こして暗黒竜の意識を釘付けにし、地を這うような【瞬動】で肉薄したイストが、盾で竜の攻撃を受け流しながら果敢に斬りかかっていく。
「さて……一番厄介なヒーラーから片付ける!」
カイトは視線を、上空へと舞い上がった『光輝竜』へと定めた。
この戦闘における最大の障害は、光輝竜が放つ強力な回復魔法だ。暗黒竜をどれだけ削ろうとも、こいつが健在な限り無限に戦線を立て直されてしまう。
相手は空を縦横無尽に飛び回る飛行エネミー。カイトの魔法の中で最大火力を誇る、地を這う突撃から時間差で滝を降らせる【豪滝の蜘蛛】では、空中を捉えきれず適していない。
「なら、直撃火力で叩き落とすまでだ。――【複製魔法陣】!」
カイトが魂吸の杖を地面に突き立てると、足元に直径二メートルほどの淡く発光する幾何学模様の魔法陣が展開された。この陣の上に乗っている間に放つ魔法は、すべて『二重』になって発動する、瞬間火力を爆発させるためのコアスキルだ。
「ガァァァァッ!」
光輝竜がカイトを排除せんと、その巨大な顎から極大の光のブレスを放射してきた。
カイトは陣の上から動かない。即座に魂吸の杖を掲げ、迎撃の魔法を編み上げる。
「【内包の巨槍】――属性は『氷』!」
複製魔法陣の効果により、空間を凍てつかせる巨大な氷の錐が同時に二本、一瞬で形成される。ビキビキと大気を凍らせながら射出された二本の氷槍は、迫り来る光のブレスを正面から激しく相殺し、肉厚な氷塊となって光輝竜の翼へと炸裂した。
「グガァッ!?」
悲鳴を上げる光輝竜。しかし、流石は二十五階層のボスだ。翼に強烈な凍傷を負いながらも、すぐさま神聖な光の粒子を全身から発し、傷を急速に自己再生していく。尋常ではない回復力だ。
「やっぱりそれだけのゴリ押し回復があるか。だが、どこまで持つかなっ……!」
カイトは懐から魔力持続回復のポーションを取り出すと、一気に飲み干して減った魔力を回復する。間髪入れずに次の魔法を構築する。
ここからが、本領発揮だ。
カイトには、パッシブスキルである【高貴なる血統】がある。この効果により、戦闘時間が長引けば長引くほど、自身の全能力値が段階的に、かつ上限なく上昇していく。
さらに、二ヶ月強のハクスラを経て手に入れた『魂吸の杖』の固有効果。この杖を媒体に使用した魔力量に比例して、一時的に魔法の威力がさらに上昇していく。
つまり、カイトの火力は、この戦闘中において常に『右肩上がり』に膨れ上がり続けるのだ。
「もう一発だ! 【内包の巨槍】、属性『雷』!!」
複製魔法陣の輝きと共に、今度は紫電を纏った二本の巨槍が空中を裂いた。光輝竜は空中を旋回して躱そうとするが、カイトは【短距離テレポート】で自身の位置を瞬時に変え、射出角度を補正して背後から直撃させる。
ドズゥゥンッ! と激しい衝撃が走り、雷撃の麻痺効果によって光輝竜の動きが一瞬止まる。
戦闘開始から、激しい攻防が続いて約十分。
フィールドの反対側では、イストが【百連斬】の高速斬撃を暗黒竜の脚部に叩き込み、ティロフィが【恐圧の咆哮】で敵の能力を下げつつ戦線を完全に維持していた。
そして、カイトの側にも勝機が完全に満ちる。
十分間、絶え間なく魔法を放ち、ポーションを飲みしながら魔力を消費し続けた結果――【高貴なる血統】によるステータス上昇と、『魂吸の杖』による累積の魔法威力増加が、ついに臨界点へと達していた。
カイトの魔法の威力は、戦闘開始直後とは比較にならないほど濃密だ。初級魔法であっても中級後半レベルにまで引き上げるその杖の補正が、今や複合上級職である『魔人』の魔法に乗っかっているのだ。
「これで終わりだ、トカゲ野郎……! 受け止めきれるか!?」
カイトは満ち満ちた魔力を一気に解放し、魂吸の杖の先端を、滞空する光輝竜へと向けた。
「【炎極の投射】――ッ!!!!」
複製魔法陣が最大出力で明滅する。
刹那、一本でも全てを焼き尽くすはずの極大火炎レーザーが、同時に『二条』、並列して照射された。
ゴォォォォォォォォッッッ!!!!
