第112話:噂と誉め言葉、そして喜びの時間
アマチュア学生大会が閉幕し、初の登校日。
校門をくぐる少し前から、カイトは自分に突き刺さる周囲の視線が、これまでよりも多いことを肌で感じていた。
大会前の「学校の実力者」に対する好奇の目ではない。それは、並み居る天才や強豪たちをすべてねじ伏せ、学生の頂点に君臨した『絶対的な強者』を仰ぎ見るような、畏怖と羨望の混じった視線だった。
「おい、見ろよ……。あれが大会で優勝した……」
「結城先輩、マジで格好よかったな……。あの白い竜と銀の騎士、生で見たかったわ」
「なぁ、知ってるか? あの人、一年生の時は落ちこぼれ扱いされてたらしいぜ……?」
「嘘だろ!? あの強さでかよ。やっぱ複合職ってなるのに時間がかかるのか?」
廊下を歩くだけで、ひそひそと交わされる噂話が嫌でも耳に届いてくる。一年の頃の評価を引き合いに出されるのは少し気恥ずかしかったが、カイトは特に表情を変えることもなく、どこか遠い目をしながらいつもの教室へと歩みを進めた。
教室に入り、自分の席に着いてからほどなくして、朝の予鈴が鳴る。ガラリと前方の扉が開き、いつも通り厳格な雰囲気を纏った教官が教壇へと立った。
出席確認や、今後のダンジョン実習のスケジュール、提出物の期限といったいくつかの雑事の報告が淡々と進められていく。しかし、ホームルームの最後に差し掛かったところで、教官は手元の資料を机に置くと、眼鏡の奥の鋭い目を教室の生徒たちへと向けた。
「――さて、最後に。すでにニュースや配信等で知っている者が大半だとは思うが、先日のアマチュア学生大会において、我が校の生徒たちが歴史に残る快挙を成し遂げてくれた」
教官の言葉に、教室内の空気がピリリと引き締まる。生徒たちの視線が、自然といくつかの席へと集中していった。
「まずは、九条院パーティー。全国の並み居る強豪を相手に堂々たる戦いを見せ、見事『第三位』という素晴らしい結果を残した。次に、佐藤パーティー。決勝戦で一歩も引かぬ見事な連携を披露し、栄えある『準優勝』に輝いた。……そして」
教官の視線が、教室の少し後ろに座るカイトへと真っ直ぐに注がれる。その瞳には、厳格さの中にも、確かな誇りと驚嘆が滲んでいた。
「我が校の歴史上、初の快挙である。圧倒的な実力をもって全国の頂点へと上り詰めた、結城カイトパーティー。全国大会『優勝』、誠におめでとう」
パチパチパチパチ、と教官が自ら手を叩き始めたのを合図に、教室中から地鳴りのような拍手と歓声が巻き起こった。
「佐藤、お前結城とあんな死闘演じたのすげぇよ!」「九条院さん、本当におめでとうございます!」と、あちこちから声が飛ぶ。
「静粛に」
教官がパンと手を叩いて騒ぎを収めると、再び真剣な声で生徒たちを見渡した。
「彼らの残した結果は、ただの才能の有り無しではない。日々の絶え間ない努力と、ダンジョンに対する深い考察、そして何より徹底した自己研鑽の賜物だ。周りの生徒諸君も、この三パーティーの姿勢を大いに見習い、これからの実習やレベリングに励むように。以上、ホームルームを解散する」
教官が教室を去った後も、カイトたちの周りにはしばらく賞賛の嵐が吹き荒れていた。
それから、午前の授業がすべて終わり、待ちに待った昼休みの時間が訪れた。
カイトは周囲の喧騒を避けるようにして、事前に連絡を取り合っていた佐藤パーティーの三人、そして九条院パーティーの四人の面々を、校舎の裏手にある静かな中庭へと集めた。
お弁当や購買のパンをそれぞれ手に持った総勢七名の学生たちが、少し緊張した、しかし期待に満ちた面持ちでカイトを囲む。
「結城くん、わざわざみんなを集めるなんて……。もしかして、この間の話の件かしら?」
九条院が、少しだけ声を弾ませながら尋ねてくる。隣に立つ鈴木も、お弁当箱を抱えながらじっとカイトの目を見つめていた。佐藤、田中、清水、松田、大久保の全員が、固唾を呑んでカイトの次の言葉を待っている。
カイトはみんなの顔を一人ずつゆっくりと見渡すと、はにかむような、しかし芯の通った笑みを浮かべて口を開いた。
「うん。みんなから提案してもらった、中学卒業後の新しいクランの設立の件なんだけど……」
一呼吸を置き、カイトははっきりと告げた。
「俺で良ければ、そのクランのリーダーを引き受けさせてもらいたい。――みんなと一緒に、新しい一歩を踏み出してみたいんだ」
その瞬間、中庭の静寂が爆発したような歓声に変わった。
「しゃあぁぁぁぁッ!!! やっぱりそう来なくっちゃな、カイト!!!」
佐藤が野生動物のような声を上げて拳を天に突き上げ、田中の肩をバシバシと叩く。
「ちょっと勇馬、痛いってば! でも……やったわね! カイトがリーダーなら、百万人力よ!」
田中も満面の笑みを浮かべ、鈴木はホッとしたように胸をなでおろし、「よかったぁ……カイトくんなら、絶対大丈夫だよ」と優しく微笑んだ。
九条院パーティーの面々も、喜びの表情を隠せない。
「結城くん、受けてくれて本当にありがとう。あなたという巨大な柱がいてくれれば、私たちのクランは間違いなく国内最高峰の組織になるわ」
九条院が嬉しそうに目を細めると、清水も「結城くんがリーダーか……! 僕も、佐藤くんに負けないくらい前衛としてもっと強くならなきゃな」と闘志を燃やす。松田や大久保も「これでテイムのコツとか、魔法の運用のコツとか、いっぱい教えてもらえますね!」と目を輝かせていた。
興奮冷めやらぬ一同の様子を、カイトは嬉しそうに眺めていた。
これほど個人のスペックが高く、別のパーティーの実力者たちが、自分をリーダーとして認め、これほどまでに喜んでくれている。ノートに書き出したメリットやデメリットといった現実的な理由もあったが、今、目の前で弾ける仲間の笑顔を見ただけで、この選択は間違っていなかったと確信できた。
ひとしきり盛り上がり、佐藤が「よーし、今日はパン奮発しちゃうぞ!」などと騒いでいたのを、九条院がコホンと一つ上品に咳払いをして宥めた。
彼女は手元のお弁当を置き、少しだけ真剣な、しかしどこか楽しげな瞳をしてカイトたちを見渡す。
「さて、リーダーも無事に決まったことだし……さっそく、これからの話をしましょうか。クランを設立するにあたって、決めなければならないことは山ほどあるもの」
九条院のその言葉を合図に、若き天才たちの視線が、再び未来のリーダーであるカイトへと集まった。これからの活動方針、クランハウスの選定、設立資金の貯蓄、そしてカイトから共有されるであろう上位職の技術論――。
中庭に差し込む暖かな木漏れ日の中、彼らの新しい組織に向けた話を進めていく。




