35:復讐を、しないといけない
百目鬼ではないことは分かった。
ということは百目鬼の宿主?
でも……明らかに百目鬼との間に主従関係があり、この青年の方が立場が上だ。
宿主は……あのオフィスビルで刀岐に首を掴まれた時、とてもおどおどしていなかったか?
でもここにいる青年はとても落ち着いているし、何かに動じる気配はみじんも感じられない。
「私のこの瞳、とても綺麗だと思わないかい?」
私の目は、青年の深みのあるアメジスト色の瞳に吸い込まれそうだった。
この瞳……
嘘……!
明るいアメジスト色の瞳を私は見たことがあった。
そう、それはサトリの瞳だ。
まさか……
「ようやく気付いたようだね。サトリ……私の双子の姉だよ。名前はね、桜那だ。そして私は星那」
星那はそう言って微笑んだ。
サトリの弟がなぜ百目鬼と手を組んでいるの……?
「桜那はなぜ人間なんかと手を組んでしまったんだろうね?」
……!
そういうことか。
サトリは妖。
星那はサトリ……桜那が学園に協力していることに納得がいかないんだ……。
「人間は我が物顔で地上から私達の居場所を奪ってしまった。許しがたい存在なのに、桜那は共生するかしか生き残る道はない、なんて言うんだ。おかしな話だよね、澪」
冷たい表情だった。
「桜那がやっていることは許しがたかったけど、もっと許せない相手に出会ってしまったんだよね。百鬼夜行のあの夜に」
……!
星那は百鬼夜行事件と関係がある⁉
「あの日の夜は闇の濃度も濃く、百目鬼に集めさせた沢山の霊たちも楽しそうだった。理の守り手達は大混乱して。桜那も肝を冷やしたことだろうね」
濃いアメジスト色の瞳はあの日を思い出し、輝きを帯びていた。
「私も気持ちよく町を歩いていた。そして見つけたんだよ。とてつもなく強い力を持つ少年に。驚いたよ。私は急いでその場に向かった。そこには沢山の霊が引き寄せられていた。でもこの少年を守るように立ちふさがる少女がいた」
星那の瞳が私を真っ直ぐに見た。
もしやその少年は刀岐で、少年を守っていた少女、それは刀岐の姉なのでは……?
「君のように美しく長い黒髪、大きな黒い瞳、ほっそりとした手足の凛としたユリのような少女。私は美しいものが大好きだ。強い力を持つ少年も気になったが、それ以上にその少女が気に入った。だから連れ帰ることにしたんだ」
星那は背を逸らせ、両手を膝のあたりで組んだ。
「でも彼女はひたすら戦おうとする。どうしたものかと思っていたら、首につけていたペンダントが外れた。その瞬間、天柱が開いているのが見えた。だから彼女に憑依した」
そう口にした星那は恍惚の笑みを浮かべた。
「あの時、天柱から私が入り込んだ時の彼女の驚きぶり。それまで凛としていた彼女が激しく動揺した。でもすぐに私の支配から逃れようと必死に抵抗した。私はそんな彼女を抑えつけ、手を掴み、強引に征服した」
……!
「私は彼女の体を使い、駆け付けた彼女の両親を何度も殴った。彼女は泣いて私に懇願した。なんでも言うことを聞くから止めてくれ、って。さっきまで勇敢に戦っていたとは思えないような変貌ぶりだったよ」
星那の瞳の奥で狂気が蠢いていた。
「ところが、あの少年が術を使い始めた。それまで少女に守られているだけで、強い力を持ちながらも棒立ちしていた少年が。不意打ちされた私は調伏されそうになった。天の鎖は僕の体に伸びてきていた。だから天の鎖に縛られる直前に、周囲に展開された虚無空間に飛び込んだんだよ。少年は突然私が消えたから、調伏できたと思っていたようだけどね」
虚無空間に飛び込む⁉
そんなことをするなんて信じられなかった……。
「虚無空間に堕ちる寸前。私は必ずまた戻るからと、百目鬼に、より強力な悪霊や怨霊を集めておくことを命じた。――虚無空間はとても不思議な場所だった。そこで何が起きたのか、この世界へ戻ってきた私はもう覚えていないけど……」
星那は目を閉じた。
「この世界に戻るのに八年の歳月がかかってしまった。でも戻っても世界は変わっていなかった。闇は減り、人間がのさばる世界のままだった。しばらくは記憶の混乱もあり、八年前の自分が何をしたかったのか思い出せなかった。でもね、百目鬼と犬神が私を見つけ、全部思い出せてくれたんだ」
ゆっくりと星那が目を開けた。
濃いアメジスト色の瞳は冷たく澄んでいた。
「復讐を、しないといけない、と思った。私が虚無空間に堕ちるきっかけを作った少年にね」
星那はあの心を溶かす笑みを浮かべた。
言葉の内容と笑みが釣り合わず、狂気を感じた。




