第120話:悪魔城のボス、極悪コンボ
禍々しい意匠が施された重厚な両開きの扉を押し開け、カイトは【悪魔蔓延る城】の最上階――『玉座の間』へと足を踏み入れた。
広大な石造りの空間は、天井から吊り下げられた幾つものシャンデリアが放つ、仄青い蝋燭の火によって薄暗く照らされている。その最奥、一段高くなった豪奢な玉座に腰掛けていた影が、静かに立ち上がった。
全身を漆黒の闇に包み、金糸や銀糸で刺繍が施された豪華絢爛な衣装を纏った悪魔。身長は二メートルを超え、その背中には二対――計四枚の禍々しいコウモリのような翼が静かに脈動している。
「――キシャアァァッ、ハハハハハハッ!!」
最上階のボス【悪魔の伯爵】は、鼓膜を不快に震わせる不気味な笑い声を上げ、その四枚の翼を激しく羽ばたかせてカイトへと襲い掛かってきた。
開幕と同時に、悪魔の伯爵の周囲に膨大な魔力が渦巻く。無、炎、氷の三属性を内包した大規模な魔法が、容赦なくカイトの視界を埋め尽くした。激しい爆炎の弾頭と、空間を凍てつかせる氷の錐が、豪雨の如き密度で押し寄せてくる。
「っ……、流石にボスクラスの弾幕だな!」
カイトは翡翠の杖を構え、即座に応戦した。【内包の巨槍】を『炎』や『氷』の属性で高速展開し、飛来する伯爵の魔法を正面から相殺していく。どうしても相殺しきれない鋭い氷の追撃は、最小限のステップで躱し、時には【短距離テレポート】で空間を跳んで位置を変えながら、ヒット・アンド・アウェイの魔法戦を展開した。
しかし、こちらの反撃が伯爵の肉体に届くことはなかった。
カイトが放った風や雷の巨槍が迫るたび、悪魔の伯爵は冷酷な笑みを浮かべ、自身の前方に禍々しい漆黒の魔力障壁を展開する。カイトの『魔人』としての強力な一撃であっても、その強固な正面障壁に阻まれ、激しい火花を散らして霧散してしまうのだ。
(このまま正面から撃ち合っててもラチがあかないな。……『追憶の指輪』でイストやティロフィを召喚して、前後に分散させて挟撃すれば、こんな前方の障壁なんて簡単に解決するけど……)
カイトは一瞬、左手の指輪へと意識を向けそうになり――すぐにそれを制した。
(いや、ダメだ。それじゃあ意味がない。今回はあくまで俺自身の『魔人』としての立ち回りと火力を確立するための検証も兼ねている。ここで使使役獣の暴力に頼ったら、なんだか自分の技術で負けた気分になって腹が立つ)
プライドが安易な解決策を却下する。
ニヤリ、とカイトの口元が不敵に歪んだ。正面にしか張れない障壁。そして、今の自分は一人。ならば、やることは一つしかなかった。
(前世のゲーム時代の、あの“極悪コンボ”を使ってみようか)
カイトは伯爵の猛攻を紙一重で回避しながら、自身の足元へ意識を集中させた。
「――【複製魔法陣】」
刹那、カイトの足元の床に、直径二メートルほどの淡く輝く幾何学模様の魔法陣が展開される。この陣の上に乗っている間に放つ魔法は、すべて『二重』になって発動するという、魔人の瞬間火力を爆発させるための補助スキルだ。
「まずは、これだ。――【豪滝の蜘蛛】!」
カイトの詠唱と共に、魔法陣の効果で、水でできた巨大な蜘蛛が同時に『二体』、ボスの足元へ向けて地を這うような速度で突撃していく。悪魔の伯爵はその不気味な質量を警戒し、前方の障壁をさらに強固にして蜘蛛を迎え撃つ構えを取った。
カイトは手を緩めない。間髪入れずに、次の魔法を編み上げる。
「【内包の巨槍】――『雷』!」
複製魔法陣により、凄まじい放電を伴う紫電の巨槍が同時に二本、カイトの目の前に出現する。だが、カイトはそれをすぐには射出せず、自身の正面の空間にビキビキと音を立てさせたまま『待機』させた。
そして――カウントダウンの瞬間が訪れる。
突撃した二体の水の蜘蛛が、悪魔の伯爵の正面障壁に激突した瞬間、強烈な水圧を伴って大爆発を起こした。視界を大量の水飛沫が遮り、ボスの頭上の天井付近に、二重発動による通常よりも遥かに巨大で分厚い水の雲が生成される。滝が降り注ぐまでの猶予は十秒。
「――ここだ」
蜘蛛が爆発した刹那、カイトは自身の身体を転移させた。
【短距離テレポート】。
視界がブレた次の瞬間、カイトが立っていたのは、視界を塞がれた悪魔の伯爵の、完全なる『真後ろ』だった。
ボスは未だに、前方に残る水の爆発と、カイトが直前までいた正面の座標へと意識を向けたままだ。しかし、カイトがテレポートで背後に回ったことタイミングで、先ほど正面で待機させておいた二本の【内包の巨槍】のターゲットが、自動的に伯爵の『正面』へと向かって一斉に射出される。
背後には、テレポートしたカイト。
正面からは、時間差で飛んでくる二本の雷の巨槍。
一人でありながら、完璧なタイミングで成立させた『一人挟撃』の布陣。
「さて。――【炎極の投射】!!」
カイトは背後から、魔人レベル三十の極大範囲魔導を近距離で照射した。翡翠の杖の先端から放たれた全てを焼き尽くす極大の火炎レーザーが、悪魔の伯爵の背中を完全に捉える。
ゴォォォォォォッ!!!
