第14話 〜エリシア修行編 瘴気の中での攻防~
気づけば、そこはどこまでも濃い瘴気に満ちた異空間だった。
視界は灰色、地面は泥に沈んだように軋み、息を吸うだけで肺が焼ける。
「こ……ここは……?」
答えるように、濁流のような瘴気が渦巻き、奥から黒い影が歩み出てきた。
霧の勇者――歴代の勇者のひとり。だがその身体は瘴気と同化し、巨大な鬼神のように歪んでいる。
『三月、この空間で私から逃げ切れ。できねば瘴気に呑まれて死ぬだけだ』
低く響く声に、エリシアの喉がひゅっと鳴った。
瘴気は絶えず侵食してくる。立っているだけで皮膚が焼け、心が削られる。
彼女は必死に両手を組み、祈りの言葉を口にした。
「癒やしの光よ……我を護りたまえ……」
ふわりと、薄緑の光が彼女を包み込む。
だがそれでも瘴気は止まらない。
癒やしを発動し続けなければ一瞬で身体が崩れるのだ。
そして、果てしない逃走劇が始まった。
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絶え間ない逃走
地面を蹴る。
瘴気を裂いて、ただ走る。
背後から迫る混沌の勇者の気配。
振り向けば巨大な瘴気の手が迫り、彼女は転びそうになりながら必死に避けた。
「ひっ……!」
何度も死にかけた。
足がもつれ、瘴気に呑まれかけ、その度に癒しの光を強めて生き延びる。
だがその代償に魔力は削られ、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。
――癒やしを止めたら死ぬ。
――止まっても死ぬ。
その極限の中で、エリシアは少しずつ、自分の癒しの力を「流し続ける」感覚を掴んでいった。
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ニヶ月の果て
時間の感覚はとうに狂っていた。
「もう…だめ……みなさん…」
何度も気を失いかけ、何度も心が折れそうになった。
だが、ある瞬間――エリシアはふと気づいた。
自分の癒しの光が、ただ自分を護るだけでなく、周囲の瘴気をも薄めていることに。
「……私の光で……押し返せる……?」
それは微かな変化だった。
だが彼女の瞳に、絶望の闇に差す希望の光が映った。
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そして、三ヶ月目の最終日。
霧の勇者が瘴気を解き放ち、空間全体が黒に覆われる。
生き物など存在できぬ、完全な死の世界。
その中心で、膝をつきながらも両手を掲げたエリシアは、最後の祈りを捧げた。
「……お願い……もう一度だけ……力を貸して……!
カイン……ガイダル……セノン……レオン様!
私は、みんなを……癒やしたいの!!」
その瞬間。
パキィーン。
空を覆う黒雲に、一本の光が走った。
「ホーリーフィールド!!」
瘴気が裂け、外界の太陽のような光が差し込む。
光はエリシアに触れ、癒やしの魔力と共鳴し、爆発的に広がった。
ドォオオオオッ――!!
光の奔流が瘴気を呑み込み、雲は切れ、やがて全てを吹き飛ばす。
その中心に立つエリシア自身が、まるで太陽の化身のように輝いていた。
「私は……癒す!!どんな瘴気も、絶望も、仲間の痛みも……!!」
瘴気は跡形もなく消え去り、異空間は一面の純白へと変わる。
光の柱の中に立つ彼女の姿は、もはやひとりの巫女ではなく――
世界を癒やす存在そのものだった。
霧の勇者はその光に焼かれながらも、不敵に笑みを浮かべる。
『……ようやく、勇者の仲間に相応しい力を得たな』
そう言い残し、瘴気ごと消え去っていった。




