第111話:クランについて
ファミレスでの賑やかな打ち上げが終わり、夜風に当たりながら帰路についたカイトは、自宅の自室に戻るなり、どさりとベッドへ身体を投げ出した。
天井を見上げると、大会の熱狂や、耳の奥に残る大歓声が、まるで遠い出来事のように思い出される。だが、それ以上にカイトの脳裏を占拠していたのは、別れ際に九条院と鈴木から投げかけられた、あの言葉だった。
『結城くん、あなたは、クランに興味ないかしら……?』
それは単なる既存の組織への勧誘ではなかった。
彼女たちが提示したのは、カイトの想像を超える提案――すなわち、中学を卒業した後に、自分たちの手で「新たなクランを設立する」という計画。そして、そのクランの最高責任者である『リーダー』の座に、他ならぬ結城カイトを据えたいという、あまりにも真っ直ぐで巨大な信頼の表明だった。
「クラン、か……」
カイトは上体を起こし、学習机の椅子に座り直すと、デスクライトの灯りを点けた。ノートとペンを取り出し、九条院たちから聞いた話と、これまでに学校の授業や冒険者ギルドの資料で得ていた知識を整理し始める。
そもそも「クラン」とは、複数の冒険者パーティーが集まって形成される、いわば『冒険者の会社』のようなものだ。
世界的なダンジョンの出現に伴い、開拓者や冒険者の活動が経済の主軸となった現代において、クラン制度は国から公的に認められた強力な社会システムである。個人や一つのパーティーでは限界のある活動を、組織の力でバックアップするための互助組織であり、同時に商業的な法人としての側面も強く持っていた。
現時点でその新設クランに加入を予定しているメンバーは、カイトの元パーティーである【佐藤パーティー】の三人。そして、準決勝で死闘を繰り広げた【九条院パーティー】の四人。
アマチュア学生大会で全国ベスト4に輝いた二パーティー、総勢七名の精鋭たちが、カイトという一人のソロ冒険者を筆頭として集まろうとしているのだ。
「もし、俺がリーダーとしてみんなとクランを作るなら……どんな影響があるんだろう」
カイトはノートに『メリット』と『デメリット』を書き出し、客観的に分析を始めた。
クラン加入におけるメリット
まず真っ先にペンを走らせたメリット。その最初の項目を書き終えた瞬間、カイトの顔が思わず引きつった。
税務処理の完全一括化
「これ……これが本当に一番ありがたいかもしれない……」
カイトの本音がポロリと漏れる。冒険者として稼ぎが大きくなればなるほど、避けて通れないのが個人の「確定申告」だ。どのダンジョンで手に入れた、何の素材を、いくらで売却し、経費に何を使ったのか。中学生ながらすでに莫大な収入を得ているカイトにとって、今は学校側が処理を行ってくれている税金関係、卒業後にここをどうするかはカイトにとっては問題の一つだった。
クランに所属すれば、メンバー全体の税金関係が一つにまとめられ、クランが専門の税理士を雇ってすべての処理を代行してくれる。個々人が煩わしい書類仕事に頭を悩ませる必要がなくなる。これだけでも、加入する価値が十二分にあるとカイトは思った。
資源・装備の融通と効率化
クランで所有している共有の倉庫や、アイテム、武器・防具などの融通が利くようになる。自分が使わなくなった強力な装備を仲間に回したり、逆に必要な素材をクラン内で融通してもらうことで、市場を通さずに戦力を効率よく強化できる。
国からの補助金と、単独ダンジョンの優先権
公的に認められたクランには、国から一定の活動補助金が支給される。さらに、未攻略のダンジョンや『国に管理された』単独ダンジョンの優先入場権が与えられたりする。これは、より効率的なレベリングや素材ハントにおいて絶対的な優位性を持つ。
クラン専用依頼の受注
ギルドなどから、個人には回ってこない「クラン指定の高難度・高報酬依頼」を直接受けることができるようになる。
情報共有と横のつながり
クラン内で各ダンジョンの最新ギミックや魔物の生態情報を共有できるため、個人で活動するよりもはるかに安全に、かつ優位に立てる。また、ダンジョン内で予期せぬ危機(モンスターハウスの発生やボス部屋での足止めなど)に陥った際、横のつながりがあるため、すぐにクランの仲間に救援要請を出して協力してもらえる。生存率の向上という意味では、ゲームの時と現実の違いをより深く知っておきたいカイトにとってもこれはメリットだった。
