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第115話:秘密の共有

土曜日。

朝の澄んだ空気が満ちる中、カイトは事前に時間を取ってもらっていた九条院パーティーの四人と共に、とある単独ダンジョンの入り口の前に立っていた。


「それで結城くん。今日は具体的に、ここでどうするのかしら?」


九条院紗夜が、カイトへと視線を向けながら問いかける。

数日前に決まったばかりの急な予定であったにもかかわらず、彼女をはじめ、清水、松田、大久保の全員が、しっかりとダンジョン攻略用の装備を身に纏い、いつでも戦える万全の態勢を整えてくれていた。


「うん、詳しい話をしないまま、朝早くから来てもらってごめんね。――今日はみんなに、このダンジョン『古代王の隠し宝物庫』をクリアしてもらいたいんだ」


カイトが指差した先にあるのは、内部が石造りの古い遺跡のような、全五層からなる小規模な単独ダンジョンの入り口だった。その名称を聞いた松田が、記憶を探るようにして少し首を傾げる。


「確かここって、そんなに実入りのあるダンジョンじゃなかったわよね? 出現する敵もそんなに強くないっていうか、一般的にはわざわざ潜るほどの価値はないってギルドのデータにはあったけれど……」


松田の指摘は、現世の冒険者たちにおける『正しい常識』だった。攻略難易度が低く、魔石もドロップせず、目ぼしい素材も出ない。効率を重視する現在の冒険者たちからは、ほぼ見向きもされていない不人気ダンジョンの一つだ。

しかし、カイトは穏やかに、けれど有無を言わせない確かな光を瞳に宿して言葉を続けた。


「うん、松田さんの言う通りだよ。でも、今回の攻略なんだけどね……みんなには『アクティブスキルを一切使わずに、最後まで攻略』してほしいんだ」


「……スキルを一切使わずに、かい?」


前衛の清水が、驚いたように目を丸くした。

冒険者にとって、スキルとは手足も同然の存在だ。いくら敵が弱いダンジョンとはいえ、攻撃スキルや防御スキル、回復やサポートといった『アクティブスキル』を完全に封印し、純粋な身体能力と武器の素振りだけで戦うというのは、ひどく不自然で、奇妙な制限に思えた。


「そう。……それと、今日の出来事は新しく作るクランのメンバー内だけで留めてほしい。外部には、家族であっても絶対に伝えないでほしいんだ。色々と疑問に思うかもしれないけれど、俺を信じて、これだけの条件でクリアしてきてほしい」


カイトのその真剣な眼差しに、九条院パーティーの四人は一瞬だけ顔を見合わせた。だが、そこに迷いの色はなかった。アマチュア学生大会で自分たちを文字通り圧倒し、そして自らがリーダーとして仰ぐことを決めた結城カイトという少年が、嘘や意味のない悪ふざけでこんなことを言うはずがない。


「……分かったわ。あなたがそこまで言うのなら、何か確かな理由があるのでしょう。行きましょう、みんな」


九条院の毅然とした号令に、清水たちも「了解!」「結城くんを信じるよ」と力強く頷いた。


「ありがとう。じゃあ、俺はそこら辺のカフェで時間を潰してるから、攻略が終わったら連絡を頂戴。気をつけてね」


カイトはその場でみんなを見送り、一人、駅前の喧騒へと足を向けた。


それから数時間が経過した、午後のこと。

駅近くの落ち着いたカフェで、お茶を飲みながら今後の転職先やスキルの運用について思考を巡らせていたカイトのスマートフォンに、一つの通知が滑り込んできた。


『攻略が終わったわよ。……これ、一体どういうことなのかしら。今すぐ説明してほしいわ』


九条院からのメッセージだった。文面からも、彼女たちが今、どれほど大きな衝撃を受けているかが手に取るように伝わってくる。カイトはすぐに「今から合流するね」と返信を送り、席を立った。


指定された場所で合流した九条院たちは、心なしかまだ興奮で顔を少し火照らせていた。カイトは彼女たちを促し、周囲に一般の人がいない静かな路地裏へと移動する。

誰も聞き耳を立てていないことを入念に確認した上で、カイトはみんなに向き直った。


「どうだった?」


カイトの短い問いかけに、代表して九条院が、未だに信じられないといった様子で、自身の右手をじっと見つめながら声を震わせた。


「……信じられないわ。ダンジョンをクリアした瞬間に、頭の中に音が響いて……スキルが手に入ったのよ。職業のレベルアップでもないのに、【宝物庫】っていう、聞いたこともないスキルが……!」


