48:澪が伊織を変えたのね
「刀岐、どうする? 屋上でも行ってみる?」
私の問いに刀岐は……。
「……病院に、星崎のところへ行ってもいいか?」
「あ、うん。分かった。じゃあ私は一人で屋上へ行くよ」
霊体化していた鈴が肩に乗っかった。
「いや、澪にも一緒に来て欲しい」
「え、私はいいよ……」
「いや、大切なことだから、澪にも来てほしい」
「……」
昨晩の話を聞いてしまった私としては、琴音にはあまり会いたくないのだけど……。
「どうするんだ、琴音に会うのか? 澪?」
鈴が耳元で囁いた。
「澪」
先に廊下を歩いていた刀岐が振り返って私を見た。
優しく澄んだ瞳で真っ直ぐ私を見ていた。
まあ、会いたくなくても琴音は鎮守府にいるわけで、どう考えても今後も会う機会はあるだろう。
私は刀岐の後を追いかけ歩き出した。
◇
琴音は個室に入院していて、入口には遠野と二宮がいた。
「星崎に会いに来たんだけど」
刀岐がそう言うと、遠野が少し待つように告げ、病室に入った。
すぐに遠野は出てきて、刀岐と私に中へ入るように言い、ドアを開けた。
中に入ると、琴音は淡いグリーンの病衣に卵色のカーディガンを肩からかけ、ノートパソコンを操作していた。刀岐と私を見ると、パソコンを閉じ、かけていたメガネをはずした。
「お見舞いに来てくれたわけじゃ……ないわよね」
琴音はメガネをテーブルに置き、刀岐を見た。
「さっきまで事情聴取を受けていた。星崎は星那と百目鬼に操られ、俺を天の鎖に縛った、って颯斗に言っておいた」
琴音は刀岐の言葉を無言で聞いている。
「今回だけだ、星崎、お前を庇うのは。ガキの頃から世話になったお前への花向けだ。もう星崎、お前からの仕事の依頼は受けない」
琴音が刀岐を見た。
「待って。お願い。私がやったことはヒドイことだった。あやまるわ。もう二度とあんなことはしない。ごめんなさい。……あなたのことも諦めるから……」
琴音は病衣を纏っていても、色気があり、美しかった。
こんな美女の口から「……あなたのことも諦めるから……」なんて言葉を聞くことになるんて、想像すらしたことがなかった。これだけの美女なら男性なんて選び放題だと思っていたのに……。
「俺よりも、澪に謝れよ!」
突然、刀岐が怒鳴り、琴音も私も驚いて体が硬くなった。
鈴は霊体化して消えてしまった。
「星崎参事官⁉」
ドアが開き、遠野が入ってきた。
「大丈夫よ、遠野。そのまま廊下で待機していて頂戴」
琴音の言葉に遠野は頷き、病室を出た。
「……伊織の言う通りね」
琴音はそう言うと私を見た。
「澪、ごめんなさい。私は……伊織に大切にされているあなたを見て嫉妬してしまった。それで大百足に襲撃された時に、あなたにヒドイことを言ってしまった。そして今回、あなたが星那の手に落ちることを良しとしてしまった。……本当に最低なことをしてしまったと思う」
こんなにすんなり琴音が謝ると思わず、私は驚いてすぐに反応ができなかった。
「……二度と、澪を傷つけるようなことをするな」
刀岐は低い声で、冷たく琴音に告げた。
琴音は「分かったわ。二度と澪を傷つけるようなことはしないと誓うわ」と、静かに返事をした。
「……澪、星崎のことを許せるか?」
さっきの低く冷たい声ではなく、いつもの声で刀岐が私に尋ねた。
「うん。許すよ……なんて言うと偉そうだけど。琴音の弱みにつけこんだのは星那だから。ある意味、琴音も被害者だと思うし」
「澪……」
私を見る刀岐の瞳は限りなく澄んでいるのに、その奥に激しく燃える熱が感じられた。ただ見つめられただけで、私の心臓はせわしなく鼓動し始めていた。
「澪、私のことを許してくれてありがとう」
琴音の言葉に私は我にかえった。
「じゃあ、俺たちは行くよ。……星崎は俺以上にワーカホリックだから、うまく息抜きしろよ」
刀岐の言葉に琴音が微笑んだ。
「そんな言葉を伊織からかけられるなんて……。変わったわね、伊織。ううん。澪が伊織を変えたのね」
その言葉を最後に病室を出た。




