40:キスしたでしょ!
「もうその時は驚きしかなったよ。自分が天の鎖につながれたことに。そして自分を天の鎖につないだのが星崎であったことに」
刀岐はその時を思い出したのか、左手で眉間を押さえた。
天の鎖で刀岐を拘束したということは、琴音は憑依されているが、完全に乗っ取られたわけではなかった。琴音に憑依した者は、琴音を制圧できず、逆に完全に封じられている状態に近かった。
つまり、憑依された者は琴音の中で封じられ、琴音は天の鎖も使える状態だった。それはすなわち憑依されていないも同然だった。
だから刀岐は琴音におかしなところはないと判断してしまったのだ。
でも……。
憑依されても抑え込んでいるなら、なぜ琴音は反撃しないのか。
なぜ刀岐のことを天の鎖で拘束したのか。
その答えを刀岐はすぐ知ることになった。
琴音たちの会話によって。
「……伊織のことは天の鎖につないだわ。でもこれ以上のことを伊織にするつもりはないわ」
琴音の声だった。
「もちろん。私が欲しいのは澪だ。澪が手に入れば伊織には興味がない。ただ、お互い、欲しいものを手に入れるには見せしめが必要だ。澪には伊織が君のものだと分からせる。そして伊織には澪は私のものだと理解させる」
知らない、男の声。
柔和で穏やかで甘い声の持ち主だった。
これが現地で合流した第三の妖だと刀岐は気づいた。
「私が協力したとバレないようにしてくれるのよね?」
「もちろん。実際君には百目鬼が憑依している。鎮守府で検査を受けても憑依されていたと分かるはずだ。……でも、君の力が強くて百目鬼は何もできない状態だけどね」
琴音は何も答えない。
「それに私は君に百目鬼が憑依している前提で指示をだす。……まずは伊織への目覚めの口づけかな。だがすぐ口づけてはダメだ。百目鬼はいきなり口づけで伊織を起こすなんてしないからね。うまく演技してくれよ」
「……ここで伊織とキスしろって言うの⁉」
「澪に見せるためにね。澪は伊織と君が口づけをすることで、二人はそういう関係だと理解するだろう。催眠の術は眠りの方は先に解けるが、体と声の制約の方は解けるのにさらに時間がかかる。伊織は弁明できない」
「……なるほど」
「まあ、私は伊織を殺すそぶりを見せるけど、熱くならないでね。君は百目鬼に憑依されているのだから」
「分かったわ」
刀岐のこの話を聞いて私はあの日を思い出す。
薄々は感じていた。
初めて刀岐のマンションのエレベーターで会った時、
琴音からは刀岐の香り……清涼感のあるミントの香りがした。
刀岐が使う香水を、琴音は自分につけたんだ。
まるで宣戦布告のように。
刀岐は琴音とはそんな関係ではないと否定していた。
でも琴音は刀岐に恋愛感情を抱いていた……。
「琴音がこーゆう手段をとったこと、刀岐はどう思ったわけ?」
つい口調がきつくなっていた。
「どう思うって……驚いたよ。こんなことするとは思わなかったから」
「……子供の頃から知っていたんでしょ。琴音は同性から見ても魅力的な体をしているし、理の守り手としても強いし、仕事もできるわけでしょ。なんで刀岐、琴音と付き合わなかったの? 付き合っていたら琴音がこんな暴挙にも出なかったのに」
「星崎のことをそーゆう目で見ることができないんだよ。子供の頃から知っている俺からしたら、姉貴みたいなもんだ。力が強くて、理の守り手として仕事ができる、ってところも姉貴と被るんだよ」
「あの体だよ。健全な男子なら気持ちが動くんじゃない?」
「でも俺のタイプじゃない。というか澪は俺の嗜好が気になるのか?」
「き、気になるわけないでしょ!」
「俺はサイズより感度が……」
「だからそれはどうでもいいから! それで、琴音と星那の話を聞いて、でも何もしなかったよね。それに天の鎖で縛られていたから抵抗できなかったとはいえ、ちゃっかり琴音とキスしているし」
「してねーよ」
「してたじゃん!」
「見ていたのかよ、その瞬間を」
「見ていたわよ! 目、閉じることできなかったし」
「本当に、見ていたのか?」
「……え……」
そう言われると。
あの時、私が見たのはキスをしている琴音の後頭部だった。
「……してないの⁉」
「だからさっきからしてないって言っているだろうが」
「え、でも……」
「星崎が俺のそばに来た時、俺は星崎にこう言った。『星崎、良心が残っているなら俺のペンダントを外せ』と」
「ペンダント……? なんで?」
「俺が体の外に出るためだよ」
「体の外に出る……?」
「いわゆる幽体離脱だ」
「えええええええ」
「しーっ。澪、声デカすぎ」
刀岐が私の口を押さえた。
助手席の陽が一瞬こちらを見たが、すぐに前を向いた。
私と刀岐はワゴン車の一番の後ろの席に座っていたが、陽が振り向くぐらいの大声を思わず出してしまった。
でも、それぐらい驚いた。