「ガ、ハッ……!? ギァァァァァッ!?」
背後からの予期せぬ超火力レーザーに直撃され、悪魔の伯爵が絶叫を上げる。
しかし、流石は単独ダンジョンのボスだ。伯爵は凄まじい反応速度で、迫り来る背後の炎を遮断しようと障壁を背後へと回そうとした。
だが、それをすればどうなるか。当然、正面への防御がおろそかになる。
ドズゥゥゥンッ!!
「グハッ……!?」
正面から時間差で突っ込んできた二本の【内包の巨槍:雷】が、無防備になった伯爵の胸へと容赦なく突き刺さった。激しい紫電がその巨体を駆け巡り、凄まじい麻痺効果によってボスの動きが完全に停止する。
背後からの極大レーザーに焼かれ、正面からは雷撃を喰らい、完全にハメ殺される形で体勢を崩した悪魔の伯爵。
そして、蜘蛛の爆発からちょうど十秒が経過した。
――ドォォォォォン!!
天井に立ち込めていた巨大な雲から、文字通り家屋をも押し流すような、桁外れの質量を持った激流の『滝』がピンポイントで垂直に降り注いだ。
【豪滝の蜘蛛】のフィニッシュ。二重発動によって威力を倍化させた大水圧の直撃を受け、すでに虫の息だった悪魔の伯爵は、断末魔の悲鳴を上げることすら許されず、その身体を完全に押し潰された。
やがて激しい水の音が止み、静寂が戻った玉座の間で、悪魔の伯爵の巨体はパラパラと光の粒子へと変わり、完全に霧散していった。
「ふぅ……。うん、現実世界でもこのコンボの挙動は完璧だな」
カイトは翡翠の杖を軽く回し、満足げに息を吐いた。
【複製魔法陣】による二重発動、【豪滝の蜘蛛】の時間差範囲攻撃、【内包の巨槍】の設置待機、そして【短距離テレポート】による一人挟撃からの【炎極の投射】。ゲーム時代のハメ技に近い極悪なスキルシナジーだったが、現実でも完全に自分のものにできた確信を得る。
「さて、肝心のドロップは……」
カイトは期待を胸に、ボスが消滅した床へと視線を落とした。
お目当ての、魔法の性能を劇的に高める武器『魂吸の杖』が転がっていることを願ったが――。
そこにぽつんと残されていたのは、鈍く輝く紫色の大きな【魔石】が一個だけだった。
「……はぁ。やっぱり、そう簡単には出ないか。ドロップ率激渋なのは現実でも変わらないよな」
カイトはがっくりと肩を落とし、ため息をつきながら魔石を拾い上げて『宝物庫』へと放り込んだ。まぁ、一発でドロップするほど甘いダンジョンではないことは百も承知だ。結局手に入れるためにすることは、ここからの泥臭い周回をすることだ。
カイトは玉座の間、ボス部屋の奥からダンジョン入り口までテレポートする。
そうすることでボスがリポップするはずだから。
「よし、感覚は掴んだ。魂吸の杖が出るまで、何回でも攻略しようか」
再び静かに目を細め、次の周回に向けて魔力を練り直し始めるのだった。
『現在のジョブ:魔人(Lv.30)』




