36:悠、やめて! 刀岐、助けて!
「でも、少年の痕跡はどこにも残っていなかった。ここはね、澪、少年がかつて住んでいた家の跡地だ。この場所は呪われていると噂になって、廃墟となり、誰も近づかない場所になってしまった。そしてここに住んでいた者たちも忽然と姿を消してしまったんだ」
星那は悲しそうな顔をした。
「少年を探していたら、あのユリのような美しい少女に面影が似た女性を見つけた。でも健全な人間の天柱は閉じられている。この女性の天柱を開くために、百目鬼にね、彼女の心が追い詰められるよう画策するよう命じた。
百目鬼はうまいことやってくれて、彼女の天柱が開いた。
私が彼女に憑依したまさにその瞬間に、周囲に突然結界が展開された。沢山の理の守り手の気配も感じられた。でも私は生霊として彼女に憑依していたから問題なかった。生霊は霊体の中でダントツで強いからね。生命パワーに満ちているから。
でも百目鬼は違う。だからとりあえず百目鬼も一緒に彼女に憑依して様子を見ることにした。そうしたら澪、君が私を見つけてくれた。しかも、彼の体に憑依するよう導いてくれた」
星那の視線は私の左側に立つ悠に注がれたが、すぐに私に視線を戻した。
「澪、君を見た時は驚いたよ。君はあの少女によく似ていた。しかも同じ制服を着ていた。思わず興奮してしまったよ。あの少女の時のように、君を押さえつけ、その細い手首を掴み、征服したい……そう思ったら……」
星那の目が細められ、濃いアメジスト色の瞳に怒りがにじんだ。
「伊織が現れた。いきなり私たちの首を掴むから、百目鬼はすっかり怯えてしまった。仕方ないからあの場は退散した。でもこの時、私はまだ伊織が誰であるか分からなかった」
星那は再び左肘をつき、頬杖をついた。
「誰であるかは分からなかったがとても興味を惹かれた。その行動にも言動にも。だから再び会いに行くことにした。すると二人とも、桜那が協力する学園にいた。二人に会いに行くことは、桜那の気を引くことにもなると分かったら俄然やる気が沸いたよ。ちょうど面白い地縛霊にも出会えたからね。彼女を連れ、会いに行ったのさ。そして私は伊織が誰であるか確信した。あの時の少年だと」
やはり百鬼夜行で星那が出会った少年は刀岐だったんだ。
微笑を浮かべ、星那は私を見た。
「伊織が誰であるか、伊織の弱点が何であるか、それも分かったわけだ」
星那は立ち上がり、私に近づいた。
「そろそろ伊織は起きるだろう。……私はね、澪、百目鬼が八年かけて集めた沢山の悪霊や怨霊を、再びの百鬼夜行を、伊織が一人で全部制圧したことに、相当頭にきていたんだ。まさかそこまでの力を持っているとは思わなかったから。
だから、伊織が目覚めたら、天の鎖で体が引き裂かれるのがいいか、虚無空間に落ちるのがいいか、問いかけるつもりだった。でも澪、君と話せてよかったよ。私はいい感じでクールダウンができた」
星那があの抗いがたい笑みを浮かべた。
「澪、君は伊織の弱点だ。そして私は君のことが気に入っている。伊織の目の前で君に口づけしたら、彼はどんな気持ちになるかな?」
星那は甘く優しい声で恐ろしい言葉を口にしていた。
「でも……私は伊織にとって敵だ。当然、私を憎いと思い、怒るだけ、か……。それではつまらないよね。彼だったらどうだろう? 仲間、なんだろう? 彼が澪に口づけしたら、伊織は苦しみそうだね。憎いや怒りだけの感情では収まらないだろう」
星那は悠の腕を掴み微笑んだ。
なんて残酷なことを、こんなに美しい笑顔で、甘く囁くことができるの……?
私は絶望的な気持ちで星那を睨むことしかできなかった。
「犬神、澪のことを可愛がってあげて。私が止めろと言うまで」
……!
星那が視界から消え、刀岐の姿が見えた。
まだ刀岐は首を垂れ、目覚めていなかった。
悠が私のそばに跪き、顔を近づけた。
右目には近づく悠の顔が見えた。
でも左目には刀岐の姿が見えていた。
体は動かない。声も出せない。
悠、やめて! 刀岐、助けて!
私は心の中で叫んだ。涙がこぼれ落ちた。