空間そのものをドロドロに溶かすような、桁外れの熱量を孕んだ赤蓮の熱線が、並んで光輝竜を正面から完全に飲み込んだ。
光輝竜は防戦一方で神聖な障壁を展開し、凄まじい勢いで自己回復の光を放とうとする。しかし――戦闘開始から十分を経て膨れ上がった二重の極大火炎レーザーの破壊力は、光輝竜の持つ回復力を、完全に上回っていた。
「ガ、アァァァァァァァァッッッ!!!」
再生が破壊の速度に追いつかない。白い鱗が消し飛んで肉が焼け、骨が灰へと変わっていく。断末魔の悲鳴と共に、光輝竜の巨体が光の粒子へと変わり、完全に霧散した。
「よし……! あとはあっちだな!」
最大の障壁だった回復役がいなくなった。
カイトが視線を向けると、片割れを失った暗黒竜が、絶望と怒りの咆哮を上げていた。だが、すでに勝負の趨勢は決している。
ヒーラーによる支援を完全に断たれた暗黒竜は、イストの堅実な盾と、ティロフィの苛烈な爪撃によってすでに満身創痍だった。
「仕留めます! ティロフィ、合わせてください!」
イストが【瞬動】で暗黒竜の懐へ飛び込み、渾身の【一閃】でその首元を深く切り裂く。そこへ追撃をかけるように、ティロフィが喉元を赤黒く染め上げ、すべてを焼き尽くす灰のブレス――【灰塵竜】の固有技である『灰の咆哮』を至近距離から浴びせた。
ドガァァァン! と暗黒竜の巨体が大きく揺らぎ、残っていたHPが完全にゼロへと変わる。
やがて、暗黒竜の身体もまた、静かにパラパラと光の粒子へと変わって消滅していった。
激しい戦闘の音が止み、静寂が戻った二十五階層のフィールドで、カイトは深く息を吐きながら魂吸の杖を下ろした。
「ふぅ……。やっぱり『高貴なる血統』と『魂吸の杖』のシナジーは最高だな。長期戦になればなるほど、絶対に負ける気がしない」
自身の圧倒的な成長具合に満足げな笑みを浮かべていると、二頭の竜が消滅した床の上に、それぞれぽつんと二つのアイテムが残されているのが目に入った。
カイトが歩み寄ってそれを拾い上げる。
一つは、底の知れない深い闇を内包した、禍々しくも美しい黒い宝玉。
もう一つは、透き通るような神聖な魔力を放つ、純白の輝かしい宝玉。
【暗黒竜の宝玉】と【光輝竜の宝玉】。
「出た……! 通常ドロップ最高!!」
カイトは手に入れた二つの宝玉を掲げ、今度は一発で目的のアイテムを手に入れたことに心の底から歓喜した。これでティロフィの進化条件は完全にクリアだ。
「よくやった、二人とも。これでまずは一つ目だ」
「はっ!」
「グルゥ!」
イストが恭しく一礼し、ティロフィが嬉しそうにカイトの頬に鼻先を寄せてくる。カイトは二人の健闘を称えて頭を撫でながら、静かに視線をさらに奥へと続く道――二十六階層への階段へと向けた。
「よし、それじゃあ先に、ティロフィの進化だ!」
『現在のジョブ:魔人(Lv.38)』




