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第114話:作業的に倒されるシルバースライムたち

昼休みの慌ただしい作戦会議が終わり、午後の『演習』の時間へと移っていた。

各々が統合ダンジョンへ向かう中、カイトは一人、自身の今後の育成ロードマップに視線を落としていた。


(現在のジョブは『調教師』のレベル八十七。……まずは、このジョブをレベル九十まで極めてカンストさせるのが最優先だな。そこから次の職への転職を考えよう)


レベル九十という領域は、一般的な開拓者からすれば一生をかけても到達できるか怪しい最高峰の地平だが、圧倒的な効率で駆け上がってきたカイトにとっては、すでに目と鼻の先にある通過点に過ぎない。

効率よく、かつ確実に経験値を稼ぐため、カイトが午後の演習場所に選んだのは、現時点でカイト以外に存在が知られていない単独ダンジョン――【鍛錬道場】だった。


【鍛錬道場】の内部は、非常にシンプルな構造をしている。

薄暗い石造りの一本道が延々と前方へと続いており、そのまま迷うことなく真っ直ぐ進めば、最短で攻略の出口へと行き着くことができる。しかし、このダンジョンの真の価値は、入り口と出口のちょうど中間に位置する場所にある。

カイトが一本道をしばらく進むと、前方に横へと逸れる脇道が見えてきた。迷わずその奥へと足を踏み入れると、そこには四角く切り取られた、視界の開けた広々とした石室が広がっていた。


カイトがその空間の中央に立った、その瞬間。


――ピチャ、ピチャ、と重々しい粘体質な音が静まり返った空間に響く。

石室の床から、眩い銀色の光を放つ巨大な質量が次々と染み出すようにして姿を現した。


【シルバースライム】。

直径三メートルにも及ぶ、金属質の硬質な輝きを纏った巨大な銀色のスライムだ。見た目の威圧感こそ凄まじいものの、攻撃パターンは文字通り「巨体を生かした単純な体当たり」しかしてこない。その代わり、極めて高い防御力と引き換えに、撃破した際に得られる経験値が『撃破した人物の職とレベルに応じて変わる』、まさに名前通りの『鍛錬』に特化した特殊な魔物だった。


「――イスト、ティロフィ。迎撃をお願い。一分あたり三体のペースで湧くから、効率よく処理していこう」


「御意に、主」

「グルルッ!」


カイトの呼び声に応じ、白銀の騎士と漆黒の竜が即座に前線へと躍り出る。イストの鋭い斬撃がスライムの核を正確に捉え、ティロフィの質量攻撃が銀色の身体を次々と粉砕していく。二体の作業を後ろから見守りながら、カイトはしばし、先ほど中庭で話し合った『一千万円』というクラン設立資金について、一人思考を巡らせていた。


(実を言うと……一千万円という数字、俺にとってはそこまで大きな壁じゃないんだよな)


カイトは内心で静かに苦笑した。

現在の日本のトップクラス――一線級のプロ冒険者集団でなければ足を踏み入れることすら許されない高難度の単独ダンジョン。あるいは、国すら全貌を把握しておらず、一線級の開拓者たちですら攻略を諦めるような未踏の危険地帯。カイトはすでに、そういった場所を単独ソロで、しかも安全に攻略できる領域に達している。

特に、『竜の巣』のような高難易度ダンジョンの深い階層でドロップする魔石や、レア素材、超希少な装備など。これらをギルドの特別窓口やオークションに流せば、数回の攻略でも一千万円などという金額を稼ぐことは可能だった。


(出そうと思えば、俺が一人で全額をポンと出して、すぐにクランハウスも事務員も用意して立ち上げることはできる。……でも、それは絶対に良くないな)


シルバースライムが光の粒子となって消え去るのを見つめながら、カイトは首を横に振った。

もし、カイトが圧倒的な財力で全ての初期費用を賄ってしまったら、どうなるか。

佐藤たちや九条院たちは、カイトに対して頭が上がらなくなるかもしれない。それ以上に、全員がクランを設立しようと、泥臭くも稼いで作り上げたクランと、リーダーが最初から全てを用意してくれたクラン――どちらの方が、メンバーにとって『自分たちのクラン』という強い自覚と愛着が芽生えるのか。その答えは、考えるまでもなく前者だった。


それに、佐藤や九条院たちの性格をカイトはよく知っている。


(みんな、絶対にプライドがある。俺一人に金銭的な負担を全部押し付けるような真似は、彼女たちのプライドが絶対に許さないはずだ)


だからこそ、カイトは一つの結論を出した。

クランを引っ張るリーダーとして、そして最も稼ぎの多いソロ冒険者として、一人当たりの出資額としては他のメンバーよりも少し多めに出すつもりはある。しかし、全体のバランスを崩すような全額を一人で抱え込むような真似は絶対にしない。みんなで等しく汗を流し、一歩ずつ進むプロセスそのものが、クランの強固な絆になるのだから。


「じゃあ……お金以外の面で、俺がみんなのため、クランのためにできることって何だろう」


効率よくシルバースライムを狩り続け、カイト自身の『調教師』の経験値ゲージがみるみるうちに上昇していく中、カイトはノートに書き出した未来のロードマップを脳内で更新していく。


真っ先に思い浮かぶのは、やはり仲間たちが強く望んでいた『複合上級職』についての専門的なアドバイス、スキルの使い方、そして効率的なレベリングの立ち回りだ。カイトが持つ前世のゲーム知識と、これまでの実戦経験に基づく技術論は、彼らの成長速度を何倍にも引き上げる究極の財産になる。


(それと……もう一つある。リスクは伴うけど、クリアすれば確実に強力な力を得られる可能性がある【単独ダンジョンの特別報酬】の存在だ)


特定の単独ダンジョンには、通常の攻略ルートとは別に、特殊な条件を満たすことで【特別報酬】が手に入る。カイトの知識があれば、それを狙ってメンバーたちを急成長させることが可能だった。


しかし、そこでカイトの思考にブレーキがかかる。


(……どこまでをみんなに共有して、どこからを隠しておくべきか。これは、本当に慎重に考えないといけないな)


カイトが持つ知識は、あまりにも世界の前提を覆しすぎる。

すべてを明け透けに話しすぎてしまえば、国やギルドの上層部、あるいは他の巨大クランにカイトの『異常性』が察知され、カイトだけでなく、これから作る大切なクランの仲間たちまで危険に晒すことになりかねない。何より、過剰な情報とルートの提示は、佐藤たちの「自ら考えて強くなる」という開拓者としての健全な成長の機会を奪うことにも繋がってしまう。



そんなことを考えていたカイトの脳内に心地よいシステム音が鳴り響く。


『調教師のレベルが88に上昇しました』


「よし、順調だね。みんな、ありがとう」


カイトは二体を労いながら、ゆっくりと出口への道を歩み始めた。

迫り来る中学卒業、そして新たなクランの設立。

手渡すべき最高の「アドバイス」と、秘匿すべき「情報」。その境界線をどこに引くべきか、自らの胸の奥で、さらに深くその考えを練り上げていくのだった。

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― 新着の感想 ―
聞いてこないだけで、「何でそんなことを知っているのか?それをどこでどうやって知ったのか?」という疑問を持ってる人はたくさんいるでしょうからね
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