その答えを聞き、カイトはホッとしたように目元を緩めた。


「うん。それをゲットできたってことは、俺の約束通り、一回もアクティブスキルを使わずに最後まで攻略してくれたんだね。まずは俺を信じて無茶な条件をクリアしてくれて、本当にありがとう」


カイトは真っ直ぐに四人へ感謝を伝えた後、少し声を落として、この世界の裏側に隠された『真実』の一端を語り始めた。


「それで、そのスキルに関してなんだけど……。まだこれについて知っている人は、俺と、佐藤、田中さん、鈴木さん以外に日本にいるかはわからない、っていうのを前提に話すね」


ゴクリ、と清水が息を呑む音が聞こえた。


「実は、単独ダンジョンの中にはね、通常の攻略ルートとは別に、特定の『特殊な条件』をクリアしてクリアすると、ダンジョンから直接、特別な報酬が手に入ることがあるんだ。今回の『古代王の隠し宝物庫』における条件が【一度もアクティブスキルを使わないでの攻略】で、その報酬が今みんなのスキル構成に加わった【宝物庫】っていうスキル。――実際に使ってみたら分かると思うんだけど、それ、市販されている魔道具のマジックバッグと全く同じ……いや、それ以上の性能をしているんだ」


カイトの説明は、彼らの常識を完全に破壊するものだった。

スキル【宝物庫】。それは、自身にしか扱えない完全に独立した異空間を展開し、物品を限界なく、好きに出し入れできるという文字通りの神スキルだ。現代において、容量の大きなマジックバッグがどれほどの価値を持っているかを考えれば、これが異常な報酬であるかは一目瞭然だった。


「元々は、佐藤たちまでの秘密にしていたことだったんだ。でも、これから同じクランの仲間として一緒に高みを目指すみんなには、絶対に今のうちに持っておいてもらった方が良いと思って、今日、時間を作ってもらった。一応、現時点で俺たち以外にこのスキルを持っている人は聞いたことがないから……みんなも人前で使用する時は、高価なマジックバッグを使っているフリをして隠してほしいんだ」


「伝えたいことは、以上かな」とカイトが話を締めくくると、中庭には完全な静寂が訪れた。九条院パーティーの面々は、完全に絶句していた。


「……スキルを、職業の枠組み以外で、入手できる方法なんて……。ギルドでも、一度だって聞いたことがないわ……」


九条院が片手で額を押さえ、目眩を覚えるように呟く。清水もまた、驚愕を通り越して畏敬の念を抱いた目でカイトを見つめていた。


「やっぱり、結城くんって凄いどころの騒ぎじゃないね……。こんな世界の前提をひっくり返すような秘密を、僕たちを信頼して教えてくれるなんて……」


「ちょっと、田中の奴……! こんなに凄い、冒険者には喉から手が出るほど欲しい超便利スキルを、今までずーっと私に隠してたのね……! 今度会ったらちょっと小一時間問い詰めてやるんだから!」


松田が驚きつつも、友人である田中の顔を思い浮かべて拳をぷるぷると震わせている。そんな空気の中、大久保だけはどこか嬉しそうに、ふふ、と笑みを漏らした。


「すごいわ……! これがあれば、これからダンジョンに行く時も、スーちゃんの大好物のご飯を、腐らせずに沢山持っておけるわ。結城さん、ありがとうございます」


それぞれの反応を見て、カイトは苦笑しながらも、優しく微笑んだ。


「まあ、みんなも急にこんなこと言われて、色々と思うことや考えることがあるとは思う。だけど、俺たちはこれから同じ『クラン』として運命を共にする仲間だからね。これからは、こういう有益な情報や、強くなるための特別な方法も、できるだけ積極的にみんなに共有していこうと思ってる。だから――これからもよろしくね」


カイトのその言葉は、彼らに対するこれ以上ない『信頼の証』だった。

ただの学校の同級生や大会のライバルではない。世界の誰も知らない秘密を共有し、共にまだ見ぬ深淵へと挑む、本物の仲間。

カイトの差し出したその大きな手に、九条院たちは深く、そして確かな絆を込めて、力強く頷き返すのだった。

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