第118話:悪魔の城、魔人の力
使役獣であるイストとティロフィを次なる高みへと進化させるため、そして何より、現在のジョブである複合上級職『魔人』の圧倒的な火力を完全に引き出すため――。
カイトが新たな目的地として足を踏み入れたのは、アマチュア冒険者からもそこそこ人気の都内某所に位置する単独ダンジョン、【悪魔蔓延る城】だった。
薄暗い紫がかった雲が空を覆い、禍々しい雰囲気が漂うそのフィールドは、全一層という特殊な構造を持ちながらも、敷地自体は一つの広大な国家の王城に匹敵するほどの巨大なスケールを誇っている。大きく分けて「外周」と「城内」のエリアに分かれており、最上階の玉座の間に至るまで、進めば進むほど出現する魔物の脅威度が跳ね上がっていく低~高難度ダンジョンだ。
カイトの第一目標は、この城の最上階に君臨するボス【悪魔の伯爵】が極めて稀にドロップする固有武器――『魂吸の杖』の獲得である。
「よし……。まずは最上階へ向かう前に、魔人の力を軽く試しておこうか」
カイトは城壁の遥か手前、不気味な枯れ木が乱立する広大な外周エリアの土を踏み締めながら、自身のステータスを脳内で確認した。
レベル三十に到達したばかりの魔人。このジョブが秘める現実世界における魔法の威力・弾速を、実戦を通じて身体に馴染ませておく必要があった。
ずり、ずり、と前方から肉の腐った嫌な臭いと共に、複数の足音が近づいてくる。
姿を現したのは、全身にボロボロの包帯を巻き付けた身長百八十センチメートルほどのミイラ男【マミー】。そして、四肢のどこかしらが不自然に欠落し、あるものは片足を引きずり、あるものは地面を狂ったように這いずりながら迫ってくる【欠損ゾンビ】の群れだった。
狂暴な声を上げ、一斉にカイトへと飛びかかろうとする不死者たち。
だが、カイトは動じない。ただ静かに昔使用していた翡翠の杖を持つ右手を前方へと突き出した。
「――【内包の巨槍】」
魔人レベル十で獲得する、最初の攻撃アクティブスキル。
炎、氷、雷、水、土、風の六属性からカイトが脳内で選択したのは『炎』。
刹那、カイトの目の前の空間に、激しく爆ぜる赤蓮の炎で形成された巨大な一本の槍が構築された。その大きさはカイトの身長を遥かに出色の精度で上回り、周囲の空気を一瞬で灼熱へと変えるほどの魔力密度を誇っている。
カイトが視線で標的をロックした瞬間、炎の巨槍が爆音を響かせて撃ち放たれた。
ズドォォォンッ!
放たれた巨槍は、文字通り直線上を突き進み、先頭にいたマミーの胴体を一撃で消し飛ばした。それだけに留まらず、着弾と同時に激しい熱波を伴う爆発を引き起こし、背後に控えていた欠損ゾンビたちをもまとめて巻き込み、一瞬にして炭化させていく。
パラパラと光の粒子が宙に舞い、一瞬で周囲の静寂が戻る。
「……うーん。やっぱり、すべて一撃か。これじゃあ肩慣らしにもなりそうにないな」
カイトは少しだけ眉をひそめ、自身の両手を見つめた。
外周レベルの雑魚敵では魔人のスキルの性能を測るための的としてはあまりにも脆すぎた。一撃で消し飛んでしまっては、スキルの軌道修正や、魔力消費の細かいコントロールを試す余地すらない。
カイトは早々に外周での検証に見切りをつけ、使役獣たちを伴うことなく、一人で巨大な城の正面鉄門を潜り、城内へと足を踏み入れた。
城の一階。
長い廊下の天井付近を見上げると、ピチャピチャと醜悪な笑みを浮かべながら宙に浮く、体長五十センチメートルほどの小悪魔【インプ】が数体、群れを成してカイトを見下ろしている。さらに奥からは、ボロボロに錆びついた甲冑を身に纏い、同じくさび付いた剣をぶら下げた【低級悪魔騎士】たちが、重々しい足音を立てて進み出てきた。
侵入者を感知したインプたちが、一斉に小さな三叉槍を掲げ、炎の弾をはじめとする小規模な魔法攻撃をカイトに向けて放ってくる。
ヒュン、ヒュンと空気を切り裂いて迫る複数の火球。
カイトは魔人としての自衛能力を試すべく、あえてその場から動かず、新たな属性の魔法を練り上げた。
「【内包の巨槍】――『氷』」
今度は、冷気を放つ極大の氷槍が顕現する。カイトは飛来する火球の群れを、生成した氷槍の圧倒的な質量と冷気そのもので叩き落とすようにして相殺。そのまま氷槍を正面の低級悪魔騎士の集団へと突き刺した。
激しい凍結音が響き渡り、悪魔騎士たちの身体が瞬時に氷像へと変わり、そのまま自重で粉々に砕け散っていく。
しかし、一階の魔物たちは流石に外周のゾンビたちよりも組織的だった。
前衛の騎士たちが一瞬で全滅したにもかかわらず、天井のインプたちは怯むことなく、カイトの死角へ回り込むようにして立体的かつ断続的な反撃を仕掛けてくる。
「なるほど、これなら悪くない。数の暴力と、多少の反撃がある方が練習になる」
カイトは不敵に微笑むと、魔人レベル二十のスキル【豪滝の蜘蛛】の構えを取る。
水でできた巨大な蜘蛛を召喚し、インプの密集地帯へと突撃させる。標的に肉薄した蜘蛛が激しく爆発すると同時に、上空の天井付近に分厚い水の雲が生成された。その十秒後、雲から文字通りの『滝』のような激流がピンポイントで降り注ぎ、宙に浮いていたインプたちを床へと叩きつけ、水圧で完全に圧殺していく。
この【悪魔蔓延る城】は単独ダンジョンではあるが、ギルドに登録されている一般的なエリアでもあるため、城内の広い通路では、時折、他の冒険者パーティーの姿が遠くに見え隠れしていた。彼らは数人がかりで低級悪魔騎士の群れに苦戦し、泥臭く連携を取りながら戦っている。
そんな中、カイトは他の冒険者たちと極力距離を保ち、目立たないように配慮しながらも、基本的にはレベル十の【内包の巨槍】を属性を切り替えながら放つだけで、進路上の魔物を文字通り塵へと変えていった。
(魔人のスキルの弾速、発動ラグ、この世界での攻撃範囲の広がり方――うん、大体の感覚は掴めてきたな。田中さんの動きを参考にしていたお陰もあって、後衛職としての立ち回りの脳内補正はバッチリかな)
一階の魔物をほぼ一撃、あるいは数秒のスキルコンボで完全に掌握したカイトは、手応えを感じつつ、さらに上の階層へと続く巨大な螺旋階段を見上げた。
二階には、触れると肉体を焼きただれさせる絵の具を放つ【絵画の悪魔】や、魔法と剣技を複合してくる【中級悪魔騎士】が待ち受けているはずだ。
「よし、このままのペースで一気に最上階まで駆け上がろう」
カイトは誰に気付かれることもなく、静かに、しかし確実にその歩みを進めていく。
『現在のジョブ:魔人(Lv.30)』