しかし、組織になる以上、良いことばかりではない。カイトは次に『デメリット』の項目へペンを移した。
売り上げからのクラン資金徴収
クランを維持するための一般的なシステムとして、個人のダンジョンでの売り上げや報酬から、一定の割合が「クラン運営費」として徴収される。ソロで稼ぎの全てを懐に入れていたカイトからすれば純粋な支出になるが、税理士の雇用費や共有アイテムの購入費を考えれば、これは必要経費として納得できる範疇だった。
国やギルドからの直接依頼の拒否権低下
クランの名前が有名になればなるほど、国や自治体、冒険者ギルドの上層部から「直接の指名依頼」が来る事例が増える。中には政治的な思惑が絡んだものや、危険度の割に合わない面倒な依頼もあるが、クランの社会的信用を維持するためには無下に断りづらくなるというリスクがある。
人間関係の煩わしさ、派閥の発生
クラン内部の仲が悪かったり、規模が大きくなって派閥などができたりすると、人間関係のトラブルに巻き込まれる可能性がある。ただし、今回の発起人メンバーは気心の知れた佐藤たちと、お互いを認め合った九条院たちだ。少なくとも現時点において、このデメリットについての心配は不要だろうとカイトは微笑んだ。
設立時の初期投資
これが現実的な一番の壁だった。クランを設立するためには、メンバー全員が活動するための拠点の確保、共有する武器・防具やアイテムを買い揃える資金、そして事務員や税理士を事前に雇うための初期資金が、一定額以上絶対に必要となる。中学卒業と同時に立ち上げるとなれば、今から各自がダンジョンで徹底的に稼ぎ、資金をプールしておかなければならない。
最後に、カイトは自分が求められている『リーダーとしての役割』について思い返した。
九条院や鈴木は、カイトの負担を極力減らすような条件を提示してくれていた。
「カイトくんに負担をかけたいわけじゃないの。クランに大きな依頼や方針を決めるタイミングが来た時に、みんなの意見を最後に一つに纏める『心の拠り所』になってほしいんだ」
彼女たちの言葉通り、基本的には、設立後も今まで通りソロとして自由に冒険者活動をしてもらって構わないという破格の条件だった。カイトの圧倒的な実力と、誰に対しても平等で穏やかな人柄こそが、我が強い実力者たちを一つに繋ぎ止める最大の楔になる。そう判断されたのだ。
そしてもう一つ、仲間たちがカイトに期待していることがあった。
「出来れば、カイトくんが知っている『複合上級職』についての知識や、強くなるための立ち回り、スキルの運用方法について、アドバイスがあれば教えてほしい」
先駆者であるカイトのアドバイスは、レベル四十を超えてさらなる高みを目指す佐藤たちや、九条院たちにとって、何物にも代えがたい至高の教科書になるはずだった。
「……みんな、本当に俺のことを信頼してくれてるんだな」
ノートに書き連ねた文字を見つめながら、カイトの胸に熱いものが込み上げてくる。
ソロで黙々と活動していた自分が、今やこれほど多くの頼もしい仲間に囲まれ、その中心に立つことを望まれている。
クランを設立すれば、自由なソロ活動に多少の制約は出るかもしれない。だが、それ以上に、佐藤たちや九条院たちと共に新しい組織を作り上げ、お互いを支え合いながら、まだ見ぬンジョンの深淵へと挑んでいく未来――それは、想像するだけで胸が躍るような、眩しいロードマップだった。
何より、煩わしい税金の手続きから解放されるというのは、カイトの背中を強力に後押ししている。
時計の針は、すでに深夜の一時を回っていた。
カイトは小さく息を吐き、ノートをそっと閉じると、デスクライトを消した。
「よし――」
答えは、もう心の中で決まっていた。
次の学校の登校日。教室で待っている佐藤たち、そして九条院たちの顔を思い浮かべながら、カイトはベッドに入り、静かに目を閉じた。
アマチュア学生大会という一つの大きな節目を終え、結城カイトの冒険者としての人生は、より大きく動き出そうとしていた。




