第113話:初期資金や人材
カイトがクランのリーダーを引き受けることを承諾し、中庭に集まった一同のボルテージは最高潮に達していた。しかし、いつまでも歓声に浸っているわけにはいかない。クランを設立するというのは、ただの仲良しグループの結成ではなく、一つの『会社』を興すようなものだからだ。
「それで、具体的には何から話そうか?」
みんなの顔を見渡しながら、そう問いかける。未来のリーダーとして、まずは全体の意見を汲み取ろうとするその姿勢に、メンバーたちも自然と表情を引き締めた。
カイトの問いに対して、まず最初に声を上げたのは鈴木しおりだった。彼女はお弁当の箸を止め、少し小首を傾げながら口を開く。
「うーん……やっぱり最初に話すのは、クランの設立に必要なものを一通り洗い出して、それをどうやって揃えていくか、じゃないかな? 何が必要か分かってないと、スケジュールも立てられないと思うし」
地に足の着いた意見に、周囲のメンバーも「確かに」「まずはそこからだよな」と深く頷いた。
その鈴木の意見を引き継ぐようにして、九条院が、自身の綺麗な顎にそっと手を当てながら言葉を続ける。
「設立に必要なもののリストアップ、ね。そうなると……やっぱりあれかしらね、一番に話し合うべきなのは『資金集め』じゃないかしら。主にクランの設立の手続き自体には、そこまで大きな国への手数料やお金がかかるわけではないのだけれど……。実際に組織として『人を雇う』とか、そういう実務的な運営を考えると、設立初期から結構な額が必要になると思うわ」
九条院の言葉に含まれた『人を雇う』という単語に、佐藤勇馬が真っ先に反応した。彼は購買の焼きそばパンを口に詰め込もうとした手を止め、眉をひそめて尋ねる。
「うーん、人を雇うって言っても、とりあえず何万……いや、何十万ぐらいあれば足りるんだ? 」
佐藤の感覚としては、中学生の小遣いや、あるいは通常のダンジョン攻略で得られる数万、数十万という金額の延長線上で考えていたのだろう。
そんな佐藤の様子に、九条院は少し苦笑いを浮かべながら、指を一本立てて具体的な試算を口にした。
「えーっとね、これからの私たちの活動規模を支えてくれる事務員さんを数人雇うことを考えてみて。さらに、その人たちが安心して働けるように、向こう一年の給与の支払いがしっかりと保証できるように手元にプールしておく……。他にも、活動拠点となるクランハウスの維持費や初期費用なんかも考えると……最低でも、一千万円ぐらいは必要なんじゃないかしら……?」
「なにっ!? いっ、一千万円……っ!? そんなにかかんのかよ!!」
九条院の口から飛び出した『一千万円』という規格外の金額に、佐藤は文字通り飛び上がらんばかりに驚愕した。焼きそばパンを落としそうになりながら、目を見開いている。清水や松田、大久保といった面々も、その具体的な金額の重みに一瞬息を呑んでいた。中学生にとって、千万円という大金はあまりにも現実味のない数字に見えたからだ。
しかし、驚いたのは一瞬のことだった。佐藤はすぐに頭の中で、自分たちの現在の実力と、ダンジョンで得られる報酬の計算を巡らせ始める。アマチュア学生大会で全国準優勝を果たした実力者としての顔が、その表情に戻ってきた。
「う~~~ん……でも、一千万円か……。今の俺たちのレベルなら、みんなで統合ダンジョンの三十後半階層とか、あのあたりの深いところまで潜って、ドロップする魔石とかレア素材をガッツリ稼ぎまくったら……行けなくはないか……! いや、絶対にやってやれない額じゃねぇ!」
佐藤が拳をギュッと握りしめ、不敵な笑みを浮かべる。
統合ダンジョンの三十層後半ともなれば、出現する魔物の強さはレベリングが不十分な上級職でも苦戦する、その分、得られる魔石の価値や素材の取引価格も跳ね上がる。学生の中では全国トップクラスの実力を持つ自分たちが本気でパーティーを組み、計画的にレベリングと素材ハントを並行していけば、決して届かない夢物語ではない。佐藤のその前向きな言葉に、清水や田中も「そうだね、みんなで協力すれば」「やれるだけの戦力はあるわ」と力強く頷いた。
一同のモチベーションが落ちていないことを確認すると、九条院は満足そうに微笑み、さらに付け加えるようにして素晴らしい提案を切り出した。
「頼もしいわね。それから、さっき言った『人を雇う』ってことに関してなんだけれど。本格的に組織化して人を雇うってことになったら、私の家の伝手を使って、信頼できる専門の税理士さんや事務員さんを紹介してもらえるかもしれないわ。そのあたりは、私の方で一度大人の意見を聞いて調整してみるから、少し待っててもらえるかしら?」
「え、本当かい? 九条院さん、それはすごく助かるよ!」
カイトは思わず身を乗り出して、九条院に感謝を伝えた。
カイトにとって、クラン設立における最大のメリットは、何と言っても「将来的な確定申告などの税務処理を一括化できること」だ。中学生のうちは学校のサポートがあるが、卒業後はすべて自己責任になる。そこに九条院の家系、つまり上流階級や有力者のコネクションから、冒険者業界の税務に精通した「本物のプロ」を紹介してもらえるというのは、金銭的な価値以上のメリットだった。
「ふふ、お礼はまだ早いわ。でも、リーダーに喜んでもらえるなら、動く甲斐があるというものよ」
九条院は誇らしげに胸を張る。彼女のバックアップがあることで、クラン設立の現実味は一気に帯びてきた。
みんなの意見や現在の課題、そして今後の見通しを総合的に判断し、カイトはリーダーとして最初の「方針」をまとめることにした。そしてみんなに向かって穏やかに、しかし明確に告げる。
「よし、最初にやるべきことははっきりしたね。とりあえず、まずはみんなでダンジョンに潜って、クラン設立のための資金集めを最優先で進めていこう。それと並行して、クランハウスの場所とか、他の細かいことも今後集まった時に少しずつ話していこうか」
一同が「了解!」「異議なし」と声を揃える。カイトはそこで一度、腕時計に目を落とした。昼休みの終了を告げる予鈴の時間が、刻一刻と近づいている。
「……あ、そろそろ昼休みが終わっちゃうね。有意義な話がいっぱいできたし、今日はここまでにしとこう!」
カイトの言葉に、みんなも我に返ったようにお弁当箱を片付けたり、制服の埃を払ったりし始めた。
立ち上がりながら、佐藤が名残惜しそうに、けれどギラギラとした楽しげな目で周囲を見渡す。
「おう、じゃあまた近いうちに、こうやってみんなで集まるか! 話さなきゃいけないことはまだまだあるもんな!」
「そうね。これから本格的に動き出すんだし、クランとして、休日とかにもみんなで定期的に集まる日を作ってもいいんじゃないかしら? お互いのパーティーの進捗報告もできるしね」
田中の実用的な提案に、「それ、すごく良いと思うわ!」「私も賛成しときますね、ふふ」と松田や大久保も賛同の声を上げる。ただの学校の同級生から、同じ未来を見据える『クランの仲間』へと、彼らの関係性が明確に昇華した瞬間だった。
「うん、それじゃあ次の集まりの日程は、またメッセージアプリで調整しよう。みんな、教室に戻ろうか」
カイトの合図とともに、総勢八名の学生たちは、それぞれの教室へと戻るために歩き出した。
中庭から去っていく彼らの背中には、不安は一切なかった。